« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »

2017年6月

2017年6月27日 (火)

蟻の一穴

人一倍頭の良い人達が集まって分かりきったようなウソをつくのは、大変だろうなぁ、と妙なところに感心してしまう。

文書があったか無かったか、とか、メールがあったかどうかなんて、コンピュータ音痴な私でさえも、ちょっとしたキーワード検索をかければ一瞬にして分かる、という事は分かる。

それを調べても無かった、いくら探しても確認できない、と、コンピュータを駆使出来るおりこうさんが寄ってたかって、ウソをつかなければならないのだから大変な事だ。

明らかにおかしなことを、さも正しい事であるかのように突っ張ねる。その根性は大したものだが、恥ずかしくはないのだろうか?という単純な思いにかられる。

厚顔無恥であって、紅顔無知ではない。

新聞の全国紙でいきなり『あの人はいかがわしいところに出入りしている人だから何を言っても信用しない方がいいよ』みたいな記事が出る。空恐ろしい・・・。

この国のトップが熟読しなさい、とも言っていたあの新聞だ。

あれはマスメディアの自殺行為・・・そのせいでもないだろうがジャイアンツは負けてばかりだ。

「嗚呼!中途半端に一つだけ認めたボクが行けなかったんだ。もう、二つでも三つでも作りたいところはどんどん作ればいいのさ!」

あんな見事なちゃぶ台返しは、星一徹以来だ。

これほどエラーばかりが続いても、反対側の受け皿が無いという事態は、恐ろしいものだ。

インチキや嘘も、厚顔無恥で踏ん張ってさえいれば、やがて時の波に洗われて、あったか無かったかさえ分からなくなってしまうだろう。

うやむや海岸。

一見、盤石に見えた政権が勢い余って、自らの岩盤規整にまで穴を開けてしまったようだ。

蟻の一穴がそこここに・・・一旦流れ出たボロ水はやがて、固い硬い岩盤を突き破るかもしれないなぁ・・・と思える会津は空梅雨です。

でも曇っても降り出さず、まだ例年の42%しか雨が降っていないという事です。

2017年6月21日 (水)

お説教

芸者衆がお座敷で踊りを披露する時には、鳴り物が入り生の長唄で小粋に踊るのがもちろん一番良いに決まっているが、三味や太鼓をどの席にも、という訳にはなかなかいかない。

そこで、テープやCDで唄を流し踊る事になる。

お姐さん方も結構古いので、昔懐かしいカセットテープを使ったりする事もつい最近まであった。

さすがに近頃は若い芸者衆が、今時の機器を使い、大分良い音でお囃子を入れるようになった。

高性能の小さなスピーカーをポンと置き、アイポットから飛ばして音を出す。時代も進んだ。

先日のお座敷でも小さなスピーカーを置いて、アイポットをピコピコといじくって、それではと舞いを披露してくれた。

会場は拍手に包まれ、またアイポットを操作して次の曲をかける訳だが、それを堂々とみんなの目の前でやるので、私だけなんだか少し白けた。

「いやー、さすがに時代も進んでるんだねぇ、芸者衆も進んだもんだ!」とお年寄りは(自分もそう言われるかも、だが)しきりに感心する。

その踊りを披露してくれた芸者さんがお酒を注ぎに来てくれた。そこで、爺いなのに老婆心ながら。

「あの、音を出すのは良いけどさ。お客さんの方を向いてピコピコやるの、その日本髪の鬘と着物姿にはどうも似合わない気がする。ここはみんな知り合いばっかりだから気にしないかもしれないけど、会津へ来た観光客の中には初めて芸者さんを観る人もいるんだからね。せめて、後ろ向くとか・・・」

「そっか!それもそうだね」と意外と素直だ。「やっぱ、もう一人が陰に隠れてやるとか、その方がいいよね。うん、良い事聞いた!」

よろしい!と言いたいほど素直に聞き入れた。で、調子に乗って・・・。

「スマフォも持ち込むなよ、まさかお座敷でいじらないだろうけど、あれも興醒め。祇園の芸者衆なんか、絶対お座敷にスマフォ持ち込んだりしないと思うよ」

「そうだね。持っててもこれからは絶対出さないようにする」

「ま、こんな小うるさい事言うのは俺ぐらいかもしれないけどね。誰も気にしてないかもしれないけど、やっぱりそこら辺がコンパニオンとか、スナックのおねえちゃんとは違うんだから・・・」

