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2015年7月

2015年7月31日 (金)

オリンピックエンブレム

東京オリンピックとパラリンピックの公式エンブレムが発表された。黒と金と銀と赤、日本的な色合いでなかなかいいデザインだと思った。シブい!

ところが数日するとそっくりマークが現れた。

ベルギーの小さな劇場のマークとよく似ているというのだ。ニュースに出てきたベルギーのデザイナーは、にこやかに話しながらも取り下げて欲しいような事を言っていた。

IOCではトップレベルでの商標確認をしているのだからきっと大丈夫なのだろうけれど、著作権侵害という考え方も成立するようなことを言っている評論家さんもいる。

なんとまあ、ケツの穴の小さい事かと思う。

確かに形は似ている。同じように「T」をモチーフにデザインしたのだからそんな事は起こりうるだろう。

でも明らかに、くっついているところが離れていたり、肝心要の赤い丸がなかったり、相当に違うんじゃないだろうか。

たとえて言うなら「シマウマと馬がそっくりだ」と言っているようなものだ。確かにどっちも馬だけど、馬とシマウマを間違う人はいない。

専門家の動物学者は同じ馬だと言うかもしれないけれど、それではゼブラ柄のパンツで決めている大阪のおばちゃんの立つ瀬がない。

作った日本のデザイナーさんも気の毒な気がする。

出て来てちゃんと違うと言え!と怒鳴る人もいるが、こういう場合、語れば語る程、言い訳に聞こえてしまうというドツボにはまりかねない。

どこまでも追いかけられて、話せ話せと言われたらどうなってしまうか分からない。それが人間だ。

妙な冤罪事件が起こってしまうかもしれない。

いずれにしても人の頭の中を見る事は出来ないのだから。

私が一番いいと思うのは、ベルギーのデザイナーさんが「確かに形は似ているかもしれないけど全く気になんかしてないよ。あの素晴らしいエンブレムで東京オリンピックが祝福され成功する事を心から祈っているよ。頑張れニッポン!」と言う事。

それこそ大拍手で、きっとそっちの方が彼にとっても大きな利益につながるのではないだろうかと思うのだが、違うかな。

一方、色遣いが似ているとされたスペインのデザイン事務所は、「全く気にしてないよ、頑張ってね」と、大人の対応を見せた。

マークの色遣いなんって言い出したらきりがない。

ほとんどが赤・青・緑だ。太陽、海、山だったり、情熱と空と大自然だったり、私も前職で屁理屈を付けて何度似たような色合いのマークを作ったか分からない。

とはいえ、この問題は巨大なお金が絡むだけにそう簡単には着地できないだろう・・・。

まぁ、なんとつまらない話だと思う。

報道もほったらかして、静観しておけばいいのに・・・。なにかとオリンピック組織委員会を叩いて、半ば喜んでいるようにしか見えない。

もう少し大らかに祭典を盛り上げる事は出来ないのだろうか?

いずれにしても「シマウマと馬は同じだ!」が勝っちゃうような事がない事を祈りたい。

会津は猛暑が続きます。

この暑さの中、手づくり舞台の本番が近付き會津風雅堂では連日建て込みが行われている。陣中見舞いに栄養ドリンクを差し入れしてきました。

みんな、頑張れ―!

2015年7月30日 (木)

危険な乗り物?

自転車でタイヤが小さくて、大人が普通に乗れるやつ。街中で乗ると少しカッコいい、みたいな自転車。何というのかは分からないが、折り畳み自転車によくあるようなタイプのヤツ。

