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2014年6月

2014年6月29日 (日)

どうしても慣れない

W杯もいよいよ決勝リーグに入る。

予選リーグも素晴らしい試合を繰り広げたが、今回のW杯でこれまでになく気になったのが、タトゥーを入れている選手の多い多い事、両手が入れ墨だらけという選手がざらだ。

これだけ多い(増えている)のだからタトゥーは世界的にはもう市民権を得ているということなのだろう。

だが、ファッションとしても、何らかの精神的(宗教的)な理由だとしても・・・どうしても馴染めない。

理屈ではないので湧きあがる気持ちをコントロールできない。

三つ子の魂百までというやつなのか、入れ墨=悪い人=変な人、怖い人=まともじゃない、というイメージが心の底にある。

「偏見」と言われても、気持ちに磨り込まれているものを消すのは容易ではない。

両手が真っ黒に見えるぐらいのタトゥーを見ると「わぁー!」と、どうしても嫌な感じになる。

中には和彫りの様に赤や緑などの色が入ったのもある。「やーさん(ギャング)、じゃないの?」と思えてしまう。

諸外国はスター選手の多くがタトゥーを入れているのだから、一般人の誰もがあまり気にはならないファッションのひとつなのだろう。

日本で刺青は少々背景が異なる。

「身体髪膚来れを父母に受く」の世界だ。自らの体に墨を入れることは、両親に背き、極道の道に足を踏み入れることを示していた。堅気の世界との決別を意味していた。

死ぬまで消えない墨を肌に入れるにはそれなりの決意と覚悟がいる。そんな風に教えられてきた。住む世界が分かれるのだ。

そして、そう考える人がまだまだ多いだけに温泉施設や共同浴場などには『刺青、タトゥーの方お断り』の張り紙があるのだ。

(ネイマールが温泉に来たらどうするんでしょう?)

ゴルフ場の浴場でも時々ドキッとすることがある。見るからにごく普通の若者の足に一面のタトゥーがあったり、背中に髑髏が彫られていたりする。

簡単な気持ちで入れているのだろうなぁ・・・と、思う。そして、多くの場合は後悔する。

国際社会の基準に照らしては分からないが、日本で暮らしていく限りは、やはり考えた方が良い。

まして会津のような狭い地域にいればなおのことだ。

なかなかの好青年が大先輩の差し出した手に応える。ギュッと交わす握手、その時、若者の手の甲に黒々としたタトゥー、大先輩は平静を装い微笑むが、どうしても一瞬顔が引きつっている。

「これはなんだ?」とは決して訊ねない。

理屈を越えた何かがそこにある。

私でさえサッカー選手のタトゥーを見ただけでさえ、一瞬棘のようなものが引っかかるのだから当たり前だ。

そういえば、職員のタトゥー、男子のピアス、金髪、どうするの?そろそろ、考えて置かなければならない事でもある。

差し伸べた手の刺青に、ばあちゃんびっくり転倒事故!なんってことが起こらないとも限らない。

2014年6月23日 (月)

頼りない

日曜に娘とベビーが家に戻って来た。

二人の子供を育てたはずだが、人間というものはこんなにもいろいろなことを忘れる生き物なのだなぁ・・・と、つくづく思う。(私が特に、なのかもしれないが)

産まれたばかりの赤ちゃんってこんなに手足が細かったかな?こんなに寝てばっかりいたかな?こんなにびくっびくっと動いたっけかな?などなど。

若いお父さん、お母さんが、ちょっとしたことで心配になり大騒ぎする気持ちが分からないでもない。

育児書と照らし合わせ、ちょっとでも違うと不安で仕方がない、そんな気持ちが分からないでもない。

生まれたての赤ん坊は、それほどに、か細く頼りなげだ。

こんな小さな生き物が育ち、やがては親を背負うほどに大きくなるのだから、それだけでもすごい事だと、妙なところに感心しきりだ。

こんな事は、自分のこどもを育てた時も同じように感じたはずなのだが、もう忘れた。

じいちゃん、ばあちゃんは子育ての大ベテラン、なんて言われても、こりゃあ結構怪しいもんだ、と思う。

我が子は、私がずっとお風呂に入れてきた。手も大きいから、実に上手いもんだったわけだが、ちゃんと入れられるだろうか・・・・?

