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2015年2月

2015年2月28日 (土)

随想

福島民友新聞に民友随想というものを書き始めて、早いものでもう2年になる。1年間に10回、2月最後の土曜日の掲載で20本書いたことになる。

これでもう卒業、と思っていたが編集部からもう1年だけお願いできないだろうか、と言ってきた。

「同じ人が3年も書くなんてあるんですか?」と聞くと「長い方は3年なんです。3年で最長という事でお願いしているんです。ぜひ、お願いできませんか?」

地元会津のK支社長に電話して意見を聞いた。

「評判というか、ダイレクトな反応というのはあまり感じないんですけど、どうなんですかね?あの野郎、大した気して、なんて声が案外多いんじゃないですか?」とストレートに聞いてみた。

「そんな事ありませんよ。悪い話は全く聞かないから、良いんじゃないですかね。ウチの読者は大人しい人が多いんです。すぐに大きな声を出す人があまりいないというか・・・なかなか評価高いと思いますよ」(少々お世辞も入っていた・・・)

この連載は文字数が少ない分返って難しいところがある。

結構疲れるが、やはり新聞の力は侮れない。内容によっては大いに仕事やボランティア活動のPRにもなる。

そうした利点を考えれば、もう一年書くのも悪い事ではない。

何よりも求められる内が花というものだ。

近頃、友人たちと話していても衰え話がめっきり増えた。「何時までこんな風に遊んでいられっぺなぁ?」と・・・一体誰が最初に脱落するか?腹の探り合い的なところもある。

一応、リタイアの年齢だ。求められるというのは果報とも言える。

そんなわけで、もう一年だけ(10本)、お引き受けすることにした。

浜・中・会津と、著者の居住地区バランスというのもあるらしいから、もう少し会津色を強く出してもいいのかもしれない。

ま、よ~く考えて、もう一年間、頑張ってみましょう。

よろしくお願いいたします。

2015年2月25日 (水)

胆力

侍というものは常に自身の胆力を鍛える事を大切にしてきた。

腰に刀という殺傷力のある武器を帯び、それをいったん抜いてしまったなら戦おうが、戦わずに済もうが、世界は一転する。

「やっぱ、やーめた」と、そんな簡単なわけにはいかないのだ。

それだけに常に備える。一朝ことがあった場合に、怖じず、怯えず、冷静に判断できるだけの胆力を鍛える事をもっとも大切なこととして日々を過ごしてきたのだ。

ものの本によると、「武士という特権階級は、いざ鎌倉!もしもの事が起こった場合に命を投げ出してでも働くために生きているのであり、普段は何の役にも立たない」とさえある。

人生はやり直しが効かない。時間が戻る事はない。

いくらあの時ああすればよかった、あの時こういう最善策を取ればこんなことにはならなかった、と後からどんなに良いシナリオが浮かんだとしても、後の祭りなのだ。

問題はその時にどうふるまうか?どれだけの事を瞬時に考え、信念に沿った行動が出来るかどうかなのだ。

そのために常に信念という棒の如きものを磨いておかなければならない。

後で、本当はこうあるべきだと思う、などと言ってみてもそんなものは信念でも何でもない。行動が伴わなければ、後付けのへ理屈にすぎない。

かの吉田松陰先生が言っている通りだ。

閑話休題、NHK大河ドラマの吉田松陰役の伊勢谷友介さんは実に良いと思う。素晴らしい役者だ。吉田松陰が乗り移っているようにさえ感じる。顔まで似て来ている気がする。(もちろん絵でしか見た事がないが)

で、己が胆力の無さを恥じ入るばかりだ。

すんなり収まると思った事が、思ってもいない結果になった。なってしまった。

どうしてあそこで踏ん張り、あの結果を変えることが出来なかったのか!筋を通し、正しい挑戦である事を説き、説得させられなかったのか・・・?

銀行屋さんの机上論になぜ押し切られてしまったのか?

数字は数字で、数字だけで判断する事は経営ではない。経営をした事のない人間に経営は語れない、という大原則を押し通せなかったのは、なぜか?

