« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »

2013年12月

2013年12月31日 (火)

人や世は「気」によって動くという。景気も人々の気分によって上がったり下がったり、気が動かないと世の中も停滞気味になる。

その日の気分は重要だ。意識はしなくても天候や温度によって機嫌が良くなったり、悪くなったりもしてしまう。

出来た人は、その日の気分に任せるのではなく、自分の気分をしっかりとコントロールして、何時も上機嫌でいられるというが、凡夫には難しい。

また、身体が発する見えないエネルギーを「気」と呼ぶ。気功とか気合とかのあれだ。身体の中の気の流れを整えると健康体でいることができるというが、かなりの修行と修練がいるらしい。

これまた凡夫には難しく、身体の気の流れを感じることは私には出来ない。

気合、は確かにあるな。気合を入れるというか、大きな声を張り上げるだけでも身体に少し力が湧くような気がする。

「気」というものは確かにあると感じられるし、そう思う。

十数年前、ヒーリングというのに凝った友人がいてヒーリングというのを受けたことがある。

静かに寝ている上にヒーラーという人が手をかざし、身体のエネルギーの流れを整えるのだという。悪いところが熱くなるとか何とか言われた。

「熱い感じがしませんか?」と言われるが、身体の10センチ上ぐらいに手をかざせばそこに意識が集中し、なんかホットな感じがするのは当たり前だ、と思った。

色々な石を出してきて、あなたの守り石はこれだみたいなことを言われた。(この辺怪しい)

小一時間ほどいろんなことをやったが(内容はもう覚えてないが)、特に何の驚きも感動もなかった。

そして最後に「あなたはすごく霊感が強いですね。何度か通っていただかないとヒーリングが上手く行かない」と、言われた。石を持たされて寝転んでいても仕方がないので1度きりで行くのをやめた。

ナントカ商法の延長上にあるような「気」の事を書こうと思ったわけではない。

年の瀬を迎え、新年を迎える気分の事を書こうと思ったら話が変な方に行った。

なにはともあれ気分というのは大事だ。自分自身の生き方も左右するし、他人もいろんな気分にさせてしまう。

自分の気分をある程度コントロールできるような人間にならないといけない。

私が思うに、人間は常に「気」を発散させていて、また一方で様々な外界の「気」を受けとめる受容体みたいなのが付いているんじゃないかと思う。

その出る方と受ける方が妙に合っていたり、全く合わなかったりする人がいる。それが相性ではなかろうか。理屈じゃなくてウマが合ったり、合わなかったりする。

まず出す方が大事、良い「気」を一生懸命出そうと前向きに生きることで、相手も良い「気」だけを受けるようになるのではないだろうか・・・・。

まったくまとまりのない話だが、何のことはない来年も気分良く、上機嫌に生きたいと思うということであります。

確かなことは、日々くさい顔して生きるよりも、笑って生きる方がずっと楽しいという事。そして、笑っている人の方に良い流れも傾くという事だ。

2013年、会津から発信された駄文にお付き合いいただきありがとうございました。

来年が私にとって、私の家族にとって、そしてみなさまにとって良い一年となりますように!

良い「気」を一杯発散して、悪い「気」はどっかに置き忘れて、良いお年をお迎えください。

2013年12月29日 (日)

占い師ではありません。

「私も見てくださ~い」「私も、私も・・・」とある忘年会の席上、私の席の前に女性が列をなした。手相を見てくれというのである。

「私の手相なんかインチキ、適当なこと言っているだけだ!」と言っているのにそれでもいいから見てくれというのだ。

きっかけはホンの他愛もない会話。

「私こないだ東京で手相見てもらったら結婚線がないって言われたんですよ~」「へぇ~」(だからまだ独身なのか、と納得したので聞き流せばよかったのだが)「どれ見せてみ。ナニ?ちゃんとあるじゃん、騙されたんじゃないのか。こんなに濃い線があるんだからもうじき結婚できるんじゃないの?」

