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2014年4月

2014年4月26日 (土)

一時期、同じ

家人が60回目の誕生日を迎えた。

学年はひとつ違うのだけれども、同年と言っていい。
還暦というわけである。娘たち夫婦が来て、家族5人で祝いの小宴を催した。
行きたいと言っていた、懐石「さかい」を予約、家人の還暦祝いだからよろしく頼むよ、と店主にお願いしておいた。
少し早めに集まったので、6時半の予約を6時に繰り上げてもよいかと尋ねる。「それはちょっと・・・」という。なるほど、段取りというものがあるのだろう。
それだけに大いに期待も膨らむ。
迎えに行った車に乗り込むや否や息子が「ハイよ」とプレゼントの箱を渡す。
「早や!」向こうについてひと段落してから渡せばいいだろう、と思うが、きっと照れくさいのだろう。
料理は静岡産の筍のなんとか焼きから始まった。
春先に一度来た時には、筍も鹿児島産と言っていたが、大分北上した。
宴は和やかな内に、日本酒がどうしても進む、進む。
娘夫婦からは凄い箱に入った立派な日傘が贈られ、私からは毎年ひとつあげるピアス。
しかし、今年は少々奮発した。3年分ぐらい一度に張り込んだので懐が淋しくなった。
心尽くしの料理が続く、最後のすっぽん粥の後に、ろうそくの灯った小さなケーキのデザートが出た。
なかなかの気遣い。会津で人気の料理店だけのことはある。
本当に若い時分には、還暦なんて凄い年寄りだと思っていた、その歳に夫婦揃ってなってしまったのである。
しまった、という話しも無いだろうが、なって嬉しいというよりは、しまった感の方がやはり強い。
これから何年、互いにあまり迷惑をかけずに生きていけるのか分からないが、出来うれば、健康寿命の終わりと、寿命の終わりを大きくズレルことなく合わせたいと願うばかりである。
あれだけ絶対に着ないと言っていた赤いちゃんちゃんこと赤い頭巾、娘たちがわざわざ二人分用意をしてきた。
東京からわざわざ持ってきたものを無にも出来ないので、一応身に付けた。
大笑いされながらも、結構、似合う似合うというので、結局は調子に乗って写真を何枚も撮った(撮られた。昔からかぶり物が好きだ、と言われている)
ついでなので娘夫婦も赤い衣装を身に付けて記念撮影、まさに30年後の二人の姿である。
このまま、30年後にこの写真を見て家族と大笑い出来ることを、心から願っている。

2014年4月24日 (木)

お湯の出る暮らし

ようやく、お湯の出る暮らしが戻って来た。

風呂場が新しくなった。洗面所と風呂場の部分を外側に40センチほど出したが、40センチ広がっただけですごく広くなった感じがするものだ。

人間なんて、座して半畳、伏して一畳だ。

日常の動きの幅が少し広がっただけで大変に有難く、少々豊かになったような気がする。

今時の洗面台はでかい。シャンプーできるのが標準で、昔の「洗面所ですよ!」という感じの陶器の丸っこいのは無いらしい。

蛇口というか、水の出口もシャワーヘッドになり、伸びたり縮んだり自由自在・・・こんなことを書くとよっぽど遅れていたと思われるなぁ・・・。

ま、いくら朝シャンができるようになったからといって、今や何の意味もないというか、使うこどもも居ないので遅い感じもするが、こういう製品しかないのだから仕方がない。

浴槽はもともとデカイのを入れていたので、そうは変わらないが、周りが広くなり、暖かくなった。

窓も上部に横長のをつけたので、これからの季節は窓を開けて風を入れながらでも、たぶん見えない。

家人の念願だった風呂場のリニューアルが完成し、お湯のある暮らしが戻って来たというわけだ。

この間、銭湯通いにも慣れて、たまには銭湯もいいな、と風呂の選択肢が広がった。

これで東山温泉の旅館の風呂(入浴だけ)が気軽に入れるともっといいのだけれども、やはり温泉旅館の敷居は少々高い。

好きな新滝の湯や、東鳳の露天風呂、向滝のクラシックな湯船など。「ちょいと、湯をもらうよ!」という感じで気軽に入れると良いのだけれど、なかなかそうもいかない。

いずれにしても風呂は日本人の必需品だ。オリンピック選手や大リーガーもバスタブに浸かれないと、どうもダメだという。

銭湯通いをしてみると、やはりお湯の量だなぁ、と思った。大きな風呂が温まるのは、湯の量、全体の水圧というか身体への熱の伝わり方が違うのを感じる。(今さらながら)

