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2015年1月

2015年1月30日 (金)

お世話になりました。

愛車スカイラインには9年間乗った。今まで乗った車の中で最長になる。

9年間で7万キロ弱、あまり走ってはいない。まだまだ走るが、あちこちガタが出て来る時は続く。ま、9年も乗ったので元が取れた、という事で新しいクルマに乗り換えることにした。

思えばこの9年間、実にいろんな事があった。辛苦を共にとまでは思わないが、いろんな場面でそばにいてくれた。

クルマは一人のつぶやきを聞いている。

案外誰にも言えない、口にはできない心の内を吐き出せるのがクルマの中だ。「バカヤロー!」なんて言葉は、いい歳して一般社会ではもう吐けない。

吐ける場所があるとすれば唯一、締め切ったクルマの中だ。一人のつぶやき・・・クルマは多くの秘密を知っている。

下取りはゼロかと思ったが、少しはというか、クルマ好きの友人に言わせるとかなり頑張って取ってくれたようだ。

今度のクルマは歳を考えて、ぶつからないクルマにした。

運転をサポートしてくれる車だ。前のクルマに追随して走り止まる。車線をはみ出したりすると緩やかに修正してくれる。

バックと前進を間違えて駐車場壁をぶち破ったりしないような、そんな機能も付いている。

中高年には有難い高性能だが、その分、色々なスイッチが一杯付いていて、操作が覚えられないという自己矛盾を引き起こす。

車検証と一緒に渡された各使用説明書は重ねて10センチぐらいの厚さがあった。(開かないな、きっと)

引き渡しの時に、ひと通り主な機能の説明を受けたが、聞いて分かったような気になるだけで実際に使ってみると、どうだっけ??となる。

面倒なので営業さんに電話をして、一緒にちょっとドライブしてくれ、とお願いすることにした。

一緒に走って、その場で手取り足とり教えてもらうのが一番早い。「これは?これは?これは?・・・・」と質問攻め。

ぶつからないクルマは確かに便利だが、使い方をマスターするまでに「どうなってんの?」という壁にぶつかるもんだ、という事が分かった。

スカイラインくんお世話になりました。雪の会津を四駆で力強く走り、いろいろ助けてくれて本当にありがとう。

穏やかな余生を過ごされますように!

なんか少し身につまされるような・・・そんな気もします。

2015年1月26日 (月)

芸術の冬

会津演劇鑑賞会の一月公演と「一青窈コンサート」が同じ日になってしまった。

演鑑は13時半から會津風雅堂、そしてコンサートは17時半から喜多方プラザだ。忙しい。

午前中に用事を済ませ、久しぶりに「よどや」でラーメン。ひと休みして風雅堂へ。演目は「さくら色 オカンの嫁入り」熊谷真実さん、庄司花江さんなどが熱演のコメディタッチで、最後は泣かせるテンポのいいお芝居だ。

分かり易さがいいのかな。会場は大いに盛り上がり、最後は涙涙で大拍手に包まれた。81点。

家に戻り風呂などを付け、ストーブのタイマーを帰宅時間に合わせて今度は喜多方へ。

途中コンビニでパンを買い求め車中で軽く腹を満たす。

優に30分前には着いたものの、雪で駐車場が一杯、2,3か所回ってようやく(無理やり)停めた。

一青窈さん、と言って特段のファンでもないが「ハナミズキ」という曲は良い曲だと思う。

歌も上手いし、めったに見られないのだからと友人のWくんにローソンチケットで取ってもらった。10列目、端なので前に人がいない、なかなかいい席だ。

喜多方プラザの客席は風雅堂よりもずっといい。ホール全体が傾斜していて音響もいい。このホールの後に会津風雅堂が出来たわけだから、もっといいホールをという意気込みはなかったのだろうかね?

