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2018年5月

2018年5月29日 (火)

おじいさんの楽園

出てくる偉い人、出てくる偉い人が、皆おじいさんだ。

リスクマネジメントも、危機管理も、「あんまり細かい事、言わないで~」と言いたそうなおじいさんだ。

偉いおじいさんは、みんなの尊敬を集める・・・たとえ尊敬を集めていなくてもみんなにへいこらされる。ので、偉いという事に慣れている。

偉いおじいさんは、大体、何を言っても許される。たとえ冗談が面白くなくても周りは愛想笑いをするので、いつも上機嫌だ。

多少乱暴な事も、言いにくい事をずけずけ言っても、それがその人の持ち味みたいに評価されるから、遠慮というものがどんどん欠落してくる。

場の雰囲気を読む事もなない。

多少傍若無人にふるまっても「なんだって元気だことー!」と感心されたりするので、ますます調子に乗る。

「セクハラ?なんだそれ?俺はもう役に立たないもの」というのと「フットボール?ルールも知らないし、俺は相撲部だもの」という受け答えは思考回路が同じだ。

何万人、数千億円の組織のトップが偉いおじいちゃん、そしてその利権に群がるこれまた偉いおじいちゃん達、皆それぞれに偉そうにふるまえる場所とお金と子分を持って好き勝手にやって来た一国一城の主だ。

『人生の楽園』ならぬ『おじいちゃんの楽園』だ。

不思議な事に、子分衆のどこにも、組織のどこにも、また楽園のどこにも女性の姿は全く見えない。見えないどころか気配すら感じる事が出来ない。

やっぱりこういうところも歪みをもたらす原因なのかなぁ、と思う。

外部の視点、女性の視点、それは今やどんな組織にも必要なものなのだ。

昨晩、久しぶりに同級生で麻雀をした。

牌をかき回しながら「それにしてもまぁ、日本も滅茶苦茶になってしまったものだ。総理大臣も、政府も、日大も、みんな見え見えの嘘をつく。嘘をついて全く恥じない。呆れるよなあ!」

と、まだ偉くはないが、おじいちゃんの入り口に立つ4人ともが、同じ様に深いため息をついたのでありました。

国会もおじいちゃんの楽園化が進んでいるようだ。その先頭に立って偉いおじいちゃんの見本形を示しているのが、連日失言のあの人だ。

人生、70歳というのはやはりひとつの区切りなのかなぁ。

そこいら辺りで本当に偉いおじいちゃんは道を後進に譲り、そしてまた新しい偉いおじいちゃんとして今度は社会に恩返しをしていく・・・・そういう姿がやはり理想なのではないかと思える。

いずれにしても「どうしようもねぇ、じいさんだ!」と呆れか返られるような生き方はしないようにしたいと願う。

南は梅雨入りしたとの報。

されど会津は晴天、いいお天気が続いています。

2018年5月27日 (日)