と、言ったら「私も、私も」と列をなす騒ぎになってしまったのである。

もともと手相見が出来るなどと言ったこともないし公言したこともない。

外見から「インチキ占い師見たい!」とか勝手なことを言われたことは何度もある。それに乗じてホステスさんの柔らかな手をどさくさにまぎれに握ったことも、確かに何度かある。

これが生命線、これが頭脳線、これが感情線とか基本的なことを知っているだけで、長けりゃ、良いのだろうとか、しっかりした線なら元気そうだとか、その程度、後は適当だ。

しかし、酔っ払っていると、その適当がすらすらと出てくるんだよなぁ。

第一もうすでに結婚していて元気なこどももいるのに結婚線を見てどうするんだって話なのに、手相を見て、手相を見てとうるさい。

先がふたつに分かれてるから「もうすぐ離婚?」などと、適当な事を言い出すに決まっているのに・・・。

もともと占いトークというのがある事は、知識として知っている。

人は誰でも挨拶を交わして二言三言話せば、どんなタイプかぐらいは(明るそうとか、落ち着いているとか)分かるものだ。その逆を言うと(適当にだが)人はコロリと信じてしまい易いのだ。

たとえば見るからにガサツで大雑把そうで陽気そうな人がいたとする。そういう人に「あなたはいつも明るくて悩みがなさそうだと周りから言われるかもしれないけれど、実は、、、、意外とそうじゃなくて繊細でナイーブなところもあるんですよね・・・」と共感しているように言ってみる。すると、ほとんどの人は「どうしてそんなこと分かるんですか!」と食い付く。

基本、人は誰でも無いものねだりの自己中なのだ。自分はそうじゃない、と心の中で思っている節がある。自分は世間一般から見られているところの逆な部分を持っていると思っているものなのだ。

俺はそんな単純な人間じゃない!と心の底で思っているのだ。(それだけ単純だという事なのに)

かなりいい加減な人でも、自分は神経質だと思っている部分もある。雑な人も繊細さが邪魔をして結局私は雑にふるまっているだけだ、ぐらいなことを思っているのだ。

こんなインチキトークもある。

人は大体右左の視力が違っている。「右目が悪いですよね?」「いえ、左ですけど」「ゴメン、私から向かって右」「え、どうしてそんなこと分かるんですか!」

騙される人は、自分から相手にどんどん情報を出し、それを言い当てられて驚いてしまう。

占い師との会話を逆回転させて聞いてみると、会話の中でヒントとなる情報をどんどんこちら側から話しているのだ。当たって当たり前の事が一杯ある。

人が良い人間とは、大体がそんなもんだ。

なりすまし詐欺、ナントカ詐欺、かんとか詐欺、が世間をにぎわしているが、悪い人間が善き人を騙すのは実は簡単なことなのだ。

敵は悪魔のように繊細で、方や天使のように大胆で疑いを知らないのだから、イチコロといっていい。(とは言え、世の中にはインチキばかりではなくちゃんとした占い師の方もいると断っておかないと、後で叱られてしまう。)

で、先の手相には困った。

「分がんね」といっても酒が入っているので「見て、見て」と聞かない。仕方がないので適当なことを問題ない範囲で、後ろ向きじゃないことを次から次から。

とにかく何を言ったかも全く覚えていないので、私のインチキ占いは100%信じないでいただきたい。

でも、インチキをとって、真面目な占い師でも始めたら結構食っていけるんじゃないの?と思ってしまえるような暮れのエピソードであった。

冬型のまま会津は暮れて行く。

市内はドサッとは来てはいないが雪が降り続いている。帰省時の荒天が心配されたが、どうやら交通がマヒするほどまでは荒れず、みなさん無事に故郷会津へ到着してきているようだ。

2013年12月28日 (土)

脱皮しないヘビは・・・

久しぶりにアカスリに行って来た。まさにヘビが脱皮したくらいなほど垢が一杯出た。(汚くてすみません)

アカスリは隠れた趣味というか楽しみだ。もう、25年くらいになるのではないだろうか?