風雅堂の1階下の13列までのフロアは平らで前の人がとても気になって見にくい。私などは普通の人より座高が高くて当たり前だから、なんだか後ろの人が気になる。

時々おばちゃんの「うー、見えねごどぉ」とかいう声が漏れ聞こえたりすると、思わず身をすくめてしまう。

その点、喜多方プラザは見やすくていいホールだ。

一青窈コンサート、7,8割は初めて聞いた歌ばかりでしたが、結構楽しめました。

カバーの「他人の二人」など、昭和歌謡を少しやるのかなと思っていたら「他人・・・」一曲だけ。

アンコール入れても2時間弱の短いコンサートだった。おそらく、新幹線の時間などもあるんじゃないのかな、と邪推。

でもその分、客席に降りて会場をひと回り、ハイタッチなどのサービスもあり大いに盛り上がった。私も家人もタッチしました。ミーハーです。80点。

それにしても帰りのクルマは少しお疲れ。

観劇&コンサートの連チャンで、なおかつ両方とも良かったので、頭の中がパツパツになったような感じ。

ま、大衆芸能の世界ではありますが、芸術の冬を楽しんだ一日でありました。

2015年1月24日 (土)

あっ、獺祭だ!

金曜夜にある学会の理事会が東京の大学構内で行われた。昨年から監事を仰せつかっているので出席した。

会津を昼前に出たが磐越西線が強風のために遅れ、指定の新幹線に乗り遅れた。が、この時期なので早めに出たのが正解。理事会にはゆうゆう間に合った。

最近のJRはすぐに止まる。

走れないわけではなくて、風速が何メートルになったら徐行、何メートル超えたら停止、と基準が厳しくなっているのだろう。冬場は本当にあてにならないくらい、すぐに止まる。

で、2時間の理事会の後、翌日に行われる学会の成功に向けて、学食の片隅でささやかな会長の招宴が行なわれた。(まだ小さな学会なのです)

心づくしのボリュウムたっぷりの料理と、いかにも手作りの宴らしく様々な酒が並んだ。ビール、日本酒、ウィスキー、ワイン、焼酎といろいろ。

その1本だけあった一升瓶が噂の「獺祭」純米吟醸だった。ちなみにウィスキーはマッサンブームを反映して「竹鶴21年」であった。

「おっ!獺祭だ!」酒好きばかりではないが、好きな人はいる。

「これがねぇ、今有名なんですよ。なかなか手に入らない」「そうですかー、飲んでみたいなぁ・・・」ってなことになり早速、一升瓶が開けられる。

私も久しぶりでご相伴にあずかることにする。先に、この酒の事を書いたばかり、タイミングが良いもんだ、と感心。

確かに飲み口が良くいい酒だ。

ブリ大根、寿司、お新香あたりかな、肴に合うのは。ビールのコップで二つほどいただいてた。

全国各地から先生方が集まっている。

昨秋に行った松山のW先生、松山東高が21世紀枠で選抜出場が決まり、地元は大変な騒ぎになっているとか。

相変わらずお元気なN先生は、久々マシンガントークで圧倒される。

「これがね、例のマッサンの人気のお酒なんですって!」と言って、自分は一滴も飲まないだけに、ワイングラスにまるでワインのようにストレートを注いでくれた。

アルコール度数が強いとか弱いとか言う概念はあまりお持ちではないのだろう。

「先生、そんなに飲めないでしょ」「あらそうなの?でも美味しいらしいから飲んで!」

和やかに且つ、7割はノンアルコールで宴は盛り上がった。

結局は3、4人で獺祭を1本開けてしまったことになる。一体、一番飲んだのは誰だ?

「有名ですけどね、会津の人間は長州の酒は飲まないんですよ(笑い)・・・ウソです!」

2015年1月19日 (月)

獺祭(だっさい)に負けるな

日本酒のブームが来ていると言っていいだろう。

会津にも実に良い酒がある。

「飛露喜」(ひろき)、ちょっと暴走族の「夜露死苦」的な感じもするが、ブームでなかなか手に入らない。「会津娘」も最近は手に入らなくなっている。「写楽」何かの賞で日本一になり、これも売れている。

大所の末廣、栄川、花春、名倉山なども、もちろん負けてはいない。次々に磨き上げた良い酒を出してきている。

最近(特に同級生と飲んだりすると)、どうにも日本酒が過ぎる。これは、まんざら歳のせいばかりではなく、レベルが上がって美味いからだろう。

全国的にも有名な日本酒が増えている。特にすごいのが山口県岩国市にある旭酒造の「獺祭」(だっさい)、ネット上でも人気沸騰でプレミアムが付いて、今やちょっとやそっとでは手に入らない。

