« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »

2016年8月

2016年8月30日 (火)

暑さに負けて

朝日を浴びている山々を見ると、太陽の傾きからか陰影がくっきりとして夏の山とは違った表情に見える。雲もすう―っと掃いたように伸びて、どことなく秋を感じさせるようになった。

午前5時半、会津野の朝は美しい。

八月も間もなく終わるが、もうすでに山には秋が来ているようだ。

今年の夏は暑かった・・・というかひどく暑いと感じる事が(アゴを出す事が)多かった。

元来、夏が苦手で暑いのにはめっぽう弱いのだが、ここ二、三年少しだけ暑さに強くなった気がしていたが、やっぱりそんなことはなかった。

炎天下のゴルフで完全に暑さ負けをしてしまったし、夏風邪までひいてしまった。

暑さに強い人は、「暑い暑い」と言いながらも暑さが少し気持ちが良いように聞こえる。

私がそれを言うと、家人にはそれだけで暑さが増すとののしられる。

「夏休み」は少年の頃の夢のような思い出のひと時なのだが、私の場合、断片的に暑くてたまらなかった一瞬を今もはっきり覚えている。

常光寺の境内で蝉取りをしてトリモチが服にひっついてしまい、取るに取れなくて汗が噴き出し泣きたくなった炎天。

お祭りで転んで右手にひびが入り、骨つぎの接骨院に日陰を探しながら汗まみれになり通った道。

蒸し風呂の様な体育館で走らされた日々。

遠い日の思い出は美しく姿を変えるものだが、なぜか暑さの思い出だけは今もじとーっと、気持ち悪さが残っている。

池波正太郎氏によると、冬の寒さは堪えるが、歳をとると夏の暑さもまた同じように堪えようになる、とあった。

年寄りは寒さに弱く暑さには強い。と思われがちだが、一概にそうでもないという事だ。

私の場合は、暑さに弱く寒さには強い方だ。が、これも「だった」と過去形になるのがそう遠くはない事だということだろう。

暑さにも寒さにも体力が持って行かれる・・・嗚呼、情けないことばっかり書くのは止めよう!

しっかり歩いて動いて現状維持だ。

暑さにも寒さにも負けてしまわない体を維持しないと、夏暑く、冬寒いこの会津盆地では生きていけない事になってしまう。

今年の暑さに少し負けて、情けない一文を書いてしまった。

2016年8月26日 (金)

ちょっと分かられているような・・・。

一体どういう仕組みになっているのか分からないのだが、このブログを見てくれている人は、周りに広告というのか、楽天市場やアマゾンののおすすめ商品みたいなのがいろいろ出てくるのを見ていると思う。

そこをクリックすると、すぐにその商品を扱っているサイトに飛ぶという仕掛けだ。

その商品なのだが、どれも私が以前に買ったり、探したりしたものが出てくる仕掛けになっている。

このブログはココログというところにお世話になっているのだけれど、私が別のサイトで見たり探したりしたものが此処に反映されている形だ。

どうなってそうなるのかは、さっぱり分からないが、そうなっている。

夏バテ防止にと買った甘酒や、還暦のプレゼントに贈った赤い傘、最近は家を建てて以来ずっと使いっぱなしのベッドのマットレスを物色している。

そんなものがさりげなくこのブログの周りにちりばめられるのだ。

言ってみれば、この人は最近こんなものを買ったり物色したりしているんですよ、というのが知れるということになる。その人の趣向が分かると言えば言い過ぎかな?

でも、なんか人に見られて恥ずかしいものとか、年甲斐もないものとか、そんなものをネットだからと気軽に買っていたとすると、それが「この人はこんなもの買っているんですよ」と、さらされるわけだからちょっと嫌な気がしないでもない。

ここ数年、下着のパンツはネットで買う。

BVDのボクサータイプLL。私のサイズにちょうどいいのが会津では見つからないのだ。

別にいいけど、ちょっと分かられているような気がする。

誰に分かられているのかというと、読者の方々というのも少しはあるだろうけれど、なにせこの複雑な仕組みを一瞬にして行っているコンピュータ、自動的に行うAIというのか、どこかの人工知能というやつに一番分かられているような気がする。

そのAIくんは、このブログも全部読んでいて、過去のネットでの買い物やオークション、旅の予約なども全部把握していて、「ああ、こいつな。こんな事言ってるけど、何月何日にこんな事言ってて、どこどこでこんなことしてたんだ!」みたいな事を、ある日突然AIくんに言われたりして。

改めてPCと携帯を全部見られたら、その人間が丸裸になってしまう、そんな世の中であるのだなぁ・・・と、つくづく思う今日この頃。

ご同輩、悪い事は出来ませんなぁ・・・。

2016年8月24日 (水)

酔ってびっくり!

