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2017年11月

2017年11月29日 (水)

話題の映画を楽しもう

と言うタイトルで会津シネマウィークの(12月8日~10日)番組が新聞に紹介された。

そこに怖い顔したオジサンがポスターを持って写った写真までカラーで掲載された。

実行委員長を務める私なのだが、この役だけはどうも逃げる事が出来ない。

友人の奥さんには(中学の同級生)、「なんであんなにおっかね顔して写ってんの?」と言われてしまった。本人は口元に微笑みをたたえていたつもりなのだが、ナルホド、全くそうは見えない。

タレントさんがいつも笑顔で写っているのは、鏡の前で笑顔の研究をして、かなり大袈裟に微笑んでいるからだ。

もっと思い切って「イー!」と口角を上げ、歯を見せないととても笑っているようには見えない。

それがとても照れくさくてなかなか出来ないが、後で「おっかね!」と言われるよりはましなので今後は気をつけよう。

今年のシネマウィークは、人気の作品を集めた。

8日の金曜は、例年の文化庁の古いフィルム、モノクロ映画だ。「おかしな奴」「吹けば飛ぶよな男だが」の2本立て。これは高齢者学級の「夢寺子屋」の課外授業に組み込まれている。

9日の土曜は、午前中が「それいけアンパンマン!」午後は、田村市出身の女優佐藤みゆきさん主演の「真白の恋」、当日は彼女が舞台あいさつにも来てくれる。

10日の日曜はアカデミー賞候補作品、「LION~25年目のただいま~」と、間違って受賞作品にコールされてしまった「ラ・ラ・ランド」だ。これはさすがに券が売れて完売が近い。

「ラ・ラ・ランド」は特にラストシーンが大好きだ。映画史に残るラストシーンと言っても良いだろう。

ラストシーンと言うには長いが、冒頭で二人が出会った酒場へ思い出が逆回り、もし二人がここで違った選択をしたら、こうなっていたかもしれない人生が名曲に乗せて描かれる。

人生のもし、if、もし。誰もが振り返って味わうちょっぴり苦い思い出。

今はそれぞれの道を歩んでいるけれど、もしあの時・・・あんなに愛し合った二人が別れずに済んだなら・・・。

おそらく誰の胸もキュンと来る事だろう。

そんな話題の映画を、ぜひ楽しんでいただきたい。1本500円です。

2017年11月27日 (月)

もみじ会の頃

病院のOB会は春の総会と秋のもみじ会と年に二回開かれる。

今年ももう、そのもみじ会の季節になった。

今年の講演会は会津若松警察署交通安全課の主任さんのお話。高齢者の交通安全について。

お土産に、安全のために靴に張る、光るテープをいただいた。三つもポケットに入れてもらって来た。

早速、普段の革靴と、休みに履く靴のかかと部分に張った。普段は真っ黒で全く目立たない。これにヘッドライトが当たるとピカッと光るらしいが、本人は見る事が出来ない。

もしかすると本人も全く気付かないところでこのテープに命を救われた・・・なんてことがあるかもしれない。

講演したF主任さんは全く警察官らしくないスリムな風貌、青白きインテリと言う感じだ。

聞けば大学では東北の古代史を専攻し、本当はその研究者になりたかったが、それではとても飯が食えないので警察官になったという変わり種だ。

秋田出身で訛りがきつい。朴訥なしゃべり口はお年寄りのウケがすこぶる良い。

最後にはとにかく事故に合わないように!との祈りを込めて、なんと一節、秋田県民歌を歌い拍手を浴びた。

続く懇親会には総勢100名ほどが出席、久しぶりの笑顔に旧交を温める。

F主任さんとは東北史や高寺などの話で大いに盛り上がった。警察関係の話は全くしませんでした。

このOB会で配られる「たけだの風」という手づくり新聞(A4版・4ページ)は今回で21号になる。

11年前に私が作って配り始めた。

当時は医療崩壊が叫ばれ、何かと医療者に風当たりのきつい風潮があった時期、ネットの掲示板には根も葉もない悪口が、山ほど書き込まれていた。

中には一聴に値するものもある事はあるが、ほとんどは憂さ晴らしの無責任な放屁の様な中傷ばかりだ。

片方を褒めて、片方をこき下ろす。何の根拠も事実もない噂話をまことしやかに匿名で書き殴る。

また、患者さんサイドの権利者意識の異様な高まりは、病院内でも様々なトラブルを引き起こしていた。

そんなこんなを辛抱強く手当てし、解決する仕事の一環として始めたのが「たけだの風」だった。

なんといっても病院の応援団でもあるOBのみなさんにもっと良く病院の実情を知ってもらう事が一番。

そんな思いで変わりゆく医療の現状、院内のニュース、自慢話しなどを出来るだけ分かり易く書いた新聞を作ったのだ。

それまでそうしたケアが全くなかっただけにOB会のみなさんには大変喜んでもらっている。(と信じてる)