会津と比して長州の酒、などと言われてなんとなくライバル視されるような、されないような・・・。

この酒には友人のTくんが早くに目を付けていて、3,4年ほど前、無尽の幹事をしていた時に何度か持ってきてみんなで楽しんだ。好評であっという間に空いていたが、最近は手に入らないようだ。

この「獺祭」がどんどん大きくなって世界展開を視野に入れていると聞く。ヨーロッパでも仕込みを始めるとか。ワインの世界に殴り込みをかける格好だ。

会津の酒でそこまで威勢のいい話は、まだ聞かない。

日本酒の低迷期は相当に長かった。この間、市内の蔵元も半分に減った。その長く暗いトンネルを抜け、再び日本酒の波が来ている。

勝負事は何でもそうだが、つかない時にはじっと耐え、上げ潮の時にいかに大波を掴むかだ。

この機に乗じて会津の酒もぜひ頑張って欲しいものだと思う。

本当の酒飲みは塩を舐めたぐらいで酒ばかり飲む、とかいうが、そんな破滅的な飲み方で世界を制する事が出来るわけはない。

やはり料理だ。料理との相性、料理からの逆算も大事だ。

世界遺産となった「和食」だけではなく、洋食との相性も探らなければいけないだろう・・・だがあまりに媚びたりしてもいけない。日本酒本来の良さが失われる。

やっぱり基本、ワインはチーズやパン。日本酒は醤油、味噌だ。寿司をつまんでワインを飲んでも美味くはない。チーズと日本酒も合わない。

それを思えば、何でもかんでも取ってしまおうと言うのは虫がよすぎるってことだ。

「和食」、寿司や天婦羅、豆腐などの世界進出はめざましいものがある。その「和食」の場で海外の人々が何の抵抗もなく、日本酒を飲むようになれば、それだけで市場の拡大はもの凄い事になる。欲張り過ぎは良くない。

飲んでみれば日本酒の美味しさはきっと分かるはず。飲みやすい冷えた吟醸酒辺りから始めれば、深みにはまっていく人も少なくないはずだ。

会津若松市ではやっと「日本酒で乾杯の条例」が出来たという。この辺の立ち回りも他所に比べて少々遅い。

頑固一徹、たっぷり時間をかけて・・・も悪くはないだろうが、この際、長州の酒には負けないで大きく飛躍して欲しいなぁ、と思う今日この頃なのである。

2015年1月15日 (木)

あれから

早いもので友人のN氏が亡くなって一年が経つ。

彼の時計はあの日で止まったまま、こちら側の時計は一年の時を刻んだ。

以前、立花隆氏が死後の世界を探るドキュメント番組を見た。なんだか難しくて良くは分からなかったが、彼の到達した結論は死後の世界には何もない、という事だったと思う。

臨死体験も不思議な霊的な体験も全て人間の脳が作り出すもの。その脳が死んだ先には何ものも残ってはいない。

でも、こちら側の世界の人間が思い出した時、亡くなった人が風になって心の中を吹き渡るのは確かだ。

本家の長男なので家には仏壇がある。

縁あって京都の有名な仏壇屋さんから求めた金仏壇だ。キンキラ金の安っぽさがなくて気に入っている。

毎朝、お線香を上げ手を合わせる。父や母、叔父叔母の笑顔が見つめる中、一瞬彼らがよみがえる。感謝と虫のいいお願いで手を合わせる。

思い出す、という事はその人の心の中にまだ生きているという事だ。

そして時に、故人の声を聞く。

「お助けください!」と祈っても、彼らが何事かをしてくれる事はきっとないだろう。こちら側にいる、己の心の中で処理し、己の力で乗り越えていくほかはない。

が、手を合わせればどこか守られている感、があるのは有難いし、心強い。

これも自分の心が勝手に組み立てているものなのだろうか?

