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2015年9月

2015年9月29日 (火)

ものさし

人間社会は共通のものさしでいろいろなモノを計り、モノの量や長さ、重さをなど、同じく理解し、やり取りしなければ成り立たない。

各自が勝手なものさしで、都合の良い様に主張し合ったのでは、争いが絶えない事になる。

モノについては間違いなくそうだ。

しかし、これがこと心の問題、価値観の問題などになると、俄然あやしくなる。

正義や善悪、倫理や道徳、自由や愛・・・ある程度は共通のものさしがあるようで、それほど共通ではなかったりするものだ。

国益や宗教の違いなどでは、初めっから違ったものさしで計っているのだからズレた部分は交渉の上、妥協点を見つけるしかない。交渉と言えば聞こえはいいが、ウソも騙しも何でもありだ。

それでも、妥協点が見つかれば良いのだが、ガチンコでぶつかれば紛争になってしまう。

日常生活の中でも、ものさしの違いを感じることが多々ある。

感じると言うか、むしろものさしは一人一人バラバラで当たり前と思い知る、と言った方が正しいかもしれない。

それはそうでしょう!性格や育ちはみんな違うのだし、価値観はそれぞれだ。

健康、お金、友情、家族、愛・・・これら人生で大切なものが上位に来るという事は共通であっても順番は皆それぞれに違う。

こっちから見るとそう見えても、あっちから見てそう見えるとは限らない。

あなたの正論は、みんなの正論ではないのです・・・・近頃、こんな事を感じたりする。

あまり楽しい話ではない。

会津のスーパームーン、悲しみの屋根も、喜びの屋根も、みんな同じように月の光で濡れたように輝いています。

お月様はひとつ、これは疑いようもない共通のものさしである。

2015年9月25日 (金)

スミマセンが・・・と言える余裕

先日、お店であまり楽しくない事があった。それも2軒続けて。

一軒目のBarでの出来事。三人の女の子が入って来てカウンターに座った。明らかに会津観光の旅行者と思える三人組だ。

店内は良い感じに賑わい、ほぼ満席の状態。笑い声が店内に漂っていた。

私もカウンターで友人二人と話に花を咲かせていた。三人の事は気にもかけずにいたのだが、しばらくすると何だか三人が座る方で明りがチラチラとしてとても気になった。

見ると三人のお嬢さん方は、カクテルを前に話すでもなく飲むでもなく、三人が三人スマホを触ったりロールしたり、カチャカチャやったりしているのだ。

何をやっているのかは分からないが、派手な画面が動くので、あの明かりが結構邪魔なのだ。触りだして一向に止める気配がない。

バーテンのKくんに「全員でスマホ?すごいね」と囁くと、Kくんも苦笑いを見せた。

そんなに何十分もスマホばかりいじっているならBarなんか来るな!と言いたかったが見ない事にしてこちらが引き揚げた。

それが一軒目。

で、タクシーを拾おうとしたのだがいなかったので、ワインでも飲んでタクシーを呼んでもらおうと、馴染みのレストランに行った。

もう時間が時間だけに静かだったがカウンターには食事を終えた一組のカップルがいた。中年のお洒落な社長さんとかなり若い派手なお姉さん、同伴にしては時間が少し遅いけど、多分そうなんだろう・・・。

私は2席ほど開けてカウンターに停まり、ワインを頼みタクシーを頼んだ。

そうしてマスターやママさんと話していると、そのお若いお姉さんがいきなりスマホでゲームを始めたのだ。

それも驚いたことに音量全開で、店中に響き渡るような音でピコピコピコと始まった。

これはさすがにお連れの社長さんが「音は消しなさい、迷惑だろう!」と注意するものと思ったのだが、さにあらず、なんと一緒になって「おお、すげぇ!あれがこうして、それをそうして」と、二人顔を寄せ合ってスマホに見入っているのだ。

ちょっと信じがたい光景だった。店は営業中で他にもお客さんはいる。驚くほどの無神経ぶりだ。

ママさんが気にして「お飲み物はもうよろしいですか?」と声をかけたが、一向に気にする様子無し。ピコピコピコ・・・。

普段は温厚な私も酒が入っていた事もあり思わず「うるさいなー!」と少々声を荒げて言ってしまった。

するとお姉さんは「けっ!」みたいな感じでゲームをやめて、社長さんは「うるさいだってよ、お勘定してくれ」といって、怒ったようにすぐに帰って行った。

店内には後味の悪い、いやーな空気だけが残った。

ああいう時、どうすればいいのだろうね?

