« 元々、嘘はありなの? | トップページ | 見えない力 »

2017年3月24日 (金)

獅子と共に

今年も彼岸獅子が我が家にやって来た。

そして、今年も孫と一緒に観る事が出来た。

去年のお彼岸、春分の日は義母の葬儀だった。わりと寒々とした日だったっけ。葬儀が終わり出棺。身内はもちろんのこと斎場へと行くのだが、私は以前にも一度書いたが、父の葬儀以来、どうしても斎場には行く気にならない。

行く気にならないというよりも、むしろ行かない方が良い、という感覚が強く。叔父の骨も拾いには行かなかった。

なので、葬儀場から孫と、そのパパ、私の男三人で我が家に戻って一休みをして、夕食の使いに改めて出直す事にしたのだった。

たしか、帰りがけにセブンイレブンによってちょっとした昼飯を買った。孫のFちゃんは、大好きな納豆巻きだったかな・・・。

カップめんをすすり、しばらくして彼岸獅子の前触れさんが来たのだ。

「今年はどうしらっぺ?」「もちろんお願いします」と言ってご祝儀を渡した。我が家の分と孫の分も渡した。

孫は、パパの腕の中で固まって彼岸獅子の舞いを見つめていた。その時は弓くぐりを見せてくれた。そして、彼岸獅子と一緒に記念写真を撮った。

あれから早一年、今年は朝から良い天気だった。

午前中にお城に行って、会津東山天寧の獅子舞を見る事にした。孫はお城の中を走り回った。

エネルギーをもてあましているらしく、一日に何分か走らないと気が済まないらしい。

夕食が済んだあとでも、昼の遊びが足りないと、居間のこたつの周りを私の腹を乗り越えて、ぐるぐると回る。止めろ!と言わないと20周、30周ぐらいは平気で走る。言っても走り続ける。

10時30分に大勢の人々の見守る中で天寧の彼岸獅子舞いが始まった。お城をバックに春を告げる勇壮で、軽やかな舞いだ。

笛の一人にウチの職員の顔が見えた。聞けばもう20年もお囃子の笛を吹いているらしい。

孫が見えないのでだっこしていたが、重い事、重い事。すぐに手が、腰が痛くなる。

それでも孫はじっと見ている。なぜか彼岸獅子を横目に太鼓の打ち手をじっと見つめていた。

お城から日本一分店さんに回り、おはぎとお赤飯と団子を買って家に帰った。そして、去年と同じ様に私はカップめんと赤飯を食べた。

孫もまた去年と同じように大好きな納豆ご飯を食べた。

昼過ぎに郡山の姉夫婦が線香を上げにやって来た。

団子を食べてお茶を飲み、彼岸獅子を待ったがなかなか来ない。笛太鼓の音は飯盛山の参道辺りにまで来ているが、前触れさんがチャイムを鳴らさない。

しばらく待ったのだが、姉夫婦は痺れを切らして帰って行った。お土産におはぎを渡すと大いに喜んだ。

分店のこし餡の団子は、餅が小さくあんこがたっぷりだ。

おはぎは粒あんだが、このおはぎの餡子が絶品だ。少し塩気を感じるような甘さ、甘すぎず、甘くなさすぎず、半殺しのもち米にジャストマッチ!口の中に春が広がる。

「ピンポーン!」「来た!」3時過ぎにようやく前触れさんがやって来た。「今年はどうしらっぺ?」「待ってたんですよ」と言って、ご祝儀を渡した。

今年は「ご祝儀」ではなくて「春祝」と書いて、名前を記してお渡しした。

やがて彼岸獅子の一団が賑やかに家の前にやって来た。

孫のFちゃんも、ジャンパーを着て、買ってあげた紺色の帽子をしっかりかぶって、緊張の面持ち。彼岸獅子の舞いが始まった。

玄関前に立った孫に向かって三匹の獅子が舞う。一人立つ孫は気を付け!の姿勢でピクリとも動かない。私はその姿をビデオに収めた。

彼岸獅子の一団と共に何人かの小学生が付いて回っている。そして、その子たちがお囃子に合わせて離れて舞いの練習をしているのだ。将来の舞い手は心配なさそうだ。

舞いを終えて、今年はママに抱かれて彼岸獅子と一緒に記念撮影をした。

最近、カメラを向けるとすぐに変顔をしてふざけるのだが、彼岸獅子をバックには変顔はせずに、きりっと写真におさまっていた。

そして、確実に去年よりは一回り大きくお兄ちゃんになっていた。

« 元々、嘘はありなの? | トップページ | 見えない力 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1327739/70031830

この記事へのトラックバック一覧です: 獅子と共に:

« 元々、嘘はありなの? | トップページ | 見えない力 »