酔ってびっくりという事件が起きた。人気者の役者がホテル従業員を部屋に引き込んで乱暴狼藉に及んだというのだ。

なんとまぁ!と思うが、酔ってこんなことまでするか?という事はままあるし、中でも「酒乱」という人は本当に歯止めが利かない。

私も、これまでに3人ほどこれが「酒乱」なんだなぁ、という人に会った経験がある。

一人は20代の時、学生時代の友人の幼馴染、大人しそうでシャイでそれでいてマッチョですごいスポーツマンだった。

「こいつ酒癖悪いから・・・」と言われて飲んだのだが、それまでに酒癖の悪い人は何度か経験があったし、人の良さそうな好人物だと思えたのであまり気にしなかった。

しかし、酒乱というのはそういうレベルとは全く違うと言う事を思い知った。

ある程度楽しく飲んでいて盛り上がっていた。問題の彼が「ちょっとトイレ」と言って、トイレに行って帰ってきたら別人になっていた。

顔が少し青ざめて表情がさっきまでと全く違う、もの凄く不機嫌になっており、「どうかしたか?」と聞いても「何がだ!」とすでに私に対してもケンカ腰だ。

これはよろしくない!と早々に切り上げる事にしたのだが「俺は帰らない、おまら帰れ!」という。

そして隣の席の客に突然訳の分からない、いちゃもんをつけ出したのだ。(それがまぁ、悪そうなグループに)

「おいおい、おいおい。すいません、すいません!」と抑えるのが精一杯、その時は幼馴染の友人がいたからどうにかこうにか難を逃れたが、一歩間違えば完全に乱闘騒ぎ、かなり慌てた。

酒癖が悪いというレベルではなく、突然別人になってしまうのだ。そしてその別人は暴発するまで止まらない。

後でよく聞けば、飲むたびに問題を起こし、ヤクザをのしてしまったり、ケンカでトラ箱に入ったりなんてことが度重なり、それを本人も相当に反省していて、しばらくぶりだったけど今回は大丈夫かなと思ったんだ。とか言うから、「勘弁してくれよ!」と逆に友人をなじった。

翌日会えば全く覚えていなくて、好青年の彼に戻っており、可哀想になるくらい恐縮して頭を下げるのだ。

こういうのは酒癖どうこうではなくて、立派な病気なんだと、若い内に知識を得たから良かったと思うしかない。

その経験が生きて、その後のお二人は、人間が変わった!と思った瞬間に「失礼します!」と飛んで逃げた。

一人は、奇跡的にケガもなくホテルに戻ったと聞く。(財布の中身は空だったらしい)

一人は、財布も携帯も全部無くして顔を傷だらけにして繁華街に寝転んでいたところを警察に保護されたと聞く。

「逃げるなんてひどい!」と言われるかもしれないが、酒乱の方の対応は素人では絶対に無理だ。かといってまだ何もしていないのに警察に保護を求めるわけにもいかない。

申し訳ないが『君子危うきに近寄らず』以外に我が身を守る術がない。

今回、大騒ぎになっている彼は、酒乱が暴力ではなくて、性欲の方に向いてしまったのではないだろうかと思うが・・・もちろん弁解の余地はない。

周りが早めにただの酒癖ではなくて「病気」だ(病的だ)と感知して、手を打つ以外に道はないのだろうと思う。

放っておけば、結局いつかは起こる事だと思う。

酒乱とまでいかなくても若い時には、酔って相当な無茶(アホ)をしてしまうものだ。

私だって思い出しただけで寒気がするようなアホな事をしたことがある。(言えませんけど)

私が会った「酒乱」の3人はその後、全くお付き合いもありませんが、無事に人生を生き抜いているのでしょうかねぇ。

だとすればすごくラッキーだと思います・・・・が、そんなところでラッキーな運を使っても仕方がない。

酔ってびっくり!もう自分にはないと思っているかもしれないけれど『好事魔多し』とも申します。

酒乱ではなくとも、世の中何が起こるかは分かりません。

襟を正して参りたい、とちょっと気付かされた悲しいびっくり事件でありました。

会津の朝晩はすっかり涼しくなりました。昼はまだ真夏日です。

そろそろ、ぬる燗もいい季節かな。

2016年8月23日 (火)

