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2017年5月 6日 (土)

降りてこない人

先日、NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」という番組で脚本家・倉本聰さんを観た。

この2月に最後の舞台だという「走る!」を郡山まで行って観た。何度かお会いしているだけになんとなく知り合いのような気にもなっている。

「走る!」は迫力の舞台だった。人生を走り続けるスーパーマラソンになぞらえ一歩も止まらずにひたすら走り続ける舞台だ。

番組ではその舞台制作にかける情熱、また今話題のテレビドラマ「やすらぎの郷」を書き上げる作業現場などが紹介された。

80歳を越えて日々書き続ける。一日も筆を休める事は無いという。

もしアスリートが一週間トレーニングを休んだら元の身体に戻すまでにどれだけの苦労がいるか?仕事も同じ、怠けると筆先に力を取り戻すまでに大変な時間がかかる、と言っていた。

確かに万事、一定のレベルを保つには日々の鍛錬を積み重ねる以外にない。

どんな仕事でもその道のプロになろうと思うなら、仕事から絶対に離れない事、身も心も劣化を防ぐ努力の積み重ねが必要だという事だ。

なんだか、叱られているような気になってしまった。

ドラマの登場人物、一人ひとりの年表を作り上げる。脚本の下づくり、仕込みになるわけだがそれに半年、一年を費やすともいう。

いつどこで生まれ、どのような幼少期を過ごし、どのような人と出会い、どのような人生のイベントがあり、どのような仕事をしてきたか?

親が何歳で死んだ・・・など、ドラマには全く出てこない話なのだが、その人物の背景を丁寧に作り上げるのだそうだ。

一人ひとりの人生の年表を丁寧に作り込み、それらの登場人物を交錯させていく。

様々な背景を持った人物が脚本の中で活き活きと動き出すと自然と物語が生まれ、セリフが口をつく。

その物語を紡いでいく。

時に自分ではない何かが降りて来て、書いているのではなく、書かされているという気持ちになるのだという。

背中に何かがずっしりと重くのしかかり、仕事を終えると猛烈な吐き気に襲われたそうだ。ある人にお香を焚けと言われて、それを実行して以来吐き気は収まったとか。

実際のところその位、神がかり的な集中力が無ければあれだけのドラマを、あれだけ数多く書きあげる事はとても出来ないだろう。

私も少々ものを書くが、正直、何かが降りて来たなんて感じた事はない。

ないのだが、以前に書いたものや脚本などを読み返すと、あれ?これ本当に俺が書いたのか?と思うような箇所に突き当たる事はある。

全体は覚えているが、書いた記憶のない箇所、自分がこんな展開を考えるかなぁ・・・と思える事が部分的にはある。

ほんの一瞬だけ、降りてこない人に何かが降りて来たのかもしれない。

要は集中力の話だ。極端に集中すると周りが見えなくなり聞こえなくなる。そんな時は自分だけの世界に没入して、非集中の時からはとても考えられないほどの力を発揮するのだ。

これは誰にでも当てはまる。

誰でもなのだけれど、その度合い、時間の長さは人によって恐ろしいくらいに差がある。

集中力をどれだけ保てるかによって仕事の出来は全く違い、天才、秀才、凡人、Cクラスと分かれてしまう。

加えて年齢と共にその時間はどんどん短くなっていくから問題だ。

天才は異常なほどの集中力を持続し続ける事ができるので、生涯に為す仕事量(仕事だけとは限らず人生の濃度)は天と地ほども違ってしまう事になる。

「嗚呼!」とため息が出た5月の青空。

今年はGW早々に思い切ってコタツを仕舞った。少しは背筋を伸ばして生きなければ・・・・。

しかし会津の5月、朝晩は結構寒く、ストーブは連日焚いています。

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