なんだか怖くて、まだ、だっこも出来ずにいる始末だ。

明らかに感じるのは、家の中に人が一人増えたという空気だ。お腹から出て来て空気を吸った時から人としての存在感が一人前。

ただ寝ているだけなのだが、人が一人増えた、という不思議な空気感がある。

この世に人間が一人増えるということは、偉大な事なんだと、改めて思う。

これから当分、バタバタが続く事だろう。

そのバタバタを楽しみ、味わうことで、大人たちも成長をしていくわけだ。忘れたことを思い出し、思い出し、赤ちゃんのいる夏を楽しもう。

週末の会津は梅雨空。今週は梅雨の中休みのようなお天気が続きそうだ。

2014年6月21日 (土)

分かったこと

会津地区経営者協会の特別講演でNHK解説委員長の柳澤秀夫氏の講演会があった。

柳澤氏は会津若松市出身の今もっとも有名なジャーナリストの一人だ。専門は中東ウォッチャー、勢い今のイラン情勢の話となった。

「今起こっていることには、過去に必ずその種がある」ということで2003年のイラク戦争にまで時間を戻し、サダム・フセインの独裁とその崩壊、その時何が起こったかを丁寧に解き明かしてくれた。

が、中東情勢そのものが複雑怪奇だ。シーア派、スンニ派、クルド人・・・複雑に絡み合い何千年にわたって戦争を繰り返してきた。

そしてそんな複雑な砂漠の地域に、石油というとてつもない資源を潜ませていたのだから、神様のやることは計り知れない。

あれ以上、分かり易くイラクの問題を解説することは難しいと思う。

だが結局、あまりに複雑過ぎてとても理解できない、ということがよく分かった。(こんなことを言ったら講師に大変失礼で誠に申し訳ないけれど・・・)

日本人がイスラム世界を理解するには相当な勉強と、現実にその世界に触れてみる事なしでは不可能だろうと思う。

一日5回、メッカに向かって礼拝を繰り返し、ラマダンを実践する人々・・・。

分かり合うというよりは、絶対に乗り越えられない違いがあるんだ、ということを前提に互いを尊重し合うしかないはずなのだ。

もうひとつよく分かったのが、改めて柳澤秀夫氏が中東の専門家としてすごい人なんだということだ。

彼とは同じ幼稚園に通った同窓生である。昨年、多くが集まり還暦の祝いもやった仲だ。

同窓生の一人に、こんな立派な奴がいるということは誠に誇らしい限りである。

5月にも会った。その際に、やっと娘が片付いたと喜んでいたっけ。

昨晩は「初孫が出来たぞ」と、一歩先んじたことを報告。彼もまた、大いに喜んでくれた。

気取らず、偉ぶらず、いつも穏やかで笑顔を絶やさない。そして、腹の底から笑ってくれる。

決して「でくのぼう」と呼ばれることはないだろうけれど、「ああいう人に私もなりたい!」と心から思う。

会うたびに我が身を反省させられる、そんな貴重な友人の一人なのである。

2014年6月20日 (金)

それはダメだよ。

毎年新入職員が入った時の講義で、付け加えることがある。

「これから、お花見とか新入職員の歓迎会とかあるだろうけれども、飲酒運転は絶対にダメだからね。飲酒運転だけは助けてあげられないよー、世間が許さないから。それとセクハラ、これも世間が許さない。」

そう、飲酒運転が許されないように、セクハラもダメ、そういう時代なのです。

ましてや都議会のヤジは、セクハラの中でもかなりひどい方だ。

「どうして結婚しないの?」と聞いても人によっては大問題にされるのに「こどもも産めないくせに」なんて言ったら、一般社会ではかなりのアウト!