ちょっと来てみろ。

台風が一度に三つも来るなんて聞いたことが無かった。

それも後に出来た方から先に迫って大雨を降らせて、また次が、と情け容赦ない感じだ。

特に北海道の雨がひどいみたい。心からお見舞い申し上げます。

これも異常気象の表れなのか?この気圧のめまぐるしい変化が影響したのか、エアコンの当たり過ぎか、夏風をひいてしまった。

ここ数年、風邪をひく事もなかったが、少し調子に乗ってこじらせた。

どうものどが痛くて熱がこもっている感じだったので、サウナに行って大汗をかいてアカスリをすればスッキリするんじゃないかと、家人を誘って久しぶりに行ってみた。

案の定、重かった体がすっきりしてだいぶ気分も良くなった。そこで、静かに静養すればそれで治ったに違いないが、その晩は飲みに出た。

といって調子に乗って出たわけではなく、前々から呼ばれていた友人の還暦祝いに顔を出したのだ。

一応は自重してガブガブは飲まなかったのだが、結局時間がたてば普通どおりに飲んでしまい、誘われるまま二次会まで行ってしまった。

11時前には帰って寝たのだが、翌朝、声が出なくなった。

熱はないが、なんとなくボーッとして全身がだるい。

これは夏風邪だ!と自覚した。

大事にすんべ、と思っても暑いし結局はエアコンをかけてゴロゴロオリンピックの日曜日。

その日も酒は飲まずにおとなしく寝たが、翌朝には声がもっと出なくなってしまい、せき込むとキャホン、キャホン、と妙にかすれた高い声で、ふざけてんの?と笑われた。

のどが痛くて、ガァーッ、ペッ!と、痰を切れないのだ。

天龍顔負けのかすれ声で話が出来ない。これは大人しくしているしかないと、久々に病欠をした。

お蔭でオリンピックの閉会式をゆっくり見る事が出来た。

リオも結構な雨だったが、ある程度の雨ならへっちゃらなんだ、と思った。スタジアムに天井など無くても大丈夫なんだ。

ああ、あの旗振りを舛添さんはやりたかったんだなぁ、とか。どうせやるならマリオになりきればいいのに恥ずかしそうにして安倍さん、とか。開会式や閉会式の演出は、もう若い人にまかせなきゃダメだよな、とか・・・・。

いろんな事を思いながら眺めていた。

その晩も酒は飲まずに早めに休むが、コンコンと咳が止まらず家人が起きてしまう。

で、仕方が無いので仏間に降りて一人で寝る事にした。なかなか涼しくて良い。

だがどうしたことか今度は目が冴えて眠れない。

眠れないままに、あれやこれや今の有り様、様々な問題、将来の展望など次々と思いめぐらし、ゴロゴロと2時間ほど転がっていた。

途中、何分かは寝てしまったのかもしれないが、寝付けない辛さや苦しさのようなものは全く覚えずに、雨の夜の底ですごく落ち着いた時間を過ごしたように思う。

仏間で一人、心の中の声をなんとなくご先祖様たちに聞いていただけたような気さえした。

「ふーっ!」とひとつ大きなため息をついてトイレへ。うがいをして、さらにイソジンでもうがいをして、一杯の水を飲んで寝た。

5時間ほどぐっすりと眠って、風邪が抜けた。

ひょっとしたらこのところバタバタでゆっくり考える(思い悩む)時間もなかったようだ。

『おい、ここに来てちょっとゆっくり話を聞かせろ!』という事で、ご先祖様がひかせた夏風邪だったのかもしれない。

即効の解決策などは見えないが、きっとなんとかなる様になって行くのだろう・・・と思える(信じる事が出来る)そんな朝が来た。

一晩中、土砂降りの雨に洗われて会津は大分涼しくなったように思う。

2016年8月19日 (金)

どっちが強いか?

オリンピックも佳境、日本のゴールドラッシュが続いている。

晩酌の席で「そんな簡単に史上初めての四連覇がポコポコと出るとは思えないなぁ・・・」と言っていた悪い予感が的中して、吉田沙保里選手は金を逃してしまった。

3時に起きて応援、4時から1時間ほど寝て、5時からまた見た。勿論応援したが、届かなかった。

というよりも、始まった時からどうも勝つ気がしなかった。

「絶対勝つぞ!」の激突には見えなかったのだ。

「絶対に勝ちたい!」と「絶対に負けたくない!」の激突で、吉田選手の足はいつもの試合の様に(大して見ているわけではありませんが・・・エラそうに)機敏に動いてはいなかった。

あの高速タックルのフットワークを忘れてしまう、それが固くなる、計り知れないほどの重圧がかかる、というものなのだろう。

絶対女王にどれだけの重圧がかかったか分からないが、吉田選手の表情は明らかに勝つ事よりも負ける事を恐れていた。

吉田選手は「負けたくない気持ちでは勝てない」その事を最後の試合で後輩たちに教えてくれたような気もする。

どんなに強いチャンピオンも必ずいつかは負ける。

どんなに栄光に包まれたチャンピオンもいつかは第一線を退く時がやってくる。

人間散り際、去り際というものが非常に大切であると、そんな事を時々考える今日この頃だ・・・。

「晩節を汚す」という言葉があるが「老い」に捕らわれ、残念な姿を見る事がある。

決して他人事とは思わずにやがては自分も老いるのだ、との覚悟を持つ事は大切な事だと思う。(もうすでに老いてますけど、なんて言わんといて・・・!)

