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2016年2月

2016年2月28日 (日)

飛びません。

久しぶりに同級生とゴルフをした。

アイランドリゾート那須というゴルフ場、会津からは1時間半ぐらいだ。

二人は田島から甲子トンネルを抜けて、こちら二人は高速白河インターから。昼食が付いて割引券ありで7300円と安い。

昔は冬場というといわき方面へ行って倍ぐらいの料金を払っていたが、いわき方面はめったに行かなくなった。

27ホールとコースも多彩、ところどころ狭いが、まずまず良いゴルフ場だ。

ま、冬場のゴルフという事もあり(完全に言い訳だが)誰一人100点を切らなかった。

それでもオリンピックとかラスベガスとかいうニギリのやり方がいろいろいあってAくん曰く「しかしまぁ、誰が考えたが分かんねげんじょ、面白い遊びを創るもんだ!」ゴルフはもちろんだが、ゲームとして遊べる楽しさがある。

要はギャンブルの楽しみだ。こういうのは同級生としか出来ない。

握りなどは全くやらない潔癖な人もいるし、そういう事をテーマにするだけで白ける組み合わせもある。

臨機応変、郷に入っては郷に従え、無事に生き抜くにはあらゆる事に柔軟性が必要なのだ。

思うに近頃はそれも集約されて来て、しっかり握るのは同級生だけになったように思う。だから、同級生とのラウンドは楽しい、とも言える。

ひと昔前までは、どんなコンペでも馬券なるものを作っていたが、近頃めったに見る事が無くなった。社会的地位のある人が参加する様なコンペはもちろん皆無だ。(例えば銀行とか商工会のコンペとか)これも時代だろう。

我々もいい歳をしてあんまり大っぴらにやり取りをしていると痛い目に遭うかもしれないので、注意、注意。

で、今回つくづく思った事なのだが、皆一律に飛ばなくなった、という事だ。

我々の中でも飛ばし屋というのが居て、もの凄いインパクト音でビシーッツ!といく。で、飛ばない方は2,30ヤード置いて行かれるわけだ。

が、この間、計測器を持ち、ヤード表示を気にしながら周ってみると、そのビシーッツ!の一番先のボールが言うほど飛んでいないことに改めて気付いた。

それに比して2番手、3番手も同じように飛んでない。

同じ飛距離の差のまま、全体に手前に来ているという事だ。

ものの本によれば60歳代のアベレージゴルファーのドライバーの平均飛距離は200ヤードに届かないとか。

それを20年も前の平均250ヤードの様な感覚でやっているのは現実逃避とも言える。

実際の飛距離では2オンなどなかなかできるものではない。

そんな事を改めて思い知る必要はないのだけれど、なんとなくそんな話しの流れになってしまって「みんな飛ばねぇな~」という、「己自身を知る会」みたいになってしまった。

力一杯振り回しても、その力は徐々に衰えて来る。「まぁ振れるだけいいですよ」にならないだけまだまし、と自分を慰める。

否、春になってウォーキングも開始して今年は少し筋トレにも励めば、きっとあの頃に!

「いやいや、そこまでやってようやく現状維持ですよ」って、嫌なこと言うなぁ・・・。

2016年2月21日 (日)

歌姫

アマチュア劇団「ぴーひゃらら」の第21回定期公演「歌姫」を観た。

会津文化センターで天気の悪い日曜の午後に観た。土曜が初日で、二回目の公演になる。

会場は8分の入り、まずまずのお客様だ。

21回目ともなるとスタッフ、お手伝いも充実。揃いの劇団Tシャツで動きにもそつがない。

「歌姫」は四国の土佐清水を舞台にしたお芝居、宅間孝行氏の原作だ。

四国土佐清水の小さな映画館を舞台にした話しで、全編が土佐弁だ。「なめたらあかんぜよ!」のあれだ。

小さな映画館オリオン座が時代の波にのまれ閉館の日を迎える。その最後の上映作品が「歌姫」。死んだ館主の遺言とやらで、この日一回だけ上映されるという。なぜ・・・?

