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2017年5月

2017年5月24日 (水)

つける薬

「私の失言で大変多くの人を傷つけた事を心よりお詫び申し上げます」と言いながら発言を撤回しますか?と問われると「撤回はしません!撤回はしません!!」と胸を張り強く言う。

失言なのに、人を傷つけたのに、その失言は撤回しないでお詫びだけします。という人の頭の中はどうなっているのかよく分からない。

撤回しないのだから、自分の言った事は間違っていなくて、相手の取り方の問題で、間違って受け取った人が怒っているだけ、という事なのだろう、きっと。

がんの人がわざわざ受動喫煙の起こる職場で働く必要はないでしょ、と彼は言いたいのだ。

聞けばもっともなような気もするが、そういう場所でしか働けない人はどうするんですか?という議論をしているわけだから、とんでもなくズレている。

がんになったら煙のある職場は辞めて働かなければいい、と言っておいて、そんな事言ってないでしょ、はない。

なんでも彼の家は吸いたい放題で、こどもも孫もみんな平気でみんな元気だ!そうだ。そんなことを堂々と自慢している人と、話がかみ合うはずがない。

会津でもの、偉い(と言われる)人の中にも似たような人はいる。

禁煙の宴会場でも、俺のところだけは灰皿を置いておけ!と言って憚らない。

ホテル側も面倒なのでしぶしぶそうしているのだろうけど、ご本人は『俺の言う事は聞くんだ』と、ご満悦。

で、誰も吸わない宴会場でプカーッと吸う。

・・・・それでも、周りの人は一応偉いと言われる方なので嫌だ!とも言えず『あー、どうぞ、どうぞ~』みたいになる。案外、誰も言えない。

すると、俺には誰も文句を言わない。大丈夫なんだと調子に乗りチェーンスモークでご満悦。

こういう人の頭の中がどういうふうになっているのか?これまた良く分からない。

『たばこなの吸ったって、病気になる時はなんの。吸わなくったって肺がんになんべ!』というのはご自由です。

でも、そんなあなたに付き合う義理はありません、と言っても全く通じない。

安倍さんもさすがに業を煮やしたか、たばこの問題は今国会でケリを付ける様に指示を出したと伝えられる。

それでもまだまだ、もめもめだ。

一つ勉強になった事がある。

頭に来て「バカ野郎!」と言いたくなった場合、まさかそうもモロにはいえないので「つける薬がありませんなぁ」といえばいいんだ・・・という事。

2017年5月19日 (金)

大きな声で

誠に緑が美しい。庭の夏椿の葉に朝の陽射しがたっぷりと降り注ぐ、空気が澄んでいるものだからその緑の鮮やかな事、眼に沁みるようだ。

その下には真っ白なツツジが花を開いている。

朝歩きもサングラスが必要なほど、朝は早くなった。西に向かった下りはまだいいが、回って東向きに登り出すと朝日がもろに顔を照らす。

朝歩き用は、赤いフレームのサングラス。どう見ても500円には見えないだろう。

お天気にも恵まれて「第49回・野口英世博士をたたえる集い」が野口英世青春広場で開かれた。

この時期なのにインフルエンザで城北小学校が学級閉鎖と言う事で、急きょ欠席になったが会津若松市内の小中学校の代表、およそ200人が集まった。

野口英世博士の命日は5月21日、この日か、曜日によってはそれに近い日の午後3時から例年行われる。

献花をし、祝辞をいただき、作文をささげ、校長会の当番の先生からお話を聞く。野口英世の歌をみんなで歌い、野口英世博士の偉業を偲ぶ集いだ。

野口英世博士顕彰会の主催、昨年からその会長を仰せつかっている。

従って、幕開けに主催者あいさつをいなければなない。

集いは全体で50分程度、ちょうど授業の1時限と同じくらいの長さだ。その間、子どもたちが集中して話を聞くようにするにはこの頭のあいさつが肝心だ・・・と言う事を昨年やってみて強く感じた。

頭にごく普通の、誰誰様に感謝を申し上げ、博士の遺徳を偲び云々・・・こども達には難しい漢字の多いあいさつをしてしまうと始めから感心が薄れ、聞く耳を持たなくなってしまう。