どうもそれだけとは思えない。だから結局、何もないなんてことはないんだ!という世界に逆戻り。

ま、死んだ事のある人はいない。証明はどこまで行っても出来ないのだから、想いは人それ、ぞれでいい。

想像する死後の世界が、生きている我々の心に何らかの作用をもたらして、それで良い方に向くのならそれほどいい事はない。南無阿弥陀仏。

あれから一年後の会津、南岸低気圧の影響か、湿った雪が降り続いている。

2015年1月12日 (月)

優秀

お笑いのバラエティ番組でも俳句を取り上げている。

浜ちゃんの司会する番組で、お題の写真を見て芸能人が詠んだ俳句を、赤ペン先生が辛辣に添削する。

夏井いつき先生という女性の先生だ。これがなかなか面白い。

教育テレビなどでも俳句の教室はあるが、寄せられる句がある程度は俳句をかじった人の句なので、なるほど!感が今ひとつなのだ。

片やバラエティの方は、それこそど素人のタレントさんばっかりなので、辛辣な批評がいちいち納得がいく。要するに見ている方のレベルが低くてもよく分かると言うやつだ。

無駄な言葉が多い、説明が過ぎる、独りよがりなど、なるほど!とひざを打つ。

「月照らす・・・」月が照らすのは当たり前、そんなこと言わなくてもいい、なるほど!

「手を合わせ祈る・・・」手を合わせて祈るのは当たり前、合わす手に、といっただけで祈ってるのは分かる、なるほど!

まぁ、句のレベルも低いが、それに納得する自分のレベルも低い、のがよく分かる。

趣味の欄に時々しらばっくれて、ゴルフ、旅行、俳句などと書いたりするが、どうにも俳句は難しい。

出来るなら知人友人と句会でも開いて遊んでみたいと思うのだが、なかなかそういう仲間も揃わず、指導するレベルの宗匠にあたる人も見つからない。

土曜の午後、句会で天・地・人など競い合う。ひとしきり盛り上がって、酒席へと流れる。そんな大人の時間こそまさにリッチというやつだと思う。

ここ1、2年以内には実現してみたいなぁ。出来れば、魅力的なご婦人も2、3人いた方が良い。ナンテね。

先日、ロータリークラブの例会に、会津若松市内の中央ロータリークラブからのお客様があった。創立20周年になるので式典をやるとの案内。その一連の事業の中で記念俳句を募集すると言う。皆さんもぜひ、と申込用紙が全員に配られた。

なんでも中央ロータリークラブでは俳句の会をやっているらしいのだ。

後で・・・なんてのは必ず忘れてしまう。ので、生粋の弁当を食べながら雪空を眺め一句ひねって、ハイ、とお渡しした。

そんなことを忘れていたのだが、この暮れにあなたの句が優秀賞になりました、との通知が来て驚いた。

最優秀句が一句で、優秀の句が二句の内のひとつだった。

何だ、どうせなら最優秀でも、と図々しい憎まれ口を叩くが、嬉しかった。

正直なところ、その三句を並べてどれが良くてどれが少し落ちるのか、よく分からない。

他の人のを、云々言う気はないが、やっぱり記念の句会なので最優秀を得るには少々シンボリックでご挨拶的な句が良かったのかなぁ・・・とは感じた。

ちなみに私の句は次の様な一句です。

『降るほどに音消えていく雪野かな』

どうでしょう?一応、他クラブの人も選んでおかないと・・・というおまけだったのかもしれない。

2015年1月 9日 (金)

荒れる予感

今年は冬が早く、寒く、長い感じがする。

只今、長期寒波の只中、来たる三連休、会津は冷蔵庫の中だとか。(冷蔵庫の方があたたかいかもしれない)

連休初日は十日市だ。十日市は天候が荒れる、というのがお決まりだ。

こどもの頃の思い出を手繰ってみても、足元がツルツルテカテカの路面や、吹雪を眺め茶碗酒をすするオジサン、風にちぎれるようにぐるぐる回る風車などの凍える風景しか浮かばない。

明日も、ツルテカである事は間違いなさそうだ。連休なので人出は凄いだろう。

この寒さとは関係ないだろうが、昨日、義母がスパーのエスカレータでよろけて転んだ。頭を打ったので大事を取り、救急車で病院へ。検査の結果は大したことなくホッと胸をなでおろした。