ああいう自転車はすごく危ない。

タイヤが小さいから、思ってもいないところで突っかかって転倒するのだ。

私の知り合いでも何人か転んで大けがをしている。タイヤが小さい分、前のめりになるような感じで転び方もひどい。手を折った人、顔面を骨折した人など、本当に危ない。

特に夜飲みに行く時などは、絶対にやめた方が良い。死にかかった友人もいる。

自転車は乗れるようになるまでに訓練がいる乗り物だけに、酩酊、フラフラは自傷行為に等しいとも言える、と言う事を忘れてはならない。

また、最近ブームの本格的なスポーツサイクル、あれも危ない。すごいスピードが出るだけに、ヘルメットなどしっかり防護しないと大変な事になる。

つい最近、お笑いのナントカ団長さんが転倒し九死に一生を得たなどと言うニュースがあったばかりだ。

危ないから気を付けて!気を付けて!と言っているだけなら良いのだが、つい最近、またも相次いで友人が事故った。

一人は本格的なスポーツサイクルで旧滝沢峠の下りで転倒。おそらく靭帯をやってしまったH先生。

自分の専門領域の怪我だけに、ビッコをひく姿もなかなか堂に入っている。(笑い事ではないが)

かなりひどそうだが、自主診断で手術を避け、10日後には足を引きずりゴルフをしたのだから信じられない。

「なかなか勉強になる」と言っていたので自分の身体で、色々試しているような感じだ。

もちろんこんな事は一般の人には勧められないが、まさに転んでもただは起きないというやつだろう。

もう一人は、行きつけのバーのオーナー。楽しく飲んでお開きで帰ればいいものを、たまの休みが嬉しくて、その後も一人でハシゴをしたらしい。

丑三つ時に、例のタイヤの小さな自転車で転倒して、救急に運ばれたという。泥酔。

顔の擦過傷でお岩さんの様になって、落ち込んでいた。

場所が場所だけに、形成外科のK先生にお願いし、傷跡が残らないかどうか診察をしてもらった。

なんとか大丈夫のようだが、今だショボンとしている。

「自転車は怖い!」と、先頃スポーツ車を買ったK副院長が言っていた。

非常に軽量であり、自分の身体より軽い乗り物に乗るというのは、逆に怖いことなのだそうだ。

いざとなった時にすがりつくものがなく、しかもペダルから足がすぐに離れない。

勢い、一緒に投げだされて受け身も何も取りようがないのだという。

だから自転車で転ぶとほんとに怪我が大きいのだ。

頭部や顔面をやっちゃいますからね、多くの場合・・・。

お二人とも、後ろからクルマやトラックが襲いかからずに本当に良かったです。

お二人とも時間が過ぎてしまえば、あまり懲りないタイプのようなのでこれからも心配ではあるが、少しは自重してくださいましよ。

あなた一人の身体ではないし、心配する人が大勢いるのだから・・・。

会津はサイクルスポーツには最適の地だ。それだけに自転車によるケガや事故には充分に注意しなくてはならないという事ですな。

2015年7月25日 (土)

霧ヶ峰

夏の朝、寝ている二階から下りて来て、サンルーム、リビングとガラリと戸を開け放つのは気持ちが良い。

すぐに冷房をかける事になるのだが、朝は涼しい空気が入って来る。

暑くなっても、、、こういう事を言うと、省エネ派の人には大目玉を食うかもしれないが、窓を半分ぐらい開けたまま冷房をかけるのが、結構快適で好きだ。

びっしり締め切ってキンと冷やすより、いい感じなのだ。

以前、Sさんと真夏に食事会をした時、窓から入る風が気持ちよく、それで居て小振りな部屋の奥に熱がこもるので、冷房をかけて窓はそのまま開けて置いた。

するとお店の人が来て「ピッ」と冷房を切った。

そのままにしておいてと言ったら「ダメです」ときっぱり断られた。

ま、それはそうだろうと納得もするが、お客が窓を開けたいと言うなら、少し位いいではないか、という気もする。

追いかけて「窓を開けるなら冷房を切る。冷房を入れるなら窓を閉めてください!」と、念を押しされて少々ムカッときた。

それを見ていたSさんもビールを飲みながら「冷房かけて窓開けとくと気持ちいいんだよね~」と言った。

我々の年代になると冷房が苦手、と言う人が増えて来る。

確かに冷え過ぎは辛い。ので、外での会合などがある時は上着を持って出るようにしている。

それか、夏でも長袖のYシャツを着るようにしている。

若い時はビュービュー冷房が当たっても「気持ちが良い!」などと言っていたが、やはりちょっと冷え過ぎると肌がサワサワするようになってきた。

思うに、家人は若い頃よりは冷房が「キツイ、キツイ」とあまり言わなくなったような気がする。

男・女は逆になって来るのか?・・・そうではないな、単に私があまり冷やさなくなっただけだろう。

こういう感じの年齢になると、窓を半分開けて冷房したり除湿したり、ま、言う人に言わせれば「バカじゃないの?」と言われる中途半端な状態がなかなかに快適なのだ。

実際ウチでは良くそうしている。(電力の無駄遣い、スミマセン)

こういう風な、窓を半分開けたみたいな風が来る冷房・・・高齢者用とは言い過ぎで、中高年者用冷房って出来ないものなのだろうか?