昔、会津若松市49線沿いに「ジャンボ健康ランド」というサウナがあって、そこのアカスリコーナーには代々韓国人の女性が来ていた。

日本に嫁いだ人たちのネットワークがあったみたいで、半年か一年ほどで入れ替わっていたが全部韓国の方だった。

そこで始めてやってもらったのが相当前のことだ。

以来、月に1,2度アカスリをやってもらった。サウナに入ってアカスリをしてもらい、またサウナに入って水風呂に飛び込む。これが実に気持ちいい。

家族や友人とも韓国に行ったこともあるが、本場韓国のアカスリは全員が男性で、ものすごい力でごしごしとこすられて、参った。

女性によるアカスリは日本だけらしいが、いやらしい意味ではなく、こっちのほうがずっといい。上手で丁寧な人は、本当に匠といえるほどだ。

その「ジャンボ健康ランド」が無くなって久しいが、韓国人のアカスリコーナーだけはそのまま「富士の湯」という温泉施設に受け継がれた。それが嬉しかった。

以来、「富士の湯」に通っている。でも、回数は歳と共に少し減った。夏場でも月に1回ほど。冬期間はせいぜい2,3回かな。

15年ほど前からは、家人も一緒に行く。初めは嫌がるかと思ったが結構はまり、今はほとんど一緒に行く。

アカスリに関しては、すべて私のおごりという暗黙の了解がある。最初に誘ったのだから当たり前という事なのだろう。

代々、いろいろな女性にお世話になった。上手な人がいると指名するし、顔見知りにもなる。大体がベテランと新人の2組なのだ。ベテランが他所に移る際にはまた上手な人に申し送りをしてくれたりする。

韓国に帰って来た、とお土産をもらったりとか、自分で漬けたキムチをいただいたりした事もある。小さな国際交流だ。

冬場は風邪をひくといけない。歳とってそんなにアカスリをするのはいかがなものか?などいろいろな声もあり、近頃は、頻繁は止めにしたがやはり気持ちがいい。

さて、歳も暮れ、今年の垢は今年の内に、ではないが雪の中一人で行って来た。(家人は降り積もる雪を見てパス)

『脱皮しないヘビは死ぬ』という。アカスリで脱皮できるわけでもないが、この一年、何がしかの脱皮(成長)が出来たであろうか?と、ミストサウナの熱風の中で一人、この一年を振り返る。

サウナの中って意外と大事な考え事が出来るのです。

「ま、いいか」「こんなもんか」の繰り返し、「他人に厳しく自分に甘く」それじゃ駄目でしょう、と反省ばかり・・・。

とりあえず、垢と一緒に押し流し、新たな気持ちで新年を!

まぁ、そんな簡単なもんではないけれど、とにもかくにもさっぱりしました。

2013年12月26日 (木)

お大事に

「医者の不養生」と言う言葉があるがまんざら嘘でもない。また、「医者は自分の診療科の病気にかかる」ともいわれるが、これもかなり確率が高い様に思う。

呼吸器科の先生が肺がんになったり、循環器科の先生が心臓病になったりという話は枚挙にいとまがないほど、聞く。

もちろん、しっかりと自己管理をし身体を鍛え、健康に気を使っている医者も大勢いるが、無茶をする医者も大勢いる。

24時間体制で人の命を守り、自分は寝たのか、寝ないのかも分からないような中で激務をこなす内に不摂生な日々が身についてしまう、いわば職業病的な一面があるのかもしれない。

自分の診療科との因果関係は全く分からないのだが、本当によく聞く話ではある。まさか患者さんを診ていてうつるわけではあるまいが、脳のどこかに刷り込みがあるのかもしれない。

この一年、3人の先生を見送ったが、いずれの先生もがんが見つかった時にはもうすでに手遅れの状態、どうしてこんなになるまで・・・・という残念な話し。医者の不養生で片づけるには、あまりにも無念だ。

H先生は先ごろ首の手術をし、患者さんには2週間の安静を言い渡す癖に、自分では4日目から手術場に立っていた。驚異的な事など全く望んではいない。ひたすら大事にしてほしいのだが、聞かない。