頭の瞬発力に欠けるのは昔からだが、情けない。

予想外の展開だっただけになおさらついていけなかった。

ああすればよかった、一旦落ち着いて(クールダウンして)仕切り直しを提言すべきだった、そうすれば絶対に説得できた・・・そんなシナリオは後からはいくらでも書ける。

でも、現実は芝居じゃないからやり直しは効かない。

会津の春は近い、しかし、私の胆力不足ゆえに、当院には半分の春しか来なかった気がしてならない。

2015年2月23日 (月)

故障

長年使っている機械が故障するように、身体も長年使っているとあちこちに不具合が生じてくる。

自分の事だけでなく、周囲を見渡した実感としては50歳の坂を越えた頃から故障が目立ってくるように思う。

あの人が具合悪いんだって!あの人が手術をしたらしいよ、なんて話が急に増えて来るように感じる。

働いている職員の数が多いと、当然ながら病気になる数も少なくはない。

特段『医者(医療関係者)の不養生』というわけでもなく、一般社会の比率と変わるわけではない。だが、なにせ数が多いといろいろな病気におそわれる。

中でもやはりがんが目立つ・・・。それもなんだか、このところ集中しているような感じがしてならない。

胃がん、食道がん、前立腺がん・・・・死ぬまでには国民の二人に一人がかかると言われる病気だから珍しくはないのだろうが、働き盛りのがんは、やはり言葉に詰まる。

早期発見早期治療、何といってもがんと闘う最も有効な手段がこれだ。従って検診は絶対に欠かさない方が良い。

が、中には残念ながら進んでしまっているケースもある。そんな時は「頑張れよ!」の言葉しかない。

医学の進歩はものすごいものがある。そして情報の量は膨大にある。

がんと宣告されてからどういう治療法を取るか、は人それぞれに違ってくる時代になった。

以前にも書いたかもしれないが、がんと闘うと言うよりは対局する、という感じの方がニュアンスが近いかもしれない。

手術、抗がん剤、放射線療法など様々な手がある。そして術式にも様々な多様性がある。正しい情報を得て、自分なりの闘い方を自分で決めて次の一手を打つ、そんな時代に入りつつあるのだ。

まさに対局。

もちろん、生活環境や経済状況、その人の持つ社会背景によって打つ手が制限はされる事はあるだろうが、それでもセカンドオピニオンなどを受けて、自分の一番納得する方法を選ぶ事は出来る。

実際、私の姉は一週間後の開腹手術が決まっていたが、ちょっとタイム!と当院での診察を受け、腹腔鏡下の手術に術式を変更した。

回復も驚くほど速く、なによりも本人に与えたダメージが心身共に驚くほど軽減された。

信頼できる医師や友人の意見を広く求め、自分でも調べ治療方針を立てる。そして何よりも本人が納得して治療を受ける事が、それから以後の生活の質の違いに大きく左右する。

今日も一人の職員が7時間に及ぶ大きな手術を受ける。彼にとって最良の道を選んでの闘いだ。

故障は治る・・・必ずがんとの闘いに勝って一日も早く復帰する事を祈る!

願わくば会津磐梯カントリークラブ、オープンの頃にまで全快すればと願っている。

2015年2月18日 (水)

何を信じればいいの?

