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2017年7月28日 (金)

夢で逢えたら

寝苦しい夜の朝ぼらけ、母親の夢を見た。

本当に久しぶりに母の夢を見た。考えてみたら今年、私は母の亡くなった年齢になっている。

夢は、なんという事はない遠い日のひとこまだ。

仕事が終わってそのまま飲みに行ってしまい、「晩ご飯は要らない」と、電話の一本も入れればいいものを、面倒くさいからまあいいか、とほったらかしにする、そんなバカ息子・・・。

あの頃は携帯なんかなかったので、いちいち電話をするのも面倒だったというのもあるが、それでも電話ぐらいしろよ!という話だ。

用意したままのおかずが、寂しくあった。

夢というのは本当におかしなものだ。夢の中では「全くうっとうしいなぁ、このババア」と悪態をつく当時のバカな気持ちでいるのだが、ハッと目を覚めるといきなり、今に戻り「ああ、おかあちゃんごめんな!ごめんな!」となる。

本当にあんなことしてごめんな、いつも心配掛けてばっかりで、それなのに悪態ついたりして、親孝行も出来ずにごめんな!と、夜明けの蝉しぐれ中で目覚め、涙が滲む。

若い時には母親の無償の愛に包まれていることが当たり前だと思っていた。母親だったら当然だろう、ぐらいに思っていた。そんなバカだった。

35歳の時に母親を亡くした。

会津を離れていた二十代の頃、実は泣いた事が無かった。涙も出なかった。

映画を見て感動したなんてよく言っていたが『追憶』も『愛と青春の旅立ち』も、泣けるよなぁ~!とカッコ付けて言ってたものの、嘘泣きだった。

今の若者はよく泣くようだが、若い頃は本当に泣いたりしなかった。というよりも、なぜかそう簡単に涙が出なかった。

大人になって再び自分が泣くんだ、と自覚したのが、母親の死を迎えた時だ。

余命一ヶ月の宣言を受けて日に日に弱りゆく母・・・。

明け方突然に、枕をかじりながら泣けた泣けた、むせび泣く私に家人は驚き、おそるおそる背中をポンポンと叩いてくれた。

母の兄弟たちが最後のお別れに来るというので、会社を休んで駅まで迎えに行かなければならなかった。

その時、なぜか時間つぶしに一本のドラマを見ていた。北の国から「初恋」、真っ白な雪の中の純の初恋、切ない恋物語に涙が止まらなくなった。

「母親が死んだらきっと悲しいだろうなぁ・・・」と想像はしていたが、お葬式の時には想像した何千倍も悲しく、あまりの悲しさに自分でも驚いた。

あれからだ。普通に泣けるようになったのは・・・。

近頃では加齢もあり、普通を越えてむしろ涙もろい方になっている。朝ドラを見ても泣けてしまう日々だ。

夢で逢った母は、当たり前だが死んだ時よりも若い。

色白で、分厚い眼鏡の奥で、優しく笑っている。そして私がどんなに無体な振る舞いをしても、ちっとも怒りはしないのだ。

今思えば、どうしてあの時あんなにひどい事を平気でしたのだろう?あんな言葉を母に言ったのだろう?なんてことばっかりだ。

それでも母はこんな私を、「自慢の息子だ」と言って、微塵も疑うことなく愛し続けてくれていた。

この秋には私も母の年齢を越える。

もう一度、会いたいなぁ・・・「おかあちゃん」

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コメント

ご無沙汰してます!お元気でしょうか?お盆休みの帰省前、こころに響きました。ありがとうございます。

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