不養生と言うより自己診断の最たるもので、良い方にしか診断しないようだ。

いずれにしても病態を取り除いたわけだから後は治るだけ。それまで臆病に、小心者で行って欲しいのだが、ひやひやさせられることばかりしている。

K先生は、この正月休みを利用して膝の靭帯の手術をするという。周りの先生も心配するかと思いきや「この休みは病院にずっとK先生がいる(入院して)から安心だ」とか言い病人をこき使う体制で居る。

「まったく!」と言うと「病気じゃないから、けが人だから」という。それも一理あるか。何はともあれ、お大事にだ。

クリスマスも終わり、会津の雪は大分消えた。穏やかそうな天気だが空気がキンと冷えている。この週末からはもっと強い寒気が降りてくるらしい。

正月の帰省に影響が出なければいいが・・・・我が家は帰って来る人はいない。

2013年12月23日 (月)

青空とサンタ

雪の会津を抜けて浜通りのゴルフ場に行って来た。

晴天、青空にはポコポコと冬期間に会津では見かけないような白い雲が浮かび、当たり前だが雪はかけらもない。わずか車で2時間で別世界だ。

福島県は東西に大きい、ひとつの県でこれほど気候が違う県も珍しいのではないだろうか?

「こんな土地に住んでた人が、会津に住めと言われたって無理だよなぁ・・・。避難してきた人がどんどんいわきの方に戻るというのは分かるわ。俺たちだって帰っちゃくなくなんものなぁ」

誰言うとなく、そんな会話が生まれた。

生まれ育った土地、故郷の力とは偉大なものだ。理屈ではない。

もし逆に我々があんな風に毎日が冬晴れの土地で暮らせば、雪の会津が恋しくなる、そんなものだろう。

気が重くなる雪も、寒い冬も長く暮らせば身体の一部になってしまう。それが故郷と言うものだ。

ま、全員が全員ではないから別の土地に根付く人もいるのだろうけれど、自分はどうかなぁ・・・なんか土着性が強いような気がするな。

たとえ冬は南国で過ごしたとしても、帰るところがなくなるのはやっぱり嫌だな。

ゴルフ場の昼食。クラブハウスのウェイトレスさん達がサンタの赤い帽子をかぶっている。明日はクリスマスイブだ。

黒の上下に真っ赤な帽子。

「しかし、なんであんな帽子一つかぶったくらいで男は興奮するのかな?」「興奮はしないでしょう・・・でも、ドキッとはするよな」「だからコスプレが流行るんだ」

「でもトナカイだったら興奮しないよな」「赤いの見ると興奮するんじゃないの?牛みたいに」「いや牛は色盲だから赤は関係ないらしい、闘牛の牛もマタドールの振る布の動きで興奮するんだ・・・」

たったひとつ赤い帽子をかぶっただけで、ここまで話が弾むんだから企画した方も嬉しいことだろう。かぶっているウェイトレスさんも本望と言うものだ。

テーブルの担当だったリーダー的な熟女系の方に、一応、「お似合いですね」と言ってみた。

「笑えるでしょう・・・?」と鼻で笑ってひと言。

どうやら、かぶらされている方は、それほど嬉しくはないらしい。

いずれにしても、サンタクロースに何かお願いするとしても、初詣で手を合わせて願うとしても、いまだ避難されている方々の祈ることはひとつだろう。

浜通りの冬空は青かった。

2013年12月22日 (日)

うまいっ酒

会津高田の高田梅で梅酒を漬けて半年がたった。

ホワイトリカーではなく贅沢にもナポレオン(ブランデー)で漬けたので初めから褐色をしていたが、なお一層トロトロ感が出ていい感じだ。梅の方も「私、エキス出しましたよ」って顔をしている。

いよいよあけて味見をしてみようとおもむろに引っ張り出し、部屋の明かりを一杯にして瓶を透かして見る。実に良い色、丁寧に洗ってヘタを取って乾かしたので、液体は澄んでいる。どろりんとした筋が見える。

