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2017年12月

2017年12月29日 (金)

ふり返ってみれば

ついこの間、年が明けたと思ったらあっという間に年の瀬だ。

この一年、財団としては良い事も悪い事もあった。

ほぼ順調な経営状況なので全体的には「良し」と言う事だが、残念な事に職員の事故が多い年だった。人身事故が目立った。それも加害者側、傷跡は小さくはない。

心の問題を抱えてのトラブルもあった。

セクハラ、パワハラの類ではなかった事は小さな救いか?それでも心が痛んでならない。

従って、手放しで良い年だったと喜ぶわけにもいかない。

私事では、総じて平穏と言えるだろうか。なんと言っても自身も家人も健康を損なう事がなかった事は。本当にありがたい。

ただ、数年ぶりに夏風邪をひいた。風邪からの咽頭炎、すごく高い熱が出て久しぶりにダウンだった。

一週間はかかった。この歳にもなると仕方ない。

大きな旅はしなかったが、久しぶりに神戸に遊んだのが楽しかった。博多のゴルフ行も楽しかった。

ボランティアでは「会津まつりの今後の方向性を考える委員会」の委員長を務めて提言をまとめた事が印象的に強い。

ま、一応の責任は果たせたものと思っている。

暮れには少々バタバタした。娘の待望の第二子妊娠は、悪性の悪阻で思わぬ入院騒ぎになった。

孫を連れて会津に来て入院、ジジババは孫子守の日々を余儀なくされた。

たまの子守なら可愛い可愛いで済むが、四六時中ともなるとそうもいかない。

数日前に娘は退院して、明日にはパパも会津に来るが、それはそれで家人の負担もまた大変になる。

名古屋への行ったり来たりからおよそ一ヶ月が経つ。家人の心身の疲労感もピークに達している。

孫は孫で必死に耐えているのだろうが、その分、時々猛烈に暴れる。

ママのお腹をを蹴ったりしてはいけない事は分かっているので、その分攻撃がバアバに向く。

いくら言っても止めないので、昨日はとうとう押し入れに閉じ込められて大泣きしたらしい。

バアバは、がっくりと疲れ切って本当に泣きそうだ。

そんなわけで今は、なんとか無事にこの年末年始を過ごせる事を強く願っている。

祈るような気持ちでいる。

ま、あまりゴロゴロせずに出来る事は手伝い、みんなで力を合わせるしかない。

ジイジも仕事で疲れてはいるが、連日の飲み会で発散しているのだから、偉そうなことはとても言えない。

とにもかくにも、無理やりにでも笑顔で、お正月を迎えなくてはならない!

だってベースにあるのは、二人目の孫が出来たという慶事なのだから、それで揉めたらバカみたいな話だ。

今年一年、大変お世話になりました。みなさまに素晴らしい年が訪れますように!

どうぞ良いお年をお迎えください。

2017年12月28日 (木)

寒波の中

暮れの寒波がやって来ている。

今回は会津よりも北、東北の北部や北海道の暴風雪がひどいらしい。

会津は冷え込み過ぎなのか雪は、ほんの10センチ程度で済んでいる。

真っ暗な内からブルの音が聞こえたので相当降ったかな?と思ったが、そうでもなかった。

出勤前の10分程度の雪かたしで済んだが、それでも大汗をかいた。

年の暮の最終週のロータリークラブ例会のプログラムは毎年決まっている。メンバーである福島民報新聞社の支社長さんが今年の十大ニュースで締めくくるのである。

今年のA支社長は、会津に焦点を絞って、選挙、只見線、会津鉄道など、裏話も含めて楽しく聞かせてくれた。

また、この日の夜に今年最後のワイン会が開かれた。会場は「トラッツェリア・ネモ」、私の幹事役が今回で最後なので、かなり無理を言ってお願いした。

ワインと料理で一人6500円、ネモでは格安だ。(ちなみにクリスマスの18000円のディナーは満席だったそうです)

そんな事もあって20名で満員御礼となった。

ご不幸でドタキャンになってしまったSさん、そして会長と私からトスカーナのブルネッロ、ワインの女王と呼ばれる、逸品を2本差し入れ。特別サービス。

寒波で冷え込んだ中、野郎ばっかり20人のワイン会は、なかなか壮観、粉雪舞うロマンチックな街の景色とはまったく似合わない。

Tシェフがすごく頑張ってくれた。料理は最高!料理だけで会費を越えている感じ。そこにスパークリングワインにはじまり白、赤とワインが次々と惜しげもなく開けられた。(本当に大丈夫?と、恐縮)