そんな事はとっくに考えているから高原の風「霧ヶ峰」なんてのがあるんだろうけど、どうもその域には達していない感じがする。

ウチのエアコンも二階は霧ヶ峰で、確かによく冷えるが高原感は薄い。

・・・なんて言うと叱られるかもしれない。

買って時間も経っているので、今の最新型は全く違うのかもしれないから、分かった様な事を言うのはよしにしておこう。

それにしても暑い日が続く。復活台風12号を回り込んで猛烈なフェーン現象が起きて、会津が煮えたぎるような予報が出ている。

2015年7月22日 (水)

ご健闘を!

会津若松市長選挙は戦後初の無投票選挙となった。

室井照平市長が二期目の再選を決めた。二期目はいよいよ結果を出していく時だ、一層のご活躍を心から期待したい。

同日の市議会議員選挙は30人の定員に35人が立候補し、選挙戦に突入した。街中を選挙カーが走り、賑やかな一週間になる。

世代交代が進み、大量の新人が立候補したそうだが、中には「え!こんな人が出て良いの?」と言うような人物もいる。

昔は名誉職でもあった議員様も、今では完全に「就活の一環」と言う一面も持ち合わせているようだ。

こどもの頃、選挙を眺めるのが面白くて好きだった。

私が小学生の頃は市議会議員にも定員の倍ほどの人が立候補をしていて、選挙期間中はもの凄く賑やかだったような記憶がある。

今の様に型にはまったようなマイクパフォーマンスではなく、各人が非常に個性豊かで、選挙カーのがなり声を聞いているだけで結構楽しめた。

好きだったのが選挙カー同士が鉢合わせした時だ。

これは今でもあまり変わらないが、お互いに急に澄まして「○○候補のご健闘を心よりお祈りいたします!」とエールを贈り合う。

勝つか負けるか、当選できるか落ちるか、必死なはずなのにエールを贈り合うなんて、なんと清々しいんだ・・・とは思わなかった。

相手の事を応援したい気持ちなんてこれっぽっちもないくせに「頑張ってくださいね」と、マイクを通して大勢の市民の前で大人のウソを付き合っているようで、何となく笑えた。

そうした選挙カーが4台も5台も鉢合わせすると、どこかマンガの様だった。

そんな大人の白々しさと言うものに冷たい笑いを送っていたのだから、案外ませたガキだったのかもしれない。

選挙戦では市職員の削減や、給与の削減を盛んに訴えている候補者もいるけれど、それ以前に議員数を削減した方が良いのではないかと思う。

人口12万人なら12名ぐらいで充分だろう。

少数精鋭の方がやっている仕事の内容もよく見えるし、常に市民の厳しい評価を受けなければならなくなる。

そうすれば否でも仕事をするだろうし、その分、市職員の無駄も自動的に減るのではないだろうか?

第一、給与をもらい過ぎだからと言って、一旦出している給与を何割も削減するなどと言う事が簡単にできるわけがない。

「経営」と言うものをやった事がない人の、耳触りのよい良い無責任な公約だと思う。

現在、日本各地で起こっている地方議員の無投票当選や、ひどいところでは定数割れの実態。

こんなことでは仕方がないので思い切って定数を半分にしましょう、とはあまり聞かない。

議員の数は議員が決める、のではなく住民が直接決められるようなうまい仕組みはないものだろうか・・・ひたすら名前連呼のつまらない選挙カーの大音量を聞きながらそんな事も思う。

どうか議員にふさわしい方が上から順に当選され、ふさわしくない方が下から順に落選されますように!

