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2015年10月

2015年10月27日 (火)

旅の醍醐味?

久しぶりに夫婦酒場放浪記、居酒屋での晩飯とする。

飯盛山の麓から会津若松市の中心部へ向かってはだらだらと下り坂、会津若松市は全体に東から西へと向かって傾いている。

従って、ぶらぶら歩いて盛り場の居酒屋へはどこへ向かっても大体40~45分程度。散歩がてらに腹ごなし、のどを乾かすにはちょうどいい。

4月末から10月末ごろまでかなぁ・・・ぶらぶら歩いて出かける気になるのは。

本日は駅に向かって真っすぐ下り「北の酒林」を目指す。こっちは近くて30分もかからないぐらい。二人分の予約を入れて、久しぶりだ。

カウンターの角に収まり、生ビール、手羽焼き、ねぎま(塩)、もちっこミート、にんにくの丸揚げ、いなり納豆、あたりを注文する。

しばらくすると隣りのふた席に、いかにも旅行者らしい女性が二人座った。

おばさんと言っては失礼だが、30代後半以降、めちゃ関西弁でどうしても「おばはん」と言いたくなるような軽快なテンポの話声が響く。

関西人は声が大きい。

会津名物の桜刺しなどを頼みながら、なんかちらちらとこちらを見て話したそうにしている。こっちも気になる。

やがてアルコールも入り、「どちらからですか?」などという事になり、二人の旅人はめっちゃ食いついてきた。

二人とも神戸の女性で、福島に来たい来たいと思っていたが「福島ツアー」という旅行商品がまったくなく、仕方がないので自分たちで計画を立ててきたのだという。

福島空港に降り立ち、レンタカーを借りて一路憧れの常磐ハワイアンセンターを目指したそうだ。めっちゃ楽しい時を過ごして、翌日は会津を目指したという訳だ。

食べもの解説やお酒の解説も織り交ぜながらこの辺まで話が進むと、結構いい雰囲気になって来る。

おまけにマスターからの差し入れの日本酒も出て来て、「まぁ一杯、まぁひとつ」という事になる。盛り上がってきちゃうわけだ。二人ともかなりいける口。

やがて話が東日本大震災に及ぶと、彼女たちもまた20年前のあの阪神淡路大震災の被災者だったことが分かる。

崩れ落ちた家の中で家具の下敷きになったのだという。

「もちろん、今みたいにこんなに肥えてませんでしたよ、20年前ですから。か細い乙女で、あれ~!ってなもんですわ」「よく死ななかったねぇ」「しぶといんです女は・・・そう簡単には死にません!」などと、過ぎた日の悪夢を笑い飛ばした。

そんな体験があっただけに一度は福島に来てみたかったのだという。そして福島の人と話してみたかったとも・・・。そんなことを話しながら昔のか細い乙女はちょっぴり涙ぐんだ。

・・・そりゃ、こんな我々でお役に立ったなら幸いでしょう。

やがて彼女たちの向こうに知り合いのS先生が友人と二人でやってきた。サンドイッチ状態で話が盛り上がり、やがてみんなで乾杯状態となる。楽しいもんだ、酒場のひと時。

酒は良いね、つまらない垣根を一瞬に取っ払ってくれる。酒なかりせば、こう簡単に人と親しくなることは出来ないだろう。

こんな風に旅先で地元の人々とのふれあいが持てたならきっと旅人も嬉しいだろう。逆だったら私もかなり嬉しい。

風邪気味なのであまり飲まないつもりが、家人ともども結構飲んでしまった。

最後はみんなで記念写真を撮り(ハグでもしそうな勢いだったけれど)握手をして別れた。

名乗り合う事もないひと時のふれあいだが、なんとなく心がぽーっと熱燗になった。

酒場という名の聖地には、こんな素敵なひと時も落ちているのである。

2015年10月24日 (土)