第二回・涼颯会

俳句の会、「涼颯会」が二回目を迎えた。

なりゆき上、自動的に事務局をやらなくてはならなくなった私が、5月、6月と會津稽古堂の研修室を予約して来てある。

初めて自分で予約した前回に分かった事がある。鍵をもらえるのは使う時間の5分前が規則。

そこで6時半からだが、18時~20時までとたっぷり時間を取って予約をした。それでも400円、学習効果あり。

6時過ぎに研修室のカギをもらって開ける。中は何の準備もしていない(当然だが)、来た人の手を借りて机を並べる。

今回は前回出席者全員が参加、欠席だった1名と新会員3名が加わり、全部で生徒が13名(内男性4名)、宗匠が1名となかなかの大所帯になった。

これで一応限界、これ以上は増やさない事にする。

前回出席された方々からは、『すごく楽しかった。新しい世界が開けた。あっという間に時間が過ぎた。』など好評な声ばかり。

句会の楽しみを知らせてくれた!と感謝をされたが、私自身が初めてなので正直続けてみないと分からない・・・ではあるが。ま、いずれ、やってみて良かった。

何よりも益永涼子先生という、角川の「俳句」という俳句界の一流誌に1ページ(7句)も掲載されるような実力者、良き指導者を得る事が出来たというのが、大きかった。

先生の評は優しく、ダメ出しは無し。こうすればもっといいかも、と気付かせてくれる。それが超初心者の集まりにはとても嬉しい。皆やる気になる。

今月のお題は「風薫る」。句会は毎月第三木曜と決まったのでその前週の土曜までにメールで送る事になっている。

それを先生が縦書きに打ちこんでくれて、全員に配る。

そこから選句が行われるという寸法だ。一人5句を選ぶ。送信ミスだった人、今回参加の三人の句は、ホワイトボードに先生がランダムに書く。字もきれいだ。

それらも合わせて都合36句から選句をする。もちろん自分のを選んではいけない。

およそ30分。

ざっと並んだ句を見ると、とてもとても超初心者などとは思えない。たまに季重なりだったり、無季だったりもあるが、先生は「この程度なら気にならない」と、優しい。

そして選句が出揃うと、先生が一人ずつ、「誰誰選!」と言って、選ばれた句を詠みあげ、誰誰選の印が付けられる。

自分の句は取られるだろうか????これがなかなかドキドキするものである。

ちなみに二回目の今回は、みな自分の俳号を付けましょうという事になっていたので、8割の方が頭をひねって付けて来た。

その発表と由来も同時に行われた。

「洸正」「漆風」「蒟蒻」「京香」「初音」「実柑」「赤貧」・・・私は「破竹」とした。

破竹の勢いはもう無いが、竹の字を入れれば私だと分かりやすいのと、音の「はち・く」に惹かれた。8は私のラッキーナンバーで、9は私の霊数だと勝手に思っている。

「破竹」選!として、5句を先生が読み上げる。

人気の句にはやはり票が集まる。今回も最高賞は、前回も票を集めた初音さんの作品だすでに郡山で何年か学んでおられて、わざわざ郡山からの参加だけに実力も少し抜けている。

「これ以上以下でもなき身一葉草」初音さんが最高票だった。プロい。

この時に自分の句に一票も入らないと少し凹むが、またそれが次回への闘志ともなる。

4票を集めた私の句は「指きりも過去形となる五月かな」

涼子先生の一票だけをいただいた「会津野に巡る戊辰の風薫る」、宗匠の一票は、やはり生徒さんとはちょっと違って、可成り嬉しいものがある。

で、来月のお題は「青水無月」、6文字季語の難しさ、これをいつも頭に置き、ひと月結構遊べるんですわ。

8時半には終了。みんなで後片付けを済ませ、また蒟蒻さんと例の蕎麦屋へ軽く一杯と流れた。

酒を飲み、句評に茶々を入れ、ああだこうだと句を褒め、けなす、これもまた一興。

「先輩、本日は私、いま少し赤ちょうちんの灯りをなめて帰ります!」と蒟蒻は、ふらふらと巷の灯りの中に漂い消えて行ったのでありました。

2018年5月26日 (土)

