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2017年3月 4日 (土)

なにを先生

卒業の季節がやってきた。

一日には会津高校の卒業式に同窓会副会長として出席して来た。

毎年、父兄席にはだれかしら当院の職員の姿がある。もちろん知らずに行くのだが、顔を見てあらー!となって口だけ動かして無音で「オ・メ・デ・ト・ウ」と言う。

今年は混声合唱団部長のI先生の姿が見えた。もう数人はいたはずだけれども大勢過ぎてそれ以上は見つけられなかった。

来賓紹介で、ハイ、と返事をして「おめでとうございます!」というのだが、なんだか緊張して(感動してなのか)いつも声がひっくり返りそうになる。

おひな祭りの三日は看護専門学校の卒業式だ。第46回と歴史ある学校を今年卒業するのは35名。

高校に比べるとこじんまりはしているが、ここでの三年間は「看護」と言う同じ目的のために集い学び、励まし合ってきただけにその絆は強く、卒業の喜びはひとしお(濃密)と言えるだろう。

今年、H院長が贈った言葉は『至誠一貫』、誠実な思いを貫き通すことできっと道は拓ける、医療は素晴らしい仕事、それを支えるのは人の真心だと、伝えた。

恒例の、まわれ右してお世話になった、ここまで見守ってくれた父兄に向かっての「ありがとうございました!」の言葉。

講堂に響き渡るこども達の声に、毎年ジーンと来る。

その日の晩に行われる祝賀会、今年は東山温泉の御宿東鳳さん。磐梯酒造の「乗丹坊」純米吟醸を祝いにぶら下げて参加した。

恒例の写真と動画による思い出の三年間の映像、曲も相まってこれまたジーンと来る。スクリーンいっぱいに溢れる若い笑顔がまぶしい、まぶしい。

余興の歌、みんなでゲーム、ビンゴ大会など会場は大いに楽しく盛り上がって、やがて中締めのあいさつとなる。

このあいさつを毎年まかされることのお礼をまず述べた。前途洋洋の若者に対し、措辞ながらも言葉を贈れるのは光栄なことだと。

今年は「なにを先生」の話をさせてもらった。

私が、彼らよりほんの少し年上だったころ。会津初のタウン誌を作った。

その創刊号が出来てすぐに、立ち上げたプロの編集者が病で倒れて東京に戻ってしまったのだ。

さあ大変!止めるか続けるか道は二つに一つ、見よう見まねで私が編集長にならざるを得なかった。

もちろん大勢の人々に助けられた。しかし、実際に指導を仰ぐ人はそばに無しだ。

そこで何をするにも心の中で「なにを先生」に訊いてからやる、という事を自らに課した。

「君はこれから何をするんですか?インタビュー記事を書くの?特集記事?依頼原稿?情報版?」それによって何が一番大事で、なにが求められるかは全部違う。その、なにを?をいったん立ち止まって考えてみる。

この「なにを先生」きっとこれから社会に出る若者たちにも役に立つと思った。

なにせこの先生はいつでもどこにも来てくれるし、授業料もとらない。

猛烈に多忙な看護の現場、あれしてこれして次は何、とこちら側の都合で仕事を消化してしまいがちだ。

そんな時だ、一息入れて「なにを先生」に訊いてからやってみるのは。

そうすれば、同じ処置をするにもその人の背景、置かれた立場にも心が向くはず。

初めての手術にいら立って、たとえ辛く当られたとしても、ちっとも腹立たしくない看護師の自分がいるはず・・・・。

そんな「なにを先生」に、ぜひ君たちも教えを乞うてください。と言って、声高らかに万歳三唱を行った。卒業生35名に幸多からんことを心から祈って。

今朝、おまけがあった。

「あのう、一応ご報告までですが同じテーブルにいたOくん、今朝救急にかかってインフルエンザA型だったそうです」「えー、困ったな。去年のタミフルが残ってるから一応のんでおきますわ・・・」

これから、東京の会津学生寮に向かう。

理事会の後、初めて寮生の卒寮式と言うものに参加する。3名だけ(内1名はインフルエンザのため欠席)らしいが、わざわざ会津からの出席と言う事で、先日「ひと言ご挨拶をお願いします」と寮長から電話があった。

なにを話すかは新幹線の中で「なにを先生」にでも聞いてみよう。

このところ「あいさつは大切ですからね~」と家人からプレッシャーをかけられる。

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