このまま放っておけば放っておくほど事態は大きくなる。

リスクマネジメントとして正解は、言った人はいち早く名乗り出て、ご本人にお詫びを申し上げるということでしょう。早ければ早い方がいい。勇気がいるけどね。

議長さんがかばったり、本人を特定できないなどと眠たい事を言っているとどんどん火は広がり、収拾がつかなくなる。

なにせ、世間が許さないのだから・・・。

まして、その世間は、一昔前と違ってネットでガンガン発言できるし、糾弾好きだ。

捜査機関がやらなくても、映像や音声を解析して、どうせ誰かが犯人を見つけてしまうに違いない。

もし謝っても火が消えないのなら、どっちにしろダメだったということ。唯一、収拾の道があるとすれば、早期のごめんなさいだ。

だって、議員様があんなとんでもないこと言って、口を噤んで謝らないなんて、こどもの教育にも悪いでしょう・・・・。

逃げたってダメですよきっと。

ま、今回のことが契機になって、ああいう議場でのメチャクチャな振る舞いが減ることになれば、多少は浮かぶ瀬もあるというものではないでしょうかね。

言った人、今頃ドキドキしてるんだろうなぁ。

会津のどこかの役場の職員さんが飲酒運転で懲戒免職になったという記事が出てました。捕まったのが、翌朝の5時だからね、なんとも・・・。

その頃まで酒が残っている事なんて、ありがちですよね。

くわばら、くわばら、くれぐれも注意しましょう。

2014年6月18日 (水)

MOVE!

「動く、動け、動いたら、動いた時・・・・」

とにかく動かないよりは動いた方がいい。(ムダに動くとロクなことはない、という説もあるが、動かないでいて事態が好転することはあまりない)

動く=トライすると言い換えても良いかもしれない。動くことで思いもよらない何かが生まれるものだ。

相当に古い話、本づくりをしていた頃。

会津にファッションカメラマンなどいない、でもアンアンの表紙みたいなおしゃれな写真が欲しい・・・。

モデルさんになってくれる女の子を探して、美容室に連れて行く。

漆器の器ばっかり撮っているカメラマンにスタジオで女の子を激写して欲しいと頼む。

モデルさんのメイクなどやったことない美容師も、とにかく見よう見まね、いろんな本を引っ張り出して勉強する。カメラマンも同じだ。

出来はどうあれ、動いてみることで誰もが少しずつ変わる。成長する。

そんなことからいきなり、思いもよらない才能が開花することだってない、とはいえない。

地域が高齢化して閉塞感が高まるのは、動かなくなるからだ。動く人が少なくなるからだ。

先にできない理由を探すのではなく、何でもいいからまずやってみることだ。

出来ないと言ってしまうのは簡単。やってみてから本当にできないのか、少しはできるのか、結構できるのか、試してみればいい。思い知ってみればいい。

やってみなけりゃ分からない。

年寄りは動かない。若い人は良く動く。これが常識なのに、若い人が動かない。

俺が俺が!じゃなく、あなた任せで、出来れば自分の殻の中だけで満足してしまう若者が増えている。

動け、動け!歩け、歩け!

会津中、どんどん動けばいいんだ。

動いているところに人が集まる。というよりも、動いているところにしか人は集まらないといってもいい。何でも吸い込む渦みたいなものだ。

『動かなきゃだめさ!』

朝のウォーキング中に急に誰かから、そんな声を掛けられたような気がして背中がゾクッとした。

空耳だろうか?

着る服がどんどんきつくなってきた最近のメタボぶりにあきれた・・・あれは天の声だったのだろうか??

2014年6月17日 (火)

品性

心に思ってもいないことは口から出ない、というが、あの環境大臣の口にした言葉は、ひと言で彼の心の中をすべてさらけ出して見せてくれたように思う。

「最後は金目でしょ」

安倍晋三内閣で環境大臣に追いやられ、政治の中枢から外された。福島へ行って住民にぺこぺこと頭を下げなくてはならない。

「なんでこの俺様が、そんなことをしなくちゃならないの?俺は石原だよ!」

「反対だ、なんだかんだ言ってるけど、結局連中、最後は金でしょ?金でけりつけりゃいいんだよ、俺様は石原だよ!」

そこには、仕方がないから福島に来ているだけで、震災に遭った人々への思いやりなど、かけらもない。むしろ、見下しているのだろう。

原発事故によって、日本人が過去に経験したことのない「故郷喪失」という痛みに対する、同情も共感もない。

立場上、仕方なしに言葉を繕っているだけだ。

「あ~、こんなとこに居たくないよ、早く東京に帰りたい。東京でペコペコしなくて済む仕事がしたいのよ、なんで俺があいつらに頭下げなきゃいけないの?なんだかんだ言っても、所詮、金なんでしょ。あー、早く帰りてぇ」と、顔に書いてあるのが読める。

