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2014年8月 5日 (火)

蔵の二階

私は会津若松市七日町で生まれ育った。

七日町通りに面したお菓子屋で、奥に細長い大きな家だった。

通りに面した店の部分に二階があった。中ほどは蔵造りになっていてその蔵にも二階があったが、二階同士は全くつながっていないおかしな造りだった

台所を挟んでさらにその奥は大家族の居住スペースで、そこにもまた別な二階部分があった。通称、裏の二階は座敷をつなげると二十四畳ほどの広間にもなった。

これはその中ほどの、蔵の二階での思い出だ。

まだ幼稚園の年中さんぐらいの歳だったと思うが、蔵の二階には祖父と祖母が居た。

ある日、なぜか店にも工場にも、誰もいなかった昼下がりのことだ。

「まさぼう、まさぼう!」と呼ぶおじいさんの声が今も耳に残っている。

呼ばれて周りを見渡しても誰もいない。そこで恐る恐る、声のする蔵の二階に上がってみた。

恐る恐る、と言うのは蔵の二階に上がる階段が急なので、一人で上がってはいけないと固く禁じられていたからだ。

しかし、おじいさんが何度も呼ぶので手をついて這うようにして、上がった。

蔵の二階の天井は低く、奥に置かれた長火鉢の脇におじいさんとおばあさんが微笑んでいた。

「よぐ、来たな。ほらこっちゃ来てみろ」とおじいさんが優しく微笑んだ。

私はおじいさんの膝に抱かれて、とりとめもない話をし、栗饅頭を食べた。おばあさんは茶色いお茶を入れてくれた。

ただそれだけの思い出なのだが、私の中には鮮烈で「おじいさん」「おばあさん」という言葉を聞くと蔵の二階のあの風景が思い出された。

それからだいぶ長い時間が流れ、高校生になった頃のことだ。

祖父の法事で親戚縁者が集まった。

宴席となり、思い出話となった。

私が祖父について記憶しているのはあの蔵の二階の栗饅頭だけだったので、その思い出話を披露した。

すると、叔父が「そんな訳ねえべ。ばあちゃんはお前の生まれる前に死んだんだし、じい様だってお前の生まれた年に亡くなったんだから、覚えているわけねぇわ・・・、第一、蔵の二階になんかじい様たちは居なかったもの」と言うではないか。

驚いた。

確かに祖父、祖母の記憶はあの栗饅頭を除いては何一つない。

自分では実際にあったことと信じ切っていて、これまで確かめたこともなかったのだが、言われてみれば確かに時間軸がおかしい。

しかし、あの時のおじいさんの声、蔵の二階の風景、栗饅頭、茶色いお茶は確かに在ったこととして、私の記憶の中に鮮烈に残っているのだ。

古いアルバムには、生まれたばかりの私が祖父に抱かれた写真が一枚だけ残っている。祖母との写真はもちろんのこと、無い。

あれはいったい何だったのだろう・・・・遠い日の白昼夢だったのだろうか?

お盆が近付くと、そんな蔵の二階の出来事をよく思い出す。

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