昨年も少しは気を付けたつもりだったが、ちょっと難しく、説教口調になってしまったきらいがあった。

そこで今年はちゃんと書いたものを読んだ。耳で聞いて分からないような言葉は使わずに、分かり易く。そして、かなり恥ずかしかったのだが、大きな声で朗読した。(実は朗読が一番苦手なのだけれど)

博士の偉業は次に続く方々が述べるに決まっているので、時節柄、差別や偏見、壁を作ることの愚かしさについて話した。

『もしも、東洋人に対する差別や偏見で博士の才能を潰してしまったなら、何万、何百万という人々の命が救われる事は無かった。人を隔てる壁は築くものではなく壊すものだ。博士と同じ会津という風土に生きている事に誇りを持って…』

と言うような事を、できるだけ簡潔に短く、大きな声で話してみた。

去年よりもずっと子どもたちの食い付きが良かったように思う。みんな顔を上げて、じっと見ていてくれた。そして、聞いてくれた。

『では、これからの集いで博士の事を学び、考えてみてください!』

そう。お説教を聞くのではなく、一人ひとりが考えてみて欲しい。偉い!っていったい何が偉いのか?どこが立派なのか?自分なりの答えを見つける事が肝心、そのための集いなのだ。

75点ほどの出来ではあったが、こども達の心を惹き込むという目的はなんとかできたように思った。その後のプログラムを含めちょうど一時限、50分間があっという間だった。

祝辞も、作文も、校長先生のお話も、みんな良かった。ママさんコーラスの歌声もきれいでした。

そして空は青く若葉が輝き、時折、爽やかな五月の風が吹き抜ける。英世が感じたのと同じ風が、こども達の頬を撫でてゆく。

終了後の後片付け、椅子を片づけているとコーラスのお母さんの一人から「会長さん、すごく素敵なあいさつでしたね。感動しました」と、褒められた。

いくつになっても褒められればやはり嬉しいものだ。

やっぱり、人は褒めて伸ばさなくてはならない・・・。

2017年5月16日 (火)

煙たい話

国会でたばこの規制をどうするか?ずっと前からやっているけれどさっぱり決まらない。

一時期、バーやスナックなどの平米数の小さな店ではOKにして、あとは全部ダメみたいな辺りで決まりかけていたようだったが、ここに来て自民党たばこ議連とかが、ぐいぐい押し戻して分煙出来れば(喫煙スペースがあれば)どこでもOKみたいな話にまでなっている。

すごいレベル低下で、逆行だ。

何度も書いたが、喫煙者と非喫煙者の議論がかみ合う事は決してない。

嗜好品を吸う自由は誰にでもあるはずだし、人に迷惑をかけなければ文句を言われる筋合いはない、と言う人とたばこが嫌いで、迷惑をどこまでも追求しようとする人の話はどこまで行っても平行線だ。

基本、議論といっても、心の底では初めから聞く耳を持たないスタンスなのだから、ろくな議論にはならない。

「俺たちは一杯税金払っているんだから感謝されてもいいくらいだ」と言うのと「アホか!たばこが原因で発症する病気、それに使われる多額の医療費、それだって税金。たばこが無くなれば、たばこ税など比べ物にならないほどの節税が出来るんだ」

結果はすごく険悪な雰囲気になり、場が白ける。

だからたばこの話はお互いにあまりしたくなくなる。お互いに自分が正しいと思いながら、譲る気持ちは全くないままにだ。

2020年のオリンピックに向けて、受動喫煙を無くそうという機運は高まり、その方向性は大方が納得しているにもかかわらず、決められないのではあまりに情けなくはないか?