東京の超・山の手育ちのおぼっちゃま、何でも周りがやってくれる。

一切の苦労知らずだから、政治家の大切な資質、人の思い(痛み)に心を寄せるという部分が欠落したまま政治家になっちゃた。芯が冷血。

そこの部分に、いつも仮面をかぶって繕っているから、ついつい本音がこぼれ出る。

ちゃんとした記者会見でなく、ちょっとした記者との会話の中で出た言葉だから取り消しも訂正もしない、のだという。むしろ、しない方がいいのではなかろうか?

取り消さないまま働いてもらった方が品性の下劣さが分かり易いし、今後、騙されることもないだろう。

・・・そういえば私も、腹の中では「会津の人間ほどバカはいない!」と思いながら、働いている人を一人知っている。

2014年6月16日 (月)

初孫

ここ数日バタバタし、心配もしていた。

里帰り出産のために戻っていた娘、いたって順調だったが最終週になって急に赤ちゃんの動きが悪くなった。

念のため受診日を早めて診てもらう。で、一応、入院し経過を見ることとなった。

どうやらへその緒が長く、首や足に絡んでいるらしい。身体の向きによって胎動が悪くなり、心拍も少し落ちる。

この先、どのようになるかは分からないが、もしも急変があるような場合には帝王切開もある、との丁寧な説明を受けた。心配な金曜日、天気もすぐれない。

とはいえ土曜は大きなコンペもあり、「生と死を考える会・会津」の会津セミナーも開催される。

セミナーの方は、会長のあいさつ文をつくり代読してもらい、コンペに出た。

セミナーは、今回は「ペコロスの母に会いに行く」という認知症を扱った映画の上映会。2回の上映に大勢の人が来場し、映画の評判もとても良く、大成功の内に終わった。

一方、コンペの方は曇りの予報にも関わらす、磐梯山の麓には一時、土砂降りの雨が降り、軽~く、バチが当たった感じ。

しかし、これもお勤め、夕方からの表彰式では乾杯の音頭をしなくてはいけなかったのである。

日曜日は、娘の旦那さんも駆けつけたが、一進一退の感じ。どうなる事やら、だった。

10時からレストラン「タイム」でサッカー日本戦のPVが行われ、大いに盛り上がった。

もちろん参加。悩んだ末に・・・結局、朝からビールを飲んで盛り上がってしまった。

本田選手のシュートには狂喜したが、その後がいけなかった。誰もが相当に疲れているようで体が全く動かなかった。思い切って後半、本田を下げても良かったように思う。残念!昼酒が効きいて、一丁上がりの午後だった。

で、月曜。

朝にK先生の説明があり、やはりへその緒が絡んでいるとのこと。自然分娩を目指すが、まだ時間がかかりそう。やはり帝王切開もありうるとの見解。

ところが、そこから急に事態が進んで、昼過ぎには分娩室に入り、夕方17時42分に無事、自然分娩で出て来てくれた。

母子ともに健康。ひとまずホッとした。その後に、そうか、初孫だ!という喜びが湧いてきた。

午後にザァーッツと雨が降り、夕方には見事な二重の虹が、かかっていた。その虹をくぐって元気な男の子がやって来た。

日曜にクルマで東京に戻り、月曜の朝一の電車で会津にとんぼ返り、ずーっと娘の手を握り続けた旦那さん、今日からはお父さん、お母さんになったというわけだ。

そして、おじいさん、おばあさん、か・・・・。

ま、何はともあれ、まずは、おめでとう!