「うるさいことない。そういう事、言ってくれる人が大事!」と、なんだか逆に少し励まされた感じ。

いつでもどこでも、やたらとスマフォ的なものをいじくり、電子音を鳴らすのはどうにも白ける。遊びの時間だとなおの事だ。

先日、こんな人もいた。(もちろん芸者さんではないが)

耳に、何か黒い小さな補聴器みたいなのを常時付けている人がいる。

あれは携帯の電波を受けていると思うのだが、周りが分からない内に電話がかかって来て、急に隣りで話し出したりする。

こちらは話しかけられたかと思って驚くが、電話なのだ。

なんかペラペラしゃべりながら歩いている。

で、そのままティーグラウンドに立ちしゃべりながらボールを置いて「ちょっと待って」と言ってそのままティーショットをした。

『いくらなんでも・・・そんな事までしてゴルフ場に来るな!』とは思ったが、それほど親しい人ではないので、こっちの方がはるかにお説教に値するわけだが、慎んだ。

しかし、不愉快。

私は左にOBしているというのに、彼のボールはフェアウェイのど真ん中に落ちてどんどん転がりランも出でいる。

なおの事、頭に来た。(人間が小さいと言えば小さいかもしれないが、普通だろう・・・?)

『ふざけんな!』・・・大きな心の声が響いた。

2017年6月19日 (月)

絶対じゃない絶対

お酒を飲んでペラペラ話すと、結構頭の回転がよくなる。

ま、良くなって、かなり勢いが付いて来て、その内調子に乗って回り過ぎて、やがて沈没・・・というのが、パターンではあるが、ちょっとお酒が入ると回転がよくなることは確かだ。

話している内に、『あれ?俺はこんなこと考えてたんだ、考えてたんじゃなくて今、話しながら考え付いたんだ!』なんてことがよくある。

とあるイベントの反省会の席、宴席になって周りに観光関係の若い職員が揃った。こんな話・・・。

「産業遺産とかあるじゃないですか?会津にはそういう世界遺産みたいなのはないんですけど、産業(工場)見学って面白いと思うですよね。古くからある昭和電工さんとか、三菱伸銅さんとか、どう思います?」

そこで私「こんな山国に昔から大きな金属工場がなぜ作られたか知ってる?それは水だよ、豊富な水と水力発電の電気。昔は、電気を作ったところで使えば安く使えたわけ、そこでものすごく電気を使う産業は発電所が近いところが有利だったわけさ。猪苗代湖と会津盆地、すごく近いけど大きな標高差があるの知ってる?

 だから日橋川沿いには沢山発電所があるんだよ。見た事ある?古い発電所、雰囲気あるよ~。そういう発電所と金属工場、地域の持っている物語を伝える、それが本当の光を観る、観光さ。他所で流行っているから工場見学じゃなくて、そういう心惹かれる、会津ならではの物語を生むような企画を考えなきゃダメさ、素敵な物語があればどこからでも人は来る。SNSやITで情報は世界中に伝えられるんだから・・・・」

末廣の生酒一本で、このくらい調子のいい言葉がぽろっと出る。

多少、怪しげな部分があるかもしれないが、物語のある観光はこれからますます重要になって来る事は間違いないのだ。

もう一人の彼はこんな事を言い出した。

今ゲームの世界と日本刀が結びついて、女性を中心になかなかの日本刀ブームなそうだ、という事はニュースで知っていた。その日本刀の話。

「足利では400万円かけて、ゲームにも登場する刀一振りを展示しただけで3万人も集めたんですよ。会津でもやりたいと言ったらまるで相手にされませんでした。」

「会津にもそんな有名な刀あるの?ありますよ、それをまずDMM(だったか?)のゲームと合体させて、ゲームの中で有名になった刀を見せるんですよ・・・」

「面白いな、そういう名刀というか、妖刀見たいなの会津にあるのかな?」

「あると思いますよ。日本でも有名なコレクターがいらっしゃいますから・・・」

私「そっかあ、戊辰150年で何やるか分からないけど、戊辰の恨みの刀みたいなの集めたらすごいよな。土方歳三や近藤勇の刀、斉藤一とか佐川官兵衛の刀とか、そんなのあるかどうか分からないけど。『恨み』はちょっとストレートすぎるから『奥羽越列藩同盟の刀達』とかやったら結構受けるんじゃね?ゲームとタイアップしてさ」・・・・その頃には生酒三本は空いてます。