こと国防や、憲法の問題とは違う。たかがたばこ、受動喫煙はいけないからやめましょうという話だ。

公共施設や病院などは敷地内全面禁煙。飲食店はすべて禁煙、吸いたい時は外に出て吸ってね、ぐらいで落ち着かないものなのだろうか。

政治家先生はそれでは多くの店が潰れてしまうと、中小商工業者の将来を気遣ってくれる。なによりも自分の票に影響するからだろう。

もうだいぶ前になるが、敷地内にあるコーヒーショップで全面禁煙にするかどうか揉めたことがあった。

反対の理由はもちろん、そんな事をしたら店が潰れる!だ。

調査によれば来店者の半数近くは喫煙者で、ここだけが吸えるので半ば喫煙目的での利用だという。

その半分近くが来なくなれば商売は成り立たない、潰れてしまいます!という簡潔な答えだった。

しかし、病院と言う性格上、禁煙は避けて通れない、と私は半ば強行に禁煙に踏み切らせた。

確かに、始まってしばらく売り上げは落ちた。ところがところが、タバコのないきれいなカフェになり、新たな非喫煙者の客が徐々に増えて行ったのだ。

一年もすると、たばこの煙が漂っていた頃よりも、売り上げは逆に伸びたのである。

全てがこうなるとは言わないが、案ずるよりも生むがやすし、たばこをくゆらす人々の大半は、心のどこかで『たばこをやめたい、たばこやめよう』と思っているのだ。

死んでもいいからたばこはやめない!と言う人のほとんども大病をするとたばこをやめる。

そういう人たちは、間違いなくたばこ大嫌いになるのだ。

年齢別喫煙率から将来をシュミレーションしてみるのもいいだろう。今の若者は吸わない人が多い。

そんな若者が描く未来を、ヤニにまみれたおじさん達が決めるのもいかがなものだろうかか。

たばこのない世界は臭くないしクリアでいい、と私は思っているが、この世からたばこを抹殺しろ!とまでは思っていない。

多少の譲歩はあっても早くどこかでケリを付けた方がいいだろうと思う。何も決まらないまま、先送り、先送りが一番いけない。

どうせ時代が変われば、いずれまた進む話なのだから・・・。

会津はまだ朝晩がひんやり、ストーブをちょこっと付けないと寒い。

2017年5月11日 (木)

広がる振れ幅

「昭恵さんって、ゴルフするんだね。安倍さんと一緒に楽しそうだこと・・・」

GW中の報道を見て家人がつぶやいた。

「何も気にしてない笑顔だなぁ。籠池さんだか、森友学園だか知らないけど、もう関係ないから・・・って感じなんだろうなぁ」

少しは気に病んで謹慎するとか、露出を控えるとかありそうなものだが、本当になんとも思っていらっしゃらないのだろう。

昔はこういう人を見ると虚栄を張っているとか、かなり無理している、とか思ったけれども、近頃はそう思わなくなった。

精神構造が全く違っていて「どうしてそんなバカみたいな事、気にしなくちゃいけないの?」とごく普通に思う人のいる事が、この頃分かって来た。

若い時には、「普通の人ならこう思う(考える、感じる)でしょう」という範囲の中にほとんどの人が収まっていると思っていたのだが、それは幻想で、人は実にいろいろなのだなぁ、という事を年と共に味わう。

こんな人からあんな人まで、思っているよりも振れ幅がもの凄く広くて、他人の事は分かる様でやっぱり分からない!という事を改めて思う。

こっちがどんなに気を使っても、全く気にもかけない人は沢山いる。(向こうは向こうでそう思っているかもしれない・・・)

リスクマネジメントの世界では、人は自分が聞きたいように(思い込んだように)聞いてしまう、と言われるが、始めっから自分の良いようにしか話を聞かない(聞こえない)、という自己中心的な人は珍しくない。

人間、話し合えば分かる、とはいうが本当に分かるのかどうか怪しい。

進む価値観の多様化、と言うと聞こえはいいがそれに伴い人格の多様化、極端化も起こって来ており、良好なコミュニティを築き難い世の中になって来ているように思えて仕方がない。

友人のYくんは、若い頃は思いっきり遊びまくっていたが今はすっかり出不精で家付き派になっている。

そんな彼が以前こんな事を言っていた。

「俺はもうこれ以上知り合いを作ったり、新しい友達を作ったりしたいなんて思わないな。今居る友達とか仲間で充分、気心の知れた人と付き合っていけばいい。面倒くさいのは要らないよ」