会長さんは毎回必ず冒頭に、この新聞は帰ったらしっかりと読んでくださいね。とひと声かけてくれるので嬉しい。

懇親会はおよそ2時間、時に歌自慢が歌を披露したり、詩吟を聞かせてくれたりもする。

閉会はいつも万歳三唱だ。

春は夏の暑さに向かう元気をもらい、秋は冬の寒さを乗り切るパワーをもらって散会となる。

副院長のM先生、K先生、看護部長と近頃話題の、近くの「ユキの茶屋」に流れた。

オム焼きそば、水餃子、マーボ豆腐など、さらっと食べて熱燗を結構飲んで4千円という驚きのお値段。

「ここは私が!」年長者なのでそうはなるものの、とても言い易い金額でした。

もみじ会、万歳!!!

2017年11月26日 (日)

サムライの月、寒い

武士の士は十一、今年のサムライ月はなんだか寒い。

すっかり冬の様な一ヶ月進んだ気温が続き、早い冬の訪れに「参った、参った」の声があちらこちらから聞かれる。

勤労感謝の日の前日、高郷の温泉施設にロータリークラブで新そばを食べに行った。夕方の出発だった事もあったが寒く、皆、真冬のコートで集まった。

とっぷりと日の暮れた中を走る。目指す施設の周りはうっすらと雪化粧をしていた。

今年の新そば、ゆでたては美味しいが冷える。熱燗が沁みる。

唐揚げや野菜炒めなどの料理もたっぷりあり、そこにザル2枚半は少々多過ぎた。

腹がパンパンで会津若松市に戻った。

腹がパンパンなのに、オジサン5人でもう一軒行った。

これが最近、誰かが見つけたらしい話題の店。

ワシントンホテルの前にある「ユキ(漢字だがどんな字か忘れた)の茶屋」という、なんというか、中華料理・居酒屋さん。

とにかく安く、ボリュームたっぷりなのだ。満腹なのでボリュームは要らないのだが、大きなお皿にたっぷりのマーボ豆腐がナント300円だ。

紹興酒を2本入れて、生ビールや日本酒まで飲んでお一人様2千円にもならなかった。

本物の中国人の方がやっているのでなかなかオーダーが通じない。身振り手振りで頼む。それがまたちょっと盛り上がる。

勤労感謝の日は磐梯カントリーの最終感謝祭のコンペだったが、風邪気味な事もありパスさせていただいた。

聞くところによると恐ろしく寒かったらしい。

25日には同級生で最終の磐梯を予約していたが、それも悪天候が見込まれキャンセル。

いわきのゴルフ場を取ったり、いわきに傘マークが付いたので今度は那須に取り直したりと二転三転、だが無事に西那須野カントリーで最終戦を楽しんだ。

名門でかなり難しいコース、それもOUTとINの表情が全く違う。スコアはボロボロだったが違うゴルフ場を1日で2ヶ所楽しんだみたいで、面白かった。

朝は冷え込んで、シャーベット状の雪の中を出て行ったが、この日は最高気温も12度ぐらいまで上がり、セーターでプレイする事が出来た。

近頃は朝起きるとまずサンルームのストーブを点けるのが日課になった。居間はタイマーで暖まっているが、こっちは寒い。

こちらもタイマーにすれば良さそうなものだが、まだ11月だし・・・と、ささやかな抵抗をしている。朝の「ピッ!」がひっやりした空気の中でよく響く。

ティファールでお湯を沸かしそば茶を飲む。

朝に一本、WOWOWドラマを見るのが最近の常。BSでは結構良質のドラマを作っている。一度、予約で撮ったら次から次と撮れてどんどんたまる。

全6話ぐらいの1時間ドラマ、思わず次々と見てしまう、近作は「片想い」「石つぶて」など。

家人も5時半前には起きて、そば茶を飲み新聞を読み終える頃には身不知柿をむいてくれる。

会津ならではの身不知柿、冷たい柿は実に美味しい。が、パクパク食べると冷える。

思わずぶるっと震える11月、今年の会津は寒い・・・。

2017年11月15日 (水)

