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2014年5月

2014年5月23日 (金)

鼻につく話

『鼻につく=不快なにおいが鼻を刺激する。または飽きて嫌になる』(旺文社国語辞典)

恒例のサラリーマン川柳も、なんだか鼻についてきた感じがする。

今年の第一位が『我が女房 後ろ姿は フナッシー』だそうだ。人気投票だから仕方ないのかもしれないが、川柳としてもどうなのかと思う。

なんの可笑しさも妙もない。

人の世のため息というよりは、単なる自虐ネタではないのだろうか。

でも一番になって新聞に載っているのだから、きっとそれなりの力がある句なのだろう・・・私側にそれを感じ取る力が失せて来ているのかもしれないが、それならそれでいい。

粗大ゴミなどと呼ばれるお父さんの悲哀を詠い、時に「これは!」とひざを打つこともあったが、なんだかもう飽きた。

Kまろさんのステージ、中高年の老いと悲哀を速射砲のごとく笑いにする。そしてそれを聞いて涙を流さんばかりに大笑いするのはまさに中高年のおばちゃん方だ。

あれもサラ川の流れを汲んでいる。でも、もうそろそろいいでしょう、という感じがする。

家人は初めっから大嫌いといっていたが、サラ川が鼻につくように感じて納得がいく。

そんなに自分や奥さんをあざ笑ってみてもしょうがないじゃないの・・・。

もちろん、洒落だということは分かっている、でも、もう飽きた。

一方で、ぷにゅっとしたのや熟女が良いとか。老いて男のダンディズムとか言うのもあるわけだから、どうせなら良い方を目指し、その辺をひねって笑いにするのなら分かる。

ウィットに富んだ笑いは、そばにかける七味のようなもの。ピリッと効いて、ちょこっとあるから良い。七味だけでは食べられない。

第一、フナッシーはゆるキャラの中で唯一しゃべるし、一番切れキレのある動きをすることで話題になったわけだ。後ろ姿がゆるキャラだ、と笑ったりすると、急に振り返ってキレキレのボディアタックを食わされるかもしれません。

『いい夫婦 今じゃどうでも いい夫婦』(昨年の一位)

こんなのも笑えないなぁ・・・もう、そいろそろゲップが出ます、という感じがしますね、主催の第一生命さん。

今朝も会津はストーブを点けました。でも、明日あたりから気温はどんどん上がるらしい。今度はエアコンか・・・忙しい話です。

2014年5月22日 (木)

声はすれども

朝歩きの飯盛山・さざえ堂から少し下がったところに「白虎清水」なる湧水がある。この水は飲めませんと書かれているので、飲めるほどきれいな水ではないようだが、澄んでいる。

屋根の付いたちょっとした祠のような中に、小さい観音様と水子地蔵のような手を合わせたこどもの像がある。水がちょろちょろと流れ出ており、一帯がじとっと湿った感じで、周囲の石組みの辺りからも水が滲み出ている。

春が進んで、初夏にさしかかる頃になるとその清水の一帯から「ゲロ、ゲ~ロ、グェ」となかなか良い声のガマガエルの鳴き声が聞こえてくる。

時に「ボ~ウッ、ボ~ウ」と牛ガエルのような鳴き声も響く。

私は下から登ってくるわけだが、「おい!」と、呼びとめるかのように「ゲロッ」とカエルの声が響く。

「どこだ?」と立ち止まって耳を澄ます。かなりはっきりとその鳴き声は聞こえる。その音の元のあたりに目を凝らすのだが、カエルの姿は全く見つからない。

もうこんなことを繰り返して何年にもなるが、まだ一度もカエルの姿を見たことがないのだ。

しばし、立ち止まる。そして目を凝らす。「ボウッ」と鳴く牛ガエルなど相当な大きさだろうから、見えてもよさそうなものだが全く見つからない。

岩の隙間や、溜まり水の淵辺り、いることは間違いないが、確認出来たためしがない。

考えてみれば自然の生き物というのは、大体がそんなものだ。

山々に響く野鳥の声、森にうごめくもののけの声、めったなことで姿は見せない。

鳴いたり、足音をたてたりして、お互いの距離感というものを大事にしているのが自然の中の生き物だ。

それが最近のクマのように、しょっちゅう、ばったり人間と鉢合わせして衝突事故を起こすというのは、どこかに狂いが生じているからに違いない。

いろいろと複雑な理由があるのだろうが、その責任は向こうではなくこっち側にあることは明らかだ。

まさかカエルが跳びかかってくることはないだろうが、何となく腰を引き気味に今朝も覗いてみる。盛んに鳴き声はすれども、やはり姿は見えない・・・。

会津は天気が悪い。

朝晩は寒いぐらいで、ストーブをつけたりする。今年はなんと、まだコタツを仕舞っていない。いないどころか、時々点けている。

いくらなんでも、今週末には仕舞いましょう!