「店の方で注意しなくちゃだめですよね、すみません」とマスター、それは確かにそうだ。

それが一番いいのだと思うが、どうしても我慢が出来ないのなら頭越しにいうのではなく、「あのー、スミマセンけど・・・」とお願いするぐらいの余裕があってもしかるべきではなかったか・・・と少々反省もした。

確かに常識外れは向こうなのだが、それで「バカヤロー」では角が立つばかりだ。

低姿勢で「すまないけれど・・・」と言われた方が、かえって向こうもドキッとするかもしれない。

迷惑行為に注意をする、これは実に難しいし、勇気もいる。

だが、するにしてもなんとかうまいひとひねりを加えて、怒りを苦笑い程度に転換できる、そんな熟成した、ウィットの効いた大人になりたい、思った夜だった。(もう遅いでしょ、ってか?)

人間、この歳になっても反省の種は尽きないものだ。

2015年9月24日 (木)

九日目

シルバーウィークの一日、国技館へ大相撲観戦に行って来た。

今回は、相撲人気のため三枡しか取れなかったので12名で催行。貸切のバス代を入れると少々割高になったが、仕方がない。

九日目の両国は、というよりほぼ日本全国が秋晴れの一日。連休の混雑を見越して8時に会津若松を出発した。

今回は院長も参加できるという事で、バスの中は早速盛り上がる。

中国からの研修医師、ワン先生、シュェー先生のお二人にも日本の文化体験の意味も込めて参加してもらう事にした。二人とも大相撲はもちろん初めて、東京も初めてと言うことで大喜びだ。

少々残念なことにこのお二人、お酒が全く飲めない。飲めない中、車中宴会は大変だろうと心配したが、お二人ともまったくマイペースで車窓から日本の風景を楽しそうに眺めていた。

道路事情は順調で12時半には浅草に到着。

良い頃かげんに酔いの方も回り、幹事のおにぎり山は赤いタラコおにぎりの様になっている。

好天の下、浅草近辺は溢れんばかりの人、人、人。

浅草寺脇でバスを下り、院長以下「駒形どぜう」組と、私引率の浅草寺観光と「川松のうなぎ」組とに分かれる。国技館には2時45分集合。

浅草寺はもの凄い人、そんな中、中国の先生方は珍しそうにシャッターを押しまくっていた。うなぎ美味し。(どぜうも絶品だったとのこと)

国技館でKと合流。どぜう組には東大のO教授も加わり定員の12名が揃った。

枡席はバラバラだが、向こう正面の5列目が一つと、6列目が二つ、なかなかの好席だ。

なんでも、家人によると枡席に案内されて入って来たところからチョロチョロとテレビに写っていたらしい。写ってるよとメールが届く。こういうときは大きくて目立つの有利だ。