あれだけ氷砂糖を入れたのだから、かき回した方がよいのではないだろうか?と、デカイ瓶を逆さにしてみた。すると液が漏れてくるではないか、あわててひっくり返して瓶を拭く。「なんちゅうこっちゃ、こぼれた」

梅酒の瓶は、もともと逆さにしたりするものではないらしい。赤いふたの内側にはゴムのパッキンがないので、そんなことをしたらこぼれる。またひとつ利口になった・・・50ccはこぼれたな、完全に。ああ、もったいない。

瓶をもう一度きれいに拭く。

上から柄杓を突っ込んでグラスへ、ゴクリ!「う、、まぁい!」めちゃ美味い。

これは今まで飲んだことのある梅酒とは全然違う。もちろんブランデーとも全然違う、完全に濃厚な梅酒なのだが、ブランデーのコクと言うか、きつさと言うか、濃厚さと言うか・・・何といっていいか分からないが美味い。

すごく嬉しくなる。梅とブランデーと氷砂糖を入れて忘れていたぐらいなのに、なんか自分が手塩にかけて、すごい技術を駆使し作り上げたような、鼻高々の気分になる。

早速、梅を手配してくれたYさんにペットボトルに入れて届ける。そして「来年は3瓶はつけるから、お願いね」と気の早い手配をする。

暮れには安売りの酒屋さんを回って、お値引きのブランデーを買い集めねばならないと思っている。

氷を入れて炭酸で割るとこれまた、いける。風呂上がりなどには最高だ。まさに「うまいっ酒」だ。

これが3年物、5年ものとなったらどうなるのだろう・・・・すぐに飽きるかもしれないが、やってみっぺ。

この年末年始は休みが長い。瓶の中から梅を取り出してこの梅の実から梅ジャムなるものを作ってみようかと思っている。

どんな味になるか分からないが、自分で作ると超贔屓目になるから何でもまずいとは言わないだろう。

しかし、アルコールが残っているだろうから朝食などには食べてはいけないだろう。ま、食べられれば、の話だが・・・。

2013年12月18日 (水)

なんで会津じゃないの?

「私は絶対にあぎらめねぇ!」綾瀬・八重さんの最後のセリフです。

「さすけね」で始まり「あぎらめね」で終わったNHK大河ドラマ制作サイドのメッセージは一貫していた。

東日本大震災からの東北の復興、今なお止まぬ原発事故、そうした事柄に絶対に負けないで頑張ってほしい、あの山本八重さんのように!

会津のエライさん達が大勢出かけて行って京都でクロージングイベントが行われたと新聞に報じられていたけれども、何で京都?と思ったのは私だけだろうか?

片や会津では一般市民のパブリックビューイング(会津大学)が行われたが、どう見ても京都の規模とは段違いの様子。

どうせやるなら八重さんのふるさと会津で、この復興応援の大河ドラマのクロージングイベントを盛大に、格調高く、また感動的にやるのが筋だったのではないだろうか?

八重さんブームで観光地や温泉旅館が大いに沸き、人が大勢来て売り上げが上がった。それはそれでいい事。

しかし、今回の物語には明確なテーマがあり、哲学があったわけだから、それをしっかりと会津全体で受け止めるような精神性の高いイベントを考えようとする人は会津にいなかったのだろうか?

なんだかこんな雰囲気の祭りのあとでは、単に賑わいを喜び合っただけの薄っぺらな感じがしてならない。

ドラマの中であれだけ繰り返して会津、会津と唱え、会津は義と誠のために生きた!と言いきってくれているのに、結局は「義」じゃなくて「利」のために大騒ぎしているのね、と憎まれ口の一つも叩きたくなるような感じがする。

制作者と市民の対話や、ドラマの読み解き方、総括であるとか、分からないが(いい加減な)・・・とにかく2013年に行われた特別なこのドラマの精神をこの会津の地に刻みこむような事が必要なんじゃないですかね。

観光客がどれだけ増えた。修学旅行生がどれだけ戻った。売り上げがどれだけ伸びた。だけではなく、ドラマの応援で会津がどれだけ変わったか?人々の意識がどれだけ変化したか?そういう検