私「でもオタクみたいのばっかりが集まると、あんまりお金も使わないしなぁ。極端にマニアックに偏らない、その辺の塩梅が大事だな」

彼らも大分末廣の生が進んできた。この春からは彼らの宴会では末廣を飲まなくてはならない訳が出来た。

「良いですね、絶対にいけますよ。さっきの工場の話も刀の話も、こりゃすごい絶対だ!メモしておこう」すでに顔が真っ赤です。

酒が進み、話が盛り上がると『絶対、絶対』がやたらと飛び交う。

気が大きくなって、様々な関門や諸問題は一切関係なくなって、なんでもかんでも絶対にうまくいく感じがしてくるもんだ。

ま、それがお酒のいいところでもある。

世の中、瓢箪から駒、酒の上の与太話から生まれた成功例は枚挙にいとまがないだろう。

ま、いうだけ言って、大人しく一次会で失礼したのでありました。

2017年6月15日 (木)

いのちの講演会

順調に育っていた二人目の赤ちゃんに異常が見つかったのは妊娠5カ月を過ぎての事。その赤ちゃんには腎臓が二つともなかった。

それでもお母さんのおなかの中ではどんどん育つ。そして、お母さんから離れて、生まれたなら・・・。

なかなか壮絶なお話、館内は静まり返った。

「生と死を考える会・会津」の会津セミナー・いのちの講演会が開かれたのは6月9日、会津稽古堂。

今回講師を務めたのはフリーアナウンサーの宗方和子さんだ。(郡山市在住)

今から30数年前、日本テレビの人気番組「ズームイン朝!」の福島のキャスター「わこ」としてデビュー、徳光和夫アナウンサーとの絶妙なコンビネーションを見せてくれたあの宗方さんだ。

その「わこ」さんの人生は山あり谷あり、現在の幸せにたどり着くまでは決して平坦な道ではなかったようだ。

彼女には、ここ5,6年、当院主催の「地域医療フォーラム」でお世話になって来た。

様々な医療・健康問題を考えるシンポジウムのコーディネーター、交通整理役として手腕を発揮していただいている。

医療に関する様々な話題は、どうしても専門的になってしまう。

そこを市民目線で、聴衆が分かり易く理解しやすいように。時に優しく、笑いを交えて導いてくれるのが宗方和子さんだ。

アナウンサーの仕事の他にも、専門学校での後進の指導や、いろいろなボランティア活動にも熱心に取り組まれている事は漏れ聞いていた。

そこで、今年のセミナーの講師にどうだろう?と思い付き「やってみませんか?」と聞いてみたのが3月頃だったろうか。

しばし、考えられた後にお引き受けいただいた。結果、本当に当たりだったと思っている。

徳光さんやウィッキーさん、中畑清さんなどから学んだ事などを楽しく披露されて、やがてご自身の歩んできた道を・・・。

アナウンサーを目指して頑張った若い日、二人目のお子さんを亡くされて離婚、シングルマザーとして奮闘の日々、そして不思議な縁で再婚、娘さんとの葛藤の日々・・・・時に言葉を詰まらせて話すその内容に会場全体がグイグイと引き込まれていった。

土曜の朝10時からという時間帯に集まった聴衆はおよそ90名、そのほとんどが涙した、こういう講演会はあまり経験したことが無い。

最後に金子みすずさんの詩をいくつか朗読してくれた。

いのちの大切さ、前向きに生きる事の素晴らしさ、それでも思いのままにはならない人生・・・その先にはきっと幸せが待っていると信じて・・・。

90分間、様々な気付きや勇気を与えてくれた講演会となった。

本職がアナウンサーなので声も澄み、言葉の一つ一つがとても聞き取り易い、それだけによく心に沁みた。

最後には会を閉じる役目の司会者までが、涙で声を詰まらせてしまった。

「またどこかで、お話してください!その時はきっとお知らせください」そんな声を沢山いただいた講演会でありました。

2017年6月14日 (水)