特に深い湯船が良い。座れない深さの湯船、あれは温まる。あれは家庭じゃ無理だ。

風呂が出来ても時々は「竹の湯」さんに行くしかない。

さて、連日のお花見会である。会津は今まさに今が満開。22日日から5日間ぐらいはどでかい高気圧の中で晴天続くという。

満開の時期に、こんなに安定した晴れが続くのは久しぶりのことではないだろうか。

で、その高気圧の中、毎日のお誘い(お勤め?)、とりあえず、今日も、明日も、明後日も花見の宴である。

2014年4月23日 (水)

BIGな当たり

生まれて初めて、スポーツ振興くじBIGが当たった。

ネットで開催回を選び、くじの種類を入れる。

照会ナンバーを打ちこみ、打ち間違いがないかちゃんと見直した。

で、結果のボタンをポンと押す。

すると「おめでとうございます」の赤い文字。え?ウソでしょ?6億円ゲット?人生変わっちゃう????

ドッキン!とした。その下の方を見ると結果、当たり5等1口1770円とある。

1770万円とは書いてない。万抜きだ。

「やっぱな!」と独り言。何が「やっぱ」なのかは分からないが、そうなのである。

「ふーぅ」と深いため息ひとつ。「あー、たまげた!」

窓の外はのどかな日差しが降り注ぐ会津の春である。

一瞬にして人生が変わるようなこともあるが、今回は、私の人生は変わらなかったようである。

ええぃ、この当選金を換金してまたBIG転がしだ。そして、そして、いつの日か・・・。

2014年4月22日 (火)

何も言わない

天の声というものが聞こえるという人がいるらしいが、いくら手を合わせ拝んでみても、声を聞いたことはない。

夢のお告げというのも経験がない。

「なぁ、お前~」と神様に呼び掛けられたところまでは夢で見たことがあるが、肝心のその先、何を聞いたかさえ、目が醒めた瞬間に忘れてしまっているのだから話にならない。

朝歩きの際、大日如来坐像を小窓から覗き手を合わせる。樹齢六百年を越える石部桜の幹にそっと手を当てて目を閉じてみる。白虎隊士の墓前に手を合わせる。そして、出かける前には線香をあげて仏壇のご先祖様に手を合わせる。

誰も何も言わない。

どんなに迷い事や、悩み事があっても何も言わない。

手を合わせ、考え、悩み抜いて、結局、結論を出さなければならないのは自分自身だ。

せめて競馬のオッズ程度の、なんとなくこっち的なお告げがあっても良さそうだと思わないこともないが・・・ない。

では、手を合わせることが無駄かというと、そんなことは露ほども思わない。

手を合わせ、皆の無事を祈る。結局は私を守ってね!と身勝手なお願いばかりをしているわけだが、実はそう言っている自分と一瞬向き合っている気がする。

「どの面下げて言ってるんですか・・・?」「どこまで本気なの・・・?」「それでいいの・・・?」

鏡を見ないと眉が引けないように、口元のひげを整えられないように、自分と向き合わないと、物事の本質も見えてはこない。

で、向き合ったからといって、これまたよく分からないのが「自分」というもので、誠に厄介なわけだが、向き合わないよりはいい。

安易にエイヤー!で決めるとロクなことはない。片眉をすり落としたり、ひげが片チンバになったりする。

流行りのパワースポットなるものを感じたことはないが、そう呼ばれる場所には、きっと神様が鏡を置き忘れていて、信じる人には自分の姿が、他の場所よりよく見えるのではなかろうか?

外からのパワーを感じる、のではなくて自分自身を多少客観的に感じられる(見られる)のではないだろうか。

としても誰も何も言ってはくれない。

答えを出すのはどこまでいっても自分自身だ。出ない時は出るまで手を合わせ、悩み抜くしかない。(その内に忘れてしまったりする)

あまり真剣になり過ぎても身体に毒だ。

会津弁で言うところの「うるかす」(=しばらく水に浸して放ったらかしにして置く。そうするとふやけて柔らかくなったりする)という手もある。

ま、何も言わないことは分かっているのだけれど、手を合わせるとなんとなく心が落ち着く。

それで充分。

花曇りの朝、会津もすっかり春になりました。

2014年4月21日 (月)