その時は思わず「ご隠居かっ!」って突っ込んだが、今はその気持ち分からない事もない。

先日、友人のOくんとの行き違いには少々たまげた。

彼が自己中だとは知っていたが、自分の思うようにしか物事を聞かないし、判断しない。自分を疑う事もない。

スマフォのショートメールは順番通りやり取りが残るので、何月何日のメールと自分の返信をもう一度確認してくれ!と言った。

さすがに「すまなかった」とはなったが、彼が全く反省などしない事が分かるので、気分はよくない。

くよくよするのは謝った方ではなく、謝られた方なのだ。

良くない、良くない。

『散る花に 風呑む鯉の 孕み節』

GW明けの会津は天気がすぐれず気温も低し・・・気滅入りがち。

2017年5月10日 (水)

洋画と邦画

「先日、エマからメールが来て、どうだった?と聞いてきたので、慌てて新潟まで走って観て来たよ『ビューティー&ビースト』、いやー、なかなか良かった。で、すぐに良かったよ、とメール打ってやったらすごく喜んでた」

なんて与太話をしながら、小さな店のカウンターでひと盛り上がり。

しばらくすると端の方から真顔で「エマ・ワトソンとお友達なんですか?」なんて訊かれたりする。

んなわけねえだろう・・・と笑いながら「そうだよー、ハリーポッターの時から良く知ってるんだ」とかいうと「へーぇ!」と、どう見ても真に受けている顔だ。

とんだホラ話でも信じられちゃうってのは喜んでいいのかどうなのか?

案外、詐欺師として天賦の才が備わっているのかもしれない、とか思ったりもする。

『美女と野獣』は新潟で観た。(字幕版)行きつけの万代シティのシネコンだが、ちょっと音響が良くなかったように思った。

映画は、ご存知ネタばれのおとぎ話だが、実写版(とはいえほぼCG)で、まさにエマの可愛さが光った。

音楽もキャラクターもコテコテのディズニー映画、世界的な観客動員数を記録したのには異議なしだ。

夏帽子と万年筆を象ったカフスを買って帰って来た。

GWの終盤に今度は米沢に行って『追憶』を観た。日本映画界のレジェンド降旗康男監督、木村大作撮影の話題の映画だ。

岡田准一、小栗旬、柄本佑と、若手実力派が揃い、脇も名優が固めている。リリィさんが亡くなる前に撮ったんだ、と思ってみた。

なかなか良くできた脚本で面白く観たが、どうも時間を短くしたために全体の情感とか、北陸の空気感や都会との対比が、なんだか薄ぼんやりしてしまってたように感じた。

会津に戻る車中。

「ミスティックリバーを彷彿とさせるけどエラい違いだ。あの脚本、クリント・イーストウッドならもっと面白く撮っただろうなぁ・・・」

「なんか、海の感じとか、富山の感じとか、あんまりきれいだなって感じなかったね」

「CGというか、合成シーンがすごく多いんだよ。雪のシーンもあれは合成だよ。雪の中を走る子供の足下とか変だったし、建物も壊すところだけ実写で、あとはCGじゃないのかなぁ」

「岡本くんのこども時代の子役が小栗旬にそっくりだった」

「そう、そう、言えてる。あれじゃ誰が誰だかわからない」

とか、話している内に1時間半もかからずに会津に着く。

新潟よりは大分近いし高速代もかからない、断然米沢だ!とも思うが買い物などのおまけ部分は、やはり新潟、いずれ一長一短と言ったところだ。

降旗・木村の両巨匠、もう80歳になんなんとする日本映画界のレジェンドだ。

もっと予算をたっぷり使って(せめてディズニーの10分の1くらいでも)ロケハンたっぷりやって、思いきって撮っていただいても良かったんじゃないでしょうか。

小栗旬くんもなかなかいい味出してた。

でも、最後のあんな重要な場面、その辺のビルのテラスみたいな所じゃなくて、もう少し映画的な印象的な場面設定でも良かったのではないでしょうか?