病弱でした。

こどもの頃はよく天井を見て過ごした。

仏間が寝室だった。その天井の木目をよく覚えている。

あそこに座ったお坊さんがいて、あっちに逃げ出してる馬がいて、窓際に猿がいる。流れる木目がそんな風に見えたのだ。

なぜそんなに天井を見ていたかというと、こどものころはきわめて病弱だったからだ。

よく扁桃腺を腫らして、熱を出した。

高熱でひきつけの痙攣をおこすこともたびたびあり、舌を噛み切るほどの痙攣に父が慌てて指を突っ込み、父の太い親指の爪が紫色になっていたのを覚えている。

その時以来、熱を出して寝込むと枕元には必ず割り箸が置かれるようになった。ひきつけを起こした時に口に突っ込むためだ。

真夜中に我に還り目を開けると、よくY先生のはげ頭と白衣が見えた。あの頃の町医者は夜中でもいとわず往診してくれたのだ。

Y先生には「お化け扁桃腺」とあだ名され、中学前には手術しないとダメだと言われていた。

が結局、その扁桃腺を抱えたまま今に至っている。

よく学校を休んだ。四年生の頃には、腎臓を悪くして長期にわたって休んだ。

その頃は、U歯医者、Y耳鼻科、N眼科と近辺のあらゆる医者にかかって居たような気がする。

本当かどうか今となっては分からないが、四年生から五年生に進学するのに出席日数が足らなくて、インチキで進学したんだ、と聞かされた事がある。

その証拠と言えるかどうか分からないが、引き算の際に、位を繰り上げるやり方が大きくなってもよく分からず、そればかりが原因ではないだろうが、以来、やたらと数学が苦手になってしまった。

一旦熱を出すと一週間ぐらい寝込んだ。

そして、じっと天井板を眺めた過ごした。

病気が治る時には決まって同じ夢を見た。誰かに追いかけられて逃亡するのだ。映画に出てくるようなきれいな女性と逃げて逃げて、「嗚呼、もうダメだ!!」というすんでのところで目が覚めると、不思議と熱がすーっと下がってさっぱりとした気分になっていた。

「ああ、治った」と自分でも分かった。

病弱な小学生時代を過ごしたが、中学に入ると急に丈夫になった。

蓄膿症で耳鼻科に通い、毎日机の中がチリ紙で一杯になるくらい鼻をかんだ思い出はあるが、寝込む事はなくなった。

高校では身体を鍛えた方がいいと端艇部に入り、一時期アホほど運動をした。

運動音痴の緩みきった身体も、ひと夏を越える頃には腹筋がきれいに割れ逆三角形になった。

冬場の指導者の居ないウェイトトレーニングのやり過ぎで、腰をこわしてしばらく動けなくなり、ボートを漕ぐのはあきらめた。

以来、一気に軟派に宗旨替えをしたが、あの一年間の猛烈な量の運動が、その後の健康をくれたものと感謝している。

また、腰痛も辛かったが、以来、若さゆえの無理はしても無茶まではしなくなった。

一病息災ではないが、一度腰をやったという事がなんとか今まで腰痛に悩まされる疾患にまで至っていない一因だとも思っている。

という事で、この年まで入院、手術というものを経験することなく、健康に過ごせている。

誠にありがたい限りだ。

厳密にいえば、腕のできものを切り取った小手術、大腸ポリープを取ったのも手術と言えば言えない事はないが、いずれにしてもその程度だ。

朝歩きの時に、建築中の家の前を通り木目の天井を見たら、急にこどもの頃の仏間の天井を思い出したのだった。

そして病弱だった幼少期を思い、大病もせずに現在に至る幸せ・・・・。

飯盛山を巡る朝の45分間のサーキット。サボりたくもなるが、今の健康を思えば罰も当ろうというものだ。

・・・そんな事を考えつつ、15度にも満たない冷涼な会津の朝を歩いている63歳、お蔭さまで元気です!

2017年6月 6日 (火)

怒りのスイッチ

電車や駅での駅員に対する暴言・暴行事件、その大半、8割以上が中高年以上の人なのだそうだ。

年を取ってあの人もすっかり丸くなったなぁ・・・という常とう句があるが、近頃はそうでもないらしい。

むしろ逆で、キレる中高年、高齢者がどんどん増えているという。

これまで温厚で通って来た人が思いもよらない乱暴な行動をとる。

殴りかかるなどという事ではないが、道路にはみ出した私有物をいきなり投げ捨てたのだ。

確かに、そんな場所に置く方が悪い!は正論だが、一度の注意もせずに投げ捨ててしまうのはちょっと・・・それもあの人がそんな激しいことする?

