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2014年2月

2014年2月28日 (金)

お雛様

今年は季節感を大事にしていきたいと・・・と言うことで節分に1階のロビーで餅つきを行い、多くの人に餅をふるまった。(私は知らなかったが所によっては節分に餅をつくこともあるらしい)

つきたての餅は柔らかくて、美味しくて、大いに喜ばれた。

で、間もなくお雛祭りになるわけだが、もう十日を切った頃に「お雛様を飾りたいんですけれど・・・」と、相談に来た。「いいんじゃない」と答えたが聞けばお雛様は、ないという。

「以前、病院に寄付したいという話もあったのですが・・・」と言うのだが、それは今ではないわけだから、今飾るとすれば買ってくるしかあるまい。

それもいきなりの話だ。

で、思いついたのはうちの娘のお雛様だ。

「お内裏様とお雛様だけの二人雛飾りだけど、それでよければうちにある。あれは大きいからなかなか立派だよ。もってくっか!」と言うことになった。

30年前に買い求めた久月のお雛様だ。

娘の初節句を前に人形の相良さんに行ってお雛様をみて高額なのに驚いた。段飾りは数十万円が当たり前だ。そんな中にあった上品なお内裏さんとお雛様の二人だけのお雛様。

「これはすごく良い品物ですよ。このシリーズで下まで三人官女や五人囃しなどそろえると百万円は軽く超えますよ」

確かにお内裏様もお雛様もとても上品ないい顔をしている。そして塗の台、金屏風ではなく塗の渋い屏風というのも気に入った。

「よーし、いつかはこの下まで全部買ってやれるようになろう」と家人と話して、思い切って高価な買い物をした。懐かしいなぁ、若かったなぁ・・・・。

ま、その後は多少の余裕が出来といっても下の方をどうするこうするなんって話は一度もでなかったわけだが、ちょうどウチのサイドボードの上に飾るには、誂えた様にぴったりで、立派で気に入っていた。(もちろん娘も)

そのお雛様を、桃の節句まで時間もないことなので、あわてて引っ張り出して来てホールに飾ってみた。

一体が30センチ近くある大きさなので、ホールの広さにも充分に耐える。

塗の屏風もシックで、雪洞に火を灯すと、女性はいくつになっても「あらーっ!」と感嘆の声を上げる。

娘が小さかった頃のことが脳裏をよぎる。娘にすれば自分のお雛様の飾られた病院で、初夏には出産を体験することになるわけだ。これも何かの縁かも知れない。

わずか十日ばかりの出番ではありますが、お内裏様にお雛様、どうぞ頑張ってくださいませ。

翌日には緋毛氈が下に敷かれ、なお一層お姿が映えた。会津にも少しだけ春が近付いたように感じる。

2014年2月26日 (水)

こんなこともあった

以下は、私がある出会いの会に寄せた言葉である。

こんばんは。この場を、○○さんと共に企画したものです。

私はあなた方よりも間違いなく年上なので、人間というものが、歳と共にいろいろな事が面倒くさくなるものだ、ということはよく分かっています。

そして、厄介なことは先送りして目をつむりたくなる、そういう気持もよ~く分かります。でも時々、自分のこれから先のこと、将来のことを想像してみるのは大切な事だと思います。

なぜなら、想像力というものは人間だけが持っている素晴らしい力だからです。それによって人間は自分の行動を決めたり、変えたりすることが出来るからです。

今夜、あなた方に新しい友人が出来ればいいなぁ、と心から思っています。

そして願わくば、その友人が、これから先のあなた方の人生に関わっていける人になれば、もっともっといいなぁ、と思っています。

人間の「手のひら」は魔法の力を持っています。

私が歯の神経を抜かれた時、歯科助手さんが、飛びあがって痛がる私の手をぎゅっと握ってくれました。ただ、それだけで痛みが少し和らぎました。

そんなすごい力を持った手のひらを、これから先の人生、自分だけではなく誰かのために使ってみるのは悪くない事です、きっと。

苦しい時に背中をさすってくれる人、淋しい時に手を握ってくれる人、重い荷物を一緒にたがける人・・・もし今夜の出会いからそんな人が見つかれば本当に素晴らしい事だろうと思っています。

きっと良い夜となる事を祈念して、乾杯!