困った時のビルの屋上・・・みたいなシーンも多かったし。

洋画と邦画、☆四つと、三つ半と言ったところでしょうか。

2017年5月 9日 (火)

妥協の産物

政治とは妥協の産物だ、とある解説者が言っていた。

スケジュールを決め、そこから逆算する道筋をいきなり示してしまう。それによって議論が動き、仕方なしでも前に進む。

現行、自民党が示している憲法改正案には総裁自身、全く納得してはいないけれど、それでも2020年には改正憲法を施行したいと、いきなりケツを切ってしまう。

あとはどれだけの妥協の産物が出来上がるか、それが勝負、それが政治だというのである。

なるほど。

憲法九条には絶対に手を触れさせないと護憲派は頑張るが、そこが一番、矛盾をはらんだ部分、自衛隊って何なんだ?

今さら自衛隊を不要だという人はおそらくいないだろう。あれが軍隊ではないと思っている人も、多くはない。

なんとかそこだけでもクリアにしたいという一点突破、たとえ理想通りの憲法改正にならなくても、ほんの少しだけであっても憲法改正が出来る、という事が大事なのだ。

それが政治だ。

一度、ちょっとでも動かしたものは、また動かす事が出来る。今度はもっと大きく動かすことも可能になる。

制度を作る、前例を作るとはそういう事なのだ。

たとえ今生きている人間の時間内には出来なくっても、その道筋を作る事が大事、そういう長い目で考えられるのが政治家なのだろう。

ある意味、自分が死んだ先の事は知った事ではない。

今の信念を貫く、たとえそれがその先にとんでもない事になる道筋を作る愚行だったとしても・・・あとは歴史が評価してくれるだけだ、と言って突き進む。

それが政治家。

『ならぬ事はならぬものです!』と叫んでみても、政治の狡猾さの前には、なんとなくこども染みて響く。

「明治維新百五十年」か「戊辰戦争百五十年」か?

かの松陰先生は『百術は一誠に如かず』と言ったけれども、その一誠は、妥協の産物の積み重ねにやがて負けちゃう・・・そんな暗澹とした気分がちょっとする。

それほどひどくはないけれど、ここ会津も黄砂に吹かれています。

クルマがジャシジャシで汚ったないぞ!

2017年5月 8日 (月)

写真アップ

このGW、娘家族は東京に居たそうだ。

パパが結婚式出席のため上京するので、みんなで一緒に東京に遊びに行く事にしたらしい。

かつて住んでいた街・東京。

赤坂のホテルに3,4泊しいろんなところへ行ったようだ。

連休が明けて、娘がインスタグラムに次々と写真をアップしてくれるので見ていると楽しい。

これを見るためにインスタグラムをダウンロードしたが、もう、どうやってやったか?すっかり忘れてしまった。

自分でアップしたり、コメントしたりするつもりは全くないので、ただただ見ているだけだ。

おぅ、スカイツリーも行ったんだ。草間弥生さんの展覧会はすごい人であきらめたんだ。孫のFは虎ノ門を走り回ったんだ・・・。と、コメント付きの写真は楽しい。

二人が結婚式を挙げた思い出のパレスホテルでディナーを楽しんだようだ。けど、走り回るFを連れてのディナーは大変だったんじゃないかなぁ、と要らぬ心配。

なにせフォアグラより、キャビアより、ステーキよりも、納豆ご飯!だからね。

娘も小さな時、料亭で無理を言って納豆ご飯を食べた経験があるので、似たもの親子だ。

ツイッターでみんなで書いて、電話はテレビ電話で、というのをやっている人もいる様だが、どうもそこまでべったりになるのは気が進まない。

時々インスタにアップした写真を見て喜んでいるぐらいがちょうどいい。

もっとも家人はほぼ毎日、娘と孫と電話で話しているらしいけれど・・・。

「すごいんだよ、口が達者で、小生意気なんだ!」とか言うのだが、たまに私が電話をかけて呼びかけると、小さな声で「うん、うん」としか言わない。

隣りでママがこう言え!といった事を繰り返すだけだ。

「ボク、東京に行ったんだよ」・・・(わかっとるわい!)

