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2017年9月15日 (金)

おすわり

中学時代によくおすわりをさせられた。

中学2年、3年と女性のT先生が担任だった。体育の先生で新体操の指導者、バリバリに元気な先生だった。

この先生には本当にお世話になった。高校受験時に母親が福島医大の病院に長期入院してしまう事態になり、周囲は大分心配した。

本人はわりと平気で難なく受験を乗り切ったが、実際はT先生のサポートのおかげだったと思っている。

そんな事もあり、今もお付き合いをさせていただいている。

そのT先生は女性という事もあって体罰は反対派だったのだろう。代わりによく、「おすわり」を命じられた。

机の脇に正座させられるわけだが、5分もすると足がしびれて来る。結構きつい。

私は特にかわいがられていたのかもしれないが、よく職員室に呼ばれて、先生の机の脇に座らされた記憶がある。

他のクラスの男の先生がやって来ると「なんだ、またオメか、今度は何やったんだ?あんまりT先生を困らせんじゃねえぞ!」と冷やかされる。

T先生は涼しい顔で、机の上でせっせと採点に精を出している。ひどい時には小一時間もおすわりさせられた。

「先生もういいべ、勘弁して~」「ダメ!」「分かった、反省してます」「全く反省してないと顔に書いてある」

そんなやり取りを経て、解放されるとすっかり嬉しくて、なんで怒られたのかも忘れている始末だった。

その、おすわりや立たされるという行為も今では体罰と認定されていると、恥ずかしながらつい最近知った。

南会津の中学校で生徒に正座を命じたという新聞記事が、三面ではあるがデカデカと出ていたので驚いた。

教師の暴力事件と同じ扱いだ。

座らされた方は、何で座らされたのかよく分かっていない。

読めば確かに先生の一時のヒステリックな怒りが引き起こした不条理な出来事にも思えるが、それにしてもだ。

誰もが告発者になれる社会は、ある意味、誰もが必殺仕置き人になれる社会なのかもしれない。

それも、この世の悪を闇に葬る、という勧善懲悪だけではなく、単に自分が気に食わない奴を痛い目に合わせる、という程度の身勝手な仕置き人にもなれる。

新聞沙汰になった教師にはそれなりの処分が下されて、日々が変わる。

おすわりさせられた足のしびれは消えてなくなるけれど、事件になってしまった疵は多くの人々の心に残り、長く尾を引くに違いない。

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