読んでます。

「最近肩の具合はどうですか?」「まだ足に重りを付けて歩いているんですか?」と、突然尋ねられて「どうして知ってるの?」と尋ねてしまった。

日頃、顔は合わせるがゆっくり話をしたりすることのない職員と、たまの会合や宴会で一緒になると、相手が私の事をいろいろ知っているので驚くことがある。

「え~、だってまさひろさんのブログ読んでますもん!」「ああ、そうか。それは、どうもありがとう・・・」と、いいながら何だか妙な気分になる。

このブログで、こんな事をした、あそこに行った、こんな事を思った・・・という事を書き綴っているわけで、それを誰かに読んでもらっていいつもりで書いているわけだから、目的に合致しているわけだ。

それで良いのだが、なんとも妙な感覚だ。

「いやー、この前のゴルフの話、おもしぇがったなし!」と、日頃合わない会社の社長さんに突然褒められた。

これまた妙な感じがする。

見てもらうために書いているのだが、芸能人などの人気ブログとは違って、日頃は特別なんの反応もない。

何人がブログを開き、どの県の人が見ていて、何回ページが開かれたかという数字は自分で知ることが出来る。

だが、日頃反応があるわけではないので、いつしか読まれている感が薄くなってしまう。

ずーっと何もなかったのに、いきなり見てます、読んでます、と言われると改めて、ああ、そうなんだ!そうだったっけ!という事になる。

なんとなくちゃんとしなきゃな、とか、もっとしっかり書かないと、とか言う気持ちに、少しなる。

『継続は力なり』とはいうものの、こんな心のつぶやきが力になったりする事はないだろう。もちろんそれで良い。

何のために書いているのか???気分転換、気晴らし、書くことによってなんか吐き出せる、何かに気付く?

ま、だから公開日記(ブログ)なんだろう。

改めて、これが後悔日記にならないように日々過ごさなくてはいけないと思います。

不思議な事がひとつ。

多くの読者が会津だと思うので福島県からのアクセスが一番多いのは当たり前なのだが、次いで多い、というか福島県と同じくらいのアクセスがあるのが長野県。

親戚もなければ友人もいない。そんな長野で一体誰がこの私の駄文に、関心を寄せてくれているのでしょうか・・・?

嬉しいような、ありがたい様な、でも不思議です。

2015年10月21日 (水)

驚愕の達郎

山下達郎が初めて会津に来た。會津風雅堂の公演、会津に来たのも初めてだと言っていた。(確か)

ホールは超満員、PAの前、ど真ん中の良い席を得る事が出来た。

2年前だったか、郡山公演のチケットを息子が結婚祝いに贈ってくれた事があった。最前列という凄い席だったのだが、どうしても抜けられない仕事が入ってしまい止むなく、家人と息子が行く事になった。

という事で私は初めて、家人は二度目の山達という事になる。

超こだわりのオタクだという事は、噂に聞いていたがなるほど納得の圧巻のステージだった。

否、「オタク」なんて言葉は適当じゃないな…本物の音楽大好き人間、音楽に対するこだわり、音に対するこだわりは半端なものではない。

開演からギターの一発ジャーン!で、もの凄くいい音。会場の空気が少し逆立ったような気がした。

バックミュージシャンは達郎自身が、最高のメンバーというだけあって一人一人が抜群に上手い。そしてもの凄くいい音。

達郎の声も、私と同じ62歳とは到底思えない艶やかな高音、張りのあるハイトーンボイスというやつ。

圧巻の声量で3時間半、歌いっ放しなのである。

サービス精神も旺盛でアカペラあり、懐かしい名曲も外さずに、選曲も凝りに凝っている。

まぁ、良く分からないやつがゴタゴタ書いても陳腐なだけだから、「素晴らしく良かった!!!」のひと言に尽きる。

手抜き一切なし、音楽を一番楽しんでいるのが達郎本人であり、バンドのメンバーである。

もの凄いミュージシャン達が最高に楽しんで演奏している場面を見せてもらったという感じだ。

あんなに歌ったらしばらくは声が出なくなってしまうんじゃないか?という要らぬ心配、あれだけ歌って弾いてもまったく息が切れてないのはどう言う訳だ?と要らぬ疑問。

この公演が4回目で、このツアーはあと60公演続くという。すごい男がいたもんだ!ドンドン!!