2014年5月19日 (月)

遠くなりにけり

娘が大きなお腹をして我が家にいる。

はちきれそうなお腹を抱え、ふぅふぅ言っている。6月の中旬には第一子が生まれるため、里帰り出産で実家にいるという状況だ。

その娘が生まれる時はどうだったんだっけ?と改めて思い出す。

もう遠い日のことだ。家人は大きなお腹を抱えて生まれる直前まで勤めに出ていた。

あの頃は確か、新婚の時から住んだアパートだったから、天神橋の近くに住んでいた。そこからどうやって仕事場に通っていたのだっけかなぁ?

車は1台しかなかったし、バイク?自転車?娘は2月生まれだから時期的にそれは無理だったろう。送り迎えと、たまにバスを併用して頑張ったんだろうなぁ・・・きっと。

雪の時期は、営業の合間になんだかんだやりくりして営業車で迎えに行ったりしてた。

それも、家人の会社は会津若松市の北側で、私の会社は南の端っこだった。

娘が生まれてからもしばらくは自転車。車が2台になったのは4、5年してからだ。自転車で託児所を回って職場へ、これを日々繰り返してたんだよなぁ。

まぁ、我ながらというか・・・私のことはさて置きやっぱり母親、ママはよく頑張って育ててきたもんだと改めて思う。

自転車で娘を迎えに行って、買い物をして、それから夕飯を作って、洗濯をして、翌日の分のおしめを揃える。あの頃は預けるには布のおしめを何組も持っていかなくてはいけない時代だった。

私は毎晩10時頃に帰ってきて、それから娘を起こして風呂に入れた。一息ついてビールを飲む頃にはもう12時だ。そしてまたすぐに次の日になる。

お互いに若かったから、くったまにしないでやっていたけれども(否、その時はその時でくったまにしたのだろうけれど)遠過ぎて忘れた。

いずれにしても若かったから出来たことだ。思い出すだに素晴らしい!

あんな時代はもう遠くになりにけり、今は思い出しただけでも疲れてしまう。

この週末には娘の旦那さんが来た。二人で、いろいろなことを飽きることなく話している。小さな声で仲良く静かに、ずっと話している。

ま、私の雑さとは一線を画した大人しさがあるな、彼には。

日曜には飯盛山辺りを散歩して、二人で食事をして、ちょっとドライブして夕方の電車で帰京した。

お腹から出てきたら、さあ、大変ですよ!

若い二人が頑張って、良きパパ、良きママになることを心から祈ります。

2014年5月13日 (火)

ここから下には

国民投票法、憲法解釈の変更による集団的自衛権、そして憲法改正など、自民党の行け行けドンドンの勢いは、消費税8%の余波もものかわ、留まるところを知らないみたいだ。

憲法改正の発議も議員の3分の2以上の要件は不可能だから2分の1にしようとか、ハードルを下げる姿勢が明らかだ。

朝鮮半島の危うさや、南シナ海全てを握ろうとする中国の覇権主義など、日本ばかりが平和憲法で本当に生き残れるのか?と思ったりもする。

一方で平和憲法は人類の文化遺産、一度失ったら二度とこの地球上に現れることはない、見たいなことを言われるとそれも大事だよなぁ、とふらふらする。

東日本大震災で街をさらわれた地域には、江戸時代から伝わる石碑があり、こ「ここから下に家を建ててはいけない」と書かれているという。

大津波でさらわれた当初は、誰もがその教えを守り高台に住んでいたのだろう。それが何十年か経ち、何百年が過ぎると、「もう大丈夫でしょう、まさかもう来ないでしょう」みたいなことになる。

勢い、乱暴な誰かが海辺に住まい魚をがっぽがっぽと獲る。すると一人、また一人と欲に駆られて高台から人々が降りてくる。

そして、海辺にびったりと張り付いた港町がいつの間にか出来あがるのである。

石碑の存在さえも忘れ去られ、人々は暮らしていく。

そして、そして、忘れた頃の大津波が全てを奪い去るのである。

「だから言ったじゃないの!」といっても時すでに遅し。人々の暮らしはすっかりさらわれてしまう。

3分の2なんか不可能だ!とは戦争の傷跡が癒えぬうちは誰一人思わない。でも戦後も遠くなりにけり、政治が凝り固まって、権力闘争が続くと誰もがそんな始まりの頃を忘れてしまう。