新ワイン会

ロータリークラブのワイン会、私が幹事を降りてから初めてのワイン会が行われた。

新幹事はSくん、とても真面目な人なのでこれからが楽しみ。

第一回は、よく会場となる「厨」さん、コルシカ島のワインで行われた。

かのナポレオンの生まれた島、この島のワインは、ほとんどが島内で消費されるので、島外に出回るのは全体の一割にも満たないとか。

従ってみんな初めてのワインばかりだった。

ブドウの品種も聞いたことのないものばかり、それだけに新鮮だった。

ブイヤベースに合う白、これはすごくさっぱり、魚介系の料理なら何にでも合う感じだ。

赤は2種類、あっさりしたのと少しボディの太い奴。ま、可もなく不可もなくと言ったところだろうか。

今回、会長Mさんの奥様が、本当に久しぶりに参加されたのは嬉しかった。一昨年、グアム島で倒れられ、リハビリ中という噂を聞いていた。

何度もワイン会に参加されているワイン好きの奥様がすっかり姿を見せなくなったので心配をしていた。

そんな奥様の参加を喜んで、改めてみんなで乾杯した。

少々歩くのが遅くなり、ワインの量も減ったようだけれども顔色も良い、なにはともあれ人が元気を取り戻すのは嬉しい。

Mさんは古い男で「大丈夫か?」のひと言も言わないとか、「早くやれ、もっと動け」と突き放すように言うのだとか。

多分に照れ隠しだろうけれど、八十路を過ぎた昔の男は、どうにも照れくさいらしい。

でも、二人っきりになると「大丈夫か?俺より早く行かないでよ・・・」と涙ぐむに違いない。

恒例のスタンダップスピーチ、一人ひと言はなかった。「どうして?」と聞くと、Oさんが「俺はああいうの嫌いだからやんな!」と言ったらしい。

大先輩の一言に幹事さんは、立てつけなかったという事らしい。Oさんがスピーチが嫌だというのは意外だったが、きっと話すよりも人の話を聞くのがつまらないというタイプなのだろう。

我々同級生の不文律は、何事も幹事一任だ。

そうでないと真面目な事も、お遊びも、幹事をやる人などいなくなってしまう。

だから全て幹事一任、文句は言わず、不満のある人は出なけりゃいいだけの話だ。これが会津高校24回卒流だ。

そこから行くとちょっと残念さは残ったが、会は和やかなというか、ワーワーした雰囲気の内に無事に終了した。

その後雨の中、特別ゲストで参加したMちゃんのお店に少し顔を出して、またひとしきりワーワー言って帰ったのでありました。

次は7月ごろかな?

2018年5月22日 (火)

言ってることは間違っていない。

言っている事は間違っていない!というなら、間違っていなければ何を言ってもいいのか?と聞きたくもなる。

人は、こういう事を言えば相手がどう取るか?どんなふうに感じるかを気にして話をするもの、言葉を選ぶものだ。

しかし、そういった部分に全く思いが至らない人というのもいるものだ。

小さな頃から王子様で何を言っても許される。常に育ちと身分と金が付いて回り、周りは忖度だらけ、ごますりだらけで育ち、痛い思いというものをしたことが無い。

何があっても、いつも知らないうちに誰かがお尻をきれいに拭いてくれている。

相手の事を気に入るか入らないか?それだけで、相手に共感を覚える、相手の心に想いを致すという事が無い。

そうやっておじいさんになりさらに『歳とって怖いものがなくなる』が加わってますます手に負えなくなる。

典型例がこの国の副総理大臣だろう。何度、物議を醸しても問題発言を繰り返す。

反省とか後悔がないのはもちろんのことだが、最も大切な相手を思いやる、相手の気持ちを推しはかるという部分が完全に欠損しているから、止めようと思っても止められない。

「間違った事は言ってない!」と堂々と胸を張って強弁するのだから、自分の言葉で傷付く人がいるとは思いもしないのだろう。

北九州のA帝国の中で育つと、こうなるのはむしろ当たり前なのかもしれない。

あんまり周りがうるさく言うから、とりあえず認めた事にして謝罪しとくか、程度のことで、本心はアッカンベー!なのだから言うだけ無駄だ。

どっから見てもクロ(嘘)でしょう。と言ってみても「知らないものは知らない!」

そんな事をトップニュースで連日見せられると本当に空しくなる。

会津は晴天続きだ。

「お天道様、嘘ばっかり言っている奴らをじっと見つめていて、その内に一つお仕置きをしてやってくださいませ!」と祈りたくなるほどだ。

陽の光を一杯に浴びて新緑が日々輝きを変える。

季節の方はこんなにも爽やかなのに・・・。

2018年5月16日 (水)