全力のステージで大いに楽しませてくれて、またそのピュアな感性に感動、感激した夜・・・同い年だからね、負けてられませんよ!とばかりに、久しぶりに1時まで飲んでしまったのであります。

とても良い一日でした。

2015年10月20日 (火)

恐縮のゴルフ

殿とゴルフをするので参加してくれ、とM氏からお声がかかったのは2カ月ほど前の事だ。

財界重鎮のM氏、坂下のT氏、そして殿。本来ならここにゴルフの名手Mくんにお声がかかるところだが、以前Mくんと周ったところ、あまりに上手過ぎてレベルもラベルも違って、和気あいあいという雰囲気にはならなかったそうだ。

それはそうだ。Mくんは3年連続だったか(2年?)クラブチャンピオンに輝くと言う見事な腕前。全てのショットに一喜一憂しないという、実にスティディなゴルフをする事で知られている。

そこで私に白羽の矢が立ったという事は、要するにもっと下手で自分達も気を使わないレベルの人間が良いという事、下手な腕を買われたという事だ。

その日の会津磐梯カントリークラブは素晴らしい晴天に恵まれた。

キャディはしっかりしているが、気が強くて、少々口がキツイK嬢。初めは「松平」という姓の人を「殿、殿」とみんなでからかっているんだ、と思ったらしい。

本物の会津松平家・十四代だ、というと「あらー、私は会津まつりの藩公行列見た事がないの。あの日は稼ぎどころだから休んだ事がないのよねー。ごめんなさいね」と涼しい顔で笑った。

M氏、そしてT氏と周るのも本当に久しぶりだ。

仕事の関係上、40代にはよくご一緒した。お二人とも2回続けてはナイスショットしない(出来ない?)というゴルファーだ。

案の定と言うべきか、狙い通りというべきか、みんなで大笑いし、冗談を言い合っての楽しいラウンドとなった。

殿は痩せてスマート、無駄な力が入らずになかなか美しスイングだ。

ここ7,8年はさっぱりやっていない、というだけに凡ミスが目立ったが、後半にはようやく調子を取り戻されたようだった。

私は極力迷惑をかけないよう心掛けたのが幸いしたのか、無駄な力が抜けて93点と、私としてはまずまずのスコアで回った。(いつもこういう気持ちでやればいいのだ)

M氏、T氏共に104点という相応のスコア、殿は・・・名誉のため記さずにおこう。

思えば、磐梯カントリーの原型はゴルフのお好きな昭和天皇のために造られたという歴史を持つ。

そのコースで秩父宮妃殿下ゆかりの会津松平家の当主が珍プレイを披露するというのも、きっと何かの縁といえば縁だ。

抜けるような青空、くっきりと映えた磐梯山、16番ホールでは猪苗代湖もきらきらと輝いてその湖面を見せた。

「歓迎してくれているんだな・・・」と思っても何ら不思議ではない、そんな素晴らしい秋の一日であった。

2015年10月14日 (水)

この上が本当の空

安達太良山に行って来た。とはいっても頂上まで登った訳ではない。

安達太良高原スキー場からゴンドラで、中腹の見晴らし台まで紅葉狩りに出かけた。

連休の最後は快晴となった。紅葉も見ごろだろうと、安達太良へ向かう事にする。

岳温泉からゴンドラが出ている、との情報を頼りに(行った事がなかったのです)カーナビに岳温泉を入れる。

ゴンドラが凄い行列で乗れなかったりしたら早々にあきらめて、郡山で映画でも見ればいい、ぐらいの緩い覚悟で向かう。実にいい天気だ。

岳温泉から安達太良高原スキー場へと目的地を入れ直す。山道を何度かカーブするといきなりクルマの渋滞にぶち当たる。

そっか、ゴンドラに並ぶ以前に、スキー場の駐車場に入るまでの渋滞が起きているのだ。

ま、ここは覚悟の上で来たのだからトロトロでも進んでいくしかあるまい。

カーステレオを聞きながらのんびりと構える事にする。吉田拓郎、古っ!

