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2016年6月

2016年6月30日 (木)

激戦

参議院議員選挙が告示された。福島県は2人から1人区に変わり自民対野党連合の激しい戦いが続いている。

福島県は東日本大震災、そして原発事故の県だ。

この全国の耳目が集まるシンボリックな県で負けるわけにはいかないと両陣営、激しい選挙戦を展開している。

安倍首相をはじめ小泉新次郎氏など、人気者・大物が続々来県、ここだけは絶対に落とせないとばかりに声を張り上げる。

片や野党連合も大物を続々と送り込んでいる。

国全体としては、もはや自民党の優位は動かないらしい。

それだけに福島県、そして宮城県、山形県と東北三県の競り合っている地区でなんとしても野党の旗を立て、自民党の暴走を止めたいと必死な訳だ。

福島県は自民党候補が現職の大臣だ。それだけに絶対に落とせない。片や民進党候補もなかなかの票を持っている。

いろいろなうわさも飛び交う。

自民党からの首長に対する締め付けが厳しく、万一、負けたら福島県の自治体には予算を付けないとか(そんなこと出来ないでしょう?)、復興予算ももう打ち切りになるだとか、お金で脅しにかかっている噂。

ここ会津では、自民対民進の構図ではなく、安倍晋三総理対民進党の戦いにすり替えた応援演説が飛び交っているともいう。

『ここ会津の地で長州の安倍に勝たせるわけにはいかない!』

なんとも時代錯誤な言い様だが、最近の安倍さんの振る舞いを見ていると、若干ながら賛同の気持ちが湧かない事もない。

ともかく、お会いする政治家さんたち(市会議員、県会議員さんなど)いずれも眼の色が変わっている。

本当に激戦、大変な選挙戦なのだろう・・・。

だが、街は何となく静か。

しらーっ、と冷め切っているように感じられてならない。

2016年6月28日 (火)

ご無沙汰の段

長く空けてしまった。これまでで一番長く間隔が空いてしまったのではないだろうか?

しばし会津を留守にし、紅茶の国・スリランカ(昔のセイロン)に行っていた。

1週間という長丁場、熱帯の国でカレー&カレー&カレーの日々を過ごしていた。

目的はロータリークラブの米山奨学生だったスリランカ人たちが母国スリランカに「学友会」を設立することになり、その設立総会に出席するためだ。

めったに行く事のない国なので、せっかくの機会だからとロング組(6泊7日)、ショート組(3泊4日)をそれぞれに企画してくれて(スリランカの学友が一所懸命に)、会津からは9名が参加し6泊7日のロングな体験をしてきたというわけだ。

とはいえ旅の途中でブログをかけない事はない。

スリランカだからネット環境が悪いなどという事はなく、行く先々でWiーFi環境は整っており、バスの中もOKですと言われた。

が、Wi-Fiそのものがよく理解出来ていないし、PCやタブレットを持って行こうなどとは全く考えず、スマフォで書こうとはとても思わなかった。

ので、ご無沙汰の段となったという次第だ。

スマフォはメールや電話、ショートメール、ネット接続など一切不自由は無かった。

20日、早朝4時家人に送られて会津若松ワシントンホテルの裏側に集合。貸し切りバスで一路成田へ。

11時20分発のスリランカ航空直行便でスリランカ・コロンボ国際空港までは9時間の旅、時差は3時間半戻るので夕方にはスリランカに降り立った。

学友会の会長さん、その息子さん(11歳で賢そう)が横断幕を持って迎えてくれた。また、今回世話をしてくれる旅行会社のスタッフ、ガイドさん、学友会関係者など大勢が迎えてくれた。

じっとりと湿り気のある暑さがまとわりつく。

空港からホテルまで車窓から見える風景にはジャングルのような南の植物が生い茂る。

バスのまわりを「バタバタ」と呼ばれる色とりどりの三輪タクシーが走りまわる。

「ブブ、ブブブッー!」とクラクションを鳴らし、何ものかに取り憑かれたかのように必死で追い抜きをかけるクルマたち、コロンボの街は騒音と混沌としたエネルギーに溢れている。

スリランカの珍道中、始まり始まりである・・・・。

2016年6月18日 (土)