『自分だけは違う、自分は絶対大丈夫!』そんな風にしか考えられない事自体がすでに「老い」に絡め取られ始まっている証左でもある。

失礼!吉田沙保里選手はまだまだまだまだ、老いてなどはおりません。

金金金銀!素晴らしい成績、堂々と胸を張って次のステージに向かって欲しい。

会津の夜明けも日に日に遅くなるのが、オリンピックのおかげで良く分かります。

朝の4時半ごろだとまだ暗い、夏の暑さは去らないけれど、着実に季節は進み日足はどんどん短足になってきています。

2016年8月18日 (木)

誰だって贔屓目

自分のこどもや、自分の孫ほど可愛いい子はいないと、誰だって思っている。

どんなにかわいいモデルの様な子がテレビを賑わしても「申し訳ないけれども、ウチの子の方が断然可愛いです!」と、心の中では思っている。

それが正常だけれども、大人ならそんな思いをもろに口にはしない。

「可愛いなぁ、でもウチのはレベルが違うんだ」とか「オメんところよりはずっと可愛い」なんてことは、たとえ思ってても言わない。

誰もがウチのが一番だと思っているのだから、そんな言い方したら角が立つに決まっているからだ。

決まっているのに、平気でそういう事を言うおかしな奴もいる。

「いやいや、こんなのとは違うんだって!ウチの孫は・・・」とか言われたら誰だって腹が立つ。ましてや「こんなの・・・」呼ばわりされた日には「フザケンナ!」と、ケンカになってもおかしくない。

そういうデリカシーのない物言いを、特段の悪気があって言うのではないから呆れる。

無邪気な贔屓の引き倒し、とでもいうのだろうか。

「な、な、ウチの方が可愛いべ?」と携帯の写真まで見せるから、「バカか!」ということになる。

そして・・・そんなどっちの孫が可愛いいなどとだらない事で言い合いしている姿を外野が見て、「オメ達はバカか?」と二重に呆れられるわけだ。

孫・子に限らず、他人が大好きで、一番だと思っているものを安易に批判するのは大人の振る舞いとしてはいかがかと思う。

Aというスポーツが好きで、Bというスポーツはこういう理由であまり好きではない・・・ぐらいでとどめればいいが、Bみたいなスポーツに夢中になる奴の気が知れない、まで言ってしまっては、「手前、一体何様だ!」と場がささくれ立つ。

罪のない自慢話は、「ほぅ、いいね~、へえー、そうなんだ」と言って相槌を打ってやるのが、練れた人間の振る舞いというものだ。

絶対に結論の出ない言い合いに火を付けても見ても仕方がない。

例えば、野球とサッカーどっちがスポーツとして素晴らしいか?などという超不毛な問いで宴をしらけさせるような事は止めた方がいい。

と、私は考えるがそこで起こるバトルこそが酒の醍醐味だという変わった輩もいるので何とも言えないのだが、私は混ざりたくない。

台風は夜中に猛烈な雨を会津に降らせ、太平洋上を足早に駆け抜けた。

台風一過、秋風が立つかと思いきや、ムシムシと寝苦しい夜が続いている。

夜中に起きて、オリンピックのチェックをするのが日課となって来た今日この頃である。

2016年8月15日 (月)

さすが大物

映画は郡山か新潟で観るが、やっぱり近いので郡山の方が多い。

郡山テアトルで観るが、今まであんなに人が並んだのを経験した事はなかった。

映画館のロビーに二重、三重に列が出来て、前の回が終わったらゾロゾロと人が出てきた。エンドロールが始まった時に第一波のゾロゾロ、そして終わった後にゾロゾロゾロと人が出てくる。