三組に分かれ、おにぎり山・新ちゃん組に中国の先生方をお願いした。これはあんまり馬鹿飲みしないでね、という意味も込めたよくよく考えた組み分けなのだ。

中入りの五番ほど前から観戦。焼き鳥とハイボールをいただき、徐々に気分も高揚、土俵の取り組みにも熱が入る。中入りにはすでに大入り満員だ。

残念ながら横綱白鵬、日馬富士が休場している。

土俵入りは鶴竜一人だけと淋しい。なんといっても本日お目当ての一番は「照ノ富士ー逸ノ城」戦だ。

が、これは逸ノ城、まったく手も足も出ずにあっさり完敗。

その直前には、大関・稀瀬の里が隠岐の海を追い詰めながらの逆転負けでこれまたガッカリの一番となった。

館内に大きな大きなため息が響き渡った。日本人力士の優勝が見られるのは一体何時になる事やら・・・。

弓取りも終わり、あっという間に大相撲観戦は終了。

国技館の外に出ると追い出しの太鼓が響き、あたりはすっかり暮れなずんでいる。冷えた空気が降って来るような疑いようもない秋だ。

帰路のバスには3人が乗らずに9名。ガラガラ状態、今度はもう少し安くて、良いバスを探さなくてはならないなぁ・・・。

帰り道も順調、1時間半ほどは余勢の宴会が続いたものの、やがてタフな院長も眠ってしまった。

二度ほどトイレ休憩、かるくラーメンなど食べてあっという間に会津に着いた。(10時30分)

「楽しかった?」「楽しかた―あ!」と中国の先生方も今日一日を満喫してくれたようだ。

私とKは駅前で降りて、タクシーで自宅へ。

ああ疲れた、ああ楽しかった、ああ飲みすぎた!

そんなシルバーウィークの一日でありました。

2015年9月23日 (水)

日曜日の大運動会

シルバーウィークの一日、20日に運動会があった。

全国的に晴天の天気予報なのに、なぜか会津若松市は曇り空、なんだかパラッと来てもおかしくない様な空模様の朝だった。

ま、暑くもなく寒くもなく、風も穏やかで砂ぼこりも気にすることなく、日焼けも気にすることがない、という点では運動会日和と言えるだろう。

参加者はおよそ400人、これでも職場の五分の一だ。

謹教小学校の校庭を借りての大人の運動会、だが、飲酒も喫煙も当然ながらNOだ。

9時に入場行進で幕を開け、開会式では恒例となった研修医のお笑い選手宣誓、今年は玉入れの赤玉と白玉のやり取りで大いに場内をほぐしてくれた。

準備運動のラジオ体操の後、「あなたに会いたくて」(要は二人三脚)から競技は幕を開けた。

エントリーされていたので出場。若いリハビリ職員と走ったが、とても全力疾走ができないという事を思い知らされた。

模擬店も5,6店舗は出る。これらももちろん、職員の手作り店舗だ。

定番の「トン汁」に「カレー」「焼きそば」に「かき氷」や「クレープ」「こんにゃく玉」「スペアリブ」など盛り沢山。

この中からグルメ賞の審査をしなければならないが、とても全品は食べきれるものではない。時間を見ては模擬店に出かけて行って、冷やかしてくる。

今年の運動会は、若い職員のパワーが目立っていたように感じる。良い事だ。

障害物競争の「竹田サーキット」、これは校庭を一周使ってのなかなかハードなレースだ。ゴールインしてから日ごろの運動不足に倒れ込む選手が続出する。

そのレースの出場者の多かった事には驚いた。女性も男性も、元気のいい若手が全力で走った。

最終走者はこれもお決まりとなったK先生率いるドクターによるお笑い疾走チームだ。

スタートの号砲と共に逆走して飴探しの小麦粉の器に向かい、いきなり頭から全員が小麦粉をかぶってのスタート、会場は大きな笑いに包まれる。

お昼には室井照平市長が激励に顔を見せてくれた。

カレーとトン汁、市長はこの栄養科のカレーのファンでもある。運動会で腹ごしらえをして、午後は鶴ヶ城マラソンへ向けてのトレーニングをするのだという。一言ご挨拶をいただいた。

今年は昼のブレイクタイムを短くして競技を続行、スピーディな進行を心掛けた今年の実行委員会、毎年のことながら彼らの頑張りには本当に頭が下がる。みんなご苦労様。

終盤戦、「騎馬戦」に続き「綱引き」で私の参加チームが勝利し、最後は恒例の対抗リレーだ。

普段は見ることのできないドクターの激走に歓声が湧く。「S先生、めちゃ足が速い!!!」

14時過ぎには怪我人もなく無事に全競技が終了した。

表彰式では、例年開催が土曜のため出場できなかった透析チームが加わった総合医療センター青組が見事優勝!予定の筋書き通りの様な展開となった。

個人賞は11種目にエントリーした若いリハ職員。

ベストパフォーマーには、冒頭の選手宣誓からずっと赤タイツで頑張り通した研修医1年目のK先生が選ばれた。

グルメ賞はこれもリハ科の「スペアリブ」。講評では「若く元気な力を感じることができた大変良い運動会でした」と告げ、全員で万歳三唱をして今年も無事に大運動会を終えた。

運動会が終わる頃には会津若松市の空も予報通り、陽射しが戻ってきた。

みなさん大変お疲れ様、ご苦労様でした。

そして、ありがとう!