金沢に行って来た

「生と死を考える会・会津」の研修旅行で金沢方面に行って来た。

金沢市内を観光し、片山津温泉に一泊、永平寺を参拝して帰って来るという、研修旅行とはいっても、今回はお勉強会のない、観光旅行だ。

去年の佐渡島は、参加者が少ないために実施できなかったので2年ぶりの旅行という事になった。参加者は22名。

あいにくの雨を突いて、北陸道を走る。

時折激しく叩きつける雨、かと思えば日本海に日差しが出て天使の梯子がかかる。

金沢の兼六園、東の茶屋街の観光は雨の合間を縫って。集合時間にバスに乗り込むと急に降り出すなど、奇跡の様なタイミングだった。

楽しみにしていた金沢21世紀美術館は、雨模様という事もあり大変な混雑ぶり、ただし、がっかりだったのは作品の入れ替え時期に当たり、半分以上の展示室がクローズだった事だ。

あれでは現代美術の迫力も、ユニークさや大胆さにも触れることはできない。入場料返して欲しかった。

片山津温泉は初めて行った。

なんだかとてもさびれた温泉街といった感じ、休業や廃墟に近いような旅館も数多くみられた。

泊まった宿も、温泉の中では大きな方らしいが設備が老朽化だ。部屋はどこを歩いても畳がぎしぎし鳴った。

ただし、湯は有名なだけあって悪くない。

何でもバブルの最盛期にはすごい盛り上がりで、各旅館から湖に船を出して船の中での饗宴が名物だったらしい。それが規制され出して、バブルも弾け、温泉街は一気にしおれて行ったという。

広間での宴はカラオケのサービスもあって大いに盛り上がった。すごく歌のうまい御婦人が居て、最後は「会津磐梯山」で、みんなで輪になって盆踊りを踊った。

部屋での二次会、それも早々に切り上げ、風呂に入って寝た。

翌日は雨も上がりまずまずの天気だ。

永平寺の参拝へと向かう。曹洞宗の大本山、立派なお寺だ。ここも初めて。

勝手に思い描いたイメージよりは大分コンパクトな感じがした。(それでもすごくでかいけれど・・・・)

それから竹人形の里、九谷焼の窯元で昼を食べて、一路会津を目指す。

バスが停まる度に、もの凄い量のお土産を買い求める女性陣。一体いくら使うんだろう?と人様の財布が気になるほどだ。

先の予定では、この週末に名古屋へ帰るはずだった娘と孫は、ウィルス性の扁桃炎のため、まだ我が家にいる。

私も、その分お土産が増えた。

19時過ぎにバスは会津若松駅前に到着、会津は雨模様。

一体、天気に恵まれたのか恵まれなかったのか?よく分からないままに、無事に研修旅行を終えたのであった。

2017年11月12日 (日)

きっと幸せに

先日の介護研究会で猪苗代の訪問看護ステーションの方が、在宅での看取りについて発表された。

その訪問看護師さんが、「昔、E・Sさんにご指導いただき、大変にお世話になりました・・・」と懐かしい名前を挙げた。

E・Sさん、当院のみならず会津地域の訪問看護ステーションの確立に力を尽くした看護師さんだった。

旦那さんも当院で働き、医事課の部長を務めた。

おしどり夫婦だった。

その夫婦が、不慮の事件で襲われて亡くなってから、もう7,8年になるだろうか・・・。

これだけの時間が経ってなお、訪問看護、といえばその人の名が出るくらいだから素晴らしい仕事をしてこられた事は疑いがない。

夏の朝、二人は突然にこの世を去った。否、去らさられてしまった。

突然のことを、働く仲間に告げる役目は辛かった。

今はもう無い、本館10階の看護部長室に課長以上の看護師を集めて、事件のあらまし、現時点で分かっている事実だけを述べた。

部屋の中に轟いた悲鳴のような驚愕の叫びを忘れることはできない。

みんな涙があふれた。

真夏の葬儀場、出棺を待つ炎天下に黒い喪服の杜が出来た。

滴る汗、こぼれる涙、蝉しぐれとすすり泣きの声以外に何も聞こえない葬祭場に、出棺を告げるクラクションがひときわ高く、悲しく響き渡った。

Eご夫妻の忘れ形見、一人息子のKくんは医大を卒業後、両親の働いた当院で臨床研修医として働いた。そして、今は福島で後期研修を行っている。

11月の初めにそのKくんが、めでたく生涯の伴侶を得た。

お嫁さんも会津の出身の医療者、将来は会津に戻り、良医として活躍する事を心から期待している。

この結婚を、医者となって独り立ちする息子の晴れ姿を、誰よりも喜んだのは天国で微笑むEご夫妻だろう。

二人はきっと幸せになる。・・・・幸せにならなければならない。

二人を知る誰もがちょっと胸にこみ上げる、この慶事。

末永くお幸せに!と心から祈り、思わず空を見上げた秋の日でした。

2017年11月 8日 (水)