そして、ふさわしくない方が当選してしまうような定数が改善される事を祈りつつ、ご健闘をお祈りいたします。

2015年7月21日 (火)

年回り

「そういう年回りだものなぁ」とは、よく聞く。

何か物事が起こると、そういう事が起こる歳頃なのだ・・・と言う事だ。

こどもの教育問題、人生いろいろな問題を抱えたり、金銭的に厳しかったり、多くの人が似たような年齢の頃に、似たような経験をする。そんな時期に当たっているという事だ。

我々の年代で、今、多くの友人が抱えているのが親御さんの介護や病気の問題。

一方、目出度い方では、こどもの結婚問題や孫の誕生・・・大体、そういう年回りなのだ。

私は早くに親を見送っている。30代半ばに母を、40代後半に父を。病気との闘いは長かったが、介護で悩んだのはほんの数カ月の事だった。親の老後の問題については友人たちとは少し外れている。

目出度い方では、同窓生の中で早い方ではないが、昨年、長女に目に入れても痛くないような可愛い初孫が出来た。

かたや長男の方は、なんとかいい縁がないものかと、気を急くような思いで日々祈っているところだ。

と言うのも、なかなかにマイペースな男で、下手をするとずーっと結婚しないまま・・・と言う事も充分に考えられるような気がしてならないのだ。それだけに少々気が急く。

加えて、独身男性の4割が恋人を望んでいない、などという衝撃的なニュース。そんな信じられないような数字が、心配心をあおる。

ま、そういう年回りと言うことなのだろう。なかなか結婚しないこどもに頭を痛めている御同輩も少なくない。

先日の早朝、友人から電話が来た。「誠に申し訳ない。母親が体調を崩した。今日のゴルフは欠席させてくれ!」

これもそういう年回りと言う事でどうにもならない。

『なんだべー、楽しみにしてたのに残念だこと!』という気持ちはよぎるが、口に出すべきことではない。

大事に至らなければそれで良い、と飲み込むことだ。

会津ではなく、久しぶりに福島のコースで福島の同窓生と合流する計画であったが、天気予報も怪しかった。今回は・・・と言う事で中止にした。

思いがけずすっぽり時間が空いたので、前から観たい観たいと思っていたクリント・イーストウッド監督の「ジャージー・ボーイズ」を観た。

音楽が中心の映画だけに、映画館で観たら大分印象も違っていたような気もする秀作だ。それなりに堪能した。

昼を過ぎた頃、突然、土砂降りの雨が屋根を打った。

中止にして正解だったかな・・・となんとなくちょっと嬉しい。(度量が小さい)

何事も無理はせずに、空いた時間は有効に。

自分なりの楽しみを見つけてのんびりと過ごす(そして骨休めにも努める)・・・ま、そういう年回りだということだろう。

2015年7月15日 (水)

市民てづくり舞台

さる7月12日日曜、午後から第七回市民参加てづくり舞台の運営委員会が行なわれ、会議の後に、会津風雅堂のステージを使い通し稽古が行なわれた。

土・日と快晴が続いたが、この日はさすがにゴルフをお休みして風雅堂で一委員としての役目を果たすことにした。

本公演は8月1日(18時半から)、2日13時半からの2回行われる。

今年の舞台は「浮かれ勧進帳~米騒動悲恋道行(こめさわぎこいのみちゆき)」というお芝居。大沼高校演劇部を日本一に導いた佐藤雅通先生の書き下ろし作品で演出もご本人だ。

委員会では、本公演までの諸問題点、チケットの売れ行きなどにについての話し合いが行なわれた。

席上、統一地方選挙の影響か、このてづくり舞台に関する市民の関心が薄いように感じられるという意見が多く出された。

それがチケットの販売数の伸び悩みにつながっているようだ。

あの震災以来、どのような催事も盛り上がりに欠けるとはよく言われることだ。

補助金を使った無料のビックイベントに慣れてしまったせいか、お金を払って自分たちの地域の文化活動を盛り上げようという機運は、確かに希薄になっているようにも感じられる。

そこに加えて選挙だ。

「選挙が終わったら協力するから!」との返事は多くもらうようだが、それでは日程的に間に合わなくなってしまう・・・。

今回の芝居、参加するスタッフはこれまでにないほどのまとまりがあり、非常にいい雰囲気で汗をかいているという。

彼らの努力を花咲かせるためにも運営委員会としてもう一押しの応援が必要だ!と共通の認識を持った。

頑張らなくてはならない!