スリランカと会津

会津とスリランカという国はなかなか縁が深い。

そのきっかけは、今から20年以上前の会津大学の開学にある。

教授の半数以上が外国人という中に、スリランカ人のH教授がいた。

当時私も何度もお会いしお話したが、残念ながら今は顔が思い出せない。会えば分かると思う。

彼は、母国から優秀な学生を留学生として会津大学に呼び寄せた。

また、内戦状態が続き疲弊している母国への支援を地域の人々に呼び掛けた。

それを受けて民間で「サクラランカ基金」というものが生まれ、スリランカの子供たちへ学用品を贈ったり、日本で役目を終えた消防車を何台も寄贈したはずだ。(寄付はしたが運動には直接参加していなかったので詳しくは分かりません)

一方、留学生と言ってもその生活は楽ではない。それら留学生の多くが会津にある各ロータリークラブの米山記念奨学生として奨学金を得て勉学を全うした。

また、アルバイトではSLS(スチューデントライフサポート)という会津大学の食堂、売店を運営する会社で多くの学生が働き、社長のT氏などはその後、学生の結婚式に招かれスリランカに何度も行っていると聞く。

この会社にもいち株主として私もイッチョ噛んでいるので、大雑把には状況を把握していた。

そんなこんな訳で、多くの留学生(その大半が米山記念奨学生)がここ会津で学び、母国に戻って様々な方面で活躍をしているというわけだ。

第一期生のA君は現在スリランカの国会議員になっている。

そんなスリランカで、米山記念奨学生だった人々が集まり「学友会」を結成するという。いわゆる同窓会みたいなものだ。

その設立総会が来る6月24日にコロンボで行われる。

それを祝うために県内のロータリアンが大挙してスリランカを訪れる事になった。

会津からも7名が参加する事になった。

我が会津若松ロータリークラブからは5名が参加、今年度米山記念奨学委員会の委員長と言う立場なので、私も参加する事にした。

せっかくなので1週間の旅、各地の世界遺産もまわるツアーを組んで出かける。

一度も行った事のない南国スリランカ、暑さに弱い身には少々不安も付きまとうのだが、あまり気を張らずに楽しく行ってこようと思っている。

一部、クラブからの援助も受けたりするので後に報告書を上げなければならない。

当然その役は私に回ってくるであろうことは覚悟しなくてはならないだろう。

諸事、メモを忘れずに行ってきます!

2016年6月16日 (木)

パンパンのカバン

カバンにものをパンパンにつめて持ち歩くのは大変だ。

必要なものを程よく詰めて、お土産でも入れられるような若干の余裕を持っていた方が、見た目も悪くない。

人はいつからカバンをパンパンに詰めることに夢中になり、詰め過ぎでもまだ詰めたいと思うようになったのだろうか?

詰めれば詰めただけ偉いみたいに、何でも欲しがる自分がいる。

「そんなになんでも欲しがってどうするの?」と、世界一貧しいと言われた大統領は言う。

「発展」の名のもとにどこまでも、どこまでも豊かさと便利さを求め続ける社会。

誰もがこんな風に暮せるはずはないのに「自分だけは豊かでありたい!」とカバンを空けようとはしない。

「人は発展するために生きているのではない、幸福になるために生きているんだ」と大統領は言う。

でも、パンパンのカバンを持つことが幸せなのだと教えられた世代には意味がよく分からない。

ウォシュレットに慣れた人がボットン便所に戻れないように、誰もが、一旦手にした豊かさを手放すことは難しい。

だから馬車馬みたいにただただ求め走るのではなく、ある程度の満足点を見据えておくことだ。

「知足」・・・足るを知る。

人と比べる事を止める。

「幸せそうな人を羨み、自分にイラついたり不幸になるなんてバカみたいな話さ。あんな風にベンツに乗ってきれいな女の子をはべらかしてブイブイ言わせてたって、分かんないよ~。実は明日の手形が落ちなかったら首吊ろうと思ってるかもしれないんだから。人なんて分かるもんか!」とバブル時代に先輩が負け惜しみ気味に言ったっけ。

「でも羨ましいけどな・・・」と、付け加えた言葉も本音で人間臭かった。

なんとなく急に遠く忘れていた人の事を思い出した夜明けのウォーキング、歩いていると色々な事も思い出す。

会津はまだ少雨の梅雨、天気が続く。

近頃、会津の最高気温と名古屋の最高気温を合わせてみるようになってしまった。

「31度だって!Fちゃん暑くて大変だわ」と言って遠い空の孫を気遣うのが朝の日課となりつつある。

2016年6月12日 (日)