そんなに詳しく報じなくても

アパートの一室に首が9つ。

猟奇的な事件は人の善からぬ好奇心をかきたてる。

一体何が起こったのか?どうしてこんな事が起こったのか?報じる使命がある。

とはいうものの、テレビや週刊誌も売れるから、視聴率が取れるから、とことん報じたがるのだろう。

人が死ぬのを見てみたい、という欲望を持つ人はいる。

人の遺体を損壊してみたい、という欲望を持つ人はいる。

一線を越えた、許されない欲望を持つ人は確かにいる。

人様に迷惑をかけなければ、法に触れなければ、どんな趣味趣向を持とうが個人の自由だ、といえる。

しかし、欲望の境目は極めて曖昧だ。

女性の後ろ姿ばかりを集めたサイトがある。ギリギリセーフかもしれないが、盗撮だったらアウトだ。

人の心には本人も気付かない闇や淵があったりもするものだということ。

もし万が一にもそんな自分さえ気付いていない部分を目覚めさせてしまうような報道は要らない、と思った、という事だ。

損壊の手口や、処分方法、どんな状態であった、などという事まで聞いてみたって仕方がない。

ましてや自殺志望者が集うサイトの存在など知らなくてもいい。

以前にも女子高校生が友人を殺した事件があった。その動機が人が死ぬところを見てみたかった・・・怖い話。

よく分かったのはインターネット上にはありとあらゆる欲望の入り口が存在しているという事だ。

美味しいものが食べたい~死にたい、殺したいまで。他人に迷惑をかけようが、法に触れようが、あるものはある。

調べたい人、入り込みたい人は、アリスがトンネルに落ちたみたいに入り込んで行けるのだ。

なにも、朝の慌ただしい時間や、夕餉の時間に何気なく点けたニュースでそんなに詳しく報じる必要はないように思う。のだ。

・・・今年の会津の紅葉はいまひとつ、ふたつだ。

磐梯カントリーの12番ホール、グリーンの右手に大きなヤマモミジの木がある。

赤、紅、橙、緑が入り混じり見事な紅葉を見せる。先日、秋晴れの下でラウンドしたが、その美しさはさっぱりだった。(ごめんねモミジさん)

いきなり秋が来て、長雨続き、週末ごとの台風で、知らない間に霜となる。

これじゃ木々も美しくその身を飾る暇がないというもの。

ま、これもあんまりはっきり伝えてしまうと、観光客が減ってしまいますかね・・・。

2017年11月 4日 (土)

「ど煙火」が良いね!

3日、文化の日に「第二回会津全国煙火競演会」が開かれた。

去年は「ど煙花」という名で行った競技会、いわゆる花火大会だ。

藤室街道を通行止めにして、およそ三キロ四方の田んぼを使って行う全国でも珍しい花火大会だ。

昨年観て、あまりに素晴らしかったので今年は孫を呼んだ。

市街地が近く、尺玉などは上げられないらしいが、その分、下から噴水のように湧く花火や、中空で華開く色とりどりの花火、それらが音楽に合わせてひとつのドラマを描く、素晴らしい花火ショウだ。

その間に煙火競技も行われて、花火を鑑賞する楽しみ方も教えてくれる。

そんな、およそ1時間の花火大会だ。

こんなすごい花火大会が会津で行われている事を知る人は少ないだろう。ぜひ、全国から見に来て欲しい。一見の価値は十二分にありだ。

この花火大会の運営の中心が会津若松商工会議所青年部のメンバーやOB達だ。過去に私も所属していたので後輩たちと言う事になる。

従って知っている顔も少なくない。

昨年はちょうど京都から友人が来たので一緒に見てその素晴らしさにびっくりした。(その模様は昨年の今頃のブログにあります)

昨年は家から歩いて行ったが今年はそうもいかない。

週の頭の天気予報は曇りに傘マークだったが、当日は抜けるような快晴となった。

借りたベビーカーを積んで、四時半にタクシーで会場の出来るだけ近くまで行ってもらった。そこからは歩き。孫はもうすたすた歩くが、人が多いのでベビーカーに乗せてしまった方が楽だ。