15時からは舞台を使って通し稽古が行なわれた。ある程度の衣装も付けての稽古だが、大道具や効果、照明などはまだ完全に仕込んではいないので、その分は、想像力で補って見なければならない。

お恥ずかしい話だが、運営委員でありながら、稽古を見るのはこの日が初めてだった。

脚本はプロの劇団でももてあますかもしれないほど、練りに練られた仕上がりとなっている。

東北随一の文化都市と歌われた大正期の会津若松と、昭和の若松を時空を越えて行き来し、紡ぐ恋物語。

要するにかなり難しい脚本だ。相当な演技力と集団での綿密な動きが要求される。

今回はなかなかうまい役者が揃った。

かなり高いハードルを懸命に超えようとする努力の跡が滲み出ていた。

通しで1時間50分、これを後10分ほど縮めるテンポに持っていきたいという。

米騒動の集団演技、あの歓声と役者を巻き込んでいくイリュージョン的な動きの完成度がグンと上がれば相当に見ごたえのあるクライマックスへと突入する事だろう。

残された時間はそう長くはないが、スタッフ全員の一層の習練と集中力に心から期待したい。

アマチュアで、わずかな予算で、仕事の合間の懸命の稽古で、これだけの芝居が出来るんだという事を、ぜひ多くの市民に見せつけてやって欲しい。

そして、政・財・官、多くの市民方々が、文化都市会津のこうした活動に関心をむけ、育む水を遣り続けるよう応援してほしいものだと願う。

チケットは一般1500円、大学生以下500円と廉価だ。

風雅堂やプレイガイドでお買い求めの上、ぜひ大きな声援を送っていただきたい。

2015年7月14日 (火)

片づけの魔法

「世界で最も影響力のある100人の人物」の2015年版の中に二人の日本人が選ばれている。

一人は、ノーベル文学賞を何時獲るか、何時獲るかと言われている村上春樹氏、そしてもう一人は近藤麻理恵さんという女性だ。

近藤さんは片付けの達人、彼女の書いた『人生がときめく片付けの魔法』という本は、何と全世界で300万部も売れているのだそうです。

知ってました?私はつい最近まで聞いたこともありませんでした。

片づけをする事で人生が変わる、というのは本当なのでしょうか・・・?

家人は良いお歳になり、この5月で30年以上勤めた会社を辞めて完全にリタイアをした。

その5月は孫が来たりして、滅茶苦茶に忙しく過ごしていたが、6月に入り少し落ち着いたのか、暇を見ては家の中の片づけを始動した。

2階の書斎、サンルーム、仏間、階段下のもの入れ、ダイニングの奥の方など、この何十年かに溜まった垢をすりおろすように、少しずつ、日々大汗をかいて片づけに精を出している。

この家を建てた時に2階に作ったタタミ3畳ほどの私の書斎は、いつしか本や書類で溢れ返り、ドアも半分ぐらいしか開かなくなっていた。

そこに足を踏み入れるのも恐ろしいようなありさまだったが、すっかり書斎らしくなり、テーブルとイスが顔を現している。

毎週末には、山のようになったゴミ(ではないのですが)、色々なものを捨てて良いかどうかの仕分けを命じられる。

まぁ、驚くほど多くの品物で溢れているものだ。ゴミ屋敷を笑えない。

ビックリしたのは、一度も使った事がない食器乾燥機が2台も出てきたこと。何かの景品でいただいたのだろう。

昭和チックなポットやこたつ、どれもいずれ使うだろうと考えた事は間違いないが、今となっては何でそう考えたのかさえ、不思議なものが続々と出てくる。

燃えるゴミ、燃えないゴミ、毎週少しずつせっせと出す。もう数トンは出したのではないかしらん。

この片づけ、頼むから根を詰めないで欲しいと願っている。

時間はたっぷりある。頑張り過ぎて、疲れて家人の機嫌が悪いと、こっちが辛い。

一生懸命に家具まで動かし広々としたスペースの変化に気づかなかったりすると「このぼけ老人!」と、罵られることになる。

まだ半分というところだろうか・・・?