この日はなんとしても出席しなきゃ、大切だから。と、早速手帳にスケジュールを書き込み、出席で返事を出した。

で、昨日。「今度の式典よろしくお願いしますよ」「もちろん!来週の土曜日でしょう」「え?なに、今度の土曜日ですよ」「えー!!」てなことになった。

もの忘れが激しいので、忘れないように出来るだけすぐに書くように心がけている。心がけてはいても、違う場所に書きこんだのでは話にならない。

確かに曜日は合っている。しかし、1週間ずれていた。

今週って、もうすでに別な用事を入れちゃっているし、それも四人で。抜けるわけにはいかないでしょう。参ったなぁ。

こういう事では一体誰を信じればいいのでしょう?・・・自分が絶対に確実!でない事だけは身に沁みた。

でも楽しみにしてたのになぁ。久しぶりの友人にも会えるし、表彰式もあってちょっと誇らしい思いも出来るはずだった。それがまぁ・・・。

ま、仕事で大穴をあけたわけではないので、残念ながらも良しとするほかなかろう。

二月も半ばを過ぎたと言うのに会津は連日の雪だ。

今年はこんなにも厳しい冬だという予報ではなかったはず、気象庁もこれじゃぁな、一体誰を信じればいいのだろう?と、憎まれ口のひとつも叩きたくなる。

近頃、朝に聞かれる挨拶も、「よく降るな~」「んだから~、もうよっぱらだなぁ!」となる。

我慢強いと言われる会津人も、この冬の長さには、もういい加減によっぱらになってきている事は間違いない。

2015年2月16日 (月)

写実画

写実画と言われる分野の絵画をご存じだろうか?

まるで写真と見まがうばかりの精細な絵だ。

もともと中世の絵画は、写実的な絵であって、抽象画が出るのはずっと後の事。

ダヴィンチやレンブラントの肖像画なども非常にリアルだ。写実画の最高峰がダヴィンチの「モナリザ」なのだそうだ。

しかし、今ここでいう現代の写実画の写実的なレベルはそれとは比べ物にならない。一本の髪の毛、肌のきめ、薄く透けて見える血管まで超リアルなのだ。

そんな現代の写実画を集めた日本唯一の美術館が千葉市にある。「ホキ美術館」がそれだ。

以前、何かの雑誌で紹介されていたのを見て、いつか行ってみたいと思っていたが機会がなかった。

日曜日、会津への帰り足、せっかくクルマで来たので思い切って東京から千葉まで足をのばしてみることにした。

近頃のカーナビは実に優秀、京葉道を抜け、千葉の田舎道のような細い道をぐるぐると走り、ちゃーんと「ホキ美術館」に連れて行ってくれる。

地図を見ながらではとても来られない。確実。

入場料は1800円、コンクリートが打ちっ放しの細長い建物だ。土地の関係もあるのだろう。なかなか工夫を凝らした斬新な建物だ。

その中におよそ350点の写実画が展示されている。100号を越える大きな絵も数多い。

日本を代表する写実画家、森本草介氏、中山忠彦氏、野田弘志氏などの作品がずらりと並んでいる。

度肝を抜く迫力とはあの事だろう。人物画、風景画、静物画、どれを取ってみても超リアル、本物よりも本物らしいと言っていい。

人物画は写真ではないかと思うぐらいだが、写真のリアルさを求めるのであれば写真に撮れば済む。

写真よりも精密で人物を際立たせている。単眼のカメラではない複眼の人間の目が、芸術家の目が、本物のさらにその奥のリアルさへ迫っている。

正面から見つめる女性の美しさ。もちろん名も知らぬモデルさんなのだが、現実の人間よりも一層の存在感を感じるのはどうしてなのだろう・・・不思議。

こういう世界があると言う事は、この歳になって初めて知った。

付き合ってくれた家人共々「へーぇ!おーっ!すごーい!」と感嘆府の連続だった。足を延ばしただけの甲斐は十二分にあった。

ミュージアムショップで買い物をしていると若い女性の声が聞こえてきた。会話を聞いていると、どうやら見終えてもなお、全て写真と勘違いしているらしい。

わざわざ美術館を訪ねてここまでずれている人たちも珍しいが、どう見ても人の手で書いたとは思えないほどの超写実画も確かにある。

帰りの吹雪と5時間の運転は少々堪えたが、しばらくはあの絵画たちの思い出に浸れるだろう・・・。

チャンスがあればぜひ行ってみてください「ホキ美術館」、凄いです。

2015年2月11日 (水)