恒例のスタンダップスピーチは一人2分。お題は自由で、大いに野次も飛び交い、なかなかに盛り上がった。

幹事は私からSくんに交代。

交代のおふざけバッジセレモニーも行った。真っ赤な恐竜のピンバッジをSくんに付けて、お役御免です。

約2時間半、たっぷり飲んで、食べきれないほど食べて一同大満足。

Tシェフのあいさつもあり、彼もかなり嬉しかったようだ。

寒波の中、タクシーは1時間待ち。仕方がないので三々五々、二次会に向けて夜の街に散って行ったのでありました。

ごちそうさまでした。みなさんよいお年を!

2017年12月25日 (月)

2度で6回おいしい。

先週の金曜、22日はクリスマス前で忘年会のピークではなかっただろうか?

私も2ヶ所に招かれていた。西若松駅そばの「亭車場」と街中の「中の島」が会場、亭車場経由で中の島に行く事にしていた。

亭車場に行くと、本日の宴会の看板が出ている。二階に一つ、一階に二つ。見ると全部当院の部門ごとの忘年会だ。一階はICUと8東だったかな。

こんな事もあるんだと思い、二階の地域医療連携課の忘年会へ。

今年は、植木屋さんが大和川酒造に特別発注したという「うすにごり」(これが甘口で女性のウケが良い)を一本。

院長先生、各課長さんが続いてあいさつされて、乾杯の音頭が私に回って来た。

みなさんが大切な事は述べたので、「そう言う訳でお疲れさまでした。私からはクリスマスも近いのでちょっとだけロマンチックな言葉を。『人生にはたったひとつだけ長続きする幸福がある。それは他者を愛して生きる事である』文豪トルストイの言葉です。家族、恋人、大切な人、そして仲間を愛し、やりがいのある仕事を成し遂げる。それも人生の幸福の重要な要素。お互い愛する人、仲間を大切にして来年も頑張りましょう!乾杯!!」ってな事で、ひとまわり注いで回って30分ほどで中座・失礼した。

一階では二つの忘年会が開宴中、知らんぷりして帰るのも何なので乱入する事にした。

「みなさーん、どうも!今年一年、お疲れさまでした。ご苦労さまでした。ありがとうございました。また、来年もよろしくお願いします!」で、結構ウケけた。

「あんた誰?」とはさすがに言われなかった。いきなりなのに酒までついでくれて拍手までいただき、なかなか嬉しい。

待たせたクルマで中の島へ。こちらも全ての会場が一杯みたいだ。

看板を見ると四階の会場のすぐ隣りも、そして二階の会場にも当院の忘年会が記されていた。ナントここも三会場だ!

会津の地域経済に結構貢献しているな、と実感。

招かれたのはエミネンス芦ノ牧の忘年会。

今年は施設長のN先生が倒れられてみんな大変だった。そのN先生もおよそ1ヶ月で無事に復帰、そのお祝いも兼ねた忘年会。これは外すわけには行かない。

こちらにはお祝いの「飛露喜」を1本届けておいた。

小一時間遅れて入った会場ではすでにカラオケ大会が始まっていた。

毎年、ゲーム大会が多かったが、今年はシンプルにカラオケ大会。

N先生も渋く「テネシーワルツ」を歌い上げた。

折角なのであいさつをと言う事で、今年の一年の感謝、N先生への祝意と感謝を述べて、亭車場のロマンチックなあいさつを、ここでも。

こちらも酔っ払って来ており、舌も滑らかで結構、評判よろし、でした。

しばし歓談後、折角なので、と二階そして隣りの宴会場にも乱入し、先と同じ様に皆への感謝の言葉を述べた。

これも、みなさん程良く酔いが回っており、盛大にウケけた。

忘年会2ヶ所で6回のあいさつ、かなりおいしい。多くの職員に暮れのあいさつが出来た事は、なかなか嬉しかった。

この夜は盛り上がって、数名に引かれて二次会へ。すっかり騒いで話しこんでしまった。

タクシーの待ち時間はナント1時間半、もっと早いところ探して!と言ったら他社は受付自体しないそうです。と言われ仕方なく酔っ払って待った。

やっぱりこの夜が忘年会のピークだったと思う・・・。

帰宅は1時半、久しぶりの午前様であった。

2017年12月24日 (日)