心の中は

東京都知事のニュースに関連し、前都知事さんの映像がよく流れるが、あれを見るほどに前知事さんって普通の神経の持ち主で、結構善良な人なんだなと思う。

一問一答の時など、顔が完全にこわばっているし、汗がボタボタ背広を濡らす、言葉にしなくてもこの人何か隠しているのだろうなぁ・・・というのが一目瞭然だ。

選挙にかかる資金を沢山もらったという事だが、「まずかったなぁ・・・」という心の声が顔に書いてある。

一方、今の知事さんはなかなかすごい。

当初は「何ら問題ありません!」と大上段から、半ギレ気味の対応をしたものの、追求されればされるほど落ち着き払ってくるようだ。

こいつは立ち話で記者どもを論破できないと察すると、手のひらを返したように神妙な態度を見せる。

頭が良い、のはもちろんなのだろうけれど頭が良いからと言ってあんなに冷静に対処できるものなのだろうか?

汗ひとつかかない。

何かあるとすぐに上がってしまってボタボタ汗をかく、加えて汗っかきでボタボタと本当の汗も出る私としては、ある意味すごいなぁ、と感心する。

ほぼ四面楚歌のような状態。誰もが、さもしいだとか、セコい、恥ずかしい、信頼できないと言って声を張り上げ、テレビをつければ「おかしいだろう!辞めて欲しい!」と言っている。

そんな状況の中でどうしてあのように平然としていられるのか、他人の心の中の構造は本当に分からないものだ。

チキンな私などは、たとえ落ち度がなかったとしてもあんなに言われたら、辞めさせて!きっとお願いしてしまう。

みんなを敵に回しているような状況の中で、それでも守りたいものって一体何なのだろうか?と不思議にさえなる。

権力とはそれほどに魅力的なのだろうか?(信頼を失った権力でも)

お金や美術品がどうしても勿体無いのだろうか?それとも自分自身の名誉と誇りを守り通そうとしているのだろうか?

何がそこまであなたを強くさせるのですか?と聞いてみたい。

「やっぱり顔の悪いやつは悪い!」と最近何度言ったか分からないが、心の中がどうなっているのか全く分からない以上、本当に悪いかどうかも実のところは分からないのかもしれない。

「嫌いな顔のやつは、やっぱり嫌いだ」こっちの方が正確といえる。

会津は晴天の真夏のような土・日。

40位、30位、汗顔の至りは、暑さのせいだけではない。

2016年6月10日 (金)

一人の週末

家人が孫のところへ行った。名古屋だから少々遠い。

で、週末は一人で過ごすことになるわけだが、何のことはない金曜夜は会合、土曜は院内の業者さんも含んだ大きなコンペで夜は表彰式。

日曜はロータリークラブの会津地区のコンペで、表彰式では司会をやらなくてはならないらしい。

メシの心配は、日曜の晩飯だけかな・・・。

天気はどうやら持ちそうだが、暑そうだ。

仰せつかったのは、一日に一回ぬかみそをかき混ぜろという事。ポットでお湯を沸かす時についでに鉢植えに水をやれ、という事・・・あとはないな。

今頃はおそらく、久しぶりに孫と会って楽しんでいることだろう。

もうすぐ二歳になる。結構、文章を話すようになったが、どうもハニカミ屋さんで電話でも小さな声でしか話さない。

相変わらずケラケラとは笑い声だけが大きく響く。

来月の夏休みにはひとつクルマで名古屋まで走ってみようかと思っている。7時間弱ぐらいだからなんとか行けるだろう。

行きは良いが帰ってくるのが億劫ではあるが、家人にも少し運転してもらいなんとか行けるだろう。

クルマを換えて一度ぐらいは遠出しないとなんとなくもったいない気もする。

で、お盆近くには孫が会津に来るらしいので、結局、家人は毎月会っていることになる。

私は7月まで我慢、一人の週末を楽しく過ごしたいと思う。そして、少しは根性のあるゴルフを、納得のいくゴルフで成績を残したいものだと密かに思っている。

2016年6月 8日 (水)

何を食べていくの?