11時のウグイス

私の部屋にある時計は1時間ごとに時を告げるが、その音がすべて鳥の声なのである。

カッコ―とか、トンビとか、フクロウとか、鳥に詳しくないので全ては分からないが、午前11時の時報はウグイスの声である。

別段、鳩が出てきたり、文字盤に鳥のイラストが描かれているわけではない。が、なぜか鳥の啼き声なのである。オフィスにちょっとした潤いを!と考えられたものなのだろう。

初めはちょっと違和感があったが、もう慣れた。

11時のウグイスの声を聞いた時の腹具合で、なんとなくその日何を食べようかと決める。

・・・食うことしか考えていないようで恥ずかしいが、この頃にはもう空腹が始まっているのである。

朝もしっかり食べてくるのだが腹が減る。

健康な証拠だろうと思ってはいるが、実はこの食欲というものが不健康の元だという説もある。

要は現代を生きる我々は食べ過ぎ、栄養の摂り過ぎだ、と言われ、食欲の任せて食べ過ぎるのが万病の元と言われているのだ。

人類は誕生以来、その歴史の99.9%以上の期間、飢餓状態を生きてきた。

大昔に食糧が充分などということはなく、獲物が獲れた時にやっと食事にありつける訳で、それ以外のほとんどの時間を空腹で過ごしてきた。

だから人間の体は空腹時にうまく対処するように作られている。

いろいろなホルモンや分泌液で体内調整をして、飢餓状態でも元気に動き、獲物が獲れるような仕組みになっているというわけだ。

それなのに、朝昼晩ときちんと食事をして、それもカロリーたっぷり、栄養満点なのを満腹になるまで食べてしまう。

勢い、肥満になり、成人病になり、悪性新生物に侵され、さまざまな病気になるのだという。

説得力がある。

おまけにスィーツだ、美味しいドリンクだ、酒だビールだとたらふく飲んでいて、美味くて楽しいが、これじゃ体に身体に良いわけないよ!とは確かに思う。

でも、問題は「食欲」というやつだ。

私の友人で朝はニンジンジュースだけ。昼は玄米のおにぎり、夜も晩酌はほとんどやらないというストイックな奴がいる。非常に健康に気を使っている。身体も引き締まっているし、ゴルフの時もカートには一切乗らず、走る。

「あてつけか?」と思うことさえあるが、近頃痩せて来て、馴染みのキャディさんが私より老けて見える、お上手を言った言葉にすがり、「ざまあみろ!」と一人つまらぬ溜飲を下げたりしている。

また別の友人は、年中「ダイエットとしてるんだ!」と言うが、一向に実を結んだ試しがなく、あんまり昼をセーブするもんだから、夜の無尽で我慢できなくなって隣のお膳にまで手を伸ばしたりする。止めるといった日本酒も、よくガブ飲みしてしまう。

すっかり狼中年状態だが、こっちの方が人間臭くって、親しみを感じてしまう。

この両人の中間ぐらいを心掛けようと常々、思ってはいるのだ。

大盛りは頼まない。夜に上がりのラーメンや寿司、油そばなどは食べない(大体、食う方がおかしい)。

甘いものは控える。野菜中心に、いろいろなものをバランスよく・・・決して食べ過ぎない。腹八分目!

本当にもう少しちゃんとしないと、このままではいけないと真面目に思っている。

このままでは一度も越したことのない大台を越してしまいそうな今日この頃。(0.1トンではないですよ)

大体において11時のウグイス「ホー、ホケキョ」が、「アー、ハラヘッタ」と聞こえるようじゃ、ダメなんだ!

2014年4月19日 (土)