・・・ ある知人と共に、世話焼きおじさん、世話焼きお○さんをやったことがある。

一般的な結婚年齢を過ぎても、なかなかパートナーが見つからない。だけれども真剣に結婚したいと思っている男女、各4名の出会いの会をセットしたのである。

もちろん洒落や酔狂ではなく、真剣に結婚したい人を募り、おおっぴらになることを極力避け、秘密裏の内に段取りをした。

そして、私は出しゃばらず、最初のきっかけの進行役を務める女性に、上記のメッセージを託した。

結果は、残念なことにひと組のカップルも誕生しなかった。

1対1ではなく、4対4、(4と言う数字が悪かったわけではないだろうが)という複数なので、期待をしたのだが、叶わなかった。

少々落胆している私に、知人は「世話焼き、続けましょうよ。こういう事ってきっと大切なことだろうと思います。大事じゃないかと思います」と明るく笑ってそう言った。

こんなに自然に恵まれて、子育ての環境としては抜群だと思える会津に「非婚」の傾向が強まっていくのは決していい事ではない。

人口減少、少子化、高齢化、独居老人、介護負担・・・・大きく憂うべきことだ。

会津にもNPO法人をつくり、結婚の促進に努めている人もいるや、に聞く。

みんなが本気で考えないと、いずれ大変なことになる。それは間違いのない事実だ。

いずれまた世話焼き心が沸きあがったら、嫌われない程度にお節介をしようと思っている。

それにしても「縁」とは、不思議で深遠で、尊く、容易には得難いものだと、つくづく思う。

2014年2月25日 (火)

千の・・・

なんとなく驚きます。このブログ、今日が千回目の書き込みです。

2010年1月28日に開設した駄文ブログ、4年と1ケ月でこの回数になった勘定だ。

当初は、私なりに知っている会津の魅力を掘り起こしてみなさんの興味を集められたらいいな、と言うようなことを考えた。

案外ここから、会津に元気を与えられるのではないかと思ったりして・・・。

震災前の会津は、リーマンショックのあおりを受けてどことなく消沈しており、観光客も減少傾向にあった。(震災でもっとひどいことになりましたが)

そこで、そんな気持ちも多少はあったわけだが、一方で「修行」的にやってみっか!との思いが強かったかもしれない。(自分の気持ちなのに時間が経つと分からなくなることもままある)

書くことのトレーニング、思いを伝えることのトレーニング、ま、やってみればいずれ何かの役には立つかもしれない・・・という漠然とした思いだ。

そんなことで「会津に会いたい」を始めた。

初めの1年間は、一応「修行」なので365日1回も休まずに書いてみようという目標を立てた。それは何とかクリアできた。

スマホじゃないので出張先でもPCを見つけて書きこんだりし、早朝、深夜にも、結構頑張った。何でもいい、とはいえ毎日書く、というのはなかなか大変だ。

日記とは言っても、他人様に自由に見られる場所に広げて置いてあるわけだから、あんまり無責任なことも、ショボいことも、ヤバいことも書けない。(炎上を経験したことはない。炎上するほど知られていないというのが大きな要因ではあるけれど)

会津の魅力を掘り起こす、というテーマはほぼ1年でなんとなく変わっていき、以降はやはり身辺日記の様になっていかざるを得なかった。

自分の勤務している病院(竹田綜合病院)や医療に関する専門的な事柄は意図的に避けた。私の個人的な意見や感想が、病院の考え方であると誤解されたり、迷惑をかけても困るので、その点は極力配慮してきたつもりだ。

病院名なども一切出さずにきたのだが、3・11の際にあまりにもいろいろなことがあり、とんでもないことが山のように起きて「竹田綜合病院は元気です!」と実名で叫んでしまった。

以来、積極的には出しはしないが、出した方が分かりやすい時には出すようにした。

2年ぐらいたったところで「駄文ブログ」と修正したように、結局のところ駄文を書き連ねて千回と言うわけだ。

課していることがひとつだけある。

それは、どの日のブログを見てもどっかに必ず1回は「会津」という文字が出てくるということだ。本文にはなくても末尾に会津の天気を書いたりして、どの回をみても「会津」の文字が1回は出てくる、たぶん絶対だ!(抜けがないと思ってはいるが、千回全部さかのぼってチェックする気はない)

で、千回書いて何かが変わっただろうか?

それが特にない。

文章が巧みになったかと言えば、そんな感じは全くない。このブログを通して何か大きな変化が起こったか?と聞かれても、そういうことは思いつかない。

「修行」の結果、悟りを開いたかと聞かれれば、なおのこと俗世にどっぷりとつかって、煩悩だらけと言う方がむしろ当たっている・・・。

離れている友や親戚、娘などが、時々覗いてくれているようで、私の暮らしぶりのおおよその様子を分かっているみたいだが、それでどうした?って事になると、特にどうもしない。

有難いことに少数ではあるが駄文を楽しみにしていてくれる人も居るようだ。時々コメントを書いてくれる。

ブログを書いていながら、なんだか恥ずかしいような気持ちもあって大っぴらに宣伝してはいない。

ちょぼちょぼの広まりで現在は、1日に平均35名程度の来訪者があり、約100ページほどが読まれているようだ。まことに小さな話だ。

とにもかくにも千回。「祝・感無量・達成感」と言うものはない。同じような日々の一日、という感じがするだけだ。

1日仮に600字書いたとして60万字、原稿用紙で1500枚だ。4年かけてこの程度なのだから、次々と作品を発表している作家と言うのはすごいものだと、妙なところで感心してしまう。

千の風の「千」は、いっぱいとか、様々なところ、いろいろな物事を指し示す意味をもった「千」だろう。

一応は千回、いっぱいの入り口には辿り着いたということだ。

で、この先どうするのか?今のところ全く何のプランも持ち合わせてはいない。当面はだらだらと続くだろう。

2014年2月24日 (月)

クール!

