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2017年1月

2017年1月31日 (火)

ゴッドファーザー

年末に「ゴッドファーザー」のシリーズ三本をBSで放映したので録画して、正月に改めて全作をゆっくりと観た。

第一作は1972年公開と言うからもう40年以上前の映画になる。

大学生で京都に暮らしていた頃、話題の映画で確かスカラ座で見た。誰と観たかは全く覚えていないので、たぶん寂しく一人だったのだろう。

マーロン・ブランドの迫力ある演技、間接照明に浮かび上がる重厚な画面、NYとシチリアを結ぶ音楽、有無を言わせぬ暴力、何もかもが新鮮だった。

アカデミー賞を総なめにしたこの映画は、フランシス・フォード・コッポラ監督の名を映画史に不動のものとして刻んだ。

パートⅡが74年、パートⅢは90年と間があく。その間に青年マイケルは、抗争に巻き込まれた父、そして殺された兄の後を継ぎドン・コレルオーネとして二代目ゴッドファーザーになって行く。

コルレオーネ家の盛衰を描いた大河ドラマ、やっぱり凄い映画だなぁ!と改めて感心した。

1本が3時間近く、また3時間越えの休憩入りもあるから、3本続けると10時間近い。(よほど暇がないと観れない)が、飽きなかったですねえ。

イタリア・シチリア島を追われNYに逃げ延びたヴィトー・コルレオーネ少年は、貧しさの中からのし上がっていく。

その若き日のヴィトーを第三作の回想シーンで演じるのがロバート・デニーローだ。マーロン・ブランドのあのかすれたような独特の語り口を、なぞるように演じる。これがまた見事。

全編を通してマフィア社会に巻き込まれ、シチリアの血を感じながらの苦悩を描く主人公マイケルがアル・パチーノ、その脇を固めて世界的名優がわさわさ出てくる。

イタリア移民は家族・親戚のつながりをもの凄く大切にする、そして事あるごとに集い盛大なパーティを開く。

どの作でもコルレオーネ家の庭で行われる宴会が描かれる。

賑やかな音楽と料理、踊りと酒と歓声、そんなハレ日、屋敷内の一室ではゴッドファーザーを取り巻くもう一つの世界が静かに進行していくのだ。

ファミリーの強い絆の表と裏、陰と陽、逃れられない人間の業がそこにある。

「どうして人を殺してはいけないんですか?」「それはね、恨みや憎しみの連鎖に火をつけてしまうから。そして、困った事に人間はその火を消す術を持っているようで、実は持っていなかったりする・・・・」

因果はめぐるメリーゴーラウンドだ。

主人公マイケルはファミリーを守るために非情の鬼となり、裏切った実の兄までも手にかける。

そして、最後には自分の家族を守り抜こうとして最愛の娘を失う事になってしまう・・・。

光溢れる庭で孫と遊びながら心臓発作で崩れ落ちる様に倒れたマーロンブランド、そしてその子マイケルもまた穏やかな日差しの中で人生を振り返りながら最後には崩れ落ちて、ゴッドファーザーの物語は終わる。

これぞ映画!と掛け声をかけたくなりますな。

我が家はBSの有料放送はWOWOWしか契約していないが、それだけでも丁寧に録画を心掛けるとこんな風に結構な数の映画を楽しむ事が出来る。

TUTAYAなどレンタルビデオ屋さんが、業態のあり方そのものを考え直すような時期に来ているというのもうなずける。

ちなみに10年たった我が家のブルーレイレコーダー、数年前にブルーレイが映らなくなり、年が明けて普通のDVDも引っ掛かって観られなくなってしまった。

仕方が無いので先日、新しいのに買い替えた。

なんでも少し画質を落とすと2900時間も録画できるという凄い容量だ。

ま、会津が雪に覆われた1月、2月は、映画三昧も悪くないかもしれない・・・。

改めてゴッドファーザー、名画です!