どこへ行っても、女の人、特に若い女性が大好きで、男の人は全般に苦手らしい。

自分より格下と位置付けている男性は、息子のKぐらいかもしれない。「Kくん、こうなんだよ!」と、常にため口で接している。

おそらくジイジのことも、ちょっと怖いに違いない。

このインスタグラム、孫のフォローだけをするつもりだったのだけれど、よく分からないものだから会津の料亭の若女将Mちゃんの<フォローする>ボタンも押してしまった。

そのMちゃんは、これまた非常にまめにアップする。

美しい料亭の庭や芸者さんの踊りなどドンドンアップされる。時に動画で。会津を、お店をPR、PRだ。

加えて、食べた物もドンドンアップされる。

若い独身貴族とは言えよくまあ、よく飲んで食べる事、食べる事。それもほとんど肉、肉、肉なのだ。

「肉食であることは間違いないのだから早く嫁に行け!」とか言うと、セクハラだと咎められる時代なので口にはしない。

ま、肉はいいとして、孫の写真は嬉しい。

東京に行く前にまた前髪をパッツン、にしたみたいで良いね。

夏に向かって、元気に走り回りながら育っているようだ。

2017年5月 6日 (土)

降りてこない人

先日、NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」という番組で脚本家・倉本聰さんを観た。

この2月に最後の舞台だという「走る!」を郡山まで行って観た。何度かお会いしているだけになんとなく知り合いのような気にもなっている。

「走る!」は迫力の舞台だった。人生を走り続けるスーパーマラソンになぞらえ一歩も止まらずにひたすら走り続ける舞台だ。

番組ではその舞台制作にかける情熱、また今話題のテレビドラマ「やすらぎの郷」を書き上げる作業現場などが紹介された。

80歳を越えて日々書き続ける。一日も筆を休める事は無いという。

もしアスリートが一週間トレーニングを休んだら元の身体に戻すまでにどれだけの苦労がいるか?仕事も同じ、怠けると筆先に力を取り戻すまでに大変な時間がかかる、と言っていた。

確かに万事、一定のレベルを保つには日々の鍛錬を積み重ねる以外にない。

どんな仕事でもその道のプロになろうと思うなら、仕事から絶対に離れない事、身も心も劣化を防ぐ努力の積み重ねが必要だという事だ。

なんだか、叱られているような気になってしまった。

ドラマの登場人物、一人ひとりの年表を作り上げる。脚本の下づくり、仕込みになるわけだがそれに半年、一年を費やすともいう。

いつどこで生まれ、どのような幼少期を過ごし、どのような人と出会い、どのような人生のイベントがあり、どのような仕事をしてきたか?

親が何歳で死んだ・・・など、ドラマには全く出てこない話なのだが、その人物の背景を丁寧に作り上げるのだそうだ。

一人ひとりの人生の年表を丁寧に作り込み、それらの登場人物を交錯させていく。

様々な背景を持った人物が脚本の中で活き活きと動き出すと自然と物語が生まれ、セリフが口をつく。

その物語を紡いでいく。

時に自分ではない何かが降りて来て、書いているのではなく、書かされているという気持ちになるのだという。

背中に何かがずっしりと重くのしかかり、仕事を終えると猛烈な吐き気に襲われたそうだ。ある人にお香を焚けと言われて、それを実行して以来吐き気は収まったとか。

実際のところその位、神がかり的な集中力が無ければあれだけのドラマを、あれだけ数多く書きあげる事はとても出来ないだろう。

私も少々ものを書くが、正直、何かが降りて来たなんて感じた事はない。

ないのだが、以前に書いたものや脚本などを読み返すと、あれ?これ本当に俺が書いたのか?と思うような箇所に突き当たる事はある。

全体は覚えているが、書いた記憶のない箇所、自分がこんな展開を考えるかなぁ・・・と思える事が部分的にはある。

ほんの一瞬だけ、降りてこない人に何かが降りて来たのかもしれない。

要は集中力の話だ。極端に集中すると周りが見えなくなり聞こえなくなる。そんな時は自分だけの世界に没入して、非集中の時からはとても考えられないほどの力を発揮するのだ。