Cool!冷たい、寒いだけではなく「カッコいい!」という場合にもこの言葉を使う。

NHKの番組「クール・JAPAN」が人気だ。外国人が大勢出て来て、日本のこんなところがすごい、カッコいい、またはおかしい、と言うようなところを外国人の目線から炙り出して見せる討論番組だ。

日本人が当たり前だと思っているところや普段は全く気づかないようなところも外国人のから見れば「クール!」だと思えたり、はたまた「それはないだろう!」と、思えるようなところがあるものだ。

その気付きが面白い。

その「クール・JAPAN」に習い「クール・AIZU」というイベントが会津若松ロータリクラブの主催で2月23日14時~会津大学の大講堂で行われた。

私もロータリーメンバーなので参加し、進行のお手伝いをした。

会場にはおよそ150名が集まった。雪模様の寒い日だったのでまずまずかな。

初めての試みなのでどうなる事やら・・・と思ったが、2時間半という長時間のイベントにもかかわらずなかなかに盛り上がった。

フィリピン、韓国、アメリカ、カナダ、コロンビア、中国とパネリストの出身国も様々、それぞれのお国の特徴が出て、一生懸命の日本語スピーチに会場は沸いた。

会津にラテンダンスの踊れる場所がない!と嘆いたコロンビアのJ氏は、途中のブレイクタイムに奥様とサルサを披露、情熱的なダンスに会場は拍手に包まれた。

会津に欲しいのは映画館、という声が多かった。スタバのないのも信じられないとか、カナダからはカーリン場設置の必要性が訴えられ、ソチオリンピックでの男女共に金メダル獲得に拍手が贈られた。

総じて会津の自然の豊かさ、食べ物のおいしさ、人々の親切さは極めて「クール!」と言う意見が多かった。

印象深かったのは、フィリピンのM婦人の言葉。小学校で英語を教える彼女は、「実際に小学校にいけない、暑くてもプールにも入れないこどもたちが世界中にはたくさんいる」と言うことを会津のこどもたちに伝えて行きたいと語った。

そしてコロンビアのJ氏は平和と安全のありがたさを強調した。

「魚は水の中にいるから水の存在が分からない。それに似ている。私はコロンビアにいた時に平和や安全と言う言葉を辞書では知っていたけれども、その本当の意味を知ることはできなかった。日本に来て初めて、こういうことが平和で、安全に暮らせるということなんだと分かった」と語ってくれた。

水槽の金魚が水の存在を意識しないように、我々はこの会津の自然、風土、民俗を当たりまえの様に日々、享受している。

そのありがたさに改めて気付かされた・・・そのことが一番「クール!」だったかな?

2014年2月23日 (日)

空をゆく人

会津のアマチュア劇団「ぴーひゃらら」の第20回公演「空をゆく人」を観た。

劇団「ぴーひゃらら」は創立25周年を迎えるというのだから立派な歴史を誇る。こうしたアマチュア劇団は会津の宝物のひとつ、といっても良いだろう。

「空をゆく人」~飯沼貞吉外伝~ は、大沼高校演劇部を何度も全国大会に連れて行っている佐藤雅通先生の書き下ろし、作・演出による。

プチトリビアだが、佐藤雅通さんは落語家三遊亭兼好さんの実の弟さんだ。

これまで何度か佐藤さんの書いた芝居や演出したステージなどを拝見し、才能のある人だなぁ・・・と常々思っていたので楽しみにして出かけた。文化センター、1000円と言うのもいい。

飯沼貞吉と言う人は、あの有名な白虎隊の中でただ一人、喉を突いて自刃したにもかかわらず生き残った人物だ。

のちに逓信省の役人となり人生を全うされるのだが、その人生の中の空白の2年間、すなわち自刃に及んでから蘇生し、その後記録に表れるまでの2年間の物語だ。

貞吉改め貞雄へ。白虎隊の生き残りから国家のために汗する男への再生の物語だ。

あんまり書くとネタばれになってしまうのでよすが、配役や役の入れ替わり、時間軸の移動など、なかなか巧みに計算された構成、さすがという出来栄えだった。

「ぴーひゃらら」では、今回の芝居で初めて劇団外から演出をお願いしたのだという。そうした緊張感のようなものもほどよく漂い、別な芝居では何度か観ている役者さんたちも、いつもとちょっと違いますね、と言う感じでなかなか良かった。

25年、全員がその歳月や経験を積んでいるわけではないにしても、それだけの歴史がある劇団だけあって、素人芝居、などという域ではない。

幕が降りてからも、観劇の後の心地よいじんわり感が漂い。このまま真っ直ぐ帰るのはもったいないので寒雪の中、熱燗で道草をすることにした。

戊辰戦争の後、故郷会津を離れなければならない人はどれほどいたか知れない。ふるさとの山河を思い、何度高い空を眺めたことだろう・・・。

『死ぬことはいつだってできる、だが、生きて行くことは難しいものだ』

・・・その難しさを生き抜くことにこそ、人生の本当の意味がある。

2014年2月22日 (土)