お年寄りのエスカレーターは本当に危ない。エレベーターを勧めるが、エレベーターの操作が面倒くさいらしく、なかなか乗ろうとしない。

古い病院にあったエスカレーターは、取り壊しになる7、8年前からすでに運行を止めていた。転倒事故が相次いだからだ。

新しい病院にはエスカレーターはない。これからの病院にはエスカレーターは不要だろう。その分エレベーターを増やした方が良い。

お年寄りには、乗った人がひと声かけて行き先に連れて行ってあげる。みんなで助け合えばいい。

自分では若い気をしていても、東京辺りで長ーいエスカレーターに乗ると、なんだかクラッと来る事があるものなぁ。気を付けよう。

友人が遅い年始に来た。普段、あまり顔を合わせない友人だが「会津に会いたい、時々見てるよ」と言われて驚いた。

「続けてるのが凄い。継続は力なりだ!」と、判でおしたような褒め言葉。確かに継続は・・・と言えるくらい続いては来たが、どんな力が付いたのかは一向に分からない。

ともあれ、時々でも見てくれているだけ有難いものだ。

さて三連休、なんとなく荒れる、そんな予感の静けさだ・・・・時折、ビューっと風が壁を叩いていく。

2015年1月 4日 (日)

すんなりと

初詣は、娘が生まれてからずっと一ノ堰の六地蔵にお参りすることにしている。

よく長い事続いているものだ。

参拝の人はまばら、せいぜいクルマが1,2台止まっているくらいだ。

本堂の奥に六体のお地蔵さまが手を合わせ並んでおられる。木造の仏像で2メートルほどあるだろうか。縁起によれば千百年代とあるから相当に古い。(今あるのがその六地蔵かは良く分からない)

全体に黒っぽいが、ところどころ金箔が施されていたような跡が見られる。幕でお顔は見えない。

こどもの守り本尊として名高く、初詣をここに定めたのは、娘が気管支が弱く良く熱を出したり、入院をしたりしていたからだ。

大きな鰐口を思いっきり叩くが、なかなか良い音が出ない。今年はいい音がした。お賽銭は紙幣1枚。

手を合わせ一年の無事を祈る。今年は何事もすんなりと事が運ぶようにお願いした。

ここから、叔父の家へ年始に行き、お年玉を配る。どこかでラーメンかそばの昼食をとり、家人の実家、義母、弟家族の住む北会津真宮へと向かうのが、例年のコースだ。

年始のあいさつを済ませ「お茶でも・・・」ということになるが、大体はビールに始まりワイン、日本酒など夕方までたっぷり飲んでしまうことになる。

「正月だもの・・・」これが通じるから三が日は嬉しい。

家人はハンドルキーパーをつとめてくれるので飲めない。従って、時どき顔色をうかがいながら酔っぱらう。

外もとっぷりと暮れ、家に戻る頃にはすっかり出来あがっていて、おせちをつまんでTVを眺め、ゴロゴロしている内に寝てしまうのが常だ。

一年の計は元旦に在り!というが、思えば何十年もこんな風にだらしない元旦を過ごしてきた。

それゆえに、こうなっているのかしらん・・・?

気が付けば二日の朝日、『初夢を 見た事だけは 覚えてる』・・・否、初夢は二日の夜に見る夢の事か。

いずれ内容までは記憶にない一富士、二鷹、三なすび。確かに何かは見た、その事だけを覚えている情けない年回りだ。

ともかくも、諸事無事で「すんなり」と行ける一年が訪れる事を願った。

2015年1月 3日 (土)

紅白雑感

毎年必ず見る紅白ファンだ。

海外での年越しの際も見た。

もの心付いてからはほとんど見ていると思うので55回ぐらいは見ているのではなかろうか?

どうもNHK紅白歌合戦を見ないと大晦日が来た気がしない。

風呂に入り、家の周りに清めの酒をたっぷり1升撒いて、紅白を見ながら新年を迎えるのがわが家のスタイルだ。

年越しの膳は、ざくざく煮に塩引き(塩鮭)、青豆と数の子、いかニンジン、黒豆やきんとん、北海道から届くカニ、そして刺身などが並ぶ。

これらをだらだらとつまみ続ける。

酒を飲み飲みの長時間だから、普通の番組なら間違いなく寝てしまうのだが、不思議な事に寝ない。

家人は10時を過ぎるとテレビに向かったまま、大半は寝ている。

今年というか、2014年紅白はどうだったかというと、なんだか低調だったなぁ。

思い付くまま。

NKBだかHKBだか、とにかく女の子のグループが多すぎる。すごく人数も多い。ひとつで良いんじゃないの?と思う。というか、一曲を全員で踊ればいいんじゃない?