2017年1月25日 (水)

横綱

とうとう稀勢の里が横綱になった。

何度も何度も期待され、優勝を逃してきた稀勢の里、このところの相撲解説なんてひどいものだった。

特に、北の富士の口ぶりはハチャメチャ。「大事なところで必ず負けてしまう。どうせ、終盤になるとガタガタとなる」など、強い万年大関を突き放すような解説。

それを舞の海が追いかけ「そうなんですよね。精神面の弱さを克服できないとどうにもならないでしょうね」などと言う。

去年の初場所、ノーマークだった琴奨菊に優勝され、夏にはカド番大関の豪栄道に全勝優勝されて、年間最多勝の稀勢の里は一度も賜杯を抱いた事が無いまま30歳だ。

この初場所も8日目まで勝ちっ放しで来ても、「どうせいつかは負ける。どうせ優勝はできない」みたいな事を言われ続けて来た。

確かに十三日目の豪栄道戦の不戦勝はラッキーだったが、千秋楽の白鵬戦、あの粘り、あの体勢からの逆転勝利は、それらの雑音を一蹴するに充分だった。

大関での連続優勝が横綱への道だが、前年の年間最多勝が評価され満場一致で横綱への推挙となった。

確かに最多勝も大きな要因だが、私はそれ以上にケガなし、休みなしがなんといっても凄いと思っている。

入幕以来たったの1日しか休んだ事が無いというのだからこれは凄い。

無事これ名馬、という言葉があるが、無事これ名横綱!といえる活躍を見せて欲しい。

また、ニュースで稀勢の里のお父さんが言っていたコメントが良かった。「いろいろ言われたけれども彼も私も、ひと場所ごとに少しずつ、成長してきている事は分かっていたんです。」

親子の強い信頼関係、深い愛情が滲んでいた。

19年ぶりの日本人横綱(日本出身横綱)は茨城県牛久の星だ。

「まだまだ体も動くし、気力も充分なのでもっともっと強くなれると思う」と力強く言っていた。なんとか5年は頑張って欲しい。

東京オリンピックでは世界に土俵入りを見せて欲しいものである。

次は大阪、5月場所には両国国技館に戻ってくる。

数年前の5月場所、大相撲を見た事が無いという義母を連れて行った事があったっけ。確か十四日目、全勝同士で白鵬と当たって、負けたんだよなぁ・・・優勝も逃して・・・。

その5月場所の千秋楽、なんとか二枡ぐらいなら取れるかも・・・と茶屋の一郎さんが言っていたが、この分だとそれもプラチナチケットになって難しいかも。

でももし取れたなら、なんとしても応援に行きたいと思ってる。

人数が少ないと会津からバスを仕立てて行くのは難しいが、新幹線でもなんでも行きますよ。

なにはともあれ横綱・稀勢の里関、おめでとう!

2017年1月23日 (月)

一食置き換え

会津は冬らしい冬が続いている。

家の周りの雪かたし、テカテカの道路、昼は少し黒く溶けるが、晩・朝にはまたつるつるになる。

西日本の大雪が報じられている。普段それほど降らない地方は大変だろう。

孫たちが住む名古屋も先週あたり少し降ったらしいが、日曜に行ったという犬山城の写真はよく晴れて、日差しももう春みたいな感じだ。

来年あたりは真冬に会津に来てソリ遊びや、スキーなんかをやらせたいと言っている。

スキーなんかもう15年近くやってない。当然ながらスキー場にも行ってない。

貸しスキーでも借りれば滑れるんだろうか?なんでも今のスキーは凄く曲がり易い(カービングスキーっていうのかな?)らしいから、急斜面に行かなきゃまだまだ大丈夫だろう、とは思うが・・・。

娘が1歳ぐらいの時にはおぶい紐で背中におぶっててっぺんから滑って来たものだ。スピードが出ると息が出来なくって泣いたっけ。

その娘の子が来ればがまたスキー場に行ってみるか!という気にも、きっとなるだろう。

今週末はゴルフに行かないか?と友人と話していたが、先週、末東京からの帰り新幹線の窓から見ると白河辺りも雪がすごく積もっていた。

あれじゃ、那須あたりもしばらくはダメだろう。クルマで2時間、3時間までかけて雪の無いところまで行くには少しばかり気合が必要だ。

メンバーがそろわない事もあったがあっさり「今回はやめとこうか」という事になった。

雪景色には鍋が良い。熱燗もしくは焼酎のお湯割りが良い。

寄せ鍋、キムチ鍋、豆乳鍋、毎日鍋でも一向に気にはならない。

私は食の連チャンは、全く気にならない方なのだが、家人はそうでもない。

週末、ラーメン屋に行こうかと言うと「この間も食べたばっかり」とかよく言う。どうも一週間以内に同じものはあまり食べたくはないらしい。

私はまったく平気、三食続けてカレーでも気にしない。

このところ、ダイエットと言う訳でもないのだが(やっぱりダイエットかなぁ・・・)一日一食、会津天宝さんの「玄米オリザーノあまざけ」というのを摂るように心掛けている。