銭湯と入れ墨

銭湯通いが続いている。慣れてきた。

銭湯に行くようになって気付いたのは、銭湯には入れ墨をした若い人が結構多いということだ。何度も出っくわした。

大江戸温泉や富士の湯などは、『入れ墨、タトゥーの方はお断り』と書かれているが、銭湯の場合はフリーなようだ。

ただし、昔のやくざ映画に出てきた「唐獅子牡丹」や「登り竜」のようなきれいな和彫りというのは見ない。

いわゆるタトゥー、という線だけのような、それも滲んだような、申し訳ないが雑な感じのする入れ墨だ。

これだけ見るのだからタトゥーを入れている人というのは会津にも結構いるのだろう。

世界のサッカーやスポーツ、芸能界でもタトゥーはまったく珍しくない。ベッカムなんか手の先まで入れている。

ひと様の好みの問題だから何とも言えないが、私は古い価値観が浸みこんでいるので、どうも嫌だ。

絶対に隠れない手の甲にまで入れる神経は理解できない。それは当然ながらカッコいい、お洒落だ、という感覚なのだろうが、分からない。

日本では古くから罪人が墨を入れられた様に、身体に入れ墨を施すことで、堅気の世界とは一線を画すという価値観がある。

堅気の世界に別れを告げて極道の道に足を踏み入れる。血のつながりよりも盃のつながりの方が深い世界だ。

もちろん今の若者がそんなことを考えているわけではないのだろうけれども、日本にはそうした価値観が根強くあるのは事実だ。

それゆえに、入れてしまって後悔し、入れ墨を消すという仕事がひとつのマーケットを形成している。レザーや手術、それこそ専門の医師にやってもらわないと危険な医療行為だが、病気を治すための医療とは違う。(精神的に必要な場合もあるだろうが)

結果論だが、墨を入れなければやらなくても済む美容整形だ。

もっとも宗教的なものや民族の歴史の中で欠かせないものもあると思うので一概には言えない。

けれども、「カッコいい、やってみたい!」程度なら性能の良いシールやしばらくすると消える入れ墨で、気分を味わえば充分ではなかろうかと思う。

それでも、どうしても入れたければどうぞご自由に、という他ないが、身内にはそうは言わない。

「もし、入れ墨絵を入れたら縁を切る」とこどもの頃から申し渡してある。だって、嫌だもん。

銭湯で髪を洗うその背中に、大蛇(アナコンダ)のような一面の入れ墨、ところどころに赤や青の色が入っていた。どこか漫画チック。

できるだけ見ないように、目を合わせないように注意を払う・・・が、思わずパッと見てしまったその顔、拍子抜けするくらいに優しげな顔をした、ごく普通の若者だった。

でも、彼は入れたかったのだろうなぁ・・・一面に。

健さんの「夜叉」という映画。過去を隠し通して生きる漁師町、ある日、バサッと切られた背中から夜叉の入れ墨がのぞく、驚く漁師たち。その日を境に人間関係が音を立てて崩れて行く・・・。

これだけ若者のタトゥーを頻見するのだから、職場でタトゥー、入れ墨をどう扱うか・・・・これからは考えて置かなければならない課題のひとつではあるなぁ。

2014年4月18日 (金)

壊れる

建物が壊れると、これまでになかった風景がそこに生まれる。

広々とした空間、空。

ついこの前までそこに建っていたいたものが消えると、そこにあった風景がいきなり遠ざかる。なんだか以前の姿が、思い出せなくなるのだ。

見なれた街並み。久しぶりに訪れるとぽっかりと空いた空間が駐車場になっている。「あれ?ここに何があったんだっけ?どんな感じだったっけ?」

見慣れていたはずなのに不思議と思い出せない。そんな経験はないだろうか。

建物が壊れる。それはその風景の死だ。映画セットの復元でもない限り、もう二度と元には戻らない。

そこには新たな風景が生まれ、またさらに新しい風景が築かれていく。人間の歴史は風景づくりの歴史でもある。

本館病棟、中央病棟が、すっかり姿を消した。

およそ半年かかって・・・跡には広い荒れ地が広がっている。

ここに道を導き入れて、駐車場を作り、植栽をし、広々としたエントランスを作る。そしてもう一棟建物を建てる。

時間が流れ、人も変わっていくだろう。過ぎてゆく時は歴史となっていく。

壊れるは、作るの前哨戦。作るも、また壊れるの前哨戦だ。

会津野を見下ろす飯豊連峰の万年雪、ぶっ壊れないものは、気高く美しい。ちっぽけな人間には到底かないませんなぁ・・・。

2014年4月17日 (木)

知らなくてもいい

マスコミというものは国民の知る権利を守り、権力の腐敗や暴走を止める大切な働きを持っている。

しかし、何でもかんでも今すぐに、リアルタイムで知る必要が本当にあるのだろうか?と時に思ったりする。

大騒ぎのSTAP細胞のニュースなどを見ていると、一体、何が一番重要なことなのか分からなくなってしまうようだ。

若い女性研究者やその先生方、理研という大きな組織、その人たちが何をやってどんな間違いを起こしたのか?それはそれで大事なことかもしれないが、とりあえず急ぐべきはSTAP細胞とやらがあるかどうか、ではないのだろうか?