その答えを求めて芝居は昭和30年代の、映画全盛期のオリオン座で起こったある出来事へと観客を導いていく。

なかなかに練られた脚本、今や常連のベテラン俳優陣の演技力も確かだ。土佐弁も相当に練習したようでそれらしく聞こえる。ま、もっとも本物の土佐弁でやられた日には、おそらく会津人には何を言ってるか分からないだろう。

笑わせる部分も多くあるが、そこはなかなか難しい。泣かせるよりも笑わせるのは高度なテクニックがいるからね。

まだまだ、経験の少ない役者さんもいてちょっと辛い部分もあったが、魂込めた一所懸命に免じて拍手を贈りたい。

戦争で記憶を失いオリオン座に流れついた四万十太郎。太郎として生きた10年間のまざまな人間模様がある。飲んで笑って喧嘩して、恋もした。

そんな太郎に記憶の戻る日が訪れる。

それはすなわち太郎として生きた日々との決別を意味し、恩義も友情も恋心へもふたをしなければならない辛い日の訪れ。

クライマックスでは会場中に鼻をすする音が響いた。なかなかに泣かせる恋心、親心。

「ぴーひゃらら」の公演を観るのは本当に久しぶりだが、これほどレベルの高い劇団に成長していたとはちょっと驚きだった。

文化センターも、芝居を観る小屋としてはちょうど良い大きさだ。どっちを向いても観客の息遣い、役者の汗が手に取るように伝わって来る。

あの好演の1割ぐらいは小屋の力があったのかもしれない・・・。

初めはちょっと観て、つまらなかったら温泉でも入りに行くか!と思って出掛けたのだがなんのなんの、大いに楽しませていただきました。

御見それ致しました。拍手!拍手!!

2016年2月19日 (金)

落語を聞いた夜

「二月の会津でこんなに雪がないのは、会津で生まれ育った私も初めてですね」と会津若松市出身の落語家・三遊亭兼好師匠が高座から言った。

三遊亭兼好師匠の地元の独演会も6回目になるという。これまでは文化センターでやっていたが客が入りきらなくなり、会場を風雅堂に移したそうだ。

風雅堂の一階席が8割の入り、なるほどこれでは文化センターではとても入りきれない。

前座に二枚目、迎えた真打ちのゲストは瀧川鯉昇師匠、渋い声で「現代版・時そば」で会場を大いに沸かせた。

兼好師匠は二席、あれはなって行ったっけかなお妾さんを定吉が追いかけていく、独楽の出てくる・・・たしか「悋気の独楽」だったか。

トリでは「井戸の茶碗」を演った。

何時もキレのいい声で会場を沸かせる兼好師匠だが、話し始めが両席とも声が若干しゃがれていた。風邪なのか・・・のどの病気でもなければいいが、と少し心配になった。

地元の落語家の話しを聞いて涙が出るほど笑う。これも良いもんだ。

帰りしなに兼好師匠が玄関に走って来たので、あいさつする事が出来た。昨年夏、市民の手づくり舞台に特別ゲストとして出演、打ち上げの席で酒を交わし盛り上がった。

「どうも、どうも」と手を合わせた。

益々頑張って、立川一門の超人気ぶりに迫る様な良い落語を聞かせて欲しい。そしてまた、会津に日本芸能、演芸の良い風をどんどん吹き込む窓口役にもなって欲しい。

会津の人はなかなかに目が効く、耳が効く。「井戸の茶碗」じゃないが煤けた汚れをぬるま湯で洗い流せば、思わぬ金が育つかもしれない。

終了後、丸亀製麺でうどんを食べ、久しぶりにお酒を抜いて就寝。

笑いは免疫力をアップさせる!健康的な一日でありました。

2016年2月16日 (火)

ガラガラなのね

先週末久しぶりに食事に出た。前日が焼鳥屋さんでの会合だったので居酒屋は避けて「天竹」にした。

少し時間が早目という事もあったかもしれないが、駐車場にクルマを入れてあまりにガラガラなので驚いた。

休み前だし、今日まで「会津絵ろうそくまつり」も開催中じゃね?と思ったが、ははあーん、と思い当たった。

市の職員が、何でもまちづくりに関する補助金事業の採択に際し、特定業者に便宜を図ったという贈収賄事件が新聞にどかん!と報じられ私も驚いた。

受け取った側の職員は顔も知っているし、結構真面目な職員さんだと認識していた。贈った方の人は知らないが、聞けば知り合いだという人も多く、これまたすこぶる評判の良い人物らしい。

で、贈ったのが報道によれば10万円相当のPC1台というからなんとも釈然としないところがある。

もちろん、少ないから良いというものでもないがその裏でもっともっと大きな何かが動いていてこれはトカゲのしっぽ切り?『巨悪はほくそ笑み、悪い奴ほどよく眠る』ってやつなんじゃない?と、下衆の勘繰りをしたくなるのは・・・・。