近頃はそれほどたくさん本を読んでいるわけではない。それでも月に2冊ぐらいは読むかな。

そんなに昔ではないけれど、時々かんしょ(会津弁で言うと「気違い」かな)みたいに読むこともある。

まぁ、難しいのではなく、池波正太郎とか宮本輝とか山本一力とか、「ああ、飽きた」と思うぐらいまとめて続けて読んで、よっぱらになる。

全くの乱読派、雑読だけれどもビジネス書とか啓発本は、いい歳して説教されているような気がして全く手が伸びない。

本の中で時に、ドキッとするセリフに出会う事がある。

小説の構成要素とは情景描写、心理描写、会話から成り立っていて、それが程よく混ざり合って物語を紡ぎ出すのが良い小説なのだそうだ。(なんかで読んだ)

根がミーハーなので、本屋大賞などと言われるとすぐに読んでみたくなる。

今年の本屋大賞は宮下奈都さんの「羊と鋼の森」、タイトルからして惹かれるものがある。

羊というのはピアノのハンマー、羊の毛から作られたフェルトであのハンマーは出来ているらしい。そして叩かれる弦が鋼、その森のお話、ピアノの調律師の物語だ。

優しくて細身で色白で(そんなことは書いてないけれど)、超草食系の主人公が調律師として成長していく北海道が舞台の静かな物語だ。

その中に、双子のピアノの天才少女が出てくる。

その内の一人、荒削りで奔放な妹が突然ピアノが弾けなくなってしまう。外的要因ではなく心因的要因で指が動かなくなってしまうのだ。

曲折を経て、やがて長女はピアニストを目指し、妹はそのピアノの調律師を目指すことになる。

その長女に彼が言った言葉 「君は将来ピアノで食べていくんだね」

するとその少女はこう答える。

「ピアノで食べていくんじゃない、ピアノを食べて生きていくんだ!」

女子高生が自身の生きていく道を思い定めた言葉。

その眼差しの強さ、美しさ、神々しさまでが目に浮かぶような決め台詞にドキッとした。

この道で食べて行こう、と明確に決心した記憶もないままに今に至る我が身を思う時、そんな青春の決意は「羨望」以外の何物でもない。

二度とやり直しの無い人生だ。

俺にはこれしかない!と誰もが言ってみたいと思ってはいる。

けれど・・・。

ま、それほどの決意はなく流れに身を任せて今があるという場合であったとしても「よーし、こいつを食べて生きていってやる!」ぐらいに自分に喝を入れる根性が大切なのかもしれない。

そうすればいつの間にか本当にそういう境地に達するんじゃないだろうか・・・と、馬齢を重ねたこの身にはそんなことしか言えない。

たった1行のセリフが私にはあの本のすべてに思えました。

ま、とりあえず私は今日もご飯を食べて生きて行こう・・・。

2016年6月 6日 (月)

新しいお墓

叔父が亡くなって百ヶ日の日に新しいお墓の建立の法要と、納骨の法要が一緒に行われた。

我が家の菩提寺は真宗大谷派・西蓮寺、生まれ育った会津若松市七日町の実家(今はもう無い)から歩いて5分もかからない近さ、日新町にある。

叔父は六男の末っ子だったので、いつか自分のお墓を建てようと思っていたそうだ。

大塚山の墓地や小田山なども考えてはいたらしいが、誰かが亡くならないと申し込めないという事もあり、そのままになっていた。

そして叔父がこの春に亡くなった。

お墓をどうしよう?と従弟から相談を持ちかけられた。

「もし西蓮寺に空きがあるなら近いし、同じ門徒として育ってきたのだからそれが良いんじゃないか」と言った。

聞けば幸い、墓地に空きがあるという事だった。

近頃は縁者も途絶え無縁仏になる墓や、「墓仕舞い」と言ってお墓そのものを処分して永代供養を申し出るという例も少なくないと聞く。

そんなことでお寺の墓地にも空きが出るらしい。

日曜日、晴天の日に西蓮寺の本堂で法要が行われた。

なんでも前日には家に新しい仏壇が入り、その魂入れと言うのか、そういう法要も済ませたらしい。

百日法要、墓開き、そして納骨となかなかお経も忙しい。最後にみんなで「正信偈」のお経を上げ、ご住職のご法話をいただき、墓地に出た。

春には満開になるであろう桜の木の下、すぐそばには柿の木がある。そしてちょっと奥まったところに形の良いもみじの木も見える。

良い場所に立派なお墓が建った。

七日町の家の庭には二本の柿の木があった。叔父も子供のころから柿の木にはなじみ深いだろうし、満開の桜は花見酒にぴったりだ。(なにせ酒が大好きだったから)