2015年9月17日 (木)

しっかりしてよ!

会津会の幹事会が上野の精養軒で行われて、出かけてきた。地元会津若松市の地元幹事の一人という事になっている。

就任してもう数年になるが、この会議の日程がことごとく仕事とバッティングしてほとんど出られていない。

今年の春先の会議はスケジュールが合ったので出席する事にしたが、途中、宇都宮駅で新幹線が止まってしまった。

東京駅で白煙が上がったとかで停止したまま、新幹線に乗ったまま会議の時間は過ぎ去ってしまった。

今回は9月7日の月曜日、万難を排して出かけた。

この会合、会議は1時間ほどなので何かの用とぶつけないとあまりにももったいない。

今回実は、会議よりも楽しみな美術展見学という隠れた目的があった。

「永青文庫」という目白にある美術館、ここは細川家のお宝を展示している細川家の私設の美術館だと言う。(まだ行った事はない)

この永青文庫で、日本で初めての浮世絵の春画展が行なわれる。

これをぜひ!という事で、勢い出掛けて来たという訳だ。

郡山まで車で走り、駅前に乗り置き、帰りは何時の新幹線でもぱっと乗れるようにしてきた。

会議の始まり5分前に到着、久々の方々にご挨拶をする。

議題は10月の総会へ向けて。大方の内容は決まりすでに動き出しているだけに、それほど長引く事もなく会議は閉じられようとしたが、最後に会長さんがひと言、話出して長くなった。

最近ご興味を持たれている坂本龍馬という人物についてのご高説。要はそれほど立派な人物ではなく、英国商社の手先だったのではなかったか、といった内容。

20分ほど予定をオーバーした。

昼食は恒例のカレーライス。精養軒のカレーと言われるだけに、まずまずだ。(福神漬が甘みがなく独特)

食べながら隣席の、やはり地元幹事のSくんに、永青文庫に行く話を告げた。

するとSくんも興味を示し、ス、ス、スッとスマホで調べ出した。

「あれー、これってひょっとすると月曜日休館なんじゃないですかね」「え~、ホントかよ、それはないべぇ・・・!」

「あれ、あれ?浮世絵春画展って、始まるのが9月18日~って書いてありますけど?」「え~、え~、それってまだじゃん}「ですよね・・・」

なんとなく憐みを秘めたような目でSくんは私に笑いかけた。

まったく笑うしかない。別に若年性認知症というような自覚も症状もないのだが、まったく適当で困ったものだ。

「しっかりしてよパパ!」と家族の声が天から一斉に降り注いだような気がした。

仕方がない・・・急ぎ孫のふーちゃんの顔でもちょっとだけ見て、恥ずかしいからさっと帰って家で風呂でも入って一杯飲るしかあるまい。

トントントン、と急ぎ、3週間ぶりほどの孫を抱き締めて、クルマを飛ばし、18時前には我が家へ着いたという顛末でありました。

しっかりしてくださいよ!本当に。

2015年9月15日 (火)