30食分(7800円)を買って、事務所の冷蔵庫と、家の冷蔵庫に分けて置いてある。

朝昼晩の一食、どれでもいいから一食をこのあまざけに置き換えると言うやり方だ。

それ以外は全く何も変更なし、好きなものをバクバク食って、ぐいぐい飲む。

大体、昼食を置き換える事にしている。大きめのマグカップにどどっと入れて、少し水を袋に入れて残った麹をきれいに流し込む。

そのままレンジで温めて、スプーンで麹をムシャムシャと(そこにマンナン、こんにゃくだ、も入っているらしい)食べる様にして飲む。それだけ。

結構、食べたような気になり、腹持ちもそれほど悪くない。(やっぱり15時ごろに腹は一時的にすごく空くけれど、ガマン)慣れれば、あまり気にならない。

パンフレットには会津天宝の営業部長さんが5カ月で9キロ減った写真が載っている。

これは減量のためだけでなく、玄米のあまざけなので健康にもいろいろと良いのだそうだ。まずお通じが良くなる、と言うが便秘をした経験が無いので分からない。

琉球大学と会津天宝の共同開発の製品でとにかくメタボ(内脂肪症候群)予防には、効果があるらしい。

昨年暮れから始めたので1ヶ月ぐらいだが、風呂に入る前に体重を測ると、以前より2キロは確実に減っているようだ。

効果を期待して本気でダイエット!というよりも一食を130キロカロリーぐらいのあまざけに置き換えれば、結局一日の摂取カロリーは減るし、特別気にしなくても塩分も減るだろうと思う。結果、高血圧にも良いだろうと考える。

まぁ、このくらいのカロリー摂取、食糧摂取が年相応なのかなぁ・・・と感じている今日この頃だ。

あとの二食は全く気にせずにムシャムシャ、とはいうものの、不思議な事に自然と身体がバカ食い状態ではなくなるものだ。

自然とカロリーを多く摂らない(食べ過ぎない)体質に変化していくようだ。これが一番良い事なのかもしれない、と思っている。

そうなれば、あまざけを止めてもリバウンドはしない、はずだ。

ひとつ・・・内緒なのだが、これを始めてから少し酒量が増えているような気がしてならない。

酒がスイスイ入るのだ。酒だってカロリーがある。日本酒ならたっぷりなのだが、その日本酒がまた旨くて、進んでしまうのだ。

結局のところ、プラスマイナスどっちが多いのか分からないような日々ではあるわけだが、また30食分補給した。

ま、しばらくは続けてみようかと思っている。

2017年1月20日 (金)

寒中お見舞い

今年は喪中につき年賀状を出さなかった。

昨年の11月に欠礼の葉書を家人が頑張って書いて出した。それでも、漏れたりして結構な量の年賀状が届いた。

なんだか申し訳ないので、寒中見舞いを作って出そうと考えて文案を練った。

どうゆう風にご挨拶すればいいか?結構難しい。

新年早々、喪中で欠礼した事など書いても言い訳みたいで、喜ばれないだろうし・・・。

そこで会津の初市、今年の十日市の模様を合わせて作ってみた。こんな風に。

『寒中お見舞い申し上げます。

荒れる冷え込むと言われる十日市が雨・・・これも温暖化と言うやつでしょうか

くるっと立った元気な起き上がり小法師を四つ くるくると良く回る風車を買い求め

「ああ、そうだ!」娘のところにも、と起き上がり小法師をもう四つ

それぞれに一つ多目の願いあり

今年こそは叶えばいいなぁ、と市神様に手を合わせて松が明けました

本年が穏やかで良い一年でありますように』

と、こんな感じ。

に、しようかと思っている内に今季最強の寒波がやって来て、家の周りも市内も雪だらけになってしまって、雨の十日市がウソみたいになってしまった。

そうこうしている内に松が明けた、はとうに過ぎ、「歳の神」も終わって大寒、今さらあの文面で作成するのもちょっとなぁ・・・と言う感じになってしまい、結局まだ何にもして居ない。

今週末は不在だし、なんだかんだやっていると寒中見舞いと言う時季でもなくなってしまうだろう。

どしたらよかんべ?と思い悩む大寒の朝はグンと冷え込んだ。

心から寒中お見舞い申し上げますと、みなさんに申し上げたいそんな朝、一人そば茶を飲んでいる。

2017年1月17日 (火)

座布団飛ぶ!