調子にのる

調子にのるのは、時に良い事。調子にのって普段以上の力を発揮するなんて事もある。スポーツなど調子にのって来ていわゆる「ゾーン」に入る、ってな感じの時もある。(入ったことないけど)

でも大体の場合、調子にのると、凡夫は調子にのり過ぎて、「なんだかアイツ調子にのってんなぁ!」と呆れられるような事態を引き起こすことが多い。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」とか「好事魔多し」など、あんまり調子にのり過ぎちゃいけませんよという戒めもあるが、戒めがあるという事は人間というもの基本調子にのり過ぎてしまう生き物だという事だ。

何をやってもうまく行く、特に周りにちやほやされておだて上げられたりすると、豚でも木に登ってしまうわけだから、凡夫は舞い上がって天狗になって不思議はない。

本当に気をつけなくてはいけないなぁ・・・と、いい歳しているんだからなおのこと、思うわけだが、やっぱり時々反省に至る。

凡夫ではないが総理大臣だって調子にのる。公共放送の会長さんも調子にのる。評論家だって調子にのる。みんなみんな調子にのる。

どこまでが上げ潮の攻めで、どこからが調子にのり過ぎた愚行か?これまた難しいところでもある。

調子にのった時に攻め続けなければ事は成し得ない。調子にのっているのではなく攻めているのだ、と言われればそう見えないこともないが、どうなんでしょう?

調子にのってイイ気になっている人と、攻め続けている人の見分け方。それは顔つきと言動。

ドヤ顔と普段とは違う乱暴な言動、見極めは難しいがなんとなくわかるなぁ・・・分かるでしょ?

調子にのり過ぎて、そこに火に油を注ぐように悪酔いしたりするとこれまたいけないことになるので、これまた一層、注意しなければいけない。

否、最近私が調子にのって痛い目に会って反省しているというわけでもないのだが、なんだかこの頃、テレビや新聞をみていると、少し調子にのり過ぎなんじゃないの?と、思うニュースがままあります・・・。

会津若松市内は大雪に苦しめられているというわけではないが、寒じて、はらはらと雪が舞い続けている。気温も低く、道路脇の雪の山が少しも小さくなりません。

今年の冬将軍さまも、ちょっと調子にのっている?

2014年2月21日 (金)

ソチ・真央

当たり前の感想だが、真央ちゃんのフリーには感動した。

正直、ショートプログラムが終わった時点では棄権するんじゃないかと思ったほどだ。

また落ち込む姿を見たくないし、もう滑らなくてもいいんじゃないか、それほどの何かがあったんじゃないか、とも思った。

それなのにあの完璧フリー、素晴らしかった。

あの滑りでフリーの点数が3番目というのは素人目に見てもおかしいと思うが、滑走順の彩で仕方のないことなのかもしれない。

キム・ヨナ選手とソトニコワ選手と、真央ちゃんのフリーの演技をもう一度並べて採点したら、審判も間違いなく1番を付けるだろう。

それにしてもメダル無しの結果で日本中がこれだけ興奮するというのも珍しい事だ。

まるで金メダルをとった様な興奮ぶりだ。

12歳から第一線にいて、15歳ではもうすでに世界のトップクラスと争ってきた真央ちゃん。彼女の戦いと共に時を過ごしてきた人も多く、まるで身内の様な感情を持つ人が多いのだろう。

第一、こんなオヤジも浅田選手ではなく、思わず真央ちゃん!と親戚の子の様に呼んでしまう。

「あれだけ滑れるのに、どうしてショートであんなにひどかったのだろう?」とは、だれもが思う事だ。

第一級のアスリートが心と身体を思うように動かせない状態、心境など知る由もないが、あのショートの失敗があったからこそ、完璧なフリーができたのかもしれない・・・。

4年間をかけて最後にはこうやろう!と思ったことのすべてが出来たんだからそれで充分じゃないの、と思う。

身内の娘を鞭打つ人はいないように、真央ちゃんを責めるようなひねくれ者はめったにいないだろう。

私も「充分だ」という言葉しか出てこない。

モーグルの上村愛子選手、そして浅田真央選手、いずれも無冠だが今回のソチオリンピックで素晴らしい感動を与えてくれた。

ま、もらってもあまり嬉しくないかもしれませんが私から心の金メダルを贈りたい。

そうそう、3月のアタマにはここ会津の猪苗代町のリステルスキー場でW杯が行われる。上村愛子選手もやって来るらしい。

大会中のドクター派遣要請があり、何でもH先生自ら「ハイ、ハイ、ハイハイ!」と手を挙げたらしい。結構、ミーハーなんです彼。

特に上村愛子さんには、ぜひよろしく言って欲しいものだ。(分からないだろうけどね)