「結構入っているなぁ・・・」「こんなの初めてだね」「さすが大物、人気がすごいんだなぁ!」

その大物の名はゴジラ。あのエヴァンゲリオンの庵野秀明監督が手掛けた「シン・ゴジラ」だ。

なかなか評判が高く、ゴジラ史上初めての着ぐるみではないCGのゴジラ、その動きの元をモーションキャプチャーで演じたのが狂言師の野村萬斎さんだ。

どんな映画かなぁ・・・とあんまり期待をしなかったが、なかなか面白く引き込まれた。

ストーリーは第一作のゴジラの見事なオマージュとなっている。

東京湾から突如巨大生物が姿を現す。その生物は人間が海中に不法投棄した放射性物質により生まれた巨大生物.。

どうして来たのか?何が目的でどれだけの力があるのか?などまったく分からないままに首都東京を破壊していく。

初代ゴジラは水爆実験でジュラ紀の恐竜が巨大化して蘇った。背景はほぼ同じだ。

巨大生物は放射性物質をまき散らす。核融合をエネルギーとしているのだ。

そしてシン・ゴジラは、次々と形態を進化させ、初めは魚竜のような這って歩くものが、やがて立ち上がり身長108メートルの巨大なゴジラに形態変化をする。

そしてものすごい破壊力、もの凄いパワーで首都を破壊し続ける。

初代ゴジラは「オキシジェン・デストロイヤー」という科学物質で息の根を止められるが、シン・ゴジラは・・・。

ネタばれになるので止めよう。

とにかく初代ゴジラへのオマージュがいたるところにちりばめられている。監督の本多猪四郎氏もさりげなく飾られた写真の中に出てくる。

このシン・ゴジラ、息子たちに言わせると「まさにエヴァンゲリオンだ」と言うのだが、エヴァを見たことが無いのでそれは分からない。

なによりも面白いのは、巨大生物が突然現れてそれに対峙する日本政府の混乱ぶりだ。

一体何が起こっているのか分からない為に閣議は紛糾、御用学者を集めても何の結論も出ない。

怪獣映画には必ず自衛隊が出てきてボカスカ攻撃を加えるが、その自衛隊出動を要請するにもどういう手続きが必要かと揉める。

市街地での攻撃は許されない、捕獲か?駆除か?ならばそれは何省の管轄か?

もめに揉める官邸、総理大臣は「行ってこの目で観ない事には分かるか!」と、まるで3・11の時の菅総理の様な事を言って笑わせる。

庵野監督は未曾有の原発事故を全く食い止める事の出来なかった当時の政府をチクリと刺している。

「いやー、そんなつもりは全くありませんよ。巨大生物が街を破壊したらどうなるのか?想像してみただけです」というだろうけど。

政府の意思決定の在り方、自衛隊の出動の可否、命令系統の仕組み、それらを綿密に取材して脚本は書き上げられたという。

それだけに多彩な出演者のセリフ量が半端ではない。

政治家の言葉、学者の言葉、軍人の言葉、それぞれに練られたセリフが飛び交う。

ちょい役でも1ページぐらい喋ったりする。

よく聞いていないと、まるで念仏を聞いているみたいになって眠くなってしまう人もいるかもしれない。

映像の面白さはあってもこどもには映画の枠組みを理解することは相当に難しい。中学生以上じゃないと無理じゃないかな、と感じた。

自衛隊のヘリがゴジラに対して攻撃を加えようとする。その視界に一般市民の姿が、退避が完了していない、人が残っている・・・・「攻撃は中止だ!」総理は怒鳴る。ゴジラは吠える。

さらに進化するゴジラ、やがて一斉攻撃を加えるが何をやっても巨大なゴジラは倒れない。

さあ、どうすんだベー????

この映画、かなりのヒットが期待されているようだ。ハリウッド版ゴジラなどを抜き去る勢いらしい。

フルCGであそこまでの迫力が出るのだから、技術の進歩も凄まじいものがある。

シン・ゴジラのシンは新なのか、神なのか、真なのか、心なのか?それぞれの見方があるところがまた魅力といえるかもしれない。

ひとつだけ不満はミスキャストの多すぎだ。

もう少し役者を吟味すればもっとリアルな、もっと感情移入できる出来栄えになったと思うが、売れた顔を並べただけの様なキャスティングはどうもいただけない。もちろんいい人もいたが。

特にひどかったのは・・・・ま、それは言わぬが花かな?

会津のお盆は晴天猛暑、いわゆる誠にお盆らしいお盆であります。

2016年8月13日 (土)

大好き!

ごくごく当たり甘えの事に改めて気付く時がある。

こどもは本当にママ・パパが大好きだ。親にすがらないこどもなどいない。

鳥は殻を割ってこの世に生れ出た時に初めて見たものを自分の親だと思い込むという話を聞いた事がある。

それが動物園の飼育係さんだったりすると、その人が自分の親だと思い込み付いて回るのだという。親に対し盲目の愛を注ぐ。

鳥でさえそうなのだから、こどもが親に対して一点の疑いもない無垢な愛を注ぎ続けるのは当然のこと、生まれて来たこどもは親を選ぶ事が出来ない。

パパ・ママが「もう少し違うタイプの人だったら良かったのに」とは絶対に思わない。

一方、親が我が子を愛するのも当たり前だが、時には愛さない場合だってある。

親子とはいえなんとなく相性が悪い、なんとなく可愛くない、疲れる・・・という親は存在する。

親もこどもを選ぶことはできないわけだが、ある程度の意志を持って子づくりをするのだから、私のこどもはこんな風で、こうなればいいと「期待」という欲を持つ。

それが少しずつ違ってくると、なんとなくガッカリもする。そして思い通りにならないとイラつく。

けれど、こどもはどんな親であっても決してガッカリしたりはしない。

たとえ疎まれても、殴られてもパパ・ママが大好きなのだ。

けがれなき愛、そんな愛情を注ぐ親がいないというケースは本当に可哀想な事だなぁ、と改めて思う。こどもには親が必要だ。

こどもは親に愛され、親は子どもを愛する。人生はそれがあって楽しく、豊かになる。

「ネグレクト」・・・育児放棄、幼児虐待そんな悲しい事件が起こる。

その度に心が痛むが、その悲惨な現場の中でも当事者のこどもたちはやっぱりパパ・ママが大好きで、空腹を抱えママ~、パパ~を呼び続けていたのかと思うと、なお一層の罪の深さを思う。