今季最大の寒波の中、なんとか無事に国技館の大相撲観戦に行く事が出来た。

心配であまり眠れないまま、早朝にネットで確認すると磐越自動車道は通行止めになっていない。

サラサラの雪が降り続き、気温も相当低い、が、なんとか行けそう。

こころの医療センター前に8時集合、みんな無事に乗り込む。

ワシントンで二人、49線のファミマで一人、セブンで一人を拾って会津からの組は全員集合、東京で三人が加わり、四舛、16名ぴったりだ。

河東から高速に乗る。外は吹雪、「帰りは通行止めも有りだな」と誰かがつぶやくが、もう知ったこっちゃない。

新ちゃんのうまそうな巻き寿司の桶が広げられて、サロンカーでは朝の9時前にビールが抜かれた。

郡山も雪道だ。矢吹を越えて、白河、那須までは結構な雪。(中通りでのゴルフは当分無理だ)が、宇都宮を越えた頃には素晴らしい青空、全く雪もない。

空の碧さと共に宴会もかなりの盛り上がりを見せる。「あっ、スカイツリーだ!」と、おにぎり山が鉄塔を見るたびに叫ぶ。

典型的な冬型のお天気、東京は見事な冬晴れだ。だが、さすがに気温は低い。

浅草寺の脇に12時過ぎに到着。ここで三々五々、分かれ昼飯をとる。駒形どじょうに向かう組、どこかに行く組と4つぐらいに分かれた。

私は浅草寺をお参りして、熟女の看護師さん達に囲まれてうなぎを食べた。お酒は誰も付き合ってはくれない。

都内は観光バスの乗り降りが大変だ。2時10分に揃った人だけでバスで国技館へ。二組は直接タクシーで向かうと連絡が入る。国技館前に全員が揃って、さあ入場。

升席は11列と14列に二升ずつ、思いのほか後方だ。我々は正面のテレビカメラのすぐ横に陣取った。少し遠いが真正面、後ろにはテレビの解説席があるという、ある意味特等席。

中入り前は高見盛が解説。中入り後は旭天鵬に変わり、ゲストにパックンが来ていた。

国技館名物の焼き鳥をつまみ、ちびりちびりと飲みながら楽しむ内に、あっという間の早さで取り組みは進んで行く。

もう、本日最後の取り組み。

白鵬対荒鷲の一番、荒鷲はここまで1勝6敗、その1勝が六日目の横綱・鶴竜戦。この一番は鶴竜がなめていた、と言われた相撲で一気に寄り切られた。

横綱・白鵬にはそんなまさかの油断はないだろうと思わせる余裕たっぷりの落ち着いた仕切りが続く。

「白鵬、全然余裕だよね~」と言っている内に、制限時間一杯。待ったなし!

手を付いてー、ハッケヨイ!で、のこったのこった!も無しに向こう正面に白鵬が一気に寄り切られてしまった。

場内大歓声!座布団が乱れ飛ぶ、飛ぶ、飛ぶ。

「危険ですので座布団を投げないでください!」のアナウンスもものかわ、びゅんびゅん飛んだ。

あれはフリスビーの要領で投げないと飛ばないんだな、と言うのが良く分かった。

さてさて、楽しかった!!!さぁ、また雪国へお帰りです。

途中、佐野ラーメンを食べて会津へ。

那須高原辺りから一気に冷え込みがきつくなり、磐越道へ曲がると世界は雪の中、テカテカだが走りは順調、11時前には無事に真っ白な会津若松市へ辿り着いたのでありました。

2017年1月13日 (金)

