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2017年3月29日 (水)

騎士団長

村上春樹著「騎士団長殺し」を読み終えた。

第一部「顕れるイディア編」、第二部「遷ろうメタファー編」。各冊500ページを越える長編だ。

「騎士団長殺し」というタイトルも奇妙、これまでの村上春樹の小説にはない響きだ。

「騎士団長殺し」という一枚の絵にまつわる、、、んー、まつわるはおかしいな。一枚の絵をめぐる、、、めぐるもしっくりこない。ま、そういう絵が出てくる変なお話だ。

言ってみれば難解、とても奇妙な物語だ。

お笑い芸人で小説も書くO氏などは、公然と村上春樹を批判している。何が言いたいのかさっぱり分からない、ハルキストなんて連中は何言ってるか訳が分からない、と。

確かにイディアもメタファーも何だか分からないし、これまでの小説の中でも、これは相当に奇妙な物語だ。

なんとなく共通しているのは、井戸のような、どこかにつながる穴が出てくるところ、音楽に関するとてもマニアックな考察が出てくるところ(クラシックやジャズを問わず)、食べ物や飲み物に対しても独特の趣向、味わいの感想が述べられるところ、そして非常にエロティックなセックスの描写がつづくところなどだ。

ま、音楽や絵画など芸術と呼ばれるもの、また文学や歴史などに全く興味のない人は、読み続けるのが難しいのかもしれない。

『訳わかんね!』と言って投げ出したくなりそうな話なのだが、そうはならない、ところが村上作品の不思議なところなのだ。

思わず読み進んでしまうほどに、ひとつひとつの(始まりから 。 までの)文章の力がすごく強い。書いているというよりも、そこに書かれるべき文章を拾い出しているみたいな気にさえなる。

不思議な穴の中から絵画を抜け出した60センチほどの騎士団長が出て来て「諸君、そうではあらない。」と、この世の精神世界の有り様を物語るのだけれども、実のところよく意味が分からない。

良く分からないのだけれども、読み進めたくなり、結果的にはやっぱり面白いのだ。

そこがお笑いのO氏とは意見を異にするところだ。全く、つまらなくはない。

文章の力がとても強いけれども訳が分からない(うまく理解できない)のだが、なんとなく分かるようなところもあり、千ページにも及ぶ物語の最後には、胸の動悸がするぐらいの感動を覚えたりするのだ。

自分でも一体何に感動しているのかよく分からないというところが、これまた凄いし、少し呆れる。

おそらく解説書を読んでも、結局のところ何を言ってるのか分からないのだろうと思う。

この世にはとても大切で愛おしいものがあって、それらは時にとても見つけにくい。そして、とても簡単に消えてしまうものでもある。

誰かから私に手渡された、恩寵のようなもの・・・そのことを思うと貯水池の広い水面に静かに降り続く雨を眺めている時のように、確かに私の心はとても静かになる・・・そんな気もする。

だから何なの?結局どういう意味?と尋ねられても答えられない。

よく意味も分からないのに、千ページもの長い物語を読み終えて、胸の薄皮が一枚剥がれたような、新しく何かが生まれるようなそんな気持ちになるのだから、文学とはなかなかの力持ちだ!と改めて思う。

そして、HARUKI MURAKAMI はやはりいつの日かノーベル文学賞にその名を刻むのではないかとも思う。

閑話休題。

ようよう白くなりゆく会津の空に、朝歩き開始、飯盛山の白虎隊の墓まで登り始めた。

途中、白虎隊のくぐり抜けた洞門を眺める。

ごうごうと流れる水の量、その暗い洞穴の奥から一瞬、騎士団長が流れ出てくるような錯覚を覚えて・・・「コワい!コワい!」とばかりに足を速めた。

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