これは誰にでも当てはまる。

誰でもなのだけれど、その度合い、時間の長さは人によって恐ろしいくらいに差がある。

集中力をどれだけ保てるかによって仕事の出来は全く違い、天才、秀才、凡人、Cクラスと分かれてしまう。

加えて年齢と共にその時間はどんどん短くなっていくから問題だ。

天才は異常なほどの集中力を持続し続ける事ができるので、生涯に為す仕事量(仕事だけとは限らず人生の濃度)は天と地ほども違ってしまう事になる。

「嗚呼!」とため息が出た5月の青空。

今年はGW早々に思い切ってコタツを仕舞った。少しは背筋を伸ばして生きなければ・・・・。

しかし会津の5月、朝晩は結構寒く、ストーブは連日焚いています。

2017年5月 5日 (金)

なかなか良い出来

今年の院内御廟・会津松平家「お花まつり」は快晴の内に行われた。

今年は事前の拝殿清掃で高圧洗浄機という新兵器が登場したとかで拝殿内がいつになくきれいで、作業も順調に進んだ。

雨の時は拝殿内で行われるが、晴れの時は拝殿前に床几が並べられる。

問題だった蹲(つくばい)の水も、市の協力を得た応急修理で、今年は沢水が引き込まれてナントカ水を湛えている。

しかしまだ取水口付近に問題があり水量は少ない。非常に古い石造りの蹲の下も水漏れがあるようだ。本格的に治すには膨大なお金も暇も許可もいる。

昨年はあまりの暖冬で花が節を過ぎてしまい大変だったが、今年はジャストタイミングだ。

花係の花咲爺さん(花神というとかっこいい)が二人、一人は神殿に飾る山桜、八重桜を東山の奥の方、とある場所から摘んでくる大ベテランのFさん。もう一人は拝殿前を飾る私、なので花を調達にいく。

少し歩いた道路沿いのヤマブキが盛りだ、長めに幾枝か切り取り抱えて降りて来ると、散歩のオジサンに不審な目で見られた。

「あ、これはこれからお花まつりという松平家の行事に使うんです。10時からですからよろしかったらどうぞ」と、言ってみた。

それでもにこりともせず、花泥棒め!という顔をされた。

黄色の鮮やかなヤマブキでつくばいを彩る。山桜、八重桜も添えて。

拝殿前両脇のお粗末な竹の花器には若々しいヤマモミジの枝を刺し、ヤマブキを添える。

この花器、水もたまらないものだから勢いのいい若葉が20分のするとすぐにシュンとしてしまう。これは問題、もう少しちゃんとしたのを創らないと、と思う。

下手の位置に、下に杉の葉を敷きつめて杓子の入った手桶を置くのだが、この木桶もタガがゆるんでものの2,3分で水がすっかりなくなる始末。

ま、気持ちだけ・・・という感じだ。

このお花まつりの内容は何度か書いたので興味のある方は「お花まつり」で検索してみてください。

花神、今年は満開で枝ぶりの良いヤマブキをふんだんに使ったので、「やー、素晴らしい!」と、殿にお褒めの言葉をいただいた。

ただ、初めて見た、みたいなことを言われて少々がっくり、一応毎年やってるんですけど気が付かなかったんですねー。

いずれにしても今年は良い出来、大勢の人に褒められた。要はボリュウムが大事だってことですな。

その「お花まつり」も昼までに無事に終了。

今年はこの後、大仕事が残っている。中の島まで行き、明日の会津高校同窓生による一大コンペの賞品準備をしなくてはならないのである。

こちらも15時から3時間はたっぷりかかった。

なんとか190名近い賞品を全て付けて家に帰ったら、さすがに疲れた。

ゆっくり風呂に入り、ビールをあおり肴をつまんだら、そのまま寝入ってしまった。

穏やかなGWも、後半戦に突入というところである。

2017年5月 1日 (月)

消えない一発屋

「PPAP」、世界を席巻した楽曲というかビデオ映像というか・・・ピコ太郎という怪しげなオジサンが非常にテンポよく「ペン、パイナッポー、アポー、ペン!」というあれだ。