あの大津波の石碑にも似ている気がする。ここから下には・・・・の下までドンドン規制線が降りていく。そして・・・だ。

会津の朝歩きはのどかです。さざえ堂を通り、白虎隊士の墓へ。石段を降りる頃には飯盛山の交叉点のポケットパークで、朝仲間のみなさんがラジオ体操を行っている。

犬達も何頭か、朝のごあいさつを交わし合う。ここ数年変わらない。飯盛の朝の風景である。

2014年5月 6日 (火)

叩きまくる5日

5月5日は毎年恒例、会津高校同窓会のゴルフコンペならびに囲碁大会、将棋大会が盛大に行われる。

囲碁、将棋は20名程の参加だが、ゴルフは170人と大きなコンペ、毎年この日は会津磐梯カントリークラブが会津高校同窓会の貸し切りとなる。
前日までは快晴だったがこの日は肌寒い曇り空。7時半からOUT、INでスタート、それでも最後のスタートは10時を過ぎる。
勝手にスタート、上がった順からアテストを済ませ風呂に入って自由解散。
すべては18時から中の島で行われる表彰式の席上ということになる。
各学年が同窓生とワイワイいいながら楽しそうに回る。この日ばかりはプレイヤーに一人も女性がいない。磐梯のフェアウェイは野郎ばっかりということになる。
再共学化してまだ10年たらずだから、さすがに女性の参加者はまだいないのだ。
我々24回卒は10名の参加、いつもの悪友メンバーだが、同級生のゴルフはやはり楽しい。気兼ねが一切ない。
スコアの方は相変わらずだったが、面白かった。
我々が同級生の1組目、3人だったので後ろの一人を加えて、さらにワンハーフ回ることにする。元気な60歳である。
久々のワンハーフ、疲れました。
終了後、風呂にも入らず中の島へ。表彰式は盛大でたっぷり2時間はかかった。ひどいスコアながら49位と半分よりは上位だった。
学年対抗もあるのだが、我々の学年は一度も上位に来た事すらない。
優勝するとその学年が次年度の幹事になるので「みんな頑張るなよ!」などと悔し紛れに言ってはいるが、腹の底では皆、一度は優勝したいものだと思っている。
やがて、学年毎に散会。
叩きまくった一日の夜は楽しく更けて行くのでありました。

2014年5月 5日 (月)

手を合わす4日

5月4日は院内御廟において、会津松平家「お花まつり」が毎年行われる。

院内御廟の神霊に祈りを捧げる、会津松平家の重要な行事だ。こうした松平家の行事をお手伝いさせていただくのが会津松平家奉賛会だ。
このところ毎年、朝からお手伝いをしている。という事はGWのお出かけがないということでもある。
もっとも昨年は娘の結婚式があり、その前年は結納だったから、東京には出掛けていたわけで、GWの旅行には行っていないという事だ。
朝7時に集合、本年も快晴。だが、少々肌寒い。
沢水を神殿前のつくばいに引き込む。これは水奉行の仕事、現在の水奉行は磐梯町のK君だ。なかなかに大変な作業で、この水が来ないと「お花まつり」も始まらない。
一年に一度、開け放たれた神殿は事前に炊いたバルサンでカメムシの死骸が一杯。箒で掃き出し、ゴザを引く。二度拭き要らずのスプレーマイペットをぶっかけてぞうきん掛け。
メンバーは全員男、男仕事だから良いのだろう、おおざっぱで、大まかに、これを神経質にやっていたらきっと何時まで経っても終わらない。
木の机や台もシュッシュと吹き掛け拭き掃除、見る見る段取りが整って来る。
水奉行のKくんがどこからか山吹の枝を抱えて来る。ちょうどいい黄色い花を付けている。
それを竹の筒に差し込んで、男の生け花。これは大体小生の仕事、つくばいの水の周りも黄色い花で飾り付ける。大胆かつ適当に。
神霊に捧げる山桜は、F氏が東山の奥から摘んでくる。彼が本物の花奉行だ。この花が極めて重要。咲くのが早い年には、早摘みして冷蔵庫で保存したりもする。
藁の花筒に山桜を差し十三の神霊に捧げる、一本の木に通して神殿の一番奥に吊るす。
その先は額縁のように開け放たれていて、新緑の御廟の山が広がっている。5月のこの時期にしか見ることのできない一幅の絵だ。
8時を回った頃に、毎年朝ごはんの差し入れが来る。昨年、NHKの「新日本風土記」で取り上げられてすっかり有名になった東山芸者・真衣ちゃんの手づくりおにぎりだ。
ひと仕事の後、これが美味い。梅干し、シャケ、野沢菜と一升5合も炊いてにぎってくれたという。
おにぎりの山、卵焼き、タコウインナ、漬物などなど。3個も食べてしまったがなんと3個とも梅干しだった。(ついているのか、いないのか?)
その後、各自着替えに戻り、10時から「お花まつり」が始まる。松平十四代・松平保久さまも到着。市長さんや議長さん、各団体の長が揃う。
今年は神事を終えるとすぐ、一足お先に失礼した。
快晴の中、家人と高郷までドライブ。先だって亡くなったN氏の墓前に報告があり、納骨されて間もない墓参りをさせてもらうことにした。
彼の残した会社の整理も終わり、すべてのお金も整理がついた。
退職金も借入金も払い終え、税金も納めた。あとは時間の経過を待ち、会社清算となるのを待つばかりである。その報告、けじめとしてどうしても行きたかったのである。
N家代々の立派なお墓に花を上げ、お線香をあげて、家人と共に手を合わせる。
これで本当に、気分的にもひと段落が付いた。
今年の5月4日は「お花まつり」、そして友人の墓参りと、誠に殊勝に、心掛け良く過ごした一日ではあったわけだが・・・「春の天皇賞」は見事に、お外れになった。