ゴメンネ、もみじさん

寒波、寒波と言う割には会津はまだそれほど気温は低くない。今朝でも氷点下1度程度、それだけに積もった雪は重たい。

今朝はなかなか除雪車が来なかった。ので、朝食を先に食べた。

7時前になってようやく家の前に来た。一旦、道路の真ん中だけ掻いて行ってしまったので、またぐるっと回ってくるのを待ち受けて手を挙げた。

家の前に来たので、もう少し車庫の前とか玄関前に入り込んで掻いてとお願いする。

気の良いオジサンで、「ああ、良いよ」とブルをまわしてくれた。

玄関前をグググっと押して、停まった。運転席の中から上を指差す。あちゃー、玄関前のもみじの木の枝がブルの運転席の部分に引っ掛かってしまっているのだ。

「これが無いとまっすぐいけるんだげっちょなー」と言って、出来るだけ掻いてくれた。

駐車場の前があまりにも山盛りなので、駐車場の前だけもうひとかきお願いする。

グググっと押してもみじの木に引っ掛かりながらも、角の空き地の前に押し上げてくれた。人力でやったら大変だ。

「どうも!今度は枝を少し切っておくわ」と言って手を挙げた。

そこからはスノーダンプで重い雪を運ぶしかない。家人も手伝い、20分ぐらいで汗だくになる。

お向かいのWさんの旦那さんが出て来た。車庫の前があんまりきれいなので「そこは電熱でも入っているの?」と聞くと「いえ、私が朝やったんです」という。

「へえー、すごいな。あ、そうだのこぎりあったら貸してもらえませんか?」と、図々しく聞いてみる。

この旦那さんは若くてアウトドア志向、キャンプ用品や水上バイクなんかが車庫に満載で、そこいら中を自分で修理したり作ってしまったりする人なのだ。

家の中でのこぎりを探すより、借りた方が絶対早いと思ったわけだ。

するとすぐに、いかにもアウトドアで使いそうなのこぎりをすぐに出して来てくれた。

「あ、どうも」と言って、古い脚立に乗ってもみじの枝を切る。

まずは低く飛び出た一本、ギーギーと引くとわずか2引きぐらいでスパッと切れた。「凄い!メチャよく切れる」(家の一度も使った事のないのこぎりだったらひと苦労だった事だろう。ナイスな判断だった)

そして高い方、それからこれも切っちゃうか?と、結構太い枝も払ってしまった。

この寒い冬に枝を切ったりしてゴメンネ、もみじさん。

家人は「何だか団子さしやるのにちょうどいい枝ぶりだこと」と言っている。あれは木が違う。

「ありがとうございました」と、のこぎりを返却。

この寒波、土・日がピークで気象庁は、不要不急の外出は控えるようにと警告を発している。

その日曜日、両国の国技館まで大相撲観戦に行く事になっているのだ。バス一台を仕立てて16人も引き連れて、果たして大丈夫なのだろうか・・・?

晴れ男なので、東京の晴天は間違いないのだが、そこまで行きつけるかどうか?それが問題。

ましてや行き着けなかった場合、茶屋の支払いは一体どうなるのでしょう・・・?これが大問題なのだ。

もみじさん、どうぞ呪いなどかけないでくださいね。

2017年1月12日 (木)

福島の花

「これは積もるな」という雪の降り方を見たのは、久しぶりの様な気がする。

昨年の冬は、雪国会津とは思えないほど雪が少なかった。いや、全く降らなかったと言った方が当たっている。

今年も雪の無い正月を越したが、十日市過ぎに日本列島をすっぽりと覆うような寒気が降りて来た。

長く居座る強力な冬将軍らしく、週末のセンター試験の天候が今から思いやられている。

なんでも大陸から吹き下りる寒気は朝鮮半島の白頭山の山並みで二つに分かれ、それが水蒸気をたっぷり含んだ日本海上で再び合わさり、厚い雪雲として列島に吹き付ける。その先が大雪になるらしい。

また雪の粒が大きくなってきた。

まだ風はないので吹雪になってはいないが、わさわさと積る。雪空がそのまま落ちてくるみたいだ。

雪に包まれて花の無い季節。そんな季節に花の写真展をやる事にした。

野口勝宏写真展「福島の花」。12月17日~2月19日まで竹田綜合病院と山鹿クリニックを結ぶ連絡通路を使って開催中だ。

野口氏とは旧知だ。

もう30数年前になる。初めて会った時はまだアシスタントをしていたが、すぐに独立し商業写真で活躍するようになる。一方で尾瀬などの風景写真も手掛けていた。

彼に撮影を依頼して作り上げたのが「会津に会いたい」という、このブログと同じ名のムック版の会津のアウトドアガイドブックだった。

撮影のために一緒に奥会津の山に登ったり、岩魚を求めて沢に分け入って岩上で一夜を明かしたりもした。本当に若かったから出来た仕事だ。

その後は、たまに噂を聞く程度、仕事が変わってからは全くの疎遠となっていた。

その野口くんが新聞などで盛んに取り上げられるようになったのはあの東日本大震災以降の事だ。

震災でスタジオに大きな被害を受けたが、彼は避難所を回り写真を撮り続けた。

そんな中で、どんな時にもひたむきに咲く花が人の心を癒してくれる「力」を改めて知り、花の写真に打ち込むようになったという。

『花の力で人々を元気に!』をテーマに精力的に花々を撮り続けた。

その活動が認められニコンの国際フォトコンテストで日本人初のグランプリを獲得。また機体を花々で飾った「東北フラワージェット」(ANA)が就航し被災地の人々を喜ばせた。