墓の前石が動かされ叔父のお骨が収められた。今は独りぼっちだが、そう寂しくもないだろう。

なぜなら、ほんの10メートルほど離れた本家のお墓(我が家のお墓になる)には、兄弟も父母も祖父母も眠っているのだから・・・。

これがこの場所にしてないより良かったのではないと思えることだ。

墓石はあまり見たことのない上品な石だった。非常にきめの細かい御影石と言うのか、なかなかきれいな灰色の石肌だ。

同じ七日町町内の墓石店さんにお世話になったとのこと、聞けば南アフリカ産の石なのだという。

なんでも叔父が生前に通りかかった時に「あ、この石は良い石だなぁ」と言っていたとか・・・。ホントかどうか分からない出来過ぎた話を聞かせてくれた。

いずれにしてもピカピカの新しいお墓に叔父は無事に収まった。

「なに、死んじまったら終わりよ。生きてる内は楽しまねえとな、早く飲むべ、飲むべ!」と、法事の時にはいつもこんな事を言っていたペー叔父、全くその通り!早く一杯いただきましょう。

会津若松ワシントンホテルに席を移して「いただきます!」

この日は暑かったのでビールがひと際ノドにしみました。

「南無阿弥陀仏」

2016年6月 5日 (日)

最後の最後まで

北海道で置き去りにされた男の子が生きていたのには驚いた。

本当に、こどもってどんな行動をとるか?また、どれだけの能力を持っているものか計り知れないところがある。

大人だったらあんな極限状態で6日間も絶対に生き延びられないだろう。(もっとも大人なら歩いて降りてくるだろうけど)

山で遭難すると、激しいストレスで一週間で胃に穴があいてしまうという。(大人なら)

あの男の子は、さみしくて泣いただろうけれどその内に泣き寝入りをして、寝ながら歌でも歌って、時に水を飲みながら棒っ切れでも拾って一人で遊んでいたんじゃないかと思う。

おにぎりをムシャムシャ食べたり、ちゃんと歩いたり、どんだけすごいんだ!と思う。

ま、こどもの行動は想像を超えている。だから最後の最後まで、何が起こるか分からないという事だ。

あのご両親、相当に叩かれたに違いない。疑られ、批判され、まるで犯罪者のように見られたことだろう。

それも日が経つごとにバッシングの強度は増し、いたたまれなかったに違いない。

テレビのコメンテーターと呼ばれる人たちもかなりはっきりと批判、疑いのコメントを語っていた。

教育評論家だというナントカママさんもかなり辛辣なことを言っていた。それが、無事に元気に帰ってきたので、ちょっと立つ瀬がない感じだ。

ま、結果が分からない内に(全く知らない)他人様の事をああだこうだと言うべきではないと言うことですな。よく肝に銘じておきましょう。

虐待だ、蛮行だ、などと言ってみても、親子が深い愛情で結ばれているならそれはそれ。今回の大騒ぎもちょっとはみ出してしまった失敗でしかない。

確かなことは、こどもからは絶対に目を離してはいけない。置いてきたりしないことだ。

そういえばウチもあったっけ。庭に娘を出して鍵閉めて、ギャアギャア泣いているのに入れなくて・・・でも本気で可愛がっていると本気で頭に来てしまう事ってあるんだよなぁ・・・。

無い!と言われ怒られそうだけれど、あったんだから仕方がない。

ごめんね、Mちゃん!

会津は晴天が続く、こんなにいい天気なのに、週末どちらもゴルフに行けず、だ。

2016年6月 2日 (木)

新しい判断、新しいやつです!

あれで済むなら「別に浮気でも不倫でもなくて、新しい愛なんです」って言えば良かったのにね。

良いとか悪いとか、誓ったとか誓わなかったとか、関係なくて全く新しいやつなんです。全く新しいんだから、以前の事どうこう言われても私にもわかりません、って。

政治家の言葉は重い、と言われるその頂点の人が、ごめんなさいも申し訳ないの一言もなく「新しい判断です」と言って胸を張る。

まるでこの変化の激しい世界情勢、経済の動きに即応した「この新しい考え方を理解できない方がバカだ!」とでも言わんばかりだ。

反吐が出そうなほど強弁な都知事さんよりも、結構すごいかもしれない。

「我々は絶対に上げますと言って選ばれたんだから、解散しないと理屈に合わないんじゃないですか?」とゴルゴ13が言い放ったが、あっさり撃ち抜かれてしまった。

絶対に許すまじ!とまなじりを決してみても、その許すまじの受け皿が見当たらない、まさに政治の貧困、ポリティカルプアーとでも言うんですかね?

今度の選挙、18歳からの新しい選挙権を持った人々が一体どのような投票行動に出るのか興味深い。

意外な新しい判断、新しい考え方が示されるのだろうか・・・?

会津だ長州だなどと言い出すとバカと言われるのが落ちだが、どうも長州人の心の淵は見えないなぁ・・・と思う。

あ、これ古いやつです。

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