生物学の歴史を愚弄している、とまで言われた世界的大発見なのだ。(かもしれないのだ)

人類の歴史を変えてしまうかもしれない重大な研究だ。

間違い探しや、犯人探しのような下世話な報道はもうたくさんだと思います。

一旦、マスコミは全部引いて、どこかに研究者が集まり、国家的プロジェクトとしてSTAP細胞の研究をやる、検証をする。

我々は、あとで経過を教えてもらえればそれでいいですよと、私は言いたい。

日本が世界のトップを走れるかもしれない貴重な種だ。作れるという人に作ってもらって、どんどん研究を進める方が、どう考えても先なんじゃない?と思う。

みんなで叩いて、突っついて、病院に入院させてる場合じゃないんじゃないの?

1分でも1秒でも早く、人類の運命を変えるかもしれない大研究を進めて欲しい。

やるだけやってダメだったら「ごめんなさい」で良いんじゃないの?

未知の研究をしているのだから、間違ったり、失敗したりは付き物だし、それを咎められたら科学の進歩など無いでしょう。

ま、確かに意図的に、自分の利益のために人や世間を欺いたりするのはいけない事だけれども、「セクハラだ。不倫だ。」という品性を疑われる様なことを言って、たとえそれが間違いだったとしても、後で咎められるわけでもない人達が、エラそうに言えた義理じゃないでしょう。

「それでも地球は回っている」といったガリレオと同じかもしれないのだ。

あの時のオボちゃんが、何百年後の世界偉人伝に載るかもしれない。もちろん載らないかもしれない。

が、それはそれで構わないことだ。

一体、何がすごいことなのかさえも一般人にはよく分からないのだから、日本を代表する頭脳が集まって喧々諤々やってもらって、結局こうだったと。

我々が知るのは後で構わない。

今はゴチャゴチャ細かいことは知らなくてもいいから、どんどんやって!というのが私の考えであります。

会津五桜のひとつ、銘木・石部桜、開花はまだだろう、と思っていましたが今朝行ってみたら1分咲きぐらい、咲いて来てました。

植物の細胞にはあるんでしょう?STAP現象ってのが、、、、だったらあっても不思議はない、のかどうかさえもよく分かりません。

2014年4月15日 (火)

今年は唄上手。

ウグイスの初啼きを聞いた。毎年この時期の早朝に初啼きを聞いて「オオッ!」と、嬉しくなる。

ウグイスも初めはうまく啼けない。「ホー、ホッツケチョチョ、チョ」とたどたどしい。が、今年のウグイスくんは、なかなかの唄上手だ。

「ホーホー」と、頭の部分は少しダブったりするが「ホケキョ」の部分は実にきれいな声で山の木々に響き渡る。

やっぱり「ケチョ」と訛ると、響きがいまいちだ。

ウグイスにも個体差があって唄の上手、下手があるものだ。

唄と言えば、私は極度の音痴で、生涯最大のコンプレックスが音感の無さ、音痴なのである。

若い頃は本当に悩んだ。悩んだというか・・・悩んでもどうなるものでもないので持って生まれた能力を「恨んだ」に近い。

キツく気付いたのは中学一年の時、仲の良かった友達二人がとても音感が良く、ギターを弾いたりしていたのだが、私だけは蚊帳の外だった。

初めて三人でTくんの部屋でギターを弾いて歌ったが、一人だけ調子が外れている。その外れているのに本人だけが気付かないのだ。良く分からないと言った方がいい。

「違う、違う、こうだよ」とTくんがギターを爪弾きメロディを弾くが、それと同じ音で歌えない。自分が音痴であることを強烈に自覚し、深く傷ついた。

何音か違えばさすがに音の高低は分かるが、ギターの調律が出来ない。5フレットを押さえて、隣りの弦と同じ音に合わせることが出来ない。近い音の、どちらが高いか分からないのだ。