2014年2月16日 (日)

雪は降る

会津若松市内にいると、この週末の大雪やもの凄い荒天はあまり実感できなかった。

「ああ、少し降ったかな?」ぐらいなもので、市内は結構穏やか、ただし、新聞も届かなかった。

しかし、♪雪は降る~、あなたは来ない~♪のハード版が発生。

土曜の16時40分から院内学会の特別講演でご講演をお願いしていたY氏。朝8時に東京の自宅を出て、結局会津に着いたのは夜の8時前だった。

東京駅までが一苦労、やっと着いた東京駅からの新幹線はいつ出るか不明。その間メールのやり取りしきり。もう諦めようか?と打った時には臨時列車に飛び乗った後だった。

こうなれば何としても間に合わせたいのが人情。だが、当院の迎えの車は朝の10時に会津若松市を出て昼を過ぎても猪苗代辺りでピクリとも動かないままだ。

新白河駅で降りてタクシーで甲子峠越えが一番か?でも甲子峠も雪で通れなくなっているという。

第一、タクシー会社はどこも一切電話に出ない。鳴っても鳴っても出ない。当たり前だ、出てもどうしようもないんだから、出て怒られるよりは出ない方がいい。

新幹線は14時には郡山駅に着いた。なんとか裏から手をまわして1台のタクシーを駅に向かわせることには成功!こりゃひょっとして・・・という空気が漂う。

ただ、母成越えも、湖南の道路も通行止めとの情報、通れるのは唯一49線だけだ。渋滞に向かって突き進むだけの様な気もするが、他に道はない。

16時、中山峠で動かなくなったと着信あり。

会の進行を何とかやりくりして17時30分までは・・・と思いつつ、17時のメールは上戸辺りでストップ、これはもうどうあがいてもあきらめるしかありません。

残念のスピーチに、急きょ院長の卓話を行い、院内学会そのものは非常にハイレベルの発表が多く、無事成功裡に終了。

講師慰労の食事会の会場に肝心のY氏が辿り着いたのは結局20時少し前、本当にお疲れさまでした!

水と奥方の持たせてくれたおにぎり1個で耐えた12時間、まったくもってご苦労様でした。

渇きと空腹に耐えたからだけではないでしょうが、実に美味しそうに会津の酒を飲み干したのでありました。

この大雪の影響は本当に、全国的に深刻だ。

看護師の国家試験を受けられない学生がいたるところで続出、当看護学校のバスも受験会場まで行きつくことが出来なかった。

国家試験始まって以来の珍事で、前代未聞の再試験が行われることになったものの、日程はすぐに発表にはならない。

試験問題も作り直さなければならないだろうから時間はかかる。それまで学生たちのモチベーションが保てることを祈るほかはない。発表も送れるだろうし、免許の発行も遅れたらこの春からの研修も配置も大変なことになる。

メダルを阻んだ一瞬の風、雪の降らない地方にドカッと積もった雪、空模様と言うのはまったくもって思うに任せないものだ・・・。

2014年2月14日 (金)

今でしょう!

あの流行語大賞になった「今でしょう!」の予備校講師先生の講演会が会津で初めて開かれた。

整理券が手に入ったので聞きに行った。さすがに時の人、すごい人気だ。

主管の商工会議所青年部お得意の派手な入場シーン、プロレスじゃないんだから!と突っ込みたくなる。

しかしまぁ、良くしゃべる。言葉のマシンガンだ。ああいう人を見ると明らかに脳の情報処理能力が並みの人とは違っているのがよく分かる。

メガとギガの違いだ。元のスペックが違っている。

それだけに明らかに「ボク、バカは大嫌いです」というビームを発している。

「バカもブスも怠けものも大嫌い、人生は常に勝負、勝つか負けるかだけ、引き分けなんかない。確かなことはバカは負けるということ。バカは仲間とつるみ、時間を無駄にする。一人力が大事なんだ!」全体を要約すると、大体こんな感じかな。

お笑い芸人並みに会場を沸かせて、綾小路きみまろさん並みにおばちゃんをいじり倒す。それに反応して中高年は笑い転げる。

彼は今、朝の情報番組に出演している。朝の7,8分のコーナーで言葉の解説をするが、これがなかなか聞かせる。

それで興味を持って聞きに行ったのだが、なるほど感は薄かった。

人生で「勝つ」とはどういうことなのか?「バカ」ってなに?「きれいすぎる石原さとみ・・・」とはいってもあのぽっちゃり唇はちょっと―、と言う人だっているんじゃないの?