500グラムの重さ

先日、家人がスポーツウェアやシューズを求めてゼビオ会津店へ行った時に、ついでに足に付ける重りを買ってみた。

足首に巻き付ける重り、かの三浦雄一郎さんはエベレストに挑戦するトレーニングとして、毎日片足に2キロの重りを付けて行動したという。

そこに30キロのリュックを背負って、街中を歩きトレーニングしたのだそうだ。

当院のスタッフでも足首に1キロほどの重りを付けて仕事をしている奴がいる。自然に足腰が鍛えられて、ゴルフのスコアも良くなるのだと言う。

その真似、という訳でもないが、付けてみたらどんな感じだろう、と以前から思っていたのでついでに買ってみた、という訳だ。

もちろんそんなに重いのは試す気もない。2キロなんて、無謀でしょう。

片足500グラム、合わせて1キロというかわいいもの。1500円だから、ま、三日坊主になってもそれほど深刻な金額でもなかろう・・・。

で、それを付けて朝のウォーキングをやってみた。

わずか500グラムというけれど、手にするとずっしり重い。それをマジックテープでずれないように足首に装着する。

最初は違和感があるが、慣れるとスッスッと行く。それでも、何となくいつもよりか10%ほど速度が落ちている感じがする。いつもより少し時間がかかる感じ。

で、上りになると、結構ズッシリと感じる。

両足で1キロ、わずか1キロでこれだけの違いを感じるのだから馬鹿には出来ない。

1キロ痩せれば、これを外したのと同じなのだから、3キロも痩せたらかなりのもんだなぁ・・・と感心する。

そして、やっぱり3キロぐらいは痩せなけりゃならないなぁ、と軽く決意をしたのであった。

やっぱり我々の歳になれば三度三度の食事毎に満腹感を得よう、などというのはもってのほかな訳だ。

「あー、美味しかった!満腹だ」はせめて一日に1回、毎回、がっつら食べましょう!は言語道断とも言える。

1日に80グラム近く太ったとして1週間で約500グラム、この重り一個分になってしまう。

500グラムという言葉の響きよりも現実は、はるかに重い。

2週間で500グラム程度を減らして12週間、約3ヶ月頑張れば3キロ減だ。

そのぐらいゆっくりのペースやればきっと胃袋の方もそのペースに馴染み、食べ過ぎる悪習も改善されるだろう。そうすれば3キロ減のままのペースを維持できるに違いない。

こういうのを『とらぬ狸の皮算用』という事は知っている。が、12月の中旬には一応、計算上はそうなる。(とりあえずはそこを目指してみたい!)

と舌の根の乾かぬうちから、朝ごはんの美味しい事、昼前に腹が減る事、夜は夜であれ食いたい、これ食いたいとなってしまうこの現実・・・。

道は険しい。

険しいからこそやりがいがある・・・のかなぁ??

2015年9月13日 (日)

プレイ・ファースト!

先日、ゴルフコンペに参加して、つくづく感じたことがある。

それはルールとマナー、という事だ。

その日の組み合わせは初めての方ばかり、シングル級の腕前のS君、そして、私が面倒見が良いと思われたのか、この組だけ女性が二人入った。

社長秘書のSさん、そして郡山から参加のFさんだ。

このFさん、女性としてはまずまずの腕前で、調子が良ければ100をゆうに切るような、なかなかのスイングだ。

しかしこの方、誰にゴルフを教わったのか分からないが、すごいスロープレーなのだ。

ゴルフにはもちろん定められたルールがある。それと、やってはいけない、やるべきではないマナーとエチケットというものがある。

マナーやエチケットははルールではないから罰則はない、しかし、マナーを守れないゴルファーは、皆に眉をひそめられることになる。

そこで、ゴルフを覚えるならば、ルールはもとより、マナーとエチケットについて厳しくし言ってくれる人に出会った方が、後々、大いに役立つし、人を不快にさせないし、楽しいのだ。

そんなマナーの中でも基本であり、一番嫌われるのがスロープレイだ。(競技の場合はマナーではなく、スロープレイで罰を受けることもあります)