2014年6月11日 (水)

こんなところにも

会津を代表する産品に「会津塗」がある。会津漆器だ。

蒲生氏郷公の時代に多くの職人を会津に招いて、殖産振興を行い、根付いたと言われるので四百年以上の長い歴史がある。

日本を代表する一大産地であり、地域の経済をけん引する特産品であったが、この数十年、右肩下がりでその出荷量は落ち続けてきた。

これは全国どこの漆器産地にも言えることで、会津塗に問題があるというのでなく、日本人の生活様式の変化がもっとも大きな要因だ。

自分の身の回りのことを考えてみれば一目瞭然だろう。

漆器製品で常に身の回りにあるものと言えば、みそ汁のお椀か箸ぐらいのもので生活の中の漆器製品の多くが、別の素材のものにとって代わられているか、使われなくなっている。

重箱、屠蘇器、お茶の周りの道具類、菓子器などなど、本当に少なくなった。

そんな会津漆器もここに来て底を打った、と言ったら失礼か?ここ数年、いろいろな取り組みに挑戦して、なかなか元気が良い。

「BITOWA」という欧州を意識した新しいテーブルウェアの開発や、アウトドアに使える漆器の開発、それまでは無理だった異素材との融合など、いろいろな取り組みを新聞紙上で知ることが出来る。

先ごろは、市内のバーやレストラン、居酒屋などで新作のお洒落な「こづゆ椀」(手塩皿という名前になってました)を使った「会津塗マリアージュ」というイベントなども行われていた。

バーのカウンターで塗ものの椀にちょっとしたお通しが出る。これがなかなか良い。観光客の方など、大いに喜ぶのではないかと推察。

またガラスと漆器の出会いもある。持ち手は漆器の優しさで口にあたるグラス部分はガラスだったり、夏の風鈴に漆の蒔絵を施したものなど、様々な製品が開発されている。

先日、馴染みのバー「cozy」で面白い漆と出会った。

塗のカクテルグラスやジガー(お酒を計るやつ)などは見たことがあったが、シェイカーの底の部分にさりげなく漆黒の漆が施されていたのだ。

これがシブい。

バーカウンターは仄暗い明りで良い雰囲気だ。そんな明り下だと普通のシェイカーに見える。

オーナーバーテンダーのKくんが実に手際よくつくってくれる、マティーニ。

「カシャ、シャキ、カシャ」と実に良い音でシェイカーをふる。冷やしたカクテルグラス(これは漆ではない)にサッと注ぎ、上等のオリーブを添え、スッと目の前にグラスが運ばれる。

何とはなしに手元に置いたシェイカーを見ると、なんとそのシェイカーの底の部分に漆黒の漆文様が浮かび上がっているではないか。

常温のシェイカーではよく見えないが、しっかり振って、キンと冷えたその金属の肌は一気に白味を増す。すると黒々とした波のような、火炎のような模様が底の部分から浮かび立つという塩梅だ。

「何これ?」「金属部分に特殊な加工をして漆を塗ったんですよ」「へぇ―、初めて見た!」

漆黒一色というのがなかなかにいい。それも振った後の一瞬だけ、フワッと浮き上がるというのがお洒落、時が経つと沈んでいく。

へーえ、こんなところにも会津塗!なかなかに頑張っていますな、会津漆器業界の皆々様。

シェイカーを握る手の熱伝導の具合にも影響があるのだろうか・・・?珠玉のマティーニ、大変美味しくいただきました。

2014年6月 8日 (日)

フォーチュンクッキー

開かれたアイドル、とは言っても握手をしてもらうのは、どうやらタダではない。握手券なるものの入ったCDを買い求めなければならない。

総選挙とは言っても誰にでも選挙権があるわけではないようだ。握手券と同じようの投票券の入ったCDを買い求めなければならないわけで、ごひいきのために大金をつぎ込む人もいる。

初めから票をお金で買う、何でもありの総選挙なのだ。

アイドル文化、イコール、クールJAPANだ!とか、世界を席巻する新たなビジネスモデルだ!とかいう仮面で本質をごまかしてはいるが、所詮は大人たちの強欲の世界。

そんな大人たちにおだてられ、恋愛禁止で青春を捧げる少女たち・・・と言ったら言い過ぎか?