提言

新聞にちょっと大きく載った。顔写真付きで。

悪い事をしたわけではない。室井市長さんへ、正確には会津まつり協会長の室井市長さんへ、ある提言書を手渡したからだ。

この提言書と言うのは、「会津まつりの今後の方向性を考える委員会」がまとめた提言書だ。

この4月にこの委員会のメンバーを委嘱された。

どういう人選で、誰が選んだのかは分からないのだが、市の関係者やまつり協会の関係者が、この人が良いだろうと思う委員、11名が委嘱された。

第一回目の会合で委員長選出が行われ、私が委員長、先輩の庄司さんが副委員長に就いた。

もちろん、事前に打診はあったのだが、結構、逡巡した。

その気持ちをあいさつで述べた。「みなさんは、私も含めてですが、案外軽い気持ちでこの委員を引き受けられたのではないかと思います。しかし、会津まつりの今後の方向性を考えるという問題は、とても重要な課題です。ひょっとすると我々の提言が、会津の未来を大きく左右するかもしれないのです。それ事を肝に銘じて、半年の間、真剣に取り組みましょう!」

要は当て職が集まって、事務局主導の予定調和の様な議論はやめましょうという事だ。

当たり前だが、引き受けたからには真面目にやりましょうという事だ。

4月を皮切りに都合、5回に渡る長時間の会議が開かれ、その間に秋の会津まつりの見学・参加なども積極的に行ってもらった。

正副委員長、事務局、オブザーバーなどのすり合わせも、その間に数回行った。

こうして出来上がった提言書を市長に届けたのが12月18日であった。

提言書のひな型みたいのはありますか?書式の。と尋ねたが無いという。

そこで、参考スタイルなしでガーッと書いた。委員の意見が漏れないように。

それを、ベースにすり合わせを行い、並べ替えや提言部分のシェイプアップを行い。さらに委員会に掛ける・・・結構まじめにやりました。本当に。

福島民報の記者さんがこの提言書には以前から感心を抱いていて、新聞に記事が載った翌日の会津版に、一面の半分以上を使って提言の内容を掲載してくれた。(はじめにとおわりにを除いたほぼ全文、全体の約8割)

こういう事はなかなか異例の事ではあるまいか?

ま、評価については様々だろうし、いろいろなご意見も当然ながらあるだろう。

先日、廊下で民謡で会津磐梯山踊りのお囃子を担当されているM氏とばったりとお会いした時にこんな言葉をいただいた。

「提言、新聞で拝見しました。素晴らしい内容だと思います。我々がこれまで積み上げて来た事をよくご理解し、踏まえて、さらに良くするための心遣い。お人柄が偲ばれました」

提言書にお人柄と言うのは、褒められているのかどうなのか・・・?ま、素直に嬉しいお言葉だった。

提言書には何の拘束力もない。

これをまつりの方向性を貫くバイブルとするか、ひとつのご意見として紙にするかは、その先の方々にお任せと言う事になる。

我々、委員としては、会津まつりがその基本理念を守り、一貫性を持った風格あるまつりとして未来永劫光り輝き続ける事を心から願っている。

2017年12月18日 (月)

ピーちゃん

「ピーちゃん」とは古いスヌーピーのぬいぐるみで、孫が眠る時の必需品である。

昼寝や夜寝る時はもちろん、クルマに乗っても旅行に出かける時も手放せない。

45㎝ほどのスヌーピーのぬいぐるみで、寝る時に必要!とは言っても首をヘッドロックのように抱いて寝る形で、噛んだり舐めたりするわけではない。

それなのでこのスヌーピー君、30年選手の割には、時々の洗濯で白さ際立ち、思ったよりもこぎれいだ。

毛並みはさすがにふわふわではないが、それがまた逆に心地良い肌さわり感を出している。

このスヌーピがもともと娘の持ち物だったという事は、最近思い出した。

娘の七草のお祝いのときに、義妹のお父上が祝いのプレゼントとして持って来てくれたものだった。

以来、娘は大切にしてきたが、このスヌーピー君、結構なご利益も発揮した。

中学生の夏休みにアメリカへ短期留学でホームステイをした時の事。近くにあるスヌーピーの美術館で偶然にも作者であるチャールズ・M・シュルツさんに直接お会いして、話して握手も出来たのだそうだ。