2014年5月 3日 (土)

十楽

5月3日、4日、5日と町なか神明通りの、東邦銀行駐車場において「十楽」というイベントが開催された。

昨年、秋に鶴ヶ城本丸広場で初めて行われる予定だったが、悪天候のため中止になったイベントだ。

コンセプトはよく分からないが(スミマセン)、会津藩主となったキリシタン大名・蒲生氏郷公が織田信長の「楽市楽座」に習い「十楽」という自由市場を会津に開いた故事に習ったイベントであるらしい。

会津の産品、食べ物などを南蛮市風の(そんなものがあるかどうかわからないけれど・・・)露店に並べ、俄あつらえの舞台では様々なユニークな催し物が行われる。

全国各地から大勢の人々が集まり、賑わう・・・そんなことを目指したイベントらしい。

中心になっているのは、会津青年会議所の現・旧メンバーの方々なので私の良く知った友人たちも多い。

なので、去年も今年も協賛を求められて応援している。

GW後半の初日、3日はもう夏の様な暑さだった。家人と昼飯方々、その「十楽」をのぞいてみた。

旧・中合デパートの跡地は東邦銀行関連会社が取得し、きれいに整地されて新しい駐車場になった。

この駐車場は中心市街地活性化の応援も兼ねて、様々なまちなかイベントには無料で開放されるそうだ。

茶室をはじめ、芝居の大道具の様な屋台が30軒ほどあったろうか、南蛮人の様なコスチュームの人、着物姿の人々など、コスプレ模様で、やっている人々も楽しそうなところがいい。

舞台には紙製の立派な鎧兜がズラリと並び雰囲気を演出している。

売っているものも産品をそろえるコンセプトに合わせ会津各地の品物が並んでいた。初めてなので、はなはだ小規模ではあるが、これが山ほど揃えば、確かになかなかの見応えだろう。

広場では室井市長はじめご友人たちが、ワインの瓶を何本も並べて盛り上がっていた。お休みですからねぇ~、昼から一杯は実に楽しい。こういう形の応援もありでしょう。

それにしても暑い。のどがカラカラだ。

それにしては飲み物があまり売っていない。生ビール、ワイン、日本酒、カクテルなどユニークな屋台はあるが、水やお茶という当たり前のペットボトルがない。周りのお店に配慮して、売っちゃいけないのかな・・・・?

仕方なく家人の免罪符をいただき生ビールを一杯、うまい!

本格的な石窯のピザ、ワインと生ハム・チーズ・クロワッサンなどの南蛮セット、会津地鶏の唐揚げ、などなど縁日屋台では味わえない本格的なものが揃っている。それもほとんど500円ワンコインだ。

いたるところに知った顔、顔、顔。挨拶を交わし、家人を紹介し、知り合いの屋台に一通りお付き合いして、飲んだり食ったりしただけで、結構おなかも膨れ、気持ちも良くなる。

舞台では地元劇団による蒲生時代を舞台にした朗読劇が行われた。(すみません、よく聞いていませんでしたが)パチ、パチ、パチ!

1時間ほど楽しんだ「十楽」、なんだかよく分かりませんが私としては、美味しく、サービスもよく、そこそこ楽しめました。

いずれにせよ、多くの人々が、それぞれの立場で会津が賑わうために、また、会津が元気になるために、なんだかんだと思った事をやってみるのは悪いことではない。

いろんなことをやっている内に、いろんな種が生まれ、咲いたり咲かなかったり、うまく行ったり行かなかったり、そんな中から本物のぶっとい樹が育つこともあるだろう。

この街が好きで、仲間が好きで、お祭り騒ぎが好きで、そんな人々が笑い合っているところには、きっと良いことしか起こらないはずだ。

三日間、ご苦労様です。会津「十楽」頑張ってー!

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