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2017年5月11日 (木)

広がる振れ幅

「昭恵さんって、ゴルフするんだね。安倍さんと一緒に楽しそうだこと・・・」

GW中の報道を見て家人がつぶやいた。

「何も気にしてない笑顔だなぁ。籠池さんだか、森友学園だか知らないけど、もう関係ないから・・・って感じなんだろうなぁ」

少しは気に病んで謹慎するとか、露出を控えるとかありそうなものだが、本当になんとも思っていらっしゃらないのだろう。

昔はこういう人を見ると虚栄を張っているとか、かなり無理している、とか思ったけれども、近頃はそう思わなくなった。

精神構造が全く違っていて「どうしてそんなバカみたいな事、気にしなくちゃいけないの?」とごく普通に思う人のいる事が、この頃分かって来た。

若い時には、「普通の人ならこう思う(考える、感じる)でしょう」という範囲の中にほとんどの人が収まっていると思っていたのだが、それは幻想で、人は実にいろいろなのだなぁ、という事を年と共に味わう。

こんな人からあんな人まで、思っているよりも振れ幅がもの凄く広くて、他人の事は分かる様でやっぱり分からない!という事を改めて思う。

こっちがどんなに気を使っても、全く気にもかけない人は沢山いる。(向こうは向こうでそう思っているかもしれない・・・)

リスクマネジメントの世界では、人は自分が聞きたいように(思い込んだように)聞いてしまう、と言われるが、始めっから自分の良いようにしか話を聞かない(聞こえない)、という自己中心的な人は珍しくない。

人間、話し合えば分かる、とはいうが本当に分かるのかどうか怪しい。

進む価値観の多様化、と言うと聞こえはいいがそれに伴い人格の多様化、極端化も起こって来ており、良好なコミュニティを築き難い世の中になって来ているように思えて仕方がない。

友人のYくんは、若い頃は思いっきり遊びまくっていたが今はすっかり出不精で家付き派になっている。

そんな彼が以前こんな事を言っていた。

「俺はもうこれ以上知り合いを作ったり、新しい友達を作ったりしたいなんて思わないな。今居る友達とか仲間で充分、気心の知れた人と付き合っていけばいい。面倒くさいのは要らないよ」

その時は思わず「ご隠居かっ!」って突っ込んだが、今はその気持ち分からない事もない。

先日、友人のOくんとの行き違いには少々たまげた。

彼が自己中だとは知っていたが、自分の思うようにしか物事を聞かないし、判断しない。自分を疑う事もない。

スマフォのショートメールは順番通りやり取りが残るので、何月何日のメールと自分の返信をもう一度確認してくれ!と言った。

さすがに「すまなかった」とはなったが、彼が全く反省などしない事が分かるので、気分はよくない。

くよくよするのは謝った方ではなく、謝られた方なのだ。

良くない、良くない。

『散る花に 風呑む鯉の 孕み節』

GW明けの会津は天気がすぐれず気温も低し・・・気滅入りがち。

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