フラワージェットは今も連日、日本の空を駆け巡っている。

また福島民友新聞社のみんゆう県民大賞にも選ばれ、マスコミへの露出も多くなっていた。

そんな彼の記事を見るたびに「懐かしいなぁ」と思っていたところ、タイミング良く私の随想をまとめた小冊子が出来上がったので「お久しぶり!」も兼ねて贈呈させてもらった。

すると、ほどなくして本人がわざわざ会いに来てくれたのである。

人の縁は大切にしなくてはならないとはこの事だ。

しばし昔話に花を咲かせて、見事な一枚の写真を土産に置いて、野口くんは帰って行った。

それからしばらくして、冬の会津で花の写真展をやってみたらどんなものだろうか?と私が思いっ立ったというわけである。

写真は大小合わせて約40点、およそ100メートルの通路の壁を飾り、なかなかの迫力だ。

色鮮やかな花から、名前も知らないような野辺の花、生命力溢れる野菜の花、福島の花々が見る人を驚かせ、また大いに楽しませてくれている。

アンケート用紙に綴られた感激の声、その数の多さに、私も改めて花の「力」を思い知った気がする。

空が剥がれるようにどんどん雪が落ちて来る。もう春までは消えないだけの雪が会津を包む。

そんな中、「福島の花」が今、咲き誇っています。

2017年1月 9日 (月)

健さん!

郡山でも米沢でも見られない映画を上映している映画館がある。

ドキュメンタリーや自主製作映画、海外や国内の大きなマーケットではかからない映画、そんな通好みの映画だけを上映している映画館が新潟万代シティにある。

「シネ・ウィンド」がそれだ。

客席は百席足らず。一番前には座って見られる(横になっても見られる)桟敷席がある。前方にはコート掛けや、座布団、ひざかけなどがあり、どうぞご自由にお使い下さいとなっている。

そのアットホームな雰囲気だけでも、いかに通好みか分かろうというものだ。

そのシネ・ウィンドにこの正月から、「健さん」と言う映画が掛っている。

言わずと知れた高倉健の健さん!

日比遊一という監督の撮ったドキュメンタリー、各界のインタビューで構成された映画だ。

今、東京駅のギャラリーでは「高倉健展」をやっている。これも機会があれば行きたいと目論んでいたが、どうも終日までに行けそうもない。

自称・高倉健ファンとしてはせめて映画でもと思い、出かけて来た。

会津を9時に出て、早めの食事をして12時10分からの回を見た。

マーティン・スコセッシ、ジョン・ウ―、マイケル・ダグラス、山田洋二など20数名が語り、紡ぎ上げて行く真の高倉健像。

江利ちえみさんは45歳で亡くなったんだとか、健さんの家が全焼したんだとか、改めて思い出した事もあったが、これまでに語られていない高倉健像と言うのは多くはなかった。

「偉大なスターでありながらとても謙虚」「存在だけで場の空気を変えてしまう」「誰もが一度は仕事をしてみたい名優」・・・などなど。全編、健さんべた褒めだ。

あんなに褒められたら健さんも草葉の陰で照れているんじゃないかと思った。

『そんな立派な男じゃないよ、さんざんやんちゃもやってきたし・・・第一、高倉健の演技が素晴らしいなんて、生前言われた事ないし・・・』みたいな事言っているんじゃないかと思ったりもした。

健さんは健さん、何をやっても健さんになってしまう。刑事をやってもヤクザをやっても、鉄道員をやっても居酒屋の店主をやっても、健さんだ。

逆の意味で演技派と言えるのかもしれない。

1時間と少し、そう長くはない映画の最後にスコセッシ監督がカメラに向かって「健さん、あなたは素晴らしい、もっと一緒に仕事をしたかった!」という様な事を言う。

まるでお葬式の弔辞の様な持ち上げ方だ。そして最後に「健さん!」と呼びかける。

それに続いて出演者全員が次々とカメラに向かって「健さん!」と呼びかける。「健さん!」「高倉さん!」と呼びかける。

その呼び掛けの声に、それまで全く悲しくもなんともなかったのに急に、涙が出て止まらなくなった。

大好きなあの健さんは死んだんだ!と改めて思い知った。そしてそれは、やっぱり悲しいことだった。

なんだか、映画を見たというよりも高倉健のお葬式に参列したような気分になり、妙にしんみりしてしまった。

それも、まるで身内を見送った時のように・・・・。

帰りの磐越道の冬ざれた景色、、、心に沁みて、にじんだ。

2017年1月 6日 (金)