あどけなく、かわいいだけに、やるせない。

アイドルもファンも、自らやりたくてやっているんだから仕方がないけれども、どうにもそれを操る大人たちのあくどさが鼻につく。

同じ世界にも、こうしたやり方が鼻につく人も大勢いるのだろうけれど、こうも大きな勢力に育ってしまうと誰もが口をつむぐしかなくなる、それが人の世だ。

いかなる手を使ってでも他人様の懐から金を絞り上げるのを「商売」とは言わないだろう。

売り手良し、買い手良し、世間良し、これは近江商人の矜持だ。

これに照らせば、売り手も良い、買い手の方もキャーキャー言って喜んでいる、社会経済に与える影響も少なくはなく、世間にとっても良しと見える。

なんだ三方良しの世界じゃないか!とも言えなくもないが事は深刻、世間そのものの屋台骨を揺さぶっている。

親の脛をかじりながら、あるいは保護を受けながらCDを買い漁る男たち。犯罪すれすれのやり取りがネット上で踊る。

そんな姿がまっとうなはずはない。

少女たちがそんな大人たちを踏み台にして、自分自身の世界をつかみとれれば、それはそれでいいかもしれない。

だがこのままでは、彼女たちの大好きなフォーチュンクッキーの中身は「?」ばかりだろう。

一世を風靡したあの名アナウンサーも、涙を流し、鼻水をたらし、晩節を汚しているのではないだろうか・・・。

会津は雨模様、一時の暑さは去って梅雨がやってきました。

2014年6月 4日 (水)

引き波注意報

NHK大河ドラマの興奮も冷めて、会津への観光客も元に戻りつつあるようだ。天守閣の入れ込み数も急カーブで下がっている。

IT社会。情報は一気に駆け巡り沸騰し、またそれと同じぐらいのスピードで、激しい引き潮になるようだ。

昔は、大河ドラマで取り上げられたりしたら3,4年は食えた、と聞くが、ものすごい冷めっぷりだ。

多すぎる情報が、どんどん降り積もり古いものはすぐに隠れてしまう。掘り起こすのも大変なぐらいに降り積もって、なんだったのか?すぐには思い出せないほどだ。

そんな訳で、会津地域のみならず、福島県全体が来年行われる、JRの「ディズティネーションキャンペーン」に熱い期待を寄せている『福が満開、ふくのしま!』だ。

今年をそのプレイベント(プレディスキャン)と位置付け、「八重の桜」と「本ディスキャン」をつなぐ穴埋めの年にしようと、いろいろな企画が各地で花盛りだ。

ディスティネーションとは目的地のこと。要は旅の目的地を福島、あわよくば会津に定めましょう!というキャンペーン(大売り出し)なのだ。

もし「何でもいいから何かアイデアない?」と聞かれたら、TDLのシンデレラ城に習い、会津若松市役所庁舎を使ったプロジェクションマッピングを毎週末に上映したらどうだろう?などという無責任な案が浮かぶ。

機材もどんどん安くなっていることだし、外注でがっぽりお金を取られるのでなく自前でやったらどうだろう。

一番お金のかかるソフトの方は会津大学の学生に発注し、勉強とビジネス、クリエイティブと一石三鳥の話題づくりにもなるだろう。

あのクラシックなシブい庁舎はプロジェクションマッピッグには最適なように思える。

毎週末、四季それぞれに、まさかシンデレラ城とはいかないまでも、5,6分の力作を一晩に3回ぐらい上映したらなかなかおもしろいんじゃなかろうか。

夜のイベントは宿泊を決定付けるから、実入りも大きい・・・などととらぬ狸の皮算用まで飛び出す。

突拍子もない夢だけど、今度どっかで言ってみようかな。

ま、それは置いといて、本当に心配なのは「八重の桜」の引き潮なんですね。

波浪警報の時も言うじゃないですか、波は打ち寄せる波よりも引く波の方が怖いって。引き波の方が力があって、多くのものが持っていかれてしまうって。

去年あんなに盛り上がったのに「なんだぁ!」てなことで、以前よりも悪くなってしまう(いろいろなことが・・・)、これだけは避けなくてはいけません。

会津に引き波注意報発令中!かな?

2014年6月 2日 (月)

折れない心

最近ちょっと話題の「レジリエンス」、復活力というか折れない心というか、厳しい状況から立ち直る力の育て方が注目されている。

で、先日、東京でセミナーに参加してきた。職員研修の新しい切り口として使えるかな?と思い、確認してきたというわけだ。

私自身はすぐに折れて、すぐに回復する(忘れる)アプローチなので、あまり必要性を感じたわけではないのだが、若い職員のアプローチとして有効かどうかを見極めたかったのだ。

世界のエリートがIQや学力よりも重視するというが、折れない心をどうやって計れるのだろう?