ま、いずれにしてもゆっくりと、楽しんでやってくれればそれに勝る喜びはないのであります。

果たして、この片づけで彼女の人生がときめくのでありましょうか?

私が、少なくてもこの数週間で強く感じた事は、本当に欲しいモノ、本当に必要なモノ以外はもう買うのをやめよう、という事だ。

この先の人生もそれほど長いものではない。

好んで使い続けるものは限られるし、どんなにモノがあっても向こうには何一つ持って行けないという事を、父の残したモノを整理していてつくづく思う。

これからも当分続く片づけの日だ。

とりあえず何かの参考に、また何かのひらめきにでもなればと思い、過日、アマゾンで「人生がときめく片付けの魔法」の本を注文してみた。

届いたらまた余計なもの買って!と叱られるかもしれないが、読んでみて損はないだろう。

会津はなんだか異常な暑さだ。日本全国が高温注意報らしいが、その中でも相当に暑い。

どうぞこんな時は、ほどほどにしてくださいませ。

2015年7月 7日 (火)

シネマウィーク

毎年12月の週末3日間、シネマウィークという映画を楽しむイベントが會津風雅堂の文化振興財団の主催で行われる。

今年は12月4日~6日の金・土・日の三日間だ。

このイベントは、昔、我々の仲間も関わっていた会津EU協会の「ヨーロッパ映画祭」や、映画愛好家が集まって開いていた「あいづ映画祭」という映画イベントがひとつにまとまったと言っていいだろう。

会場は文化センターで行われる。

一日目には文化庁の提供してくれる日本映画の古典的名作から2本、二日目はアニメや青春映画など、若い層を狙った作品やアジア映画。三日目には映画館の無くなってしまった会津若松市民に話題の映画を楽しんでもらおうという事で、ハリウッドやヨーロッパ映画の大作、秀作をかける。

三日間でおよそ千名の市民が映画を楽しむ。

このシネマウィークに関わって何年になるだろうか?

もとはと言えば会津EU協会の行なっていた「ヨーロッパ映画祭」を企画運営するメンバーの一人だったことから、実行委員に横滑りした(させられた?)のが始まりだ。

このシネマウィーク、ここ数年は私が実行委員長という事で行われている。

実行委員長、とは言っても実際の運営は財団職員が行なってくれるので、それほどの手間でも大役でもない。

最大の仕事は、前年の反省を踏まえて、10名足らずの実行委員のみなさんと共に上映作品のピックアップ、選定を行うことだ。

プログラムを決めるのだからシネマウィークの「肝」であることは間違いない。

先日その会議がお城の文化センターで行われ、一応の案が決定した。

ご存じのように映画は配給会社との交渉、また上映する際の価格などがあるため、何本か複数を候補に挙げて、そこに優先順位を付けるという形で進める。

希望しても上映できない作品もあるわけだ。

そこで優先順位を付けて、その順に交渉を進め、最終の決定は委員長の一任という事にさせてもらう。

午前がいいいか、午後がいいかも、作品によっては入れ替えた方が良いという事態も生ずる。それも実行委員長に一任される。

ま、責任は大きいがそれほどの重圧でもない。

客の入りが悪いとしても責任を取らされるというような事はないわけだ。

今年の目玉は!と言いたいところだが、まだ交渉の行方が分かっていない。

いずれ、これは!というような作品を真面目に選んだつもりなので、乞うご期待願いたい。

会津シネマウィークは12月4日~6日である。まだ先だ。

2015年7月 6日 (月)