ともあれ、ガラガラの駐車場なのだ。

おそらく、市の職員には一斉にかん口令が敷かれ、夜の街への不用意な外出も禁じられたことだろう。

飲みに出られないから駐車場はガラガラになり、飲食店も売り上げを落とし、タクシーや運転代行も空車を抱え市全体の空気がしぼむ。引いては市税も減り、士気は下がりっ放しとなる悪循環。

ま、そんな事にまではならないことを祈るばかりだ。

ふぐの厚切り、白子ポン酢、イカ刺し、毛ガニ、小天丼、相変わらず美味しかったけれど、また食べ過ぎてしまった。飲み過ぎでもあった。

帰りの代行が来た頃には、駐車場の7,8割方は埋まっていたので、これはこれでちょっとは安心した。

2016年2月14日 (日)

昔とった杵柄

昔振りまわした杵の柄を取って、昔みたいに見事な腕前でペッタン、ペッタン餅を搗く能力が衰えていないというところから出た言葉なのだろう。「昔取った杵柄」

昔の自慢話をしても仕方がないが、自前の企画室で結構いろいろなイベントを切り回ししていたのです。それもなかなか信頼度も高く、評判は上々だった。

今思えばあまり大きな失敗企画はなかったように思う・・・。

過ぎてしまえばみんなきれいに見えるというやつかもしれないが、大失敗は思い浮かばない。

あ、ひとつあった。ヘアショウの演出を任されて、ペンライトで合図を送ったらモデルさんが一斉に出て来て、という段取りだった。

舞台袖でタイミングを見計らっている時に急に鼻がかゆくなって、思わずライトを持った方の手で鼻を掻いてしまった。

暗闇の中でペンライトが振られたもので、モデルさん達が「えー、こんなところで出ていいの??」と思いつつも段取り通り一斉に出てしまった。

あの時、MCの機転が無かったらボロボロになってしまうところをなんとかうまくごまかして助けてもらったことがあったっけ・・・。

そんな昔の事を少し思い出す、イベントがあった。

ロータリークラブのIM(インターシティミーティング)と言って、地区のクラブが一堂に会する、会津地区10クラブが集まるイベントが先日行われた。

毎年持ち回りで行われ、勉強会では講演者のお話しを聞くというのが通り相場なのだが、今年は当クラブのSくんが大会長という事もあり少し工夫を凝らしてやってみる事になった。

「ORAHOO PRIDE!」(おらほープライド)と称し、各クラブが学会形式で我がクラブの活動報告、事業自慢を行う。(8分間)その後質疑応答(5分間)が行われるという形だ。

発表形式はスライドやDVDなど各クラブの自由。もちろん口頭のみというところもある。

ま、考えてみればそれほど複雑で難しいことではないのだが何せ初の試み、参加者の中にも戸惑いが大きかった。

この2時間半ほどを仕切るのが私の役目であった。

事業部長としてのあいさつでは「発表者のみなさんも会場のみなさんもどうなるか心配だと思います。安心してください!運営する我々はもっと心配です!」と言ったらウケた。

事の成否は、全体を切り回すコーディネーターの能力如何に拠る。そこでここだけは信頼できるプロを入れた。

宗方和子さん、何度も当院の地域医療フォーラムでお世話になっている信頼できるMCだ。

事前打ち合わせを簡単に済ませ本番に臨んだが、案の定、宗方さんは素晴らしかった。

よく効く機転、質問が途切れればご自分で話しを引きだし、坂下クラブからは全員での歌まで引き出して会場を盛り上げた。

あっと言う間の2時間半、お褒めの言葉は「ほとんど誰も居眠りしていなかった。素晴らしい!」だった。

途中の時間配分やMCへのちょっとした指示、まさに昔取った杵柄のプロデューサー役で私としてもなかなか楽しくもあった。

イベント無事終了、あとは大懇親会だ。

大いに飲んで語り合い、最後の「手に手つないで」の大合唱まで会場は大いに盛り上がった。

かくして今年度のIMは「大変良く出来ました!」とのお褒めの言葉を戴くに至ったのでありました。

2016年2月 8日 (月)