ゴルフ場では何組ものゴルファーがプレイを楽しむのだから、前の組との間隔を開けないように、適度に保って進行しなくてはならない。

それが、どんどん開いて午前中のプレイが終わる頃には2ホールぐらい開いてしまった。

我々の組の後ろでは常に、次の組が待っている状態、こうなると小心者の私などは気が気でならなくなる。

あまりにひどいのでさすがに「前が開きました。急ぎましょう!」とは何度か言ったが、一向に間隔はつまらない。

それもそのはず急ぐプレイの意味を全く御存知ないのだ。

Fさんは一打、打つたびにボールのところまでゆっくり歩き、ボールのライを確かめ「何番アイアン!」とか、キャディさんに言うわけだ。

「殿様か!」と突っ込みを入れたくなるが、初めての人になかなか言いにくい。加えて、もうそこそこの年齢で社会的地位もある方なのだろう・・・イライラするばかりだ。

打ったら、次のクラブを2,3本持ってボールのところに行くのが常識、そうでなければ一人でキャディさんを独占してしまう事になる。

パットも、遠い方から順番にやるが、その間に自分のラインを読み、準備をするのが当たり前。

Fさんは人のパットをのんびり眺め、自分の番が来るとおもむろに「キャディさん、こうかしら?ああかしら・・・?」と始まる。これじゃいくら頑張っても前との間隔はつまらない。

プレイ・ファースト!これまで奇跡的に誰にもとがめられることなく、習うこともなかったんだろうなぁ。

当然ながらもう二度と一緒に回るものか、と思われていることに、残念ながらご本人は全く気付かない。

せかさないキャディさんも悪いが、一大コンペのため、他のゴルフ場から来た応援キャディさんだったので仕方がないかもしれないが・・・やっぱりあれはない。

グリーン上でパットをするたびに、後ろの組がみんな立って待っている状態が続く。

それを続けて何とも思わないという、その気持ちが理解できない。

思えば、ゴルフに限らず人の世も似たようなところがある。

ルール(法律)違反ではないけれども他人への思いやりがあまりに欠ける行為は、人を不快にさせるし、関係をぎすぎすしたものにしてしまう。

乗り物や公共機関でのマナーなど、全く同じようなものだ。

ルール違反だからやらない、では野蛮の域だ。

人を思い、人と共に生きるのだから他人が嫌がるようなことはやらない、それでなければ人間の域とは言えないだろう。

たかがゴルフ、されどゴルフ、色々な事を感じさせ、教えてもくれる。

ひどい雨が続いた。南会津にも大きな被害が出た。これまでに体験したことのない気象・・・そんなことがあまりに多い様な気がしてならない。

被害に遭われた方々に心からお見舞い申し上げます。

2015年9月12日 (土)