残る傷痕

数週間前、左腕の手首近くが赤く腫れた。

なにか変な虫にでも食われたのか痒くて、掻いてたら赤く丸く腫れた。ムヒとか付けて様子を見ていたらその内におさまって、痒みも取れて気にならなくなった。

しばらくして「手の腫れてたのどうした?」と家人に聞かれてみると、すっかり赤味も腫れも消えて痒みもないのだが、ぽつぽつと赤黒い跡が小さく残っている。

何でこんな痕が残るのか?と思うのだが、歳をとると少し傷付いたり、虫に食われたり、ぶつけたりすると、治るのだがその痕跡が、残るのだ。

右手の甲はにはそばかすみたいなポツポツがある。ゴルフの時にグローブをしない方の手が陽に焼けてその名残だ。左手の甲にはほとんどない。

顔に出来た帯状疱疹の痕もうっすらと残っている。シミや痣みたいに。

顔にはシミが増え、紅顔の美少年も気付けば台無しだ。

女性はこれをフォンデーションでひと塗りすれば目立たなくなるわけだが、本質は消えない。増える一方だ。

♪身体の傷ならいやせるけれど~、心の痛手はいやせはしない~♪と言う歌があったが、あれは逆で、心の傷なら時と共に癒せるけれど、身体の傷は増えてくる、というのが本当のところみたいだ。

人生には時薬と言うのがあって、辛く悲しい思い出もいつしか時に癒され、きれいに姿を変えて思い出の宝石箱に収まる、と言うのが通り相場。

まさかその代償としてシミそばかす、痣が増えるわけでもあるまいが、ある種、時薬の副作用の一つかもしれない。

それにしても事あるごとに傷痕が残るのでは大変だ、と重い気持にもなるが、なんとも致し方ない。

ゴルフの際のボールマーク程度に考えて、「ああ、あの時そんなことがあったっけ」という、思い出の目印になっていいかも知れない。嬉しくはないけれど・・・。

福島は全国的にも高温を記録する地点が多くなっている。

会津も昼間は25度を越え汗ばむが、朝晩は10度程度だ。

まあだ、コタツを取ってしまう踏ん切りがつかないでいる。

2018年5月11日 (金)

変でございます。

最近の若い人じゃなくて、いい大人の言葉遣いでとても違和感を覚えるのがなんでも「ございます」を付ける話し方だ。

「そう思ってございます」とか「という風に考えてございます」・・・「ございます」じゃなくて「おります」じゃね?

あの頭のいい高級官僚さんも「思ってございます・・・」なんて変な言い方をするっていう事は「私、嘘ついてございます」ってことのサインなのかな?

超優秀な秘書官が二年半も上司の腹心の友さんの動向を一切伝えないって、あるのでございましょうか?「あり得ないと思ってございます」

頭の良さと、人前で上がらない、うろたえないというのは正比例していると思ってございます。

だって、官僚さんのみなさん全く顔いろを変えないどころか、昨日の方なんかうすら笑いを浮かべてるようにも見え、質問者をコケにしているようにも見えるのでございますものね。

コケにされたのは、なんと我が母校・京都産業大学でございますよね。

すでに鳥インフルエンザの研究施設まであったというのに、いきなり地域に一つみたいにハードルを上げられて、撃沈。

官邸に行く、などという発想さえなかったというのだから、ダメだわな。

片やゴルフにBBQ「今度、官邸さ、遊びに来たらいいべ!」ですものね。残念でしたでございます。

特区はとっくに決まっていたという事でございます。

『セクハラ罪という罪はない!』というとなんとなく『セクハラという罪もない』と言っているように聞こえる。

間違っていないけれど間違っている、って感じでしょうか。

それにしても会津のこの寒さは何だ!

朝晩ストーブどころか、コタツに熱いお茶、スカイラインには20センチほど雪が積もったとか。

本当に、いろいろと変でございます。

2018年5月 9日 (水)

ジイバの祈り

幼稚園に入園してからそろそろ一ヶ月になろうというのに、まだ大泣きして行けない日があるという。・・・孫ちゃんの話だ。

あんなにまぁ、陽気にぺらぺらと話してうるさいぐらいなのに、どうして行けないのか?とジイバは首をひねる。

行った時も幼稚園ではほとんど口を利かないらしい。なので、帰って来るとべらべらとお話が止まらない。

電話でママと話をしていても、その脇で大きな声でペラペラとうるさいほどだ。

よっぽど我慢してたんだな・・・と思うと可哀想にもなるが、そんなんだったら幼稚園でみんなとお話ししろ!とも言いたくなる。

みんなで歌うお歌も、とっても小さな声で聞こえるか聞こえないかぐらいに歌うらしい。

そのくせお歌はちゃんと覚えて来てウチに帰って来ると大声で歌う。電話口の向こうで♪貨物列車が~どうたらこうたらナントカで~すぅー♪などと大声でお歌を聞かせてくれる。

「なら、幼稚園で大きな声で歌え!」と喉元まで出るが、それは言えない。

全く持って日々心配でならない。

ママのお腹はどんどん大きくなるし、お兄ちゃんが幼稚園にも行けなかったら、じゅじゅ丸ちゃん(二番目の愛称らしい)はどうするの?