「そんな事ある?」と思うが、証拠の写真があるから間違いはないだろう。

大感激した娘は、高校を卒業し会津を離れる時も大事に、大事にスヌーピーを連れて行った。

そして新しい家族を得て、可愛らしい息子が出来た時にそのスヌーピーを彼に抱かせたという訳だ。

たった一つのぬいぐるみ、たった一つの小さな思い出の品が、さまざまな形で人を和ませ、癒し、時には励ましてくれる。

30年選手なのでじっくり見ると、今お店で見かけるスヌーピーよりはちょっと顔もスリムでクラシカルな感じに見える。

これがデザインの変遷なのか、抱かれ過ぎた上の変形なのかは分からないが、そのスヌーピー君、現在大活躍中なのである。

只今、ママが強烈な悪阻で入院中。

孫は気丈に、元気にして、ヘラヘラと飛び回っている。

それでも寝る時には「ピーちゃんは?」と言って必ず抱きしめる。そして、ちょっぴり悲しそうな顔になり「ママがいい・・ママが良かった・・・」とピーちゃんに言うのだ。

昼間、元気に遊んでいる時にはその辺にほっぽらかされて、逆さになったりしているスヌーピーのぬいぐるみだが、私も家人もそんなピーちゃんには深い感謝の念を抱いている。

2017年12月12日 (火)

インスタ映え

こういう景色をインスタ映えと言うのだろう。

会津はいきなりの銀世界だ。

昨日まで雪のかけらもなかったのに、ドカッと50センチ、まさに別世界だ。

家人は娘のヘルプに今朝また名古屋へ。

「この雪じゃ、絶対磐越西線ストップだわ。初めっから郡山まで送って行くわ」と6時半に家を出た。

まず、49線の突きあたりで若松インターから乗るか?河東インターの方が早いか?と逡巡したのが間違いの始まり。

なんとなく遠回りな感じがするけど、若松インターから乗った方が間違いなく早い。しかし、いきなりの雪に判断が吹雪いた。

で結局、河東のシグマレンズの通勤渋滞に軽く巻き込まれた。朝が早く、まだ通勤ラッシュは無いだろうと思ったわけだが、雪が降れば誰でも早めに出るのが道理だ。

なんとか高速に乗りその後は順調に郡山へ。それでも100キロ越えは怖いので慎重に走った。

郡山について、奥羽歯科大の前を通る裏道を行くか、太い王道を行くか、また逡巡してしまった。

二度も迷えば結果はおのずと知れたもの、結局のところ渋滞で新幹線に乗り遅れた。

「もう、遅れちゃったんだから、慌てないで落ち着いて行けよ」と、家人に言っているのか自分に言っているのか分からない言葉を投げて、会津へUターン。

帰りは裏道を行った。

通勤ラッシュを過ぎたせいもあるのだろうけれど、これが皮肉な事にガラガラ、順調に会津に戻れた。

家人はみどりの窓口で「磐越西線が・・・」と言いかけると、ハイハイ、ちゃんちゃんとやってくれて、すぐに飛び乗って、そう大差なく、名古屋に着いたらしい。

二人目のつわりはかなりの重度らしい、なんとかして会津に戻って来るか?それとも・・・・?

なにせ孫がいる。旦那さんの仕事も年末の超繁忙期だ。なんとかしない事にはみんなが身動きが取れない。

力を合わせて出来る、最善の道を探るしかない。

都会での子育ては本当に大変、少子化が進むのもなんとなく分かる。

孫と電話で話すと「あのね、ばあばはこうで、こうしてこうで・・・」とぺらぺらと至って元気だ。

ま、これがせめてもの救い。彼に弱られたら目も当てられない。

それにしても毎日、公園が命で雪のない名古屋で遊びまわっている孫を、この雪の会津につれてくるというのも・・・それはそれで可哀想な事でもある。

時に世は、なんともままならないものである。

2017年12月 8日 (金)

何分進んだ?

ハルマゲドン、人類滅亡の時までの時間を示す最終時計は一体どれぐらいの残り時間を指し示しているのだろう。

2017年1月にアメリカのトランプ大統領が就任してから、これまで止まっていた時計が確実に進み始めた気がする。

一体何分進んだのだろうか?

北朝鮮との罵り合い『この地球上から抹殺するぞ!』と、なんかマンガの世界の様な脅し文句が飛び交っていると思ったら、今度はあろうことか中東の火薬庫に火を点けた感じだ。

聖地エルサレムをイスラエルの首都と認めて大使館を移す????

何度聞いても理解できない超複雑な中東情勢に、あんたが斬り込むか?

素人考えでは、世界中にテロの恐怖をばらまいたようにしか見えない。

そして、火薬庫につながる導火線に本当に火を点けてしまった!