永遠の若大将

加山雄三さんのコンサートを楽しんできた。

御歳78歳、「生・加山を見られるのはこれで最後だと思います」と、ご本人が言っているのだから、間違いないファイナルツアーだ。

77歳の時に武道館で始まったこのツアーの48回目が会津若松の會津風雅堂。

驚いたことに武道館で歌った47曲全てを同じ順番で、アンコールまで通して歌うコンサートだった。

その47曲、人の曲も含めて全て知っている曲(おそらく会場の大半の人々が)だというところが凄い。

全体は2部構成で、1部は若大将シリーズの名曲を中心に、エレキの名曲やビートルズナンバーも織り込んだ懐かし感漂うステージ。

そして2部はドラマ主題歌や「サライ」から、近年の新しい曲までを織り込んだ盛り上がり。そしてアンコールには「君といつまでも」「夜空の星」ときて新曲「ドリーマー」。

およそ3時間のステージを全く疲れも見せずにこなした。

あれだけ歌い続けて、トークの時にも全く息が上がらないのだから本当に大したもんだ。

会場の平均年齢はかなり高く、逆に観ている方がゼーゼーしているような感じがしないでもない。

若大将・加山雄三、つくづく天才なのだと思う。天は二物も三物をも彼に与えている。

音楽の才能はもちろん、あらゆるスポーツをこなし、男前である。船の設計や操船技術、絵もプロ級の腕前だ。役者としては並みかもしれないが、誰もを巻き込むあの明るさ、無邪気さは偉大なる才能と言わざるを得ない。

我が人生をありがとうと感謝の言葉で振り返り、決してマイナスな言葉は口にしない。

「若い頃には色々あってやけくそになったような時期もあったけど・・・」と、せいぜいこんな一言だけ。

ペリー・コモとの思い出、シナトラを振り返っても、彼らが亡くなったと、言うような事は一切言わない。

マイナスな言葉を口にしないというあの姿勢は学ぶべきところが多い。

夕日は赤く、海は青くきれいで、恋人は優しく髪を風になびかせる。満天の星、風に舞う粉雪、光進丸は波を切ってどこまでも進む・・・・。

ホール一杯に「青春」を呼び戻す歌声、あそこまで、爽やかな若大将で居続けられるというのは本当に凄い事だ。

「80歳になったら、自分が設計した24艘目の船で、世界の七つの海を航海する事が僕の夢なんです!」と言い切る。

「皆さんもいつまでも夢を持ち続けて元気で!」と笑顔を崩す事はない。

永遠の若大将・・・陳腐なうたい文句にも聞こえるが、生・加山雄三を見ると納得してしまうから素直に脱帽だ。

何もかもしばし忘れ、遠い遠い日に帰ったような、そんな楽しいひと時でありました。

2015年7月 2日 (木)

暑さの来ない会津

七月の声を聞いても会津に暑い夏は来ていない。

朝晩など涼しいを通り越して、寒いくらいだ。Tシャツの上に長袖のTシャツを着て、靴下をはいている。

エアコンを暖房で点けても良いような気温なのだが、七月の声を聞いてはどうもそこまでは手が伸びない。

昼間は日によって30度近くなったり、蒸し暑かったりするのだが、朝晩の寒暖差が大きく、「夏だ!」とはとても叫べない。

夜も、何度か除湿でエアコンを短時間かけた事はあるが、窓を開けたままは寝られない。この気温では風邪をひく。

梅雨前線は太平洋沿岸に張り付いているようで、会津は前線から遠くて雨もあまり降らない。空梅雨とまではいかないが、夜や朝に降る雨が多い。

思えばこの5月はすごくいい天気が続いた。GWが丸ごと晴れたのは何年ぶりの事か分からない。

その反動で梅雨は雨が多いだろうと予想したが、案外、雨降りの予報の中でもパラパラと雨に当る程度でゴルフが出来る日が、多いように思う。

農作物に影響が出るという程の大きな異常天候ではないのだろうけれど、「やー、暑っいな、暑っいな!」と言わないとなんとなく調子が出ないような気がするから、人はわがままなものだ。

「あ、蝉が鳴いているんだね!」と家人に言われて、夕暮れの飯盛山に蝉の声が、なんだかか細く響いている事に気付いた。

きっと、もう少し暑っくならないと蝉の声も厚みを増さないだろう。

7月、8月ですからね。暑さの覚悟はできていますので、もう少し夏らしくなっていただいても構いません、と思う今日この頃である。

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