政令指定都市

久しぶりに新潟市へ行って来た。

なんという事はないが、プラプラと買い物でもして、時間でも合えば映画でも観ようかという休日の過ごし方だ。

2、3ヶ月に一度はこんな風に新潟に来るが、ここ半年近く来ていなかったのでなんとなく懐かしくもある。

会津を出て、途中は雪道だったが1時間半ほどで万代シティに着く。ウチはいつもここに来る。

アウトドアの店でセール品の掘り出し物はないか、良い靴はないかと見て回る。馴染みの帽子屋ものぞく、が、ピンと来るようなものは何も見つからない。

アメリカンサイズの洋服屋さんで仕事で着るシャツを一枚求め、春用の綿のセーターを試着、ちょうど良いのでそのまま着ます、と値段を切り外してもらった。

着て来た冬物のセーターが暑くてたまらないのでそのまま着替えた。

家人もセール品のシャツを一枚求める。

万代シティのシネコン、Tジョイで時間割りを見ると話題の「オデッセイ」の時間がちょうどいい。観る事にしてチケットを購入、始まるまでにハンバーガーを食べた。

「オデッセイ」、近未来の火星を舞台にしたSF映画だ。火星に人類が到達し、基地を設け探査に明け暮れる時代の物語。事故で火星にたった一人取り残された男をNASAが総力を挙げ、中国までもが協力し救いだすという話だ。

科学の進歩によってきっとこんな未来が来るんだろう、と思わせる。

次の船までは4年、食料を食いつなぎ、火星で芋まで作るという荒唐無稽な話だが、映像も素晴らしく妙にリアリティがある。

最後の決死の救出シーン、宇宙空間で見事に彼を捕まえて救出した時には涙が出そうになった。

主役のマット・デイモンの熱演が光る。冒頭のマッチョな肉体美がガリガリにやせ細るあたり(あれ本物かな?別人かもしれない)なかなか、見せる。

映画を終えて、伊勢丹へ。大分、日が長くなった感じがする。

家人がティラピスやヨガで着るトレーニング着を求め。地下の食品売り場で帰って何もしなくて良いような晩飯&つまみを仕入れる。

さすが新潟市は政令指定都市だけの事はある!どこもここも人が多い。東京並みだ。

そして何よりも目に付くのがこども連れの多い事。ベビーカーを押す若い夫婦、抱っこひもで胸に赤ちゃんを抱いたお母さん、若いお父さんも目立つ。

こどもが多く目につく風景は実に心地良いものだ。エレベーターに赤ちゃんが乗ってくると思わず顔がほころんでしまう。

それで影響されたというわけではないが、最後にピンクの「Baby・G」を家人に買い求め新潟を後にした。

4時半過ぎ発、6時半到着。

さすがにまだ二月夕暮れ、とっぷりと日は暮れて真っ暗、一日留守にした家の中は冷え切っていた。

こういう時、外からスマフォで暖房や風呂の点火が出来ると便利だ。どういう仕組みか分からないが今度、誰かに聞いてみよう。

寒い一日だったらしく部屋が暖まるまでの間、コップでチンした熱燗を二つも飲んでしまった。

2016年2月 4日 (木)

「気」が動かない

早や節分である。

孫ちゃんが豆まきをした写真が送られて来た。ほんの少しの間で顔が変わって見える。足腰も大分お兄ちゃんになって来たようにも見える。

かくも時の流れは早い、が何だか景気の良い話は少ないように思えて仕方がない。

特に会津は深刻ではなかろうか・・・先般また精密機器関連の企業の撤退が報じられた。300人以上の企業がまた居なくなる。

配置転換で雇用を守るとはいえ、九州や四国など遠方への転勤に応じる人がどれだけいるだろうか?

会津若松市の人口の推移を見ると恐ろしくさえある。震災以降毎年8~900人の人口が着実に減っている。それだけではない。その裏で震災で避難してきた人々の人口も確実に減っている。

一時期膨れた人口がここ5年で4%強減ったと言われている。そして歯止めは全くかかっていない。

全会津30万人とも言われた人口が今や27万2千人程だ。周辺の人口が減って中心の会津若松市に集中しているというのでもなく全体が着実に減っている。

年が明けてから居酒屋やレストランへ行って、店に入ってから出るまでの間、我々のグループ1組だけ、というのを3度も経験した。これは、なかなかない。

人口が減って消費者の「気」が消沈すると、こういう事がどんどん起こるのだろう。

日銀はズバッと大なたをふるった。マイナス金利という抜いてはいけない伝家の宝刀なのかもしれないが、いずれにしてもこれ以上もうやることはないという作に出た。

大きな買い物は今がチャンスだ!さぁ、土地を買って家を建てよう!とみんながポンポン判子を押せばいいが、どうもそういう浮かれた感じにはならないように思えてならない。

中国人ばかりでなく日本人も負けじと国内で爆買いに走れば内需も動くのだろうが、爆買いしている人を「バカみたい!」と醒めて見ている空気がある。

マスコミの報じ方も中国人の異常行動を報じているように見えない事もない。

中国人が爆買いすればするほど程「私たちはあんな事はしない!」とばかりに財布のひもを固く締める。それじゃぁ、本当はダメなのだが、「気」、「気分」は理屈では動かない。