上から下ってくるクルマが少ない。時折2,3台続けて降りてくるが、それもパラパラだ。

並んでいるクルマの何台かが、痺れを切らしてあきらめてUターンを始める。カーナビによればあと3㎞ほどだからあきらめるのも癪だ、買ってきたチョコレートを舐めながら頑張る事にする。

およそ1時間の行列で安達太良高原スキー場の駐車場に無事到着。

ここまでくればもうOK、クルマは行列だったけど、ゴンドラの方はスイスイのようだ。

レストハウスには、本格的な登山姿の人々、そんな格好で山に来たの?というような軽装の人々が混在している。

「下りは歩いて来れますか?」と、一応切符売り場のお兄さんに聞いてみた。私の顔を見て「山登りの方じゃないと・・・止めた方が良いですよ」と笑った。で、往復購入。1800円位だったかな。

ゴンドラは家人と二人でスイーッ!結構登る。

ゴンドラの駅から安達太良山頂までは1時間30分とある。いつの日か登ってみようではないか・・・。

見晴らし台までは歩いて5分ほど。紅葉はちょうど見ごろだ、大勢の人だ。鉄山ヘ向かう斜面の赤が鮮やか、様々な色が混じり合って美しい。写真を何枚か撮る。

「この上の空が本当の空です」と智恵子抄にちなんだ言葉が刻まれた碑が、真っ青な空を指している。思いっきりの深呼吸を何度か繰り返し、下りに乗る事にする。

山を下り、カーナビに二本松で有名なラーメン屋さんを入れる。駅前近く、静かな町でそこだけ行列が出来ていた。

何でも全国のラーメン大会で何度も賞を取っている有名店らしい。折角だからここも並ぶ事にする。

約45分、で一番人気の鶏塩ラーメンと、こってり醤油ネギラーメンにありついた。

なるほどこういうものか!会津のラーメンのレベルというのは高いんだなぁ・・・と改めて思った。

遅い昼食で満腹になり一路・帰宅。

秋晴れのお休み、ゴルフもなく久々に家人と出掛けた典型的な行楽の秋の一日でありました。

 

2015年10月12日 (月)

N先生の事

N先生が久しぶりに会津に遊びに来てくれた。

新病院をまだ見ていない事、昨年ご尊父が亡くなられたご葬儀への御礼なども兼ね、はるばる広島からの訪問だ。

朝、広島県庄原をクルマで出て、ご家族を神戸まで送ってから単身会津へ向かったという。新神戸空港から羽田へ、そこから新幹線、磐越西線と乗り継ぎ夕方に会津に着いた。

病院内を足早に見て回り、懐かしい顔に会う、突然の訪問にみんな驚いた。

N先生はもう10年ほど前になるが、全国的な麻酔科医師不足の折、同じように困窮する当院へ縁あって赴任された。家族揃って広島から会津へ。

7年間に渡り、麻酔科医として抜群の働きを見せ当院の手術室を支えてくださったのである。

一番下のお嬢さんは小・中・高と会津で育ち、会津高校の私の後輩となった。今も会津が好きで、つい先月も会津の遊びに来ていたという。

その時お嬢さんが宿泊したセンチュリーホテルを奨められて予約、二泊される。

到着の夜はH先生を含め3人で楽しい会食となった。H先生はN先生の大学の後輩に当たる。

だが在職中はH先生を立てて決して先輩風を吹かせるような事はなかった。

酒が大いに進む・・・が、N先生は少しセーブをされていたようだ。

というのも翌日、磐梯カントリークラブで業者さんを交えた大きなコンペが開かれる。N先生は昔の馴染みでそのコンペにエントリーし、ゴルフ場で多くの懐かしい顔にも会えるという趣向だ。

N先生はゴルフが本当に好きで上手い。

そのN先生が時々磐梯カントリーの夢を見るのだそうだ。それほど磐梯は変化に富んだ面白いコースなのだろう。今でも18ホール全てを覚えているし、グリーンまでも覚えているという。そんなN先生だけに少々気合いが入っていたようだ。

H先生は早朝から医局旅行に出かけなくてはならないため残念ながらゴルフはパスだ。

実に楽しく様々な情報交換も出来た宴を終えた、翌日は好天!

迎えに行くとN先生はすでにホテルの前でそわそわと待っていた。気合充分だ!