問題は導火線の長さがどれくらいあるかではないのだろうか?

案外、テレビのニュースやワイドショーも平気で相撲協会の方に時間を取っていたりするので、それほどの大事ではないのではないかと錯覚してしまったりもするが、大変な事でしょう?これは・・・。

とはいえど、今夜も忘年会だ。

会津は雪になるらしい。都心でも雪が降るらしい。

とりあえずはそっちの方が心配と言う事になるか。

2017年12月 7日 (木)

夕食は宴会料理

宴会や会合が続くと栄養のバランスが崩れがち、どうしても肉や揚げ物などが増える。

普段、野菜が多めの夕食なので(とはいっても酒の肴だが)、どうしても野菜が減る。

だから、出来るだけ三日連続にはならないようにしたいと思っているわけだが、家に帰っても夕食がない、という事になれば話は別だ。

宴会や会合が続いてくれた方が返って都合が良いという事になる。

第二子目のつわりは結構きつい様だ。

娘からSOSがあり、家人が月曜から名古屋に出向いている。

何でもほとんどパジャマを脱げず、寝たり起きたりらしい。孫のFちゃんも相当に頑張っているらしく、一人で大人しく遊んだりお絵かきしたりして耐えているらしい。

一生懸命にスケッチブックに向かうやせっぽちな背中を思い浮かべただけで、なんだかこっちまでウルっと来てしまう。

こうなると、やっぱり会津と名古屋は遠い。

どうしようかなぁ?と言っている家人に「そんなもの、行ってあげたかったらいつでも行けばいいよ。退職したんだし、いろんな意味で『行ける』状態にあるんだから・・・」

どうしようかなぁ?の理由の中に特に私の世話があるわけではないのだが、一応、僕の事は気にしなくて大丈夫、との気持ちを込めて言った。

それで月曜から一人、連日の宴会料理が晩ご飯となっているという訳だ。

孫がオムライスをモグモグ食べて、娘も久しぶりに米を食べたらしく、興奮気味に話していた。

昼は公園に行って思いっきり遊ばせて、習いごとにも御同伴、とにかく三食をしっかり食べさせる。やっぱり母親にしかできない芸当だ。

「一度帰るけど、もしかしたらまた来なきゃならないかもね・・・・」「その時はそうすりゃいいんじゃない」

とはいえ、家人にも歯医者や習い事、美容院や女子会などいろいろ用事もあるらしく大変らしい。

私は何にも出来ないので、心のままに、と言う他ない。

朝は冷凍のご飯や、パンを食べて出掛けるので困った事は特にない。

しいて言えば、大好きな身不知柿が食べられないことぐらいだ。(自分でむいて食べるまでは出来ない)

三日目にはたまった洗濯をして、干して、ひと通りダイソンで掃除もした。もちろん洗い物は毎日している。(風呂の掃除は息子に頼んだ)

出掛ける時には点けっぱなしや、開けっ放しがない様に入念にチェック、チェック、チェック・・・・それなのに今朝は、デスクに座った時に、財布を忘れて来た事に気付いた!

何事もなかったかのように「ちょっと出てくるわ」と言って、慌てて取りに戻る始末であった。

正直、そろそろ帰って来て欲しいところでもある。

2017年12月 5日 (火)

お時間かかります。

もう古くなったから、やっぱりスマホにした方が良いんじゃない?と言う事で家人と息子の二人がガラケーからスマホに機種交換した。

私は関係ないと言えばないのだが、家族割りとか電話料金を全てまとめて払っているとか、その口座人が免許証持って自筆でサインしたりしないといけない事が結構あるので、一緒に行かないと厄介なのだ。

とにかくドコモショップ会津中央店は混んでいるので開店30分前には行って、様子をうかがうことにする。

さすがに行列は無かったが10分前には一人並んだので慌てて行った。

番号札を取り、来店の目的を尋ねられ、今の機種とか、ご希望の機種とか、支払いプランとかいろいろと尋ねられて、カウンターの前に座るのに40分ほどかかった。

「それではお二人の機種交換ですね」と言って、女性スタッフが小学校の時計教材みたいので、終了の目安の時間に時計を合わせた。なんと14時。

「えー、そんなにかかるのですか????」「2台だとどうしてもこのくらいは・・・」

なるほど携帯を取り替えるのは一日仕事なのだ。

二人は最初っから覚悟の上でしょ?とばかりに悠然と構えている。

「あのぅ~私は、サインしたりなんだりで、終り頃に来ればいいんでしょ?」と聞いてみた。

「そうですね、しばらくは」

「じゃあ、おれは家に帰って待ってるよ。呼んだら10分で来るから、その頃になったら呼んで!」とても3時間以上も待てない。第一、腹がへったわい!