普通の音感の人からすれば、ふざけているようなものらしい。「うそでしょ?」と、なんの悪気もなく言うのだが、本当なのだ。

自分には、普通人にあって当たり前の感覚の一部が欠落している・・・。受け入れて笑えるようになるまでは時間がかかった。

音感やリズム感、運動神経、努力だけでは変えられないものがあるというのは現実なのである。

青春時代は何といっても音楽だ。

もちろん大好きなアーティストとかはいた。しかし、友達のようにギターを弾き、演奏して楽しんだりなどできない。歌って演奏できる人間がどれほど羨ましかったかしれない。

もし、私に音楽的な才能があったら、すごく仲の良かったTくん、E君ともにかなり素養があったので、三人で「クリーム」みたいなすごいバンドになっていたかもしれない・・・ナンテね。

昔のカラオケは残酷だった。初期の頃は、プロ歌手の伴奏そのままの8トラのカラオケで、主旋律が鳴らないからよほど歌える人じゃないと上手くは歌えない。

そんなもので「歌ってみろ!」ろ言われると地獄だった。

最近のカラオケは優しいので、簡単な歌ならついていけるが、ちょっとテンポが上がったり、難しくなると全くだ。

飯盛山のウグイスは初めは下手でも、啼いている内に上手になるが、根本的な音感がないのでいくらやっても残念ながら上手くはならない。

劣等感というものは時に「今に見ていろ!」という反骨のエネルギーにもなるが、この場合、無いものは無いので「今に見ていろ!」といってみても仕方がない。

いつか見返してやる、といっても音楽のできる人間を見返す術などないわけで、別物の話だ。

ま、それでも60年何とかやって来たのだから人間、足らないものがあってもどうにかはなるものだ。

先日、ユーミンのコンサートを郡山で観た。前から9列目の真ん中というすごくいい席、ユーミンの表情も、息切れ具合も良く見えた。

音楽の神に愛された女性と少し見離された男の間は・・・10数メートル&無限大。

しかし、60年も人生を重ねると、なんだか互いに通じ合うものを感じるから不思議なものだ。(ユーミンは感じてないでしょうが)

「ホー、ホーケキョ!」・・・今日には会津にも開花宣言が出ることでしょう。

2014年4月13日 (日)

趣味の一環

友人のYくんは絶対に安物買いをしない。安物買い、というより高物買いをしないと言った方が正確だ。

何を買うにもとことん調べて、値切れるところはしっかり値切る。値切るというと怒られるか?値段交渉をするというのが正確だろう。

ネットで調べて、調べ尽くして、納得できないとずっと買わなかったりする。その分の多少の不便さは、平気で我慢する。

たとえば、あるクルマが欲しいとすると、本を買ったり、カタログ、HPなどでとことん調べて、セールスマンよりもそのクルマに精通するというのだ。

知識がないばかりに適当にはぐらかされるのが耐えられないと言うし、セールスマンをも言い負かし、納得して価格を下げさせる事に、至上の喜びを感じるらしい。

「ひとこと言いって、3千円でも5千円でも下がったら安いもんだべした。言わねぇ手はないよ・・・」それもそうだと、私自身、至極納得する。

私もならって、一応値段交渉をしてみたりすることもあるが、まぁ、適当。無論、調べ尽くすなんて勤勉さはまるでない。

それなのにこの図体であんまり言うと「脅し」と、とらえかねないので注意しなければならない・・・。

そんな私を見かねるのだろう、時々自ら買って出て値段交渉をしてくれたりもする。

このところ立て続けにもの入りで、洗濯機とタイヤを買った。Yくんの御蔭で都合1万円以上は安くなった。

居酒屋で一回はたらふく飲める。

そんな彼だから貯蓄や投資の腕前も相当なもので、色んなことをしている。

買い集めたコレクションは老後ネットでチョボチョボっと売りさばけば、2倍、3倍の値は充分につくものばかりだという。(これも老後の楽しみだとか)

倉庫一杯分の品物達がきれいに整理されている。

そういう風に何から何まで、絶対に損をしないようにきっちりと管理、整理、整頓し、調査し、勉強している。

どうやら、そのこと自体がすでに趣味の域に達しているようなのだから、まさに究極の一石二鳥と言えるだろう。

趣味は蓄財と、絶対無駄遣いをしないこと!