心配しても遠い会津の空じゃあ、ちょっとと手伝いに行く事も出来ない。

何事にも彼なりの理屈と理由があるのだろう・・・。

どんなに大泣きしても、行ってしまえばそれなりに試練の時を過ごさざるをえない。それなりに一日を過ごしてくる。

行けば出来るんだから頑張れ。そして少しずつお兄ちゃんになるんだ。

まったく行かないでは、どうしようもなかろうもん!まさか、バックに詰めて幼稚園においてくるわけにもいかない。

忙しい朝だが、パパ&ママが力を合わせ、なだめすかし、おだてくすぐり、なんとか幼稚園児の道を歩ませるしかない。

遠い空からジイバは祈るのみだ。

あんなに口も達者、絵も達者、ひらがなだって読めるんだから、大丈夫に決まっているぞ・・・・。

とはいえ、西の空を見るとあの大泣きの、ポロポロ大粒の涙がこぼれる顔が浮かんで来ちゃう。

頑張れ―!頼むからー!Fちゃ~ん!!!!!!

2018年5月 7日 (月)

まずまずの後半

GW合間の1日、2日と天気が崩れた。

3日の夜には萬花楼で「会津松平家十四代を囲む会」の、戊辰百五十周年という事で拡大バージョンが行われおよそ50人が集まった。

遠くは斗南会津会や京都会津会、宮城会津会などからも集い。市長はじめ地元の名士も集まった。

みなさん、翌日の「お花まつり」、「記念シンポジウム」に参加する予定だ。

宴は、芸者衆も入り和やかな内に進んだ。が、芸者衆の踊りは、やはり乾杯の前にした方が良かった。

皆一斉に席を立ち、ワイワイガヤガヤの中の踊りは気の毒でもある。

当院は創始者の強い意向もあり、芸者衆の踊りが始まったら皆一旦自席に戻り、静かに鑑賞するという伝統がある。

それが当たり前だと思って来たが、案外、酒をつぎ歩くに本気になってしまう人もいるものだ。

粋な長唄にかぶさる馬鹿笑い・・・あまりいただけたものではない。

その晩は、明朝に備え静かに帰宅。

4日、早朝6時半院内御廟へ。「お花まつり」の準備である。今年は花が早く、花が無い事も懸念されたので前日に少し花を仕入れて行った。菊やなでしこなど。

案の定、例年咲いているあたりにヤマブキの花は見当たらない。

車で結構山を登った。背炙り山の頂上まではいかないが、見つけたのはかなり山の上の方だった。ヤマブキとツツジの枝を少し拝借。

山の花を手折ってはいけないのだが、今日だけは勘弁していただく。「お花まつり」は山の花を飾る神事、山の神も許してくれるだろう。

藁で編んだ花かごにはF氏調達の東山ダムの奥の山桜が活けられる。

二代様から十三代様までの12本が拝殿の奥の緑の中に吊るされる。

12本のはずなのに今年は予備の分のかごにまで花を飾ってしまい14本、2本多く吊るしてしまった。

これでは初代から十四代までになり、十四代が生き神様になってしまう。(誠に申し訳ありませんでした!)

