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2016年10月 9日 (日)

パスク・トクガワーナ

「徳川の平和」とでも訳せばいいのだろうか?250年戦争のない平和が続いた徳川時代。

ややもすると鎖国によるがんじがらめの不自由さの中で、北朝鮮の様な独裁政治が行われたと誤解されかねない(そんな誤解をする人はあまりいないか?)

そんな徳川時代を見なおそうとの主旨で始まったという「徳川みらい学会」、これまで駿府の地・静岡で行われてきたが、先日初めて静岡を出て、ここ会津で行われた。

基調講演に学会長・芳賀徹氏(静岡県立美術館館長)、続く鼎談に徳川恒孝氏(徳川宗家十八代当主)、松平保久(会津松平家十四代当主)、磯田道史氏(歴史学者)を招いて行われた。

ご高齢のせいか少々、冗長な基調講演となったがその意は充分に伝わった。

鎖国という禁令下での対外交流をうまく進め、世界的平和外交政策をとっていた。究極の循環型社会システムが構築されており、人々は活き活きとした暮らしを楽しんでいた。長い平和により学問と芸術の華が開き、高度で洗練された文化の発展が実現していた・・・。

そんな事を様々な芸術作品を通して解説していただいた。

続く鼎談では、テレビでおなじみの磯田氏の闊達なコーディネートで、徳川家と会津松平家との関係、戊辰の歴史にまで踏み込んだ様々な話が繰り広げられた。

徳川時代が、様々な意味で魅力的だったという事は数多くの時代劇、歴史小説、映画などを見ても良く分かる。

ペリーの蒸気船が日本に夜明けを告げたなどというのは大間違い、まさに太平の世に別れを告げる汽笛を鳴らしたのだ。

ま、これ以上、俄かお勉強の浅知恵をさらしても仕方がないのでこの辺に。

続いて17時からは懇親会が行われ、静岡からの大勢のお客様との交流会が開かれ、そちらにもちょっとだけ顔を出した。

この夜は掛け持ちで、そこから中の島で会津高校同窓会の役員会へ、会議を終えて懇親会はパスし、植木屋酒店で祝儀の一升瓶を一本求めて中村屋へ。

そこではもうすでに出来上がった当院の若い衆が大勢、先の大運動会の反省会が佳境を迎えていた。

遅ればせながら生酒をあおり、普段はなかなか話せない若い衆の声や、ちょっとした恋バナまでワイワイ言いながら聞いた。

大いに盛り上がり、頂点付近で中締めを。

『人生は院長の大好きな自転車と同じ、漕ぎ続けないと倒れてしまう。誰の言葉か忘れた深いい~い話みたいな言葉の意味は、まず漕ぎ続けられるだけの健康が大切、そして漕ぎ続けられるだけの夢とか希望とか目的とか、それがなきゃダメよってこと!おまえたちみんな頑張れー、クァンパーイ!!』

その後の二次会にも招かれたが、流れる道すがら古い馴染みの居酒屋へ。

焼酎一杯、と言ったら一本入れて!と言われて素直に従い、少しヘロっとなってタクシーを呼んでもらった。

二次会で若い衆の声を聞けなかったのは残念だったが、明日は殿様(松平十四代)とのゴルフが控えている。

人け(家人が留守で)のない我が家に帰ったのは11時前ぐらいだったろうか・・・。

パスク・レンチャンノ~ミ、は四日間続く。

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