ぐっすり眠れて、酒もすっかり抜け、コンディションも上々の様子。

久しぶりにW先生、N先生と一緒に回る。もう一人はゴルフ上手なM社長。

N先生、相変わらず豪快なドライバーで衰え知らずの飛距離だ。軽く50ヤードは置いて行かれる。

しかし、気合いが入り過ぎたのか、ところどころでポカが目立ち、あれよあれよと修正の効かないままコースは進み、結局のところ残念なスコアで、それも私にも2打負けると言う屈辱を味わう事になってしまった。

ま、これもゴルフである。しかし、久しぶりのラウンド、大いに楽しんだ。

17時30分からの表彰式は中の島にて。35位のN先生はくじ引きで25位の賞品をゲット。ハンデホールがバカバカはまって3位だった私はくじで「優勝!」を引き当ててしまった。(このコンペは成績順にくじを引いて順位が決まると言う面白い趣向なのだ)

表彰式は大いに盛り上がった。

7時近くに終わったのでN先生と二人で向かいの「バー保志」へ。静かな中、別れを惜しむようにまたしばし話しをした。

ホテルに戻る前に久しぶりに会津のラーメンが食べたいと言うので「もみじ」という小さな店で、典型的なしょうゆラーメンを食べた。

こういうちぢれ麺のサッパリしょうゆ味のラーメンというのはどこにでもありそうだが、特に西の方では食べる事が出来ないのだそうだ。「やっぱりうまいわ!」と目を細めた。

駆け足の二日間、といっても実質一日半ぐらいの時間だったが、多くの人と会い、あいさつ回りの義理も果たし、全ての予定を終えた。

「また会いましょう」「広島に来る時はぜひ!」と約して固い握手を交わした。

翌日は朝から雨、よっぽど心掛けが良かったのだろう・・・。

そういえばN先生、バーで急にこんな事を言い出した。

「郡山から宇都宮までの間にトンネルがいくつあるか知ってますか?」「え~、知らない。8つぐらいかなぁ・・・」「いや、もっとあるでしょう。明日帰る時、数えてみますわ」  なんのこっちゃ?!

その夜にショートメールが届いた。「御蔭様で無事に帰宅、楽しい会津ありがとうございました。29個でした」・・・ナント!!

2015年10月 7日 (水)

一人の生活

月末、月初めと家人が家を留守にした。

娘家族の転勤が決まり、引越し準備の手伝いに。そして引っ越してからの片付けの手伝いに、と孫のお世話を兼ね東京、そして名古屋へと出掛けて行った。

月末は家人が不在の間、毎晩会合の予定があり晩飯の心配は不要だった。その分お金も流出する。

月初めは、夜の会合のない日が続き大人しく過ごした。ベーコンエッグと野菜炒め、ベーコンエッグとパスタ、キムチや豆腐を添えて健康的。

基本、卵料理は大好きだ。酒の肴はベーコンエッグが一番合うし、簡単かな。

また、たっぷりの玉ネギとベーコンを炒め、玉子でごちゃごちゃの炒り玉子状態に、生醤油をかけても美味しい。料理とも呼べない簡単一品だ。

三日目はさすがに飽きて、外で食べた。

神明通りのレオクラブガーデンスクエア裏の炭火焼バル、(名前は忘れたスペイン語の「豆」)あのビーンズの姉妹店だ。

なかなか、気軽な店で美味しかった。食事というよりはつまむと言うメニュー、なのでそこから新ちゃん寿司に寄って少しつまんで帰った。

一人でご飯を焚いておかずを作ってと言う事はまずしないが、毎日という事になったらそうも行くまい。おさんどんが毎日という事になれば、これは大変だろうなぁ・・・と思う。

料理がまったくダメというわけではない。大したものは出来ないにしてもある程度はできる。

だが、この歳までやらずに済んできたという事だ。(時々カレーやパスタぐらいは作る)

家に帰れば飯が出る。当たり前だが考えてみれば当たり前でもないわけだ。

こういう状態を当たり前のこととして過ごして来られた事に、感謝しなくてはならないなぁ、と少し思った。

今はこども達も一緒に暮らしていないので、基本夫婦二人だ。二人の生活にもすっかり慣れた。

でも、これが一人だったらキツイだろうなぁ…と思う。

そういう意味でも家族を持つ事、パートナーを持つことは大切な事だ。(また余計なお世話と言われるかもしれないけれど)

『家族になろうよ』のあのスターも結婚し、有名人の結婚報道が賑やかだ。

どうせなら「結婚」がブームになれば良いのにと思う。

離婚・晩婚・非婚の独身者たちがなんとなくブームに置いて行かれるような気持ちになり、焦りまくって次から次へとカップル誕生!