空には一片の雲もなくカンカン照り、ハンパ無い暑さが会津野をジリジリと焼いている。

そんな中、迎えにやって来たパパに孫は飛びついて、さっきまでのジジ・ババはすっかり取り残された蝉の抜け殻の様だ。

パパが大好きで、ママが大好きで、ジジ・ババはい~や!分かる気がして、笑えてくる。

こどもは親が大好き、たとえどんなに暑くてもしっかりと抱きつこうとする。

そんな姿がキラキラとまぶしい。

2016年8月11日 (木)

ウルフ

ウルフと呼ばれた千代の富士が亡くなった。

私が今さら褒め称えるまでもなく、もの凄い記録を残した大横綱だ。様々な思い出を多くの人が語るが、私がもの凄く印象的だったのは、何事も一発クリア!してきたというところだ。

めきめきと頭角を現して急に強くなって横綱を倒すまでになる。

そして、もしここで勝ったら、優勝したら大関だ、横綱だ、といういくつかの関門を私の記憶が正しければ(あまりあてにはならないが)すべて一発でクリアして来た精神力の強さだ。

『ここ一番!』にめちゃくちゃ強かった。

ここで優勝したら横綱だ、と言われ続ける稀勢の里関とは、申し訳ないがえらい違いだ。

まさにウルフの様な強烈な眼差しで、敵を見据え、挑み、倒した。

その一発クリアがなんとも痛快で、当時編集をしていた「会津嶺」の編集後記に何回か書いたのを記憶している。

あんなに強いお相撲さんも死んでしまうのだ。

そういえば、何年か前の夏、徳島の空港で北の湖関に会ったっけ。

相撲協会の理事長さんで背広を着ていた。取り巻きのお相撲さんが何人もいて、真ん中に座りあの仏頂面を見せていた。

「スミマセン!私の同じ花のニッパチで同級生です。震災のあった東北・福島県会津の地から来ました。あっちで元気に騒いでるのが私どもの病院の研修医たちで卒業旅行で阿波踊りに来てました。どうか、一緒に写真を撮って連中を激励してくれませんか?」

と言おうと何度も考えたが、なんだか怒っているような顔が怖くて、のど元まで出た言葉を飲み込んでしまった。

嗚呼、あの時みんなで記念写真でも撮ればすごくいい記念になったのになぁ・・・と今でも時々後悔する。

だって憎らしいほど強いと言われた名横綱も、憎まれっ子世に憚るとは行かずに昨年暮れの福岡場所の場所中に亡くなってしまった。

そしてウルフだ。

当時を偲ぶ映像が何度も繰り返されたが、なんか少し早回ししているんじゃないかと思うくらいにスピード感に溢れている。

「攻めて、攻めて、攻め続ける。勝つためにはそれしかない!」

千代の富士は身体でそれを示し続けた稀代の名横綱であった。

2016年8月 8日 (月)

ロングバケーション

8月に入ると早朝から家の周りが騒がしくなる。

家の前の坂道を登ると墓地へと続いている。

どこのお寺の墓地なのかは分からない(北滝沢一帯の人はここに墓地があるようだ)が、斜面に多くのお墓が並び、その中の道をまっすぐに登ると「白虎隊士自刃の地」に辿り着く。

そこから眺めれば市街地が広がり、南のこんもりとした森の中に会津鶴ヶ城の天守閣が見える。

この辺りの墓地は墓参りを七日参りといって7日にするのが一般的らしい。(ここに墓地のある友人のAくんにきいた)

そこで8月に入るとまずはお墓掃除から始まるのだ。それも涼しい朝の内に済まそうということになるので、5時頃から車が集まってくる。

早朝にバタン、バタンと車のドアの開け閉めの音がして、人々の声が響く。近頃ではこの音を聞くと「ああ、夏だ、お盆も近いなぁ・・・」と感じるようになった。

前日の6日、そして7日には墓参りがピークを迎えるので家族の声、こどもたちの声も混じり、家の周りには車が何台も並ぶ。

この日は朝だけに限らず、猛暑の日中はさすがにないが、ひぐらしの鳴く夕方にも大勢の家族連れがやってくる。

我が家はもともと市の中心部の七日町の出なので、お墓参りは13日の夕方と決まっていた。

13日から16日の送り盆までが一般的ではないかと思うのだが、最後の送り盆はこの辺(北滝沢辺り)でも同じ様なので、この辺の仏様は実家への里帰りが長い事になる。

7日から16日までだとすると10日間だからなかなかのロングバケーションだ。

ところでウチの孫君も6日にやって来た。こちらも今年は10日間いるらしい。

今年は6日の朝に大窪山の墓地で簡単な法要を行ったので、彼がご先祖様と過ごすのも10日間ということになるのかもしれない・・・。

仏壇のおりんをカンカンと鳴らすのが好きで、線香を次々に細かくちぎってしまうので、一緒にお参りする時以外は、立てかけた座卓の壁で仏壇をガードしておかなくてはならない。

成長するという事は、一瞬たりとも眼が放せず、とても手がかかる&うるさい、という事でもある。

2016年8月 3日 (水)

あらかじめお掃除

旧会津藩・大窪山墓地というのをご存じだろうか?