彼に言わせれば「あの美しさが分からないのはバカだ!」ということになるのだろう。

「きれいな女(ひと)は性格も良い、きれいな女は歪みようがない・・・」ともおっしゃっていたが、きれいで性格悪い女、結構知ってますけど。

もっとも私は美人好みだ、と思っているわけだが、同級生たちは「あいつのブス好みは有名だ!」とか陰で言っているらしい・・・。この辺りは難しいところだ。

私に「きれいですね」と褒められると逆に迷惑、ということになってしまうではないか・・・家人にドロップキックを食らいそうだ。

何はともあれ東大卒で、一般的な社会通念には当てはまらずに異端の道を歩み続けた男が48歳にして大ブレイクしたわけだ。

『それまで力を蓄え続け、自分を信じて戦い続けてきたんだから、私の中には素晴らしいものが一杯に詰まっているんだ!かかってきなさい!』と高揚しても、責められるところはないだろう。ああ、それは良かったね、拍手!って感じでした。

あの人への興味は失せたけれど、あの人の奥さん(医者だそうですが)の話しをぜひ聞いてみたいなぁ、と新たな興味がわきました。講演してくれないかなウチの医局で。

ああいう人と暮らすのはどんな感じなんでしょうね?

うっつぁしい、でしょうな。

2014年2月13日 (木)

ぎすぎす

「ならぬことなならぬ」は会津の教え、理屈抜きの一刀両断は人を育てる際(特に幼児期)の金言だ。

それに似ているようだけれど、「正しいことは正しい」という姿勢は理屈の世界だ。正しいのだからこっちの勝ち、みたいな圧倒感がある。

それだけに正しさや正義をやたらと振り回すと、刃物を振り回すのに似て人を傷つけてしまうこともあるのだ。

人間、人生経験を積んでくると実際の社会では「正しいことが正しいとは限らない」とか「正義が勝つとは限らない」なんてことには山ほど出っくわす。

むしろ、塩梅が肝心だ、と言う境地にも辿りついたりする。

エラそうに正しさばっかりを振りかざすと世の中なんだかぎすぎすしてくるようで、なんとなく嫌だ。

『オリンピックには国費で行っているんだから勝たなきゃ意味がない』とか、『楽しんだなんて言うな』とか、『メダルを齧るな』とか、いちいちうるさい。

面と向かったら言い負かされるに決まっているから、明後日のほう向いて「そんな、かでえごどばっか言ってんでねぇ!」と、小声で文句のひとつも言いたくなる。

国費使っていくのは当たり前だし、そこに至るまで物凄い努力をしてきたわけだからちょっとぐらい良い思いして当たり前なんじゃないかと思う。「私の税金ならどうぞ使ってあげて」って感じだ。

スノーボードやスキーなんかは一見遊びの延長上にも見えるが、あの舞台に立つまでの努力たるや並大抵のものではないだろうし、たとえビリであったとしても、尊敬に値するだけの努力は、国の代表に選ばれるまでに充分に尽くしている。

「ソチまで来て楽しかった」ぐらいは言ったって悪くもなんともないと思うし、メダルなんか首にかけられたら絶対に齧るよなぁ。お行儀が悪くなって当たり前だ。

世の中が、ぎすぎすしてくると、揚げ足取りみたいなことが横行する。言われる方も嫌だからどんどん縮こまる。

監視社会、ネット炎上、バッシング、ああ、怖い!

遊びのないハンドルで車の運転はできない!って習ったよね確か。

遊びがまったくなかったらメチャクチャに疲れて、クルマは壊れないけれど運転している人間の方が壊れてしまう。人間のための車が、結局、何の役にも立たなくなるということだ・・・。

正しいことはひそやかに、正義を語る時には控えめに、そのぐらいの心構えでちょうどいい。

第一、オリンピック開催中のこの時に、国費どうのこうのなんて書く方が無神経のそしりを免れないと思うし、今、闘っている人たちに失礼じゃないのかな。

スポーツマンでスポーツの大好きな人なら、この時期にこんな「ぎすぎす光線」を発射しはしないでしょう。

そんな運動オンチは、ガッツ星人にやっつけてもらいたいと思ったりする今日この頃であります。

2014年2月10日 (月)

大雑把

大厳戒警戒の中、ロシアのソチオリンピックが始まった。

日本は全国的に大雪、東京都心にまで27センチもの雪が降り、関東以北の太平洋側、いわきの方まで雪が降り積もった。

御蔭でここ1,2週間はどこへ行ってもゴルフをすることは不可能になったようだ。色んな冬があるが、こんなことは初めてだ。

会津でも60センチほどの雪が積もり、久しぶりに雪かたしに大汗をかいた。

雪でどこにも行けないからというわけではないが、オリンピックの開会式をじっくり見た。

でも、なんかこのソチの開会式は(私は)全然良くなかったと思った。五輪が四輪になってしまったという機械的ミスもあったが、それ以上に全体の演出が散漫で、なんかちっともまとまりがなかったように感じた。

広い国土の多様性そのままに大雑把な感じ、時代の流れも人々のいきいきとした姿も、なんかメリハリがなくて、ワイワイ騒いでいるだけのように感じられたんだよなぁ・・・・。

雪かたしで大汗かいて、くたびれて寝ぼけ眼で見ていたからかもしれないが、期待していただけになんだかガッカリ、すべてにおいて大雑把な感じがした。あれがロシア風というやつなのかもしれないが、私には合わない。