後輩が、本部席にほど近い良い席を取ってくれた。

花火なのでもちろん会場の外からも見えてしまう。会場内はおよそ5000人とか言っていたが、その数倍は外から見ているだろう。

会場近くの家では、友人を呼んでバーベキューを楽しんでいる姿が目に付いた。

昨年、実行委員のMくんにFM放送もやればいいよ、と伝えた。ラジオから音楽が流れれば、遠くから見ていても音楽に合わせて鑑賞できる。(音と花火は離れれば離れるほどズレてしまう)

それではただ見が出来るので困るのかもしれないが、せっかくの素晴らしい花火、それくらいのサービス心があってもいいだろう。

今年はFMあいづの中継がちゃんと入っていた。花火観賞師と言う人がいるらしくその方の解説付き。音楽はラジオからも楽しめる。

「遠い人はラジオかけてね」とあからさまには言えないが、高台にクルマを停めてカーラジオからの音楽と遠い花火を楽しむのもきっと一興だったことだろう。

オープニング花火に始まり、煙火競技が2種目、コマーシャル花火のコーナーがあり、エンディングは長野の紅屋青木煙火店の打ち上げだ。

この花火師を追いかけて全国から追っかけが集うというほどの名人だ。

プログラムはあっという間に進む。

エンディングの「希望の唄」に合わせた打ち上げは本当に素晴らしかった。約5分の間に無数の花火が打ち上げられる芸術性の高い作品だ。

孫ちゃんも息を飲み、最後に「すごーいねぇ!」とひと声賛辞を贈った。

娘も大感激の様子、来年は最後との噂もあるのでパパも呼びたい、と話す。

そうそう、今年はもうひとつおまけがあった。東の空に見事な秋の満月が、花火の間中浮かんでいたのだ。

こんな演出はやろうと思っても出来ることではない。雲ひとつない夜空に浮かぶ秋の名月、その月の美しさに見とれている内に始まる打ち上げ花火・・・花火の煙で時折月は赤味を増し、静寂が戻ればまた煌煌と会津平を照らす。

すごいおまけだった。

終了後、真っ暗な田んぼの方から花火師達が赤いライトを振った。

「みなさんも懐中電灯やスマフォのライトで花火師のみなさんにエールを送ってください!」のアナウンスで、慌ててスマフォのライトを点けた。

大きく振る。

ふと見ると藤室街道の道路いっぱいに無数のスマフォの明かり揺れている。この光景にも少しキュンと来た。

今年はMくんにどうして「ど煙火」はやめたの?と聞いてみた。商標の問題でもあって使えないのかと思ったが、そうではないらしい。

だったら、「ど煙火」が良いんじゃない?と言った。

なんだかオヤジギャグみたいで私なら付けないけれど、悪くはない。

一度で印象に残るし、煙火って花火の事、と聞けばすぐに分かるし忘れない。

煙火競技と聞いてすぐに「花火」と分かる人はそう多くはないはず。だったら、「ど煙火」でいいんじゃない?と、また余計なお世話を言った。

なにはともあれ素晴らしい花火をありがとう、来年も楽しみにしています!

ブラボー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

2017年11月 3日 (金)

孫来たる。

孫が来た。今回は、三日に行われる花火を見るのが主な目的。夏以来だ。

郡山に迎えに行くと、相変わらずの痩せっぽで、最初はすぐに照れる。

口は益々達者になり、会津までの道中、空想物語をぺらぺらとしゃべる。恐竜が出てきたり、ジャコウネズミが出てきたり、夕焼けの磐梯山を眺めながら話し続けた。

『ストライダー(ペダルのない蹴って進む自転車)がない生活は考えられない』と言われて、家人はストライダーを探した。

なんとかオフに2台見つけて、つばを付けておいた。

ピンクとオレンジ、早速オレンジを選びハンドルとイスの調整をしてもらって店内を走る。

これがないと困ると言われれば買わない訳にもいかない。8千数百円、帰ったらまた売ればいいが、売れば500円ぐらいだろう。

駅前のピボットで買い物をして帰る。

久しぶりに「お風呂入るぞ」と言っても「いや」とは言わないところが嬉しい。ただし、「ジイジのは早すぎる!」と注意を受けた。

アタマをこするのもタオルで拭くのも、勢いが良すぎて早い、キツイ、というのだ。「分かった。ゆっくり丁寧にやります」と約束させられた。

普段平日は、ほぼママと二人だけの生活から解放されて娘の方も羽を伸ばす。

今回は十日ぐらい、いるらしい。

いきなりうるさくて、モノ(おもちゃその他)に溢れる日々、少々寒いのでストーブも焚いて、風邪などひかずに元気で過ごして欲しいと願っている。

2017年11月 2日 (木)