あんなに出すなら平原綾香さんや、もっと歌の上手い歌手を出して欲しい、歌合戦なのだから。

紅組の司会の花子さんは、やっぱり今一つだったと思う。

和田アキ子さん風邪だったのか、鼻づまり。

有働さんは露出を押さえたと言うが、黒がよく似合いなかなかきれい。着替えも1度だけで後半の衣装がすごく映えてた。

NYからのレリゴーは良かった。神田さやかさんもいかったね。

なんでこの人が出られるの?と思う人が特に今年は多かったように思う。

中森明菜さんのNY中継はなんだか変だった。まだ病気なんじゃないでしょうか。

とにかく、どこの場面もステージに人が多過ぎて、全体の印象が散漫。とても、うっつぁしい感じ。

出た!美輪明宏さんの「愛の賛歌」好みの問題だろうけど、迫力は凄い。

松田聖子さん、アガり過ぎたのか、思いのほか良くなかった。

この年末、会津は寒波が凄い凄いと驚かされた。が、思ったほどでもなかったけど、紅白も似たような感じ。

もっと歌手で盛り立てる本線に回帰して欲しいと思った、2014紅白歌合戦でした。

ま、内容は別として、写楽の四合瓶1本、ビール、ハイボールと相変わらず酒の方はハカが行きました。

それにしても、いい歳をして何とミーハーな。テレビ放送と同い年だから仕方がないのかなぁ・・・?

2015年1月 2日 (金)

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。

未年の始まりです。

小生の駄文ブログも、本編で実に「1116」回目となる。

よくもまあ、ある事ない事・・・否、ない事は書いてないが、吐き出し綴ってきたものだ。

読者は多くはないが、たまに友人や親戚などが、まとめ読みするのだろう開いた数のカウントが驚くほど跳ね上がる時がある。

「会津に会いたい」、初めは会津の観光の裏情報でも・・・などと考えていたが、どこかに行ってしまった。

今となっては決めごとはただ一つ、どのページを開いても「会津」の文字が、必ず一つはある、それだけだ。

「会津に会いたい」は、以前にも書いたと思うが私が20代に作った会津のアウトドアスポーツを紹介するムック版のガイドブックの名前だ。

時代が早すぎたのか、あまり売れなかった。が今でもネットで検索すると出てくる事は出てくる。

暮れにとあるバーで、その「会津に会いたい」の中で、1泊2日の渓流釣りツアーを行った時に案内人をお願いしたSさんとばったり会った。

名人級のOさん、その友人のSさん、釣り好きのライブハウスマスターのYちゃん、カメラマンのO氏、そしてライターの私の5人での賑やかな渓流行。

確か奥会津の御神楽岳の渓谷を釣り上った。

ヤマメ、イワナ・・・ヤマメは面白い様に釣れたが、イワナはなかなか姿を見せなかった。

渓流の中を歩く天然の強烈な足裏マッサージ、痛くてなかなか歩けない。

私にとっては何もかもが初めての経験だった。若さが助けてくれたからあんな無茶が出来たのだろう。

滝を越える時にはザイルを使ったりもした。

夜は渓流から10メートルほど上の大岩の上で寝た。炊事の水は沢の水をそのまま使うし、そのまま飲んだ。簡単な食事にウィスキーの美味さが忘れられない。

自然の中にベッドのように平らなところはないのだと思い知った。

まっ平らに見えた岩肌は、ほんの少し角度が付いている。寝ているといつの間にかみんながそっちに下がっていってしまう。安心して横になれる事のありがたさを思い知る。

渓谷の110度ぐらい開けた夜空には満天の星が輝いていた。周辺には全く人工の光がないため、その煌めきは格別だった。

S氏とロックグラスを傾け、そんな遠い日の思い出にしばし浸った。

あの日、夜空というよりも宇宙と呼ぶ方がぴったりな空を眺め、私は一体何を考えていたのだろう・・・。

見えないっけれど、あの日と全く変わらない宇宙が今も私の上にある。

もし、もう一度あの大岩の上に立つ事が出来たのならば、私の心はあの煌めきを一体どんな風に受け止めるだろうか?

時々立ち止まって自分の心と向き合うことの大切さ、そんな事を想いつつ、今年も一年、よろしくお願いいたします。

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