みなさんはどう感じたでしょうか?私は38点かな。

冬のオリンピックと言えば1994年のノルウェーのリレハンメルオリンピック、あの開会式の演出は素晴らしかった。スキー場の雪の中から森の妖精たちが現れてくる。いかにも北欧らしい幻想的な演出ですごく感動したのを覚えている。(詳細は忘れたけれど・・・)

ところで、上村愛子選手の4位、あれはどう見ても素人目には銅メダルだったように思える。

何でもターンの方法が違くて、上村選手の様なカービングターンと言うのは今は主流じゃないんだってね。

スキーがくっついて上半身が全く動かない、なんとかというターンが良いらしいけれど、それにしたってあの人つまづいたし、足もバラバラになったじゃないね?あれは採点競技の悪い綾、不運としか言いようがない。

スポーツは結局は結果だと言うけれども、結果が伴わなくても素晴らしい戦いってあるんだなぁ、と改めて思った。

立派!上村愛子選手の受け答え、そしてそのコメント。とてつもなく爽やか、やるだけのことをやった達成感に溢れていた。

メダルはないけれど、国民栄誉賞をやっても良いぐらいの功績を残したんじゃないかなと思う。

こっちは全く大雑把じゃなくて、感動的な結末でした。

2014年2月 7日 (金)

送られてBAR

松本の夜の続き。

女将さんに「松本っていいBARが一杯あるって何かに書いてあったなぁ。せっかくだから一軒行ってみたいな、この辺にありますか?」と尋ねると、最近できた店だけれど私もお気に入りのところがあるという。

「どこですか?」ときくと、洋子ちゃんに送らせますという。「いやぁ、それはあまりに恐縮」「いいんですよちょうどお客さんも引いたとこだし・・・」

ほっぺの赤い素朴な洋子ちゃんが角巻きのようなスカーフを巻いて。トコトコと先を歩く。歩幅も小さい、ピッチが速い。ほんの数分で「BRORA」というBARへに到着。

確かに3階で分かりにくいといえば分かりにくい。洋子ちゃんはしっかり3階の店の前まで送ってくれた。どうもありがとう。

入って圧巻、一枚板のカウンターの立派なこと、長いこと。すごくいい雰囲気だ。何でもアフリカ産の木だそうだ。堅い木で、木目もきれいだ。長さは実に11メートルもあるという。端から端まで、まったく繫ぎ目のない一枚板、7,8人座っていたが、まだまだ余裕です。

信州のウィスキーでハイボール。カウンターの中にはバーテンダーが4人、マスターは小柄でいかにも器用そうな好青年だ。これは良い店だ。ひとしきり褒めて話している内に、松本のBARの老舗といわれる店があるという、何でも彼の先輩バーテンダーの店らしい。

「じゃあ、せっかくだからそこであがりの一杯を飲んで帰ろうかな」と言うと、これまたご親切に、流行っている店なので、と言って電話をかけて席を確保してくれた。

「大体、松本城方面ですか?」と聞くと、ちょうど出勤してきたばかりの女性バーテンダーに送らせるという。いやー、これまた恐縮、でも分からないから送ってもらうのが一番だ。松本の人はなんて優しいのだろう。感激です。

「BRORA」から、また5分ほど「MAIN BAR COAT」に到着。本当にありがとうと言って店の前で別れた。

二階の店、そこに上がる木の階段からして渋い。手すりのついた木の階段を上がると木の扉。中は本当に人で一杯だった。

話し声とグラスの音、シェイカーをふる音、タバコのにおい。次から次とお客が来ては、満席なので諦めて帰っていく。なんだか申し訳ないような、一見(いちげん)さんだ。

お奨めのキンカンのジントニック(珍品)、連れはモヒートで上がりにした。

店の広さは「BRORA」の三分の二ほど。カウンターにはバーテンダーが3人、背の高い黒づくめのきれいな女性が一人、お通しなどのサービスをしてくれていた。お洒落。

ズラリとボトルの並んだ棚、磨き込まれた木のカウンターがいい。

でもあまりに繁盛店で次から次とお客さんが入れ替わる。我々も早々に失礼することにして、夜の松本をホテルまでぶらぶら。

ここから先はもちろん、送りは無しだ。

「真幸」女将さんにはなんだかすごくお世話になってしまった。おまけに勘定もお安く恐縮。御礼に会津の酒を送らせていただいた。

大変お世話になりました「会津娘」です!