選択肢増えた

会津に映画館が無くなって久しい。千葉県よりも広いという会津地方に一軒の映画館もないのだから、これは寂しい。

これまで、郡山か新潟で映画を見ていた。

米沢市という選択もあるのだが、どうにも大峠越えの道に気持ちが向かなかった。

友人のYくんには「米沢も良いよ」と言われていたのだが、なんとなくあっちの方角に行く気がしなかったのだ。(どうしてかは分からないが、常日頃、気分に従う事にしている。)

この正月、家人のひと声もあり、ようやく「行ってみっか!」という気になった。

会津若松市から喜多方市までは、高規格道路で結ばれた。高速道路があるのと一緒だ。

道はそのまま喜多方市の外側のバイパスを抜ける。北塩原へと分かれる道の信号機を最後に米沢までは信号がない。

これはまぁ、走りやすいし、早いし、加えて無料だ。

自宅でカーナビを入れると1時間20分と出たが、実質1時間ちょっとで着いた。

米沢のイオンにあるイオンシネマ、いわゆるシネコンだ。

イオンの駐車場に車を入れて映画館を探すが、それらしい入口が見つからない。

そこで米沢市民に訊いてみた。「映画館はどこから入ればいいんですか?」すると彼は「映画館はあそこです」と道路を挟んだ反対側の建物を指差した。

イオンシネマと言うくらいだから、イオンの中にあるとばっかり思っていたが、別な建物だったのね。

確かにイオンシネマと大きく書いてある。

道を渡って、早速中へ。1階にチケットの販売所がある。13時10分からの「スターウォーズ~ローグ・ワン~」、中央は前の方しか空いていないので、中頃の端っこにした。

まだ30分ほど時間があったので、また道を渡って斜め向かいに見えた回転ずしに行く事にする。しばらくご飯を食べていない。

まぁまぁ、美味しい回転ずし。味噌汁無料が良い。食べ過ぎない程度に食べて映画館へ戻る。

年末年始の飲み疲れの影響もあり、予告編の終盤から本編が始まった最初の10分ほどは完全に落ちてしまった。

スコンと寝たら、頭が冴えた。さあ、スターウォーズだ。

ジョージ・ルーカスの手を離れてディズニーへ。だが、スペースオペラの基本は守り通されている。

始まったとたんに全く途切れない音楽。それはシンセサイザーなどの電子音ではなく全編、交響楽団による壮大な交響楽で貫かれている。

科学が進歩した未来の物語だが、その戦い方はメチャアナログ、戦闘機は撃ち合い、戦士達も撃ち合い、爆弾を投げ込む。

今回、ライトセーバーを使ったのは最後のダースベーダーだけだったが、接近戦は基本チャンバラだ。

瞬時に何光年も駆け抜ける中で、騎士道精神、武士道精神が貫かれている。これがスターウォーズのスターウォーズたる由縁だ。

なんか安心して見れて、同じ様に面白かった。

3時過ぎ、雪になるといけないのでまっすぐ帰って来た。まだ明るいうちに滝沢のリオン・ドールに着いた。

少しだけ買い物して、ゆっくりお風呂に入りワインを開けた。(家人は相変わらずビール一本槍)

いただきものでおそらく高級、好みの味だ。正月気分、スターウォーズの余韻・・・「え!1人で1本飲んじゃったの!?」「ハイ・・・」

米沢もなかなか悪くない。

冬場の峠越えは雪だと勘弁だが、基本、春・夏・秋はむしろ快適、なによりも高速代、駐車場代が全くかからないというのがいい。

これは映画の選択肢が確実に増えた、と思った次第。

やはり食わず嫌いじゃなく、一度は試してみるものですな、何事も。

2017年1月 5日 (木)

知らない世界

宮崎でゴルフをやっている時にメールが来た。家人からだ。

開くと、パッと目に飛び込んできたのが数行の文字の下の写真!

薄茶色のとんがり頭(髪の毛の無い)、これは寝ている時にでも撮った俺の頭か?なんだ、いやがらせか?と思ってスクロールすると、こんがり焼けたパンの頭だった。

初めて焼いたパンだ、との自慢。

暮れに、パンを作ったりする時に便利なフードプロセッサーが欲しいと見に行ったが、種類が多くどれが良いか決められずに買わずに帰った。

結局、手でこねて初めて焼いた自家製のパンなのだそうだ。

それはそれで大笑いしたが、その下に息子が稽古堂でベースの発表会をやるのでこれから見に行く。ビックリ、楽しみ!とも書いてあった。

ベースをやっているなんて聞いてなかった、ので私も驚いた。

大学時代に軽音楽部に入り、4年間ベースを弾いていた。バンドをかけ持ちしていた事もあったらしい。

そんな彼が数年前会津に戻り地元就職。趣味のベースを続けてバンドでも作れば良いのに…とずっと思っていた。

人のつながりも出来るし、世界も広がる。どんどんやればいいのに、と思っていたし、薦めたりもしたのだが、一向にそういう気配はなかった。

それが実は去年の春先から、ベース教室に通い出していたらしいのだ。その教室の発表会で、バンド編成で何曲か弾くらしい。(一から始めたわけではないので)