家に戻り、セブンで買ったおにぎりとカップめんを食べた。

昼はなにを食べようか?と楽しみにしていたのだが、ちょっとむかつく。

ねっ転がっていると13時前に呼び出しの電話が来た。慌ててショップへ。

割引のプランやら、こっちがお得だとか、いろいろ聞かされて結局ドコモのカードを作らされて、あっちこっちにサインをさせられた。

聞いた話の半分も覚えていないが、カードを作った方が相当お得なのだとか・・・・ホントか?

第一、スマホの機能の1、2割程度しか使いこなせていないのだから、ああしろこうしろと言われても良く分からん。

とにかく、dメニューから登録をしてドコモポイントを確認、ここをこうしてこうすればたまったポイントは電話代にもいろんなところで使えます、という。

その登録にもかなり手間取った。メールで来るワンタイムキーとかの意味も分からない。二度ほど失敗して、しばらくして手の空いていそうな男性スタッフに尋ね、ようやく登録完了。

どれどれ?とdポイントを見るとゼロだ。「あらま!」「すぐに反映されないのかもしれませんね」「そんなことなないだろう・・・」

カウンターの家人に聞くとポイントは全部使いました、という。断りひとつなしに。

そりゃあ、ゼロで当然だ。

何でも家人は現金の支払いは無く、息子は何かの不足で20円払ったそうだ。

ま、どうでもいいが、いち早くこのドコモショップを立ち去りたいのが本音だ。もうとうに14時は過ぎている。

後ろで待っているが、まだぺちゃくちゃしゃべっている。

もう良いでしょう・・・「俺、クルマで待ってるから!」

ようやくして、二人がやって来た。「ああ、かかる、かかる」と言いながら手にしたスマホにご機嫌の様子だ。

さあ帰っぺ!帰っぺ!なんだか心なしか陽も傾いているようにさえ見える。

今日は覚悟の上で仕事を休んだのだからもっと鷹揚に構えて良いはずなのに、なんだかそこに居るだけでイライラするんだよな、ドコモショップ!

ま、これで二人がいろいろと使いこなすようにば、もっといろいろ教えてもらえるだろう。

2017年12月 3日 (日)

予定は変わる。

本当に早いものでもう12月になった。

忘年会の予定はひと通り出揃った。今年はうまくばらけて、ダブりは2日だけだ。1日は片一方を御無礼して、1日は掛け持ちとする。

12月のゴルフの予定は今のところあと2回。

今年はお歳暮の外回りを初めてパスする事にした。特に大きな理由はないが、13年ほど回って地域の先生方とも顔見知りになれたし、総務と連携課に任せても良いかな、との思いもあり・・・。

とりあえず、今回は様子を見てみましょう、ということだ。

とても嬉しい知らせもあった。

娘夫婦に待望の第二子が授かったらしい。二人目が出来なくて大分悩んでいたようだが、いろいろな事を解決する形で、授かった。

来年の夏に出産の予定らしいが、これまた大変だ。

上の子が幼稚園に入るので里帰り出産と言う事も出来ないらしい。お母さんの出産とはいえ、幼稚園を長く休むと退園させられてしまうらしいのだ。

名古屋でパパ、ママと頑張るしかないが、手助けがなくては難しいだろう。

つくづく子育ては大変だと思うが、お目出度い事なのでそんな事ばかりも言っていられない。

なるようになるさ、の精神で前向きに行くしかないだろう。

そんな事で年末年始の予定も大幅に変更になった。会津での孫との正月を楽しみにしていたが、ママの体調を考えればそうもいかなくなった。

お目出度い事なので、これまた、残念とは言って居られない。

人生は動く・・・生きていれば当たり前だがいろいろと変化し、動く。

予定は予定で、ガラリと変わってしまう事もある。

来年のあれやこれや、どこに行こう、あそこに出掛けよう。ああしたい、こうしたいも、もう一度、時期と内容の吟味が必要だ。

川の流れのように人生は動き、同じ所にとどまる事は無い。

その変化を楽しむぐらいの余裕が大切、『大きな人』と言われるぐらいにどっしりと構えて頬笑みを浮かべて・・・。

そうありたいと思っているが、師走の風に気忙しさだけが先に立つ。

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