彼と話していると、見習わなければ、見習わなければ、という気持ちになるのだが、どうにも性根は変わらない。「面倒くさい」が先に立つ。

本当にこんなに何でもかんでも面倒くさいで、大丈夫なのだろうか、と反省しきり。

反省はするがすぐに忘れる。「反省だけなら猿でもできる」というのがあったが、まさにそのレベルだ。

ま、人間そんなに変われるわけはないのだから、せいぜい、今後は何をするにも、何を買うにもYくんにひと言相談するようにしよう、と思う今日この頃なのである。

幸いなことに彼の方も面倒くさがらずに相談に乗ってくれて、いろいろ手間や暇をかけてもらったりもするのだが、その分を請求されたことはない。

もはや、どうにもいい加減な私の面倒を見ることも趣味の一環になっているのかもしれない・・・やはり持つべきものは友である。

会津の桜も一輪二輪あわて咲き。今週末には満開の声も聞かれることだろう。

2014年4月10日 (木)

湯のない暮らし

お湯の出ない暮らしと言うのは不便なものだ。

25年以上経った風呂場を直している。洗面所周りも直すので2~3週間ほど、お風呂に入れないし、ボイラーも外してしまったので家中、水は出るがお湯は出ない。

今や、ひねればお湯が出る暮らしが当たり前で、春の水の冷たさには改めて驚かされる。

顔を洗うにも、洗い物をするにも、手を洗うにも、この時期の会津の水道水は、滅茶苦茶に冷たい。

思わず「あは~っ!」と言う情けない声が漏れ、手が痛くなる。

風呂は、銭湯に頼るほかない。

大江戸温泉→ちょっと遠いがサウナがある。富士の湯→駅前で便利でサウナもあるが混んでいる。で、昔ながらの銭湯というのもある。

会津若松市内には、今や三軒が残るだけという。城前に一軒、材木町にも一軒あるそうだ。そして上町に「竹の湯」という銭湯がある。

ここが近くて便利、ここのところ下見も含めて4,5回は通っている。

本当に昔ながらの銭湯、それも小さめの銭湯だ。

二つの湯船があり両側に洗い場が並ぶ。残念ながら富士山の絵はないが、タイルやイスや桶もすべてきれいに洗い込まれており、古い事は古いが、さっぱりしていて実に気持ちが良い。

今まで一番人が多かったのが私を含めて5人。昨夜は1人居て、途中1人来て、上がる時には私1人だった。この空き具合も実に良い。

当面は「竹の湯」さんにお世話になろうかと思っている。

朝はでかいアルミの鍋に一杯お湯を沸かし、洗面や洗いものや何やかやを済ましている。

でも、私は面倒くさいのでほとんど水のまま、返ってその方が顔も皮膚が締まっていい感じがするが、「オーッ!」という雄叫びが思わず出てしまう。

洗濯も出来ない。

車で2,3分のところにコインランドリーがあるので、そこへ持っていくように洗濯物を大きなゴミ袋に貯めている。ごみ袋から洗濯機に入れるのもどうかと思うが・・・そこは人に見られないようにやろう。

暮らしの中にお湯が出てきたのはいつごろからだろう?

記憶では中学生頃だろうか。何でも深夜電力で温めるとかいう機械が我が家に入って、流しの蛇口をひねるとお湯が出るようになった。母親はすごく喜んだ。

それでも離れた洗面所などは水だったと思う。

各所に湯沸かし器が取り付けられてお湯が出るようになったのは高校生ぐらいじゃなかったろうか?

もっとも、当たり前のように水が出る暮らしの出来ている人間は地球上の半分にも満たない。その上、お湯が当たり前なんていうのはほんの一握りだ。

そのありがたさを思えばしばしの不便さなど文句を言っては罰が当たるというものだ。

ほんの一時期のことなのだから、この不便さを「楽しむ」ぐらいの余裕がなくては、いっちょ前の大人とは言えないだろう・・・。

ひゃっけ!けど、楽しい!

2014年4月 8日 (火)

名前を呼ぶ

先ごろ新聞記事で見たが(どこからの出典か、もう忘れている)、歳をとればとるほど名前を呼ぶことは大切なのだそうだ。

お父さん、お母さん、パパ、ママ、じじ、ばばではなく、太郎さん、花子さん、とお互い名前で呼び合うことで脳は喜ぶのだそうな。

「おい」や「なぁ」「ちょっと」などは論外、もはや人を呼ぶ呼び方ではない。

首脳同士もフォーストネームで呼び合える仲であれば、強固な信頼関係を強調できる。(正しくは演出できる、かな?)古くは「ロン、やす」のレーガン、中曽根さんの仲。

先だってはオージービーフの関税を巡り、豪州首相と晋三さんが、ファーストネームで呼び合っていた。

先の話に戻るが、名前で呼ばれることによって自分の存在価値を再確認できるのだそうだ。

自分が必要とされる人間である、名前でしっかり確認される関係である、と思える事によって脳も活性化し、幸せな気分になるという。

私は、自分の名が気に入らないわけではないが、こどもの頃は「ケンジ」とか「サトシ」とか、苗字よりも名前で呼ばれる三文字名前が良かったなぁ、と思ったことがある。名前で呼ばれている友達が少し羨ましかったのだ。

