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2017年2月19日 (日)

あいさつは・・・

自分の事は棚に上げた話だと、あらかじめお断り。

つくづく、人前でのあいさつは難しいし、あいさつというのはかなり大切な仕事なのだと思う。

百人の人の前であいさつをする機会を得たとする。

知った人もそれまで知らなかった人も織り交ぜて、少なくても数分間はその人の話す事に全員が耳を傾けてくれるわけだ。

考えてみればそんな風に、あなたの話しに耳を傾けます!という場面設定はなかなか無い。

そのチャンスに聞く人の心をとらえる様な、心打つような話しが出来れば、一瞬に百人もの人の評価が動く事になる。良い方へ。

もしその逆だとしたら、一瞬に百人もの人に呆れられることにもなるわけだ。

「あの人、何言ってっか分からない。結局何を言いたいわけ?あの人は・・・」と、評価はガタ落ちだ。

それだけにあいさつの機会というのは大事にしなくてはならない。決して慣れ切ってしまってはいけない仕事なのだ、と改めて思う。

私がこれまで凄い人だなぁ・・・と思ったのは、故・高瀬喜左衛門元会津若松市長さんだ。凄いインテリで、業界業界に合わせたうんちくのある話しをされた。

なるほどと思わせ、その場で言うべき肝心なツボは決して外さない。

年末年始など、日に何度かごあいさつを聞く事になっても、決して通り一遍のことは話さない。その場にいる人たちに合わせて、心を惹きつける。

日に三度聞いて全て違う内容のあいさつだったこともあり、その完成度の高さに驚いた。

会津若松市長ともなれば当然秘書課が会合ごとに原稿を準備するわけだが、それを読んでいる風でもなく、いつも物静かな口調で、ゆっくりとかみしめるように話された。

あの市長さんのあいさつを書かなければならない秘書課も大変だったろうなぁ・・・と、想像する。

昨今、人は発信する手段を様々持っている。

SNSもそうだし、メールや携帯など他者とのコミュニケーションはいともたやすい。それだけに改めてのあいさつを少々軽んじる傾向があるように思える。

様々な場所で何度もあいさつされる方ほど、そういう傾向が強いのではないだろうか。

いわゆる「慣れ」なのだろう。

しかし、前記の理由で慣れて、流してはいけないものが、あいさつというものだ。

政治家にはスピーチライターみたいな、あいさつの参謀が付く。ライター次第で首相や大統領にも成れてしまう。そんな事もあるのだからあいさつ(演説)は大切だ。

ああこの人は参謀役の部下がいないんだろうなぁ。あいさつを作る部門が無いんだろうなぁ。軽く考えて準備などしてないんだろうなぁ。とか、思う時がある。

反対に小さな会合でも、出来はさておきしっかりと準備する真面目さに嫌な思いをする人はいないだろう。

それほど多くあいさつの機会があるわけではないが、やっぱり大切に大切に、しなければいけないし、下手なあいさつは損なんだなぁ、とつくづく思う。

己を振り返り、黙っているだけでも誤解を招く風貌なのに、話すたびに「なんだべ?あの人は!」では本当に嫌われ者になってしまう。

と、いうことだ。

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