若い人が結婚しない理由の一つに上げられるのが「リスクを取りたくない」だという、屁理屈の様な理屈だ。

自分はひとりでやっていけるし自由気ままに暮らせるのに、奥さんや子どもという重荷を背負いたくはないというわけだ。

女房、子ども、家庭、それらを築き支え守り育んでいくのは確かに苦労だ。しかし、それは「リスク」というのとは違うはず。

苦労の先には、とてつもなく大きなギフトがある。

だって離婚するかもしれないし浮気されるかもしれない、そういう事がなくてもケンカばっかりでちっとも楽しくないかもしれない・・・それはやっぱりリスクでしょ?

んなこと言ったらクルマに轢かれるかもしれないから外は歩かない、ってのと同じじゃないか!と言ってはみても若い心は動かない。ひどく醒めている。

正直なところ、起きている時間の8割、9割は異性の事ばっかり考えて青春時代を生きて来た我々世代には、女の子には興味がない、面倒くさいだけ、といった心は理解できるものではない。

遺伝子学的にみても、わずか一世代で同種の動物の考え方がこんなに変わるものなのだろうか?と恐ろしくさえある。

「ミャーミャー、ミャーミャー!」寒いのに猫の恋はやかましい。彼らは何代も何代も変わらずに恋を求めて、遺伝子を残す使命を懸命に全うしようとしている。

私たちはそんな使命を受けた覚えはない!と言われてしまえばなんとも言いようもないが、それはやっぱり違うでしょ???

異性も酒もクルマも、名誉も地位も、みんなリスクだと思うなら「気」など動くはずもないだろう・・・。

季節を分けて心機一転、男の子は健全に女の子の尻を熱心に追いかけまわす・・・そんな当たり前の浮ついた春が来れば良いのにと思う。

2016年2月 1日 (月)

こちらへどうぞ

スーパーに家人と買い物に行った時の事。

かなりお年を召したと思われる小柄な警備員さんが、こちらへ、こちらへと一生懸命赤い警棒を振る。そして指示したのが店のまん前の、もみじマーク(高齢運転者)のための駐車スペースだ。

どうぞここへお停めください、とばかりに微笑んでいる。

「いやー、参ったなぁ」というと助手席で家人が腹を抱えて笑っている。

あそこまで自信たっぷりに案内されたのでは、お断りするのも気の毒かな?と思い、もういいや、とそのまま停めた。

「どうも・・・」と言いつつ店内へ。買い物をし、品薄になったワインも数本仕入れた。

そんな荷物をクルマに詰め込んでいると、私のクルマの3,4台隣りの、高齢者マークを付けたクルマから降りて来たご老人に、ギロリと睨まれた。

いつもここに停めている人なのかもしれない。停めるのに苦労したらしく、明らかに不愉快な顔だった。

そしてその目ははっきりと次のように物語っていた。「なんだ!もみじマークも付けてないくせに停めやがって。こういう不届きな奴がいるからダメなんだ!」

いやいや、そうじゃなくて・・・と、言い返したかったがそんな事は通用しない。

私は高齢者専用スペースにその資格もないのに停めた不届きものになってしまった・・・トホホ、である。

こういうすれ違いは案外よくある。

初めの警備員さんは何の悪儀も無い。むしろサービス精神旺盛に一生懸命仕事をした結果、私がクルマを停める事になった。

私としても、折角の好意を無にするのも忍びない、と思っただけだ。

無論、ギロリと睨んだご老人も至って正当な反応だ。

コミュニケーションが少しずつずれていくとこうなるという好例だ。

一番悪いのは・・・やはり私だろう。

目の前に立った警備員さんへ「すみません。私まだ高齢者ではないので第二駐車場に止めますので、ありがとうございます」と、ちゃんと言えばそれで良かったのだ。

高齢者スペースに誘導されて、笑いながらも内心少しムカついたところもあって「ま、良いか!」と、停めてしまった。

しかし、いけないことはいけない。これではやっぱり障害者スペースに平気で停める不届きものと何ら変わらない結果になる。

大袈裟に反省すれば、ちゃんとコミュニケーションを取らなければいけません、という事。思い込みや察する気持ちだけでは、痛い目に遭うという事だ。

私の反省を尻目に家人は、結構笑っておりました。

会津の雪はさほどでもなく、むしろ郡山の方が降ったように見えたこの週末でした。

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