熱源

久しぶりに、もう遠くなってしまったバブルの絶頂期を思い起こさせるような宴会に出た。

会津からクルマで1時間半、月岡温泉「華鳳」の大きなコンベンションホールには円卓が60番の番号まで、びっしりと並ぶ。

ひとテーブルにおよそ10人、600人を越えるパーティだ。

テーブルごとにパーティコンパニオンが一人ずつ付いている。テーブルには吟醸酒、ビール、ナパの高級ワインがずらりと並ぶ。

運ばれる料理は新潟の港に上がった新鮮な魚を中心にした美味(刺身もたっぷり、焼き魚はのどぐろ)、よくもこれだけの数を調理場が対応できるものだと感心する。

祝辞、乾杯の後、いきなり太鼓のパフォーマンスが入り会場は一気に盛り上がる。

やがて人々がお酌に立ち出すと会場は騒然となる。中央テーブルの一人の男に人々が集中、一言挨拶をしなければと長い長い列ができる。

私は、彼の友人として招かれており、まったくの別業界なので、席を立つこともなく一人ひたすら酒を楽しみ、料理を楽しんだ。

時折、そんな私が珍しいのか、好奇心旺盛な方が名刺を持ってあいさつに訪れる。それでも2,30人とは話しただろうか。

やがて一次会のパーティもお開きとなり、地下の二次会場へと導かれた。一次会のお見送りはズラリと並んだパーティコンパニオンの美女たち。

地下の大広間では新潟から来たミニスカートのコンパニオンと入れ替わる。これまたすごい数、壮観。

二次会場も400人は優にいただろう。舞台では新潟アルフィレッツエのチアガールが元気のいいエールを送り、酔っ払いたちは一気に盛り上がる。

やがてカラオケが始まり、会場は熱狂のるつぼと化す。

ここから3次会、4次会と、中心となる一人の男は、はしゃぎ通したという。

私は二次会で抜けて、せっかくなので月岡温泉の湯を楽しませてもらった。

翌日は記念コンペが行われた。近くの36ホールズのゴルフ場をすべて貸し切り60組近くが参加する一大コンペだ。

今時、これだけ盛大なコンペはまずない。入場時に会費を払えば、プレイ費、食事、飲み物オールフリーだ。

競技が終わり東コース組、西コース組に分かれて表彰式がおこなわれる。溢れんばかりの豪華賞品だ。

私の回った西コースでは、同組だった新聞社のS君が見事に優勝。キャディバックと20万円分の商品券をゲットした。

私は飛び賞も、何にも当たらなかった。

かくして二日間の大イベントは終了した。もちろん、宴会から始まったわけはなく、その日の午後から力のこもった総会が開かれたことは言うまでもない。

ま、私は友人枠のアブラムシなので、宴会とゴルフだけで失礼した。

常にこの会の中心にいた男こそ、私の大切な友人、小池信介社長だ。

会津を代表する企業であるリオン・ドールコーポレーションを率いる若き経営者、社長就任以来19年目の秋という。

端正な二枚目というよりは、穏やかで、思わず誰もが引き込まれる様な愛嬌に満ちた笑顔の持ち主だ。

先代・お父さんの代からもう30年近いお付き合いになる。

会うのは年に一度か二度だが、会えばすぐに思いが伝わるような気がする。

近年、ますます経営者としての迫力が増してきたように思う。今回、彼と握手を交わして「熱源」という言葉が頭にひらめいた。

まさに「熱源」。社員はもとより取引先、友人など、大勢の人の心に熱いものを引火させている男・・・そんな力強さを改めて感じた。

私も参加賞の巨峰と合わせて、元気をいただきました。ありがとう!

今度ゆっくり話せるのは、毎年恒例となった暮れの意見交換かな・・・それまで、元気で!また。

2015年9月 4日 (金)

少し遠くへ

孫が会津に里帰り中、そんな9月のアタマにパパの転勤が決まったとの知らせが入った。

もうそろそろ、もうそろそろ、と言われて延び延びになってきただけに、この秋には・・・との覚悟もあったようだ。

日本全県に支社はある。遠いところになったら、かなわんなあ!と思っていたが、転勤先は名古屋になったそうだ。

近くはないが、とんでもなく遠くもない。新幹線沿線というところがまだ救いか。

正直、一度はすごいへき地に行かなくてはならないんじゃないのかなぁ・・・と、思っていたのだけれども、その勘は外れた。

大都市への転勤だけに、仕事ぶりもなかなか期待されているのかもしれない。

名古屋といえば今一番旬な話題が山口組の分裂騒動だ。名古屋の弘道会に山口組の本部を移すのではないかというような物騒な噂もある。

どうか、それは勘弁願いたい。

・・・名古屋城に東山動物園、盛り場は栄で、味噌カツ、きしめん、名古屋コーチン、ひつまぶし、喫茶店のモーニングなどが有名だが、私も知り合いは居ない。

そういえば学生時代に名古屋の隣町の一宮というところの出身の美しいお嬢様と知り合いだった事がある。ま、知り合いだったと言うだけだった。

そうだ!従兄弟が一人名古屋に居た。確か名古屋大学の物理学の教授なはずだ。

4つ上のM夫ちゃん、弟のH男が私と同じ年で、小さい頃から割と仲の良い従兄弟だ。

このところずっとご無沙汰だが、今後、何かの縁で顔を合わすことになるかもしれないなぁ・・・。

とかくサラリーマンは大変だ。

9月中には引っ越して10月1日には赴任しなくてはならないという。

こういう暮らしは覚悟の上で結婚したとはいえ、乳飲み子を抱えての引っ越しは楽ではないだろう。

しかし、家族一致団結してこのひと山を乗り越えるしかない。

こっちは頑張れ―!と、声援を贈ることぐらいしかできない。

関西とも言えない、尾張名古屋の独特な文化圏だ。その中で育っていく孫の人格形成にも、名古屋の風土が大いに影響を与える事だろう。

誰一人知人もいない土地で、どんな人と出会い、どんな人間関係を築き、どんな暮らしに出会う事が出来るのか?