表と裏

本当に久しぶりにいわきに行った。いわきを通り越してその先には行ったが、いわき市内に入ったのは震災以来ではないだろうか。

全く雪がない。会津は吹雪の中、磐越西線はストップしており、もう少しで高速も止まりかねないような天気だった。

風は冷たかったが、夜のネオンも賑わっていた。

建国記念日、ホテルの窓からの眺めは街が朝焼けに包まれて、春はあけぼの・・・という爽やかな風情だ。

快晴、空には雲ひとつなく、スカイブルーの青空の色がひときわ鮮やかだ。

クルマで2時間ほどの移動でこんなにも天候が違う。

昔は、日本海側を裏日本、太平洋側を表日本という言い方をしたが、差別的な要素を含むということなのだろうと思うが(?)そいう教え方は教科書からも消えた。

しかし、冬の天候の違いはまさに裏と表という180度感がピタリと来る。

ゴルフ場の芝はまだ茶色く枯れているが、冬場のゴルフとしては絶好のコンディション。自分の腕以外には文句のつけるところがない。

知人が優勝し、友人が準優勝した。

唯一、自信のニアピンも最後の最後に破られて、意気消沈。スコアは予想通り悲しい数字となった。

どうせならもうひとランク下がればBB賞で大きなご褒美が付いたのにそれも消えた。

表があれば裏がある。優勝、準優勝、4位の乗った車に同乗し、なんか裏感の強い思いを味わった。

いわきと郡山の間の一番標高の高い辺り、阿武隈山系の中は寒い地域だと言うのが良く分かる。周りの雪もさることながら外気温が2,3度下がる。

そして、郡山から磐越道へ。トンネルを越えるといつの間にか雪原が広がる雪国だ。

もうしばらくこの雪の中で春を待たなければならない。

この週末は、大きな予定もない。

新しいクルマのドライブでも楽しみ、裏から表へ・・・孫の顔でも見に、少々足でも伸ばして見るかなぁ・・・?

2015年2月10日 (火)

100回

水曜会という小さなゴルフ愛好の会がある。

オンシーズンは、水曜日の午後にラウンドをする。この水曜の午後というのがみそだ。

開業医の先生というのは1週間の休みを分散させるケースが多い。日曜・祝日は休みだが土曜の分をどうするかはまちまちだ。

割と多いのが水曜の午後、そして土曜の午後を半ドンにしているケース。

その水曜の午後の休みを利用して、ゴルフ好きな先生方が集まって始めたのが水曜会の前身らしい。

そこに薬局のオーナーや、介護施設のオーナー、ドクターの奥様なども加わってなんだかんだで現在20名近くのメンバーがいる。

会長はこの会を始めたS先生、大のゴルフ好き、酒好き、ギャンブル好きで名高い。ゴルフも飲み方も、全てにおいて豪快が売りだ。

毎月のコンペには出られる人、出られない人まちまちで、大体、3組程度で行われる。

私も5年ほど前からこの水曜会に混ぜてもらっている。

その水曜会のコンペが100回になるのだと言う。冬場は遠征になるので仮に年間10回行われたとして10年になるわけだ。

ま、特に感慨深いものはないが、明日建国記念日に小名浜カントリー倶楽部において100回記念コンペが行われる。豪華賞品(賞金)は会長の自腹みたいだ。豪快!

詳しくは書けないが、ドラコンはいつものように無し、ショートホールはオールニアピン賞ありでニアピン賞は諭吉だという。本気になっちゃうね、みなさん。

会津は今季最大の寒波に襲われ、乾いた雪が深々と降っている。

夕刻、この会津を抜け出し、いわき市内で100回記念のパーティが盛大に(?)行われる。そんな予定なのだが・・・大丈夫なのお天気は?

とにもかくにも、ちょっとした競技会に出るような、そんな気合いの乗ったラウンドになる事は間違いない。

が、この1ケ月、ひと振りもしていないし、運動不足も甚だしい。

「最初っからあきらめでっと、力が抜けて案外良かったりするもんよ・・・」そんな適当な言葉を心の糧に、久々のラウンドに臨もうと思うのであります。

祝!100回・水曜会

2015年2月 5日 (木)

