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2017年4月 7日 (金)

昼酒が続く

このところ休日に祝い事が続き、昼からの酒が続く。

4月2日には新城猪之吉さんの褒章受章を祝う会があった。60代で褒章をもらう人は、70代になると勲章をもらうというから大変だ。

新城さんは会津高校の良き先輩で親交も長い。お蔭で、いろいろなところにも引っ張り出されて(というか引き立てられてと言うべきか)、お声をかけていただき役も増えた。

会津高校同窓会は新城さんのキャビネットとしてお声をかけていただき、副会長を仰せつかっている。

会津学生寮は、学校が京都なのでほぼ関係はないのだけれど。新城さんのお声掛かりで理事になった。

寅さん映画の撮影監督を務めた高羽哲夫さんを顕彰する映画祭は、始まりの時から手伝わされてもう18年になる。

新城さんの御尊父が作った「会津ホスピス研究会」は十年ほど前に「生と死を考える会・会津」と名前を変え今に至るが、縁あって今の会長は私だ。

そんなこんなで多方面にアンテナを張る新城さんだが、褒章の対象はもちろん本業の酒造業での業績だ。

家業の末廣酒造はもとより、会津酒造組合、県の組合、東北、全国の組合など役職を歴任し、トップとして東日本大震災の困難に立ち向かい、世界へ向けて日本酒の売り込みに奔走して来た。

祝辞で述べられる功績を聞くと改めて凄いオッサンなのだ、という事を思い知る。

来賓も多彩だ。倍賞千恵子さん、小六禮次郎さんご夫妻、福留アナウンサーなどの芸能界の他、政財界、教育界、文化団体と実に多彩な顔ぶれが会場を埋め尽くした。

祝辞(5人)に続き、倍賞さんの祝い歌のミニステージがあり、乾杯までは1時間45分ほどかかった。

それだけに、という訳でもないだろうが乾杯の純米吟醸酒の美味しかった事!五臓六腑に沁みた。

この日は11時に始まり、13時半からは叔父の一周忌がひかえていた。

ま、2時間あればある程度は出席できるだろうと思っていたが、乾杯後、15分ほどしか時間はない。

主賓の新城さんに中座の無礼を詫び、昨年秋に横浜で鮨をご一緒した倍賞さん、小六さんご夫妻にご挨拶をした。

あとは目に付いた主だった人に慌て挨拶を済ませ、予定よりは10分ぐらい遅れて会場を後にした。

西蓮寺本堂での一周忌法要。この間、長男のNは西蓮寺に新しい墓を設けている。

本堂での読経、焼香を済ませお墓へ。写真の叔父は満面の笑みで『腹減ったよ~、もういいから早く一杯やんべよー』とほほ笑んでいる。

会場を「田事」に移しての会食。

初めから少し入っていたので出だしから快調。隣りの家人の席(この日は運転手)を叔母さんの甥に当たるSくんと変わってもらい、差しつ差されつで日本酒を飲んだ。(どうもこのところ日本酒の消費が増えている)

宴も盛り上がり良い感じ、ひ孫たちもはしゃいでいる。

酒も子どもも大好きだった叔父は、きっと目を細めて喜んでくれているに違いない。

帰りはSくんを送って行く。天寧寺町なので通り道だ。このSくんの奥さんは私と中学校が一緒なのだ。

玄関前に着けると、どうしても一杯飲んで行けという。

というか、一杯よりも3月に逝った叔父に続いて初夏に亡くなったお父上の仏壇に、まだお線香をあげていなかったので、そちらの方が気にかかった。

「せっかくだから」とお邪魔して仏壇に手を合わす事が出来た。

家は洋風の立派な家、広い、今にあるワインセラーは60本ぐらいは入る大きさだ。

夫婦そろって東京電力に勤めていたから、やっぱり違う。

家人はコーヒー、こちらはワイン。

内心、いい加減にしなさい!、とどやされるのではないかと気にしつつも1本開けてしまった。

窓の外は湯川のながれだ。陽も大分傾いたので、さすがに失礼する事にする。

ぜひ、「また飲みましょう、今度は家人も!」と約束をしてお邪魔しましたと戻れば、早や日曜の夕餉の時間である。

良い気持ちで一っ風呂を浴びて上がると、家人はビールをゴクゴクと飲んでいた。

お土産のわっぱ飯を食べたら完全にイッチョ上がり、大河ドラマを録画してもらい早早に床についてしまったのでありました。

昼酒、翌週に続く。

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