2014年2月 5日 (水)

静けさの意味

東京都知事選まであと四日だ。が、マスコミも特に騒ぎ立てない、会津にいると全くもって低調な感じがする。

本当に世界に冠たる都市・花の都大東京のトップを決める選挙が行われているの?と言う気がしないでもない。

これだけの無関心、無反応ぶりが過去にあっただろうか?地方紙はもとより中央紙やスポーツ紙にさえ都知事選の事はほとんど出ていない。

まるで意図的に触れないようにしているかのような、報道管制が敷かれているかのような静けさだ。

応援演説をした作家が歴史問題に触れ、そのことがNHKの委員だか何かの資質にふさわしくないのではないか?と全くピンボケの報道を選挙中に一生懸命行っている。

もし、首都東京の選挙が全く盛り上がらないのだとすれば、それはそれで大きなニュースだろう。また、デッドヒートしているのだとすればもっと大きなニュースなはずだ。

これまで、あれだけ小泉さんの一挙手一投足を報じてきたマスコミが、シラリとしてほんのわずかな風も巻き起こさないように身を潜めているようにさえ感じる。

枡添さんで決まりなのですか?細川さんはチャポンとも言わないのですか?田母神さんは意外と善戦なのですか?

こういう時にマスコミの中立性を盾に、ソチオリンピックにばかり関心を持っていこうとするのはいかがなものなのでしょうか?

せめて、ソチの前には大事な都知事選!と都民の関心を盛り上げることぐらいやっても良いのではないでしょうかね。

どういうことになるのか分からないけれども、この静けさの意味をしっかりと教え、解説してくれるジャーナリストというのはいないものなのでしょうか?

秘密保護法ではないけど、こういうような、なんか権力が統制しているような空気感、それが一番怖い感じがします。

どうなってんだ?都知事選!

2014年2月 3日 (月)

毎日来ます!

土・日と松本市でコンフリクト・マネジメントの学会が行われた。

要は様々なもめごとにいかに対応し、誠実な結果を得るかという紛争対応の勉強会だ。

1日は朝9時から17時半までびっしり。前日入りし、あまり酒も飲まずに(とはいえ結構飲んだが)眠剤を飲んでぐっすり寝て、居眠りを極力減らす努力をした。

すぐに眠くなるというのは、どうも我が家の家系的な特徴らしい(特徴というほどのものでもないが)

昔、浦和の叔父さんがこんなことを言っていた。「定年退職した理由のひとつが、会議で起きていられなくなったからだ。どうにも、すぐに寝てしまう・・・」実によく分かる。

これも昔の話だが、家人が私の実家に寄ると、母親に「疲れたべ、ひと寝してったら?」と言われて驚いたと言っていた。寝てったら?なんて普通の家では言わないらしいが、私には何の違和感もない。

話がずれた。

と言うことで丸一日、Mウェーブと言う松本市の公民館で真面目にお勉強をした。(思うところいろいろとあり・・・)真面目に聞いていたので、少々脳味噌が腫れたような気がした。

ぶらりぶらりと凝り固まった筋肉をほぐすように歩いてホテルへ。陽もとっぷりと暮れてきた。飯を食って帰るしかない。同伴者は色気もそっけもない無骨な担当O氏、一名+アルファ。

ちょいと路地を入るとマンションの一階に真新しい店構え発見。控えめな木彫りの看板に『晩ごはん 真幸』とある。これはいい店だ!とピンときた。自慢じゃないが(自慢だが)こういう方面にはめっぽう鼻が効く。

「ここにすっぺ!」と入ると二重の扉の奥は何とも味のある店構え。秋田杉の一枚板の大きなカウンターの向こうに着物姿の、それこそ小股の切れ上がった女将の笑顔があった。

「おいでやす」と微笑み、カウンターの上に本日のお晩菜の大皿を並べている。まるで京都先斗町に迷い込んだような雰囲気だ。

「お晩菜って京都のお店みたいだね」というと「京都におったんどす」その言葉遣いだけで祇園か上七軒あたりの芸子さんだったことが分かる。

どうやらすべての料理をこの女将さんがこしらえているらしい。優しい味で何を食べても美味い!というか、女将の笑顔を見て「不味い」なんて言葉はこの世から消えている。

「な?当たりだべ」というとO氏はすっかり興奮し、鼻の穴を広げ「こんな店が会津にあったら、毎日来ます」と焼酎をごくごく飲み干す。「おい、目の前の大皿から直接食うなよ、これって頼むんだぞ」「ハイ!分かっています!」

ビール、焼酎、上燗を少々、音楽も何もない静かな店内・・・だが、たまたま客の切れ目で女将さんと、日本昔話しから飛び出して来たような素朴なお手伝いの洋子ちゃん、みんなでなんだか大いに盛り上がってしまった。しかも会津弁で。

「晩ごはん」と言うだけに、美味しいご飯もみそ汁も、じゃこや漬物もある。雑炊やうどんまである。でもせっかくの松本だ、真面目に勉強したし、もう一軒ぐらいは良いだろう・・・ご飯は食べずに勘定とした。

これまた良心的なお値段、実に気に入った。「毎日来ます!」O氏は酔っぱらって叫ばんばかりに繰り返す。

会津・松本間は乗換乗り換えで5時間ほどもかかる。「毎日来れると良いけどなぁ・・・」というと「死ぬ前にもう一回は絶対来ます!」と声高らかに宣言し、お開きとなった。

当たりでしたなぁ・・・ホント。「まさき」というお店。

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