驚いた。年と共に「我慢」の〆口が緩んで来てしまうのだろうか?

それとも脳に何らかのダメージを受ける病気の初期症状なのかもしれない。

最近、宴席でのキレ事件をよく耳にする。どうしたんだろう?

酒は百薬の長であり楽しいものだが、時にキレる引き金にもなってしまう。

「飲めば腹立つ!」そんな酒は絶対にいけない。まして中高年、もはや若気の至りでは済まされない事だ。

ましてエラい人が、キレたら周りはどっ白けを通り越して、全てがそこで終ってしまう。

「ちょっと飲みすぎですよ・・・」と、大人の対応で場を取り繕おうとしても、一度キレてしまったら繕う事も、消し去る事も出来ない。

その場はお開きになっても、しこりは死ぬまで消えない。それが年を重ねるという事でもあるのだ。

いずれにせよ、もしそんな人の振りを見たら絶対に我が振り直せ!の精神でいかなけれないけないと思っている。

怒りのスイッチは何時でもOFFに、いやむしろスイッチ自体が不要なくらいだ。

もう争い事は要らない。丸く、愉しく、ご陽気に。上機嫌の作法を忘れずに過ごしたいものだと思う今日この頃である。

気を付けよう!

6月の会津、今年はちょっと変だ。寒い寒い。日曜のゴルフなどは風も強く、冬並みの寒さだった。

ついついストーブのスイッチを押してしまうような日々が続いている。

2017年6月 5日 (月)

桜切る馬鹿、切らぬ馬鹿

「お城の石垣の桜の木を切りたいと思うんですが、どう思いますか?」と、唐突にJCの今年の理事長をしているNくんが聞いてきた。

このところ彼と色々な会合で顔を合わせる事が多い。

もともとは坂下町の出身なのだが、市内に居を構えて会津若松JCに所属しているらしい。

仕事も熱心で、すっかり有名になった、べこの乳の牛乳やヨーグルトを作っている。

我が家ではこのところ、そのべこの乳の大きなパックに入ったヨーグルトを愛食しているが、どうにもパッケージから取り出しにくく、会うたびに「もう少し何とかできないの?」と文句を付けている。

そんな彼が言い出したので驚いたが、「ソメイヨシノはもう完全に寿命だからね、良いと思うよ。早く英断して計画的に伐採し、次世代を担う緑の設計図を早急に書くべき、それをJCがやってくれるなら応援するよ」と答えた。

「ホントですか、なかなか分かってくれる人いないんですよ」「でも文化庁がうるさいだろう」「ところが文化庁も切るのは良いと言ってるんですよ」

なるほど、文化庁もソメイヨシノが限界で倒木事故などが起こらぬかと気を揉んでいるのだ。

限界の木は早く切って安全を確保して欲しい、で、その後どうするかはお役所の許可をしっかり取らねばならぬ・・・という訳だ。

「危険除去、ただし、その後はフリーハンドで自由にできるほど甘くはないってことだね」「そうなんでしょうけど、我々が考えていかないとお城の未来はないと思うんです」

その通りだ。

50年後、100年後を考えた鶴ヶ城址の緑の設計図は絶対に必要だというのは、タウン誌時代からの私の持論だ。

話を聞いていた会津若松観光ビューローの職員もいたく興味をそそられて寄って来た。もし、彼ら若い世代が本当に動き出してくれるなら、心から応援しよう。

今年の花見にも大勢の観光客が訪れたが、堀端や石垣の上には本当に古い、人間ならば要介護か寝たきり状態ともいえる桜の木が数多くある。

放置していい問題ではないのだが、誰もが目をつぶり先送りしている。

しかし、その間も時は流れ(当たり前だが)いつか、どうにもならない事態になる事は必至なのだ。

Nくんは言う「今の天守閣だって鉄筋コンクリートですから、持ってせいぜいあと50年でしょう。その後、本当の木造の天守閣を再建するなら今から考えないとダメですよね・・・」