凍て月

節分の晩は大きな声で豆(落花生)を撒いた。

家の中が大人ばかりになると、豆まきもどうでもいいかという気持ちになってしまうが、そういうわけにはいかない。

やはり年中行事、伝統行事というものも、世代交代あってこそなのだなぁ、とつくづく思う。

家に小さい子どもがいたら、大人も子どもも、結構真剣に豆を撒いたり、団子刺しをしたり、お雛様を飾ったりするものだ。一生懸命に写真を撮ったり・・・。

伝統を受け継ぎ、伝えると言う事に真摯に向き合うものだ。

良い風習を受け継いでいくためにも、人はDNAを繋いでいかないといけないものなのだなぁ・・・と、南京豆を食べながら思った。

そして、季節を分けた一日目の昨日、月は満月だった。

今年の会津は寒い、連日冷たい雪がちらつき、気温もあまり上がらない。

一応、道路は黒々とアスファルトが出ているが両脇は雪の山だ。暖冬予報はどこへ行っちゃったのだろう。

凍るようなつめたい空に満月が見えた。凍て月というのだろう、雪を照らす光までも冷凍光線のようだ。

検診のため数日酒を抜いた。

検診も無事終わり(結果は後だが、2キロ減少、血圧正常)熱燗が浸みた。

美味い!と感じて飲める、食べられる事に感謝を。

病気で半年も食べられずにいた人がいる。半年口から食べないと、きっと人間も変わってしまうだろう。

それを思えば、腹が減る事、酒に手が伸びる事、あれしたい、これしたいと煩悩から逃れられない事の方にこそ、感謝をしなければならないのだとつくづく思う。

・・・だからこそ人間なのだ。

この先、老・病・死に抱きすくめられれば否でも大人しくなってしまう。

『凍て月の酌を欲しがる馬鹿でいて』

そんな優しい声が、どこからともなく聞こえたような、聞こえなかったような・・・。

2015年2月 3日 (火)

糸口

なんだか気分的にショボンとする2月の出だしだ。

囚われていた後藤健二さん、助かるのではないかと思っていたが残念な結果になってしまった。

本当に立派なジャーナリストだったようだ。多くの人が追悼のコメントを寄せている。

会津出身のNHK柳澤秀夫解説委員が、「あさイチ」で番組の冒頭に、後藤さんへのコメントを述べたらしい。

1分間の短いコメントだったが、多くの人の共感と感動を呼び、ネットでは神コメントなどとして拡散している。

要旨はこう 『・・・ここで今、僕らが一番考えなきゃいけないことというのは、後藤健二さんが一体何を伝えようとしていたのかという事。 戦争になったり、紛争が起きると弱い立場の人がそれに巻き込まれて、辛い思いをするという事を、彼は一番伝えたかったんじゃないか。 それを考える事がある意味でいうと、こういった事件を繰り返さないための糸口が見えるかもしれない・・・。我々にできる事は限界があるけれども、そういう事を真剣に考えてもいいのでは・・・それが後藤さんが一番望んでる事じゃないか』

あの渋い声で淡々と、なかなか出来る芸当ではない。我が同級生ながら感服だ。

「どうして人を殺してはいけないのですか?」それは、憎しみの種を蒔くから。人間はその憎しみの種に、貧困と無知という水をやり、大きく育ててしまう生き物だから・・・・。

こんな言葉を聞いたことがある。

イスラム世界に渦巻く怒りと憎しみ、この連鎖を果たして人類は断ち切ることが出来るのだろうか?

思えば米ソ冷戦において、いつ核のボタンが押されるのか?ハルマゲドンの明日、人類の滅亡・・・そんな遠いの日のSF物語はいたくシンプルだ。

人類が自ら作り上げた核兵器で滅びてしまう、そんな恐怖は何とか人間の叡智で乗り越えられる、そんな日がくるに違いないと思う事も出来た。

しかし、この民族と宗教が複雑に入り混じった中東情勢に、果たして「解」はあるのだろうか?と重い気持ちにさせられる。

終わらない戦い。そしてその戦いがまた、より過激な戦いの芽を産む、どこまで行っても終わることはない。

原子力も消す事の出来ない火だが、この憎しみもまた消すことのできない火なのだ。

中東問題の専門家である柳澤氏は、我々の何倍もこの複雑怪奇な中東情勢を理解している事だろう。

その上でなお、「糸口」という前向きな言葉を使っている事には、少しばかり励まされる思いがする。

糸口がない事はない、糸口は必ずある・・・それが、目には目を!でない事だけは私にも分かる。

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