いきなり第三次だか四次だか分からないベビーブームが巻き起こる・・・。

福山ロスなんて言ってないで、あなたも負けずにゲットすればいいのです!その方がきっとずっと良いはず。結果的には面倒くさいに勝るはずだと思う。

会津はめっきり寒くなった。

この寒さのせいなのか、たった4日、5日でも一人はなんだか淋しい・・・。

2015年10月 4日 (日)

完璧な秋

10月3日、会津鉄道に乗ってロータリークラブの「秋のいも煮会」に参加した。

朝は冷え込み、陽があたるにつれて朝霧が晴れていく。

目にまぶしい秋の日差しが黄金色に実った田んぼを照らしている。

揺れる車窓から見える山々は澄み渡って鮮やか、紅葉には少し早いが葉っぱの一枚一枚がはっきり見えるほどに秋は透き通っている。

養鱒公園駅で降りて「ジイゴ坂学舎」という古い分校舎を使った新しい施設に立ち寄った。

下郷の民俗を撮り続けた写真展や、地元の品を扱うギャラリーショップ、コーヒーの飲めるサロンなどのんびりできる空間だ。この建物自体が映像作家さんの拠点になっているらしい。

さて、コーヒーをいただき養鱒公園へ。芋煮とBBQで昼の野外パーティとなる。食欲もお酒も大いに進む。

ひとしきり宴は盛り上がり、余興のゴーカートレースの開催となった。大人、子ども、酔漢も含め4組がエントリーしてのトーナメント戦、各人にオッズを付けて全員が賭ける。

誰が儲かったかは紙上の配当とする事にして、賭け金全額を米山の寄付に回すという趣向だ。

結果、オッズ13倍のKさんが、大人げなくも少年が運転するクルマを本気で抜き去り1位となった。私は13倍の配当を手にした事になるが、その高揚感だけをいただく。

帰りの電車の中は午睡、ひと眠りで西若松駅へと着いた。

翌日曜は、ボナリ高原ゴルフクラブでの鈴木クリニックマスターズ、毎年秋に開かれる友人主催の大きなコンペだ。

朝一番でH先生、O先生と送迎のクルマでゴルフ場へ向かう。なにせ表彰式も酒宴となる恒例のコンペなので車では行かない方が賢明なのだ。

8時前の早いスタート、この朝も冷え込んだ。

高原はすっかり秋の気配、ところどころ紅葉も始まっている。

見上げる安達太良の上の方はもう紅葉の盛りといっていい。秋陽に映えて色鮮やかだ。ここボナリに降りて来るのはあと1、2週間だろうか?

ボナリ用のパターに入れ替えてきたせいか、パットがよく入った。

3番の名物ホールではバーディをとったりして、全体のスコアは相変わらずだったものの、同伴競技者にも恵まれ大いにゴルフを楽しむ事が出来た。

成績は80数人中51位。このコンペはちゃんとした賞品はベスト5まで。あとはすべてくじ引きなので51位でも高額のビザカードが当たる事もある。

まだまだ当たりがたくさん残っていたので勇んでくじを引いたが「はずれ!」、3000円の参加賞をもらって喜んだ。

ワインや会津娘を飲みながらの賑やかな表彰式、大きなガラス戸の向こうには西日を一杯に浴びたゴルフコースが美しく輝いている。すっかり秋だ。

ワイワイ騒いだパーティも終わり三々五々、山を下っていく。

すっかり日も傾いた秋の夕暮れ、稲刈りを待つ田、刈り終えた田、パッチワークの様に色の入り混じった会津盆地を目指してさらにクルマは下っていく。

博士山の峰々が黒々とシルエットとなり、日はつるべ落としで暮れていく。

きれいだなぁ…と思いながら全員爆睡、夢の中は完璧な秋の世界であった。

 

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