そう、杜の将来を考え、天守閣の将来を考えるには今から動き出さなくてはならない。

動き出した人間が全員死んだ後の未来を今、描かなくてはならないのだ。

「良いねぇ、天守閣を取り壊してもすぐに立て直さないでさ。石垣だけの荒城の月の世界をしばらくは再現するなんてのもいいね。苔むした石垣を神聖な杜が包む、今とは全く違う風景が広がる・・・面白いんじゃない?」

酒宴での事、それほど以上突っ込んだ話もできなかったが「頑張れ!」「応援してくださいね!」と言って別れた。

桜切る馬鹿、とは言うが、今はもうすでに切らぬが馬鹿、のレベルに達している。

超高齢化問題は会津鶴ヶ城址の杜にも影を落としているのである。

2017年6月 1日 (木)

よくある事

高齢者による交通事故、それも悲惨な、驚くような事故が頻繁に報じられる。

よく聞くのが高速道路の逆走。逆走車に肝を冷やしたぐらいならまだいいが、ぶつかってしまえば正面衝突で、死につながる大事故になる。

最も多いのがアクセルとブレーキの踏み間違え事故だ。

建物に突っ込んだり、歩道に突っ込んだり、立体駐車場から転落したり、いずれも悲惨な大事故につながる。

その原因は様々だが、多くは高齢化による身体能力、判断能力の衰え、そこに認知症などの病気が本人の自覚なしに忍び寄り、思わぬ事態を引き起こす。

衰えの程度は様々だ。

私だってバックに入れたつもりで後方を見て下がろうと思ったら前に出た!なんてことは(よくあっては困るが)ある。

ちょっと動いただけでオットット、と反応できるからまだいいが、どのくらい年齢を重ねればオットットで済まなくなるのか、心配だ。

大きな事故は全国ニュースで報じられ、大変だなぁ・・・と、思わされるわけだが、実際、大事にまでは至らないトンデモ事故の数、統計をとったら青ざめてしまうかもしれない。

遠いどこかの出来事ではなく、身の回りでもよくある事なのだ。

ここ数カ月に起こった事故。

一件は七十代の女性。駐車場に入って来て、駐車のためバックさせようとして逆に急発進、建物の壁に激突した。

大理石の外材が割れるほどの勢いで、突っ込んだ女性は慌てふためき、さらにブレキーのつもりでアクセルを踏み込み続けた。

もの凄いエンジンの唸り音と共にタイヤが空回りし焦げてもうもうと白煙が上がり周りは騒然となった。係員が駆け寄り、足を放してようやくクルマはおとなしくなった。

ドライバーは茫然自失。

幸い物損事故で済んだが、もし壁の前に人が居たら大変な事になったに違いない。

また一昨日は、八十代の男性、停まっていた駐車場のスペースから前向きに発進したものの、なぜかそのまま向い側のクルマの角にぶつかり、さらにアクセルを踏み続けその先のクルマに突っ込んで停まった。

ドライバーは何が起こったか分からないと言った風、さほど慌てたようでもなかった。これも人が居たら大事故だろう。

どちらのドラーバーも運転に差し支える様な病気を持っているとは診断されてはいない。

いずれの事故も、どうしてこんな事になってしまうのか理解しかねる状態なのだ。

いずれにしても運転者のミスである事は間違いない。警察の事故処理の後、運転者は何らかの検査を命じられるだろう。

会津のような地方都市でクルマ無しで生活する事はとても大変なことだ。

高齢者になってもなかなかクルマは手放せない。我がままというだけではなく、クルマ無しでは生活そのものが成り立たなくなるケースも少なくない。

こんな小さな田舎町のとある駐車場でも、一歩間違えば大惨事となるような事故が立て続けに起こっているのだ。

全国レベルで一体全体、どれほどの件数があるのかと思うと背筋が冷たくなる。

高齢者の運転免許証返納の促進、誤発進できないようなテクノロジーの開発、高齢者による事故を防ぐ手立ても様々講じられている。

しかし、実際はとてもそんな流暢な事を言ってられないほど事はすでに相当深刻なところまで進んでいるのかもしれない。

好好爺、好好婆として誰もが人生を全うしたいと願っている。

それが本人の意思とは全く反し、一瞬にして人様の人生、それも若く可能性を秘めた人生さえも奪い去る悪魔に変身してしまったなら・・・これは、本当に怖い話なのです。

« 2017年5月 | トップページ | 2017年7月 »