打たれ強い、容易に挫けない方が良いに決まっているが、これは長くみて結果的に分かるもの。一見、挫けない様に明るくふるまっていても、いきなりポキン!なんてこともある。その辺が難しい。

で、セミナーだが、なかなかごもっともという感じで楽しくは聞けたが、コーチング研修やコミュニケーション研修にさらに加えてやるべきか?というと難しいところだ。

ネガティブな感情への対処の仕方やレジリングマッスルの鍛え方などの参考になるいくつかのワークがあったが、中でもちょっと考えさせられたのが、心の支えとなるサポーターをつくる、というやつ。

自分にとって心の支えとなる人を書き出してみる、それも大切な人の数は5人までというのだ。このワークによると、大体5人までなんそうだ、本当に深く付き合える人というのは。

改めて言われると凄く考え込んでしまった。

大切だが心の支えというのとはちょっと違う、というのもあるだろう?

普段はあまり身近にはいないけれども、落ち込んだ時の支えになるというのもあるだろう・・・。

また、20代の心の支えと、60代の心の支え、これもまたずいぶん違ってくるような気もする。

セミナーそっちのけで、何となく自分の周りの人間関係の棚卸をするような羽目になった。

終わってからも会津に帰るまでの夜汽車の窓の向こう側・・・過ぎし日を想い、今日を想い、明日を想い悩む・・・。

暗い夜の向うにいくつもの顔が浮かんでは消えた。もう遠くて、よく表情も思い浮かばない人も居る。

思えば60年、これまでいろんな人に助けられ、迷惑をかけて生きてきた。ここまで、なんとかポッキリと折れずに済んだ。

片手にハイボール、片手に国技館焼き鳥。。。。

今の私にとって5人とは・・・・ん~難しい!

どの顔だろう????

2014年6月 1日 (日)

暑いの下限

一気にエアコンだ。

まるで真夏の暑さ。さすがに午後には少しエアコンをつけた。で、寝室は寝る前に少し冷やした。

全国的な高温、会津も例外にあらず。エルニーニョで冷夏との予報もあるが、季節外れ(まだ、5月の終わり6月の初め)の暑さだ。

もう誰も、ことさらに異常気象とは言わない。地球の気候が全体的におかしくなっていることを実感しているし、それが我々人間の豊かな暮らしの代償であることも、なんとなく後ろめたいような気持ちの中で、分かっているからだ。

飯盛山の朝歩きも、一気に短パンだ。

思うに人間というものは、20度を越えるとほんのわずかな気温差で快適になったり、寒くなったり、暑くなったりするものだ。(もちろん湿度もあるが)

20度では場所によってはうすら寒いが、30度では袖をたくしあげて汗がにじむ。

0度~10度の間は、寒いので火の気があれば、同じような格好でいられる。10度~20度の間は着るもの1枚で大体の調整が付く。

それが20度を越えると何かと忙しい。ひんやりしたり暑くくなったり・・・・。

私が人一倍暑がりなのでなおのことだ。暑くなる下限が異常に低いのである。

普通の人の快適域の上の方はもうすでに、私にとっては暑っい域に入ってしまう。

爽やかな5月の風の下のゴルフも、なぜか私だけは額の汗をぬぐい、ぬぐい、ということになってしまう。悔しいから、暑くても「気持ちいいなぁ~」と、言う。

体温が低いから?血圧が高いから?なぜかよく分からないがこどもの頃から暑がり汗っかきだ。

そんな私でも歳を重ねて、近頃はさすがに寒い時期よりも暖かい、または暑い、季節の方が良くなった。

楽になった、という方が正確かもしれない。

寒さは体に堪える。「暑い!」は文句だけで済むが、「寒い!」は身体の芯が何かにからめとられているような気持ちになる。

自然の摂理なのだろう。寒さに向かうと、いきなり親戚縁者から体調の悪い話が出る。

しかしこの時期、暑さに向かう今頃には一向に聞こえてこない。

会津では、田植えの時期は病院も暇だ、と言われる。

田んぼや畑仕事に終われて受診を後回しにするからだ、という説もある。しかし、本質的にはこの時期、人々はみんな体調が良くなっているのではないのだろうかと思う。

皆さんお元気で何より・・・私は少し暑い。

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