この先の航海は、親子三人、それぞれの「運」にかかっていると言ってもいい。

どうか、安らかに穏やかで、楽しく幸せに満ちたものでありますように!

お楽しみはこれからだ。

負けることなく力強く切り拓いて行って欲しい、健康に恵まれて!

きっと忙しくなるなぁ、9月。

2015年9月 3日 (木)

老害

一連のオリンピック騒動はなんだかとてもがっかりする。

原発がコントロール下にあるとのウソは問題だとしても、一旦、事が決まればこういう事は日本はきっちりやるもんだ、と頭から信じていた。

ところが次から次と出て来るわ、出て来るわ。

そしてその対応のお粗末さ、誰ひとり責任を取ろうとしない無責任さにはあきれる。

日本と言う国は我々が思っている以上に、本当に劣化が進んでいるのかもしれない。

新国立競技場の事もエンブレムの事もこのブログで書いたけれど、これら一連のドタバタ劇の背景には全く違う深刻な問題があるような気がしてきた・・・。

それは、日本の高齢化による「老害」だ。

新国立の問題も、エンブレムの問題も、事が発覚してから白紙撤回、使用禁止の結論を出すまでに長々と迷走した。時間がかかり過ぎて被害を一段と大きくしてしまった感は否めない。

そこに深く関わってきたのは元首相のMさんを頂点とするオリンピック組織委員会だ。

その上位執行部の平均年齢は一体、何歳なのだろうか?

「国際的に約束したものをお金が高いからと言って反故には出来ない!」と言い続けて、ずるずると揉めて結局は白紙にして恥をかいた新国立競技場。

「正規の手続きを取っているから絶対に大丈夫」と言い続けて、結局は取りやめるという迷走で世界中の笑いものになったエンブレム。

全くネット社会のスピード感についていけてない。ネットのパワーを正当に評価できていない。

そうした時代感覚のズレが問題をなお一層大きくしてしまっているように思う。

もっと早く対応できていればここまでの大損害を出さずに済んだのではないか?

それをなさしめた元凶は「老害」ではないだろうか?

Mさんは、首相時代にも研修船の大事故があったにもかかわらずゴルフをやり続けた事があり、元々判断を誤りがちな方なのかもしれない。

が、80歳に手の届かんとする人がインターネット時代の大イベントのトップに立つのは、やはり無理があるのではないかと思う。

おまけに大長老の地位だけに誰もものが言えない。

長老の経験と知恵、それは確かに大事だ。が、ネット社会のスピード感とははあまりにも違いすぎる。役に立たない場合すらある。足を引っ張る事さえあるのだ。

ネット住民が結局は国や組織委員会の判断を追い詰めて勝利宣言をするなど、彼には思いもつかなかったことなのではないだろうか?

ことオリンピックばかりでなく、我々の周り(会津)にもそれに似たようなケースは少なくない。

当て職、名誉職、慣例職とはいえ一旦ついてしまえば、自分から下りる事が出来ないのがトップという職だ。

周りから持ち上げられるばかりで組織を活性化させることもないまま、ずるずると惰性で時間だけが過ぎ去り「名誉」だけが残る。

決して対岸の出来事ではない。

日本国中が高齢化社会であることを素直に認め、「老害」という事を真剣に考えるべき時にさしかかっているのかもしれない。

老いた判断ミス、判断の遅れで経済に及ぼす影響は計り知れないものになってしまうかもしれないのだ。

東京オリンピックの時、日本国民の平均年齢は27歳だったという。それが今や倍近い。

意図的に若い層へ誘導していかなければ、高齢化した組織がどんどん増えてしまう。

国がそれだけ歳をとったのだからこれは仕方がないことなのだ。

この際、責任追及、犯人探しはどうでもいい。

いろいろとあやが付いたので、ここはひとつ御一新で!それも大幅に若返りと言う事でやった方がよろしいのではないだろうか?

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