パンの嫌がらせ(ではないけれど)にはむかついたが、この知らせには心が弾んだ。

旅を終え、会津に戻ると家人が嬉しそうにカメラで撮った動画を見せてくれた。

ギター、ドラム、キーボード、ベースの編成で、結構楽しそうに長い手でベースを弾いている。

人前で楽器を演奏する、これは私の見果てぬ夢の一つだ。

実はめちゃくちゃ音痴で音楽的才能には全くそっぽを向かれた。

小さい時にはそんな事には全く気付かずに過ごした。

もの凄くショックを受けたのは、思春期に入る中学一年の時。初めて買ってもらったギターを手にし、まずはチューニングをしなくてはならない訳だが、そのチューニングが出来ないのだ。

5フレットを抑えて、となりの弦と同じ高さにするわけだけれど、自分の耳で音の違いを聴き分けられない。(音感のある人には信じられないかもしれないけれど)

自分が音痴でリズム感も全くないという事を初めて自覚し、それは、もの凄くショックだった。

音楽を聴く事は大好きだったし、仲良し三人組の内の二人は音楽の才能に人一倍恵まれていた。一人だけ音痴でよく仲良し三人組が続いたと思うのだが、不思議な事にバラバラにはならず、ビートルズにしびれ、拓郎にしびれた。

二人はギターの腕をどんどん上げたけれど・・・ハモれない三人。

曲は書けないので詞をかく真似ごとをしたが、そちらの才能も大したものではなかった。

全く音感がダメ!これは、あまり人に言えない生涯のコンプレックスなのだ・・・とはいえ、なんとかここまで来たけれど。

もしもピアノが弾けたなら、人前で演奏する事が出来たなら・・・もしそれが私なら多少下手でも滅茶苦茶出て行ってやるのだけれど。

人は人の想いを同じ様に味わう事は出来ない。だからどこまで行っても「私」であり、「あなた」なのだ。

親父の知らない世界、そんな世界を息子が持っていてくれる事は嬉しい事だ。

そんな世界をどんどん広げて、やがては手の届かないところまで行ってくれれば良い。

親とはそういう事を願う生き物なのだ。

2017年1月 2日 (月)

新年早々

新年早々、Cくんの新妻Rさんが風邪をひいてしまったらしい。

2日の歓迎パーティに行けなくなったと連絡がきた。残念だが仕方がない。

赤道直下のスリランカから雪の(まだ、あんまりないが)会津だ。風邪をひかない方がおかしいくらいだ。

以前、十数年間シンガポールに住んでいた従兄弟が、向こうを引き払って日本に帰った時の話。「もう常に夏の状態で毛穴が開ききっているから、冬は寒くて仕方がないんだよね~」と言っていた。

それを思えば、生まれて初めての氷点下だろう。そりゃ、寒いわ。

暮れに来た時も、なんだか薄そうなGパンをはいていた。中にヒートテックのタイツでも履いてりゃ良いが、どうもそんなふうには見えなかったし、セーターも薄そうだった。

パーティもなくなった事なので、お年玉代わりに家人とユニクロに行って、Rさんへ暖かい服をプレゼントしてあげる事にする。

幸いお正月割引、店内は大混雑だ。

半額のカシミアセーター、下に着る温かいシャツ、厚い靴下、あったかいパジャマなど、適当に見つくろって大きな袋に。

パーティのために煮たひよこ豆のラタトゥユみたいなのをタッパに詰め。イチゴのパックと大好きなアイスクリームを買い、届けてあげた。

玄関先で待っていたCくんは心配なのか、心細そうな情けない顔をしていた。

おまえがしっかりしなくちゃダメだろう!

異国で体調を崩すほど心細い事はない。

その異国は、これからしばらくは住まなければならない帰れない異国なのだ。

重くならずに早く回復してくれる事を祈る、新年早々の心配ごとだ。

チチンプイプイノプイッ!!!!(回復祈願)

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