メイキャップ

お化粧の話ではない。

ロータリークラブにはメイキャップという制度がある。

ロータリークラブの活動の中心は毎週の例会だ。世界中の多くのクラブが週の何曜日かのお昼に、昼食をはさんで1時間の例会を行う。

その自分のクラブの例会に出席できない場合、他クラブの例会に出席する事をメイキャップという。その出席が自クラブの出席に振りあてられる、すなわち欠席を出席にメイキャップ出来るという訳だ。

このメイキャップ、ロータリアンであれば世界中どこのクラブの例会にでも出席できる。メイキャップ料(昼食代)を払えば(あらかじめの連絡はした方が良いが)飛び込みでも参加可能、言語の異なる異国のクラブでもきっと温かく迎えてくれる。

我がクラブにそのメイキャップの達人がいる。寅さんの愛称で親しまれるO氏は、会津漆器の販売で全国を飛び回っている。

その旅の先々でロータリークラブの例会を見つけるとメイキャップされるのだ。

フーテンのの寅さんよろしく、気ままではないかもしれないが、一人旅の営業、メイキャップが仕事の良い気晴らしになり、楽しみでもあるらしい。

彼のように社交性に富み、どこにでも臆さずにいける人は良いが、なかなかこのメイキャップ、敷居が高いところがある。

そこで、昨年度から出席委員会を中心に、何人かで他クラブにメイキャップしてみようという試みが行われている。

昨年度は市内四クラブを回った。

そこで今年度、この委員会をまかされたので引き続き、今度は市外のクラブを回ってみようという事になった。

10月の末日、喜多方ロータリークラブへメイキャップしようという事になった。

当初、遠いので人が集まるか?と心配したが、9人も行く事になった。これだけ大勢のメイキャップは例がない。

楽しくお邪魔した。

例会中にあいさつの時間を与えられた。それも例会の予定メニューを変更して3名にたっぷりと話して欲しいという事になった。

まずK会長がロータリークラブは家族の理解が必要、と言う事を自分がこどもの頃の、祖父、父親がロータリアンだった思い出を交えて語った。

今年80歳を迎える大ベテランのMさんのスピーチは、クラブの若返りの必要性を、自分が若かりし頃の諸先輩の思い出を交えて話された。

そして私。出席委員会がなぜこうした試みをしたかを話して、喜多方クラブに来てもし、話す機会があったら紹介しようと思っていた一編の詩を紹介した。

山形県酒田市出身の詩人・吉野弘さんのこんな詩だ。

「虹の足」   吉野弘


雨があがって
雲間から
乾麺(かんめん)みたいに真直な
陽射しがたくさん地上に刺さり
行手に榛名山が見えたころ
山路を登るバスの中で見たのだ、虹の足を。
眼下にひろがる 田圃(たんぼ)の上に
虹がそっと足を下ろしたのを!
野面にすらりと足を置いて
虹のアーチが軽やかに
すっくと空に立ったのを!
その虹の足の底に
小さな村といくつかの家が
すっぽり抱かれて染められていたのだ。
それなのに
家から飛び出して虹の足にさわろうとする人影は見えない。
――
おーい、君の家が虹の中にあるぞォ
乗客たちは頬(ほほ)を火照(ほて)らせ
野面に立った虹の足に見とれた。
多分、あれはバスの中の僕らには見えて
村の人々には見えないのだ。
そんなこともあるのだろう
他人には見えて
自分には見えない幸福の中で
格別驚きもせず
幸福に生きていることが――

この詩を読むたびに、本当は榛名山麓が舞台の詩なのだが、あの雄国の広々とした台地とその下に広がる喜多方の風景を思い描く。

榛名山を勝手に雄国に替えて読んでみた。(スミマセン)

そんなこんな事を話して、時に虹の足の中のように輝いて見える喜多方市の芸術文化運動の活発な事を、羨望の気持ちを持って眺めている事を申し添えた。

帰り際に、「感動的なスピーチありがとうございました」と言われたのがちょっと嬉しかった。

喜多方ロータリークラブのみなさま、大挙してお邪魔して大変お世話になりました。ありがとうございました。

次回は田島に行こう!という声が上がっている。

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