なぜかは前述の通り。大切にされてる感、親近感が感じられたからだ。

最近のことを考えてみても、苗字で呼ばれるよりも、やはり名前で呼ばれた方がなんとなく嬉しい。だから「まさひろさんのブログ」などと言う副題を付けたのだ、きっと。

人間の感じる(万人ではないかもしれない)こうした感覚は、時に有効利用した方がいい。

たとえば診察室、「どうしました?」よりは「どうしました?ハナヤマさん」と呼びかけた方が自分を診てくれるという感じがするだろうし、さらに「どうしました?ハナヤマ サキコさん」と呼びかけた方が、私をしっかり診てくれるという感じがするだろう。

名物と言われた帝国ホテルのドアマンは約6千人のお客様の名前と顔、家族構成まで記憶していたという。

「いらっしゃいませ!」よりは。「いらっしゃいませ!マタキタ様」といきなり名前を呼ばれた方が嬉しい。

接客サービス業の肝は『特別扱い』と言うのが自論。自分は特別扱いされていると思うと優越感に浸り、幸福ホルモンが出るものだ。(この手に引っかかることもよくあるが・・・)

夫婦の場合、今さら特別扱いもないもんだが、恥ずかしがらずに名前で呼び合った方が、これから先の時間が少しは良いものに変わるかもしれない。

少なくても「おい!」よりは良いに違いない。

「まさひろさん」「ひろこさん」・・・軽く却下されるかもしれないが、一考の余地はありそうだ。

福島に開花宣言、郡山もちらほら、会津はあと一週間ぐらいでしょうか。

2014年4月 2日 (水)

行く人、来る人

そういう季節だ。

期末に退職辞令があり、万愚節(エイプリールフール)に入社式が行われる。

退職辞令は毎月末に行われるが、三月はさすがに多い。辞令交付&あいさつはボスの仕事だが、年のうち半分くらいは代理でやるかなぁ・・・。

この三月には大物も退職、入れ替わり感が一層強い。

新入職員は96名。どの顔もなかなかの面構えだ。人間は見た目じゃないというが、内面はやはり顔に出るものだ。すべてがすべてとは言わないが、気力はやはり表に現れる。

この歳になると良い顔、悪い顔、と言うのがなんとなくわかる。

美男、美女と言うのではなく、その人柄が、若い頃よりは、その表情からずっと読み取れるようになったと思う。

もっとも、女性の場合はあまりあてにならない。美形の方がどうしても贔屓目になる、これは何ともいたしかたのない事だ。(正直・・・)

こんなことを言うとお叱りを受けるかもしれないが、STAP細胞の小保方氏。あの軽い外見からして初めからみんなが「ホントかよ?」と思った。

にもかかわらず、まだ何となく、方法論は間違っていてもSTAP細胞はあるんじゃない?と思っているところがある。

「あの野郎はひでえ野郎だ!」と言う感じの憎しみ感は薄く、「しょうがねえなぁ・・・」というちょっとは擁護したい感が漂っているように感じるのは、私だけ?

もっとも、女性の視点は全く違うのかもしれないので、単なる戯言です。

前・猪瀬都知事、あんまり好きなお顔ではありませんが(失礼!)、5千万円で背広に沁みるほどの大汗をかいていた姿を見ると、根っから悪いことのできる人ではないということがよく分かる。

8億円も振り込んでもらって、熊手を買ったとか、私には一点の曇りもない、とか堂々と述べられる人とは、ちょっと違う。

もともと政治家ではないんだよね。

往生際が悪かろうが、悪くなかろうが消費税は8%になっちゃった。5億円の利子の3%増っていくらになるんだろう。利子には消費税は付かないのかな・・・?。

私の初8%はセブンイレブンのお弁当でした。

5%で行った人、8%で来た人、新しい世界はどうなっていくのでしょうか?

会津は春、あんなに寒かった冬を取り戻すかのように桜の木々にポカポカの日差しが注いでいる。

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