神殿前に緑の枝と花を生け、冷たい山の水をたたえる古い石のつくばいをヤマブキとツツジで飾る。

さらに今年は受け付けと、石段脇にも歓迎の花筒を飾った。戊辰百五十周年ですから・・・。

8時過ぎにはお待ちかね、東山芸妓・真衣ちゃんの朝食の差し入れ、おにぎりの到着だ。

タコウィンナーに煮物、玉子焼きにこごみなど、いずれも超美味!おにぎりを2個のふりして3個も食べてしまった。

「お花まつり」は例年通りの進行で無事に終了。拝殿にて直会となる。

ついで午後2時から文化センターで、殿様と柳澤秀夫氏、中村章彦氏の鼎談、シンポジウムが開かれる。

奉賛会のメンバーは、それぞれ後片付けや準備に忙しい。

小生は文化センターまで、十四代の奥様、中村章彦氏とそのご息女を送り届け、弁当を食べそびれてしまったので一旦、セブンでパンを買って家で一息つく。

ほぼ満員となったシンポジウムは好評の内に16時半過ぎに終了。ステージ上の大きな飾り花を4つ、5つに分けて持って帰ってもらう。私もひとつをいただいてきた。

夕方5時過ぎに帰宅、これにて連休中の松平関係の諸行事は無事に終了である。疲れた。

5日は例年通り、会津高校同窓会会長杯のゴルフコンペ、OUT&IN各25組で会津磐梯カントリークラブ貸し切りだ。

我が学年からは3組12名の参加、12名は多い方だ。

皆、大したスコアではなかったもののもの凄いハンデが付いた者もいて、ベスト点以内に二人が入り、危うく学年優勝してしまうところだった。

学年優勝をすると次年度の幹事を勤めなければならない。これが、なにせ人数が多く大変な段取りなのだ。

昨年幹事学年となって、皆すっかり懲りたので「全体に優勝はしねぞ!」が合言葉、とはいえハンデは時の運、思ってもいない好順位に驚いた。

「あぶねえ、あぶねえ」を肴に二次会に流れ大いに盛り上がった。

連休最終日はさすがにのんびりとした。本郷の窯元を訪ね、今月末に結婚式を上げる甥に、祝いの品を買い求めた。

窯元の主にコーヒーをご馳走になり、古い昔話に花が咲き、のんびりとした時間が流れた。

今年のGWもかくして終わる。

前半好天、傘マークをはさみ後半もまずまず、会津にとっては穏やかな大型連休でありました。

2018年5月 1日 (火)

好天のGW前半

ゴールデンウィーク、旅行に出かける予定はない。

何人かに孫ちゃん来てるの?と聞かれる。

「もうお腹も大きいので・・・」と答えるが、実はそのお腹の大きいママは結婚式のお呼ばれがあり、みんなで水戸までは出掛けたらしい。

会津までは来ていない。

実にいい天気でこのGWは始まった。

24日から連日花見があり、27日には研修の懇親会があり、翌日には講師慰労の食事会があり、なんだかずっと飲み続けた。

連チャン花見の中で、一番びっくりした会場は「菜花楼」という中華料理屋さんだった。

2時間飲み放題は当たり前だが、はじめに豚の角煮や餃子、チンジャオロースなど4品ほどが出て(それもボリュウムたっぷり)、その後は、メニューに書いてあるものを何でもご注文OK!2時間の間、食べ放題だというのだ。

そんなに食べられるものでもないが、入るならラーメンでも冷やし中華でもなにを頼んでも構わない。

折角なので酢豚を頼んだ。シンプルで甘酢が効いてとても美味しかった。パイナップルや筍、ニンジンなどは入っていない超シンプルスタイル。

以前に書いた駅前の「黄鶴楼」の閉店まで飲み放題というのにも驚いたが、食べ放題にも驚いた。

で、28日は病院のコンペがあり、29日には同級生のコンペが磐梯カントリーであった。

同級生のコンペではひどい点数なのに、ハンデホールがはまり準優勝してしまった。

そこまでは良かったが、そのひどいスコアの準優勝が新聞のナイスショットというコーナーに載り、赤っ恥をかくことになってしまった。

お願いだから同級生コンペなんて小さなコンペを載せないようにして欲しいものだ。

いづれの日も好天で、29日は暑かった。

30日は郡山へドライブ。虎系のラーメンを食べて、大きな買い物をしてしまった。

ちょうど月末で、なんだか話がどんどん進んでしまったが、今回はYくんの紹介もあり、交渉役まで勤めてくれたので、かなりお得な買い物ではあったと思う。

ま、何を買ったかは言わぬが花。

ともかくGW前半の会津は好天続きだ。でも・・・その割には観光客が少ない様な気がしないでもない。

桜が早過ぎて観光客がさらに北上してしまったのかもしれない。

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