完全なキワモノで、どうせすぐに消えるだろうと思っていたが、なんだかいつまでたってもテレビの人気者で居る様だ。

CMでは、彼を発見して面白い!と拡散したアメリカの大スターとの共演まで果たしている。

相変わらずの豹柄衣装で、あのリズムしかないが、消えない。

ユーチューブで実に数億回も再生されたというのは昨年の秋で、暮れの忘年会は「PPAP」一色だったと言っても大袈裟ではない。

ピコ太郎という人、実はナントカ大魔王という長い芸歴の芸人さんで、ピコ太郎としてテレビに出て来た時には、彼自身も嬉しそうではあったけれど、やっと売れた彼を見ていた芸人仲間が、なぜか妙に嬉しそうだったのが印象的だった。

売れてはいなかったものの、一目置かれた存在であった事が良く分かった。

「PPAP」がなぜあそこまで爆発的ブームになったかを、いろいろな評論家がもっともらしく分析していた。

リズムがいい。全て英語だけれど誰にでもわかる簡単な英語なので世界中に広がった。破裂音の連続が心地いい。短いからいい・・・と、さまざまな分析がなされた。

もちろん違っているとは思わないが私から言わせると大切な要素が一つ見逃されていると思う。

それは、音痴でも歌える、という事だ。

歌えるというか、正確には音痴がやっても音痴かどうかも分からない(そんなことどうでもいい)というところが、なかなかすごいところだと思っている。

音痴でも人前で歌える歌、というのはすごいことなのだ、というのは音痴でない人には全く分からない話し。

こどもから大人まで誰でも歌える!と言われる歌は一杯あるが、実は誰でも歌えるわけではない。

音痴は人前で「泳げタイ焼きくん」をウケる様に歌う事は出来ないのだ。

ひどく音が外れると、何だかしらける。

その点、「PPAP」は、恥ずかしがらずに度胸さえ決めれば、誰がやってもそれほど大差がない。

そこがすごいところなのだ。と、音痴は思う。

もちろん、簡単に消えない理由はそれだけではないと思うけれど。

もうひとつ挙げるなら、露出し過ぎなかった、というのがあるように思う。

かなりテレビに出たが、何でもかんでも連日連夜ではなく、ある程度番組を選んでいたのではなかろうか。見たい人はユーチューブでいつでも見れた。

それが飽きられなかったところでもあるように思う。

もっとも、芸人としての実力もあり芸能界の裏も知り尽くしているだけに、売れてもおバカな有頂天になる事もなく、全てにおいて謙虚さがあったのだろう。

先のスケートの世界大会のエキジビションでも日本チームは「PPAP」をやった。

世界中で何億回も再生されたのだから現時点では一番知られた曲という事で、なんの不思議もないのかもしれないが、やはりすごい事だ。

ピコ太郎さん、この先、案外もっとすごい事を起こしてくれるかもしれない。

「ブルゾンちえみ」という女芸人も、一発屋感を強く漂わせているが、露出し過ぎないというテを使い長生きしているみたいで、売れてはいる一方でまだ知らない人さえいる。

実は、エラそうに言っている私もその一人で、花見の余興でやらせられて初めて知った。

「え、なに?そんなに流行ってんの?」と言って笑われたクチ、慌ててユーチューブで見たキャリアウーマン!

ブルゾンちえみ、という妙な芸名、売れた!と思ったらすぐにゴールデンのドラマに出ているのだからよっぽど売り方が上手だったに違いない。

あれが売れる、これが売れる、も日進月歩、千変万化、ワールドワイドで、正直分からないし、付いていけない。(付いて行く事もないのだけれど・・・)

あの人は今?の一発屋ばかりでなく、本当に夢のような大成功をおさめ、世界規模のアーティストに変身してしまうという大化けが起こる。それもアッと言う間にだ。

一夜にして世界中の拍手を浴びる、それがIT社会というフィールドなのだ。加えてその分野にも限りはない。

「ユーチューバーになりたい!」   やってみっかなぁ・・・・。

今年のGW、会津はおおむね天気に恵まれるとの予報。29、30日は、土曜の午後にパラッと来たもののほぼ90点の好天でした。

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