会津藩士の共同墓地として保科正之公が創始し、寛文四年(1664)に整備されたと言われている。

どこにあるのかというと、小田山のてっぺんにある田中玄宰のお墓の裏手のV字谷一帯。

市内から見ると竜宮城の門のような山門のある善龍寺の南側の高みに青木団地と呼ばれる公営住宅が建ち並んでいる。そこから少し登ったところに入口がある。

市の史跡に指定されていて、真新しい石碑や案内板もあり、ある程度の整備も行われている。

この入口から登るとV字型の谷あいになっていて、その両側に古い墓石が約4000基も上の方までズラーッと並んでいるのが見える。

なかなか壮観、これだけの規模の藩士共同墓地が残されている例は全国でも極めて珍しいらしい。

保科公は火葬を禁じて土葬を奨励したという。なんだか時代に逆行している感じがしないでもないが、昔の火葬というのはガスバーナーがあるわけでもなし、本当に大変だったのだろう。

墓石は4000基というけれども、そこに埋められた人数はどれほどか見当もつかない。

何万、何十万という仏様が眠っているはずだ。

行ってみると、なるほどここは普通の場所とは違う!という静謐な空気が漂っている。(大体は人っ子一人いないので静かなのは当たり前だが)

うっそうとした木々に囲まれ一帯は草また草である。

木漏れ日の差し込む谷間に朝霧が流れ(線香の煙りのような)なにか平素では感じる事の出来ない凛とした、敬虔な、素直になるような、そんな気持ちが確かにする。

ちょっとした聖域、会津の隠れたパワースポットとも言える。

この墓地は、上部に行けばいくほど藩士としての位、家の格が高くなると言われる。

我が家の墓は下から四分の一程度のところにあるから、決して上級武士とは言えなかったのだろう。

七、八坪ほどのエリアにL字型に苔むした墓が並ぶ。墓石の形をとどめ、かろうじて家名や年号が読める墓石が5基ほど、倒れて苔むした石だけのものがやはり5つほどある。

我が家の菩提寺は日新町の西蓮寺、明治以降のご先祖様の墓はそこにある。その墓の脇に、ゴロリとした石がひとつ建っている。

この石が大窪山から運んだ石だという。お墓の形をした墓石を運ぶわけにもいかないので運搬可能な大きさの元・墓石をここに移したのだろう。

そういうわけで、父も母もじい様ばあ様も皆この西蓮寺のお墓にいるのでお盆の十三日には墓参りをしてお迎えに行く。

しかし、大窪山のお墓もほったらかしというわけにもいかないので十四日の朝に、家人や息子と出かけ、30分ほど草むしりや掃除をしてそこらじゅう蚊に食われて、汗だくでお参りするというのが例年の我が家のお盆なのだ。

この春、西蓮寺の先代が亡くなられ若が住職に就任された。(就任で良いの?)

で、何かの席で大窪山の墓地の話が出たところ、そういう場所がある事も全く知らないという。

それなら、ここ何十年もお経など上げてもらった事もないから一度お参りしていただけませんか?ということになったのだ。

今週末の早朝、大窪山で法事をすることになった。

で、あらかじめお掃除という事で、先週末に大汗をかいた!という事を書くのにここまでかかってしまった。

少々ねんごろに、小一時間をかけて草をむしり、堆積した落ち葉をかき集め、いかにも清掃しましたよ、という程度にまでは三人掛かりで頑張った。

水をかけ、線香を焚き「来週来ますからね」と手を合わせ帰って来た。

というわけで、今年のお盆は例年とはちょいと違う変則型になる。

2016年8月 2日 (火)

ミックスブレンド

喜怒哀楽、人は様々な感情を抱き、それが顔の表情になって表れる。

怒ったり、笑ったり、悲しんだり・・・様々な感情がスイッチングされるように切り替わっているように思うが、そうシンプルなものではない、という事が心の病を抱えた人の表情を見ると分かる。

顔の表情というのは複雑な感情がミックスブレンドされて出来上がっているものなのだ。

アルツハイマーや認知症の進んだ人の表情は固まっている。いわゆる無表情になる。

時に笑ったりもするが、笑うか、笑わないかのどちらかで、中間的な表情が欠け落ちている。

うつの人も遠くを見つめているような時間が長く、どこを見ているのか、何を考えているのか(楽しそうなのか不愉快なのかさえ)も表情から読み取ることは難しい。

ドクターでもない私が言っているので当てにならないし、ちゃんとした根拠を示せる話ではないのだが、よく人を見ている方なのでこれは当たっていると思う。

思うに、さまざまな感情が入り混じって出来ているのが「その人の顔」なのだ。

嬉しくもあり悲しくもあり、満ち足りていてもどこかに不安を抱えていたり・・・。

モンタージュ写真で顔を作ってみても決してその人にはならない。

あの有名な三億円犯人のモンタージュ写真、この人に似た人を探してください!というが、この人は今何を考えている顔に見えますか?と問われるとさっぱり分からない。

顔であって、顔ではないのだ。

いつも元気で、人と会うのが大好き、人を喜ばせるのが大好きだったM先生は、奥様が突然倒れられて懸命に看病を続けた。

回復を願い数カ月、奥様を励まし続けたM先生が急に表情を失ってしまった。

回復のままならない日々、やがてあらゆる意欲が消え失せ、うつむき一点を見つめる人となった。

数年の闘病を経て、初夏に奥様が、そしてすぐ後を追うようにM先生が亡くなられた。

ご遺体は痩せておられたが、そこに人は生前の面影を重ねてしまう。

闘病時とは違ってほんの少し微笑んでいるようにさえ感じた。それは変わってしまっていたけれど確かにM先生の顔だった。

きっと会津野を渡る風となり、あの人懐っこい、お茶目な表情をM先生は取り戻したに違いない。そして最愛の奥様ともども千変万化な表情を互いに見せ合っている事だろう。

そっくりの喪主さん(ご長男)は「ここ数年はみなさんにお会いする事も出来ませんでした。どうか、元気だった頃のみなさんと会うのが大好きだった父をみなさんの思い出としてください」と言った。

様々な事がミックスブレンドされているからこそ人生だ。

そんな表情豊かな日々から降りてしまったら、どれだけ味気ない表情になり、空しい時間になってしまうのだろう。

2016年8月 1日 (月)

反骨の1票

8時から「真田丸」を見ようと思ってチャンネルを合わせたらもう終わっていた。

東京都知事選の選挙速報で8時から特別番組だったのだ。あら残念!

で、投票終了の8時になったとたん、小池さんの当選!と報じられた。1票も開けない内から当選が打たれ、すぐに当選確実となる。

出口調査、その他さまざまな集計で選挙の投票が終わった瞬間に結果は予想されるのだ。

そういえば一度期日前投票をしたときに、どこか忘れたがマスコミの人に呼び止められて「少しお話をお聞きしてもよろしいですか?」と言われた事があった。

あれがいわゆる出口調査というやつなんだろう。その時は急いでいたので、すみませんと断った。

一度、電話でも調査依頼が来た事があった。あれはランダムに選んだ番号にかけて調査するというやつだろう。10分ぐらいお付き合いして答えた事があった。

ああいう調査結果、その他の情報を総合的に分析すると投票箱を開けなくてもその中身がおおよそ分かる事になる。

やっぱり『厚化粧の大年増』は、完全に敵失になったようだ。

それにしても国会で過半数を取っている政権与党、自・公推薦の候補が百万票以上も水をあけられて負けるのだから、本当に選挙というものは分からない。

この結果には女性候補の強みが挙げられるが、もうひとつ隠れた要素、団塊の世代の反骨精神みたいなものがバックにあるように思える。

ビートルズ世代、ヒッピー世代、フォークソング世代のかたまりである団塊の世代は、上から決めつけられて自由度を奪われることを極端に嫌う。

ひと昔前なら、政権与党ががっちり業界を固め「こっちを勝たせなけりゃ、オリンピックの公共工事はやらせねぞ!」とグリグリの圧力をかければ、たとえいかに知名度の低い候補でも勝ったのではないだろうか?

そういう上から決めつけられるのが大嫌いな人たち、それが団塊の世代だ。

我々団塊の世代のしっぽのような世代でもそうした空気は色濃く残している。

「イージーライダー」は封建的で自分が不自由とも気付かずに生きる人々に、お前らの自由さが目障りだと殺されたのだ。ラブ&ピース!

そんな世代は、他人の言う事に簡単には従わない。

さすがに大人だから「頑張って下さいよ!」とおべんちゃらぐらいは使うが、投票用紙を誰かに見られるわけではなし、腹ん中じゃ、おべんちゃらとは違う感情が渦巻く。

そんな、言う事を聞かない団塊の世代がこれからの政治の重要なキーワードになっていくくのではなかろうか。

片や安倍さんもしたたかだ。形勢不利と見るや一度も応援のマイクは握らずに距離を置いた。

負けそうとは思ったものの、まさかこれほどのボロ負けをするとは思わなかったろうから、案外、胸をなでおろしているかもしれない。

いっそのことこれを機に石原軍団も退場させてしまえば、案外、結果オーライなのかもしれない。

きっと早早に安倍さんと小池さんは面談し、仲良く握手している姿をメディアに乗せるだろう。

そして…政治の世界にはまだまだ多くの魑魅魍魎が潜んでいる。

梅雨明けで会津にも真夏日の夏が連続して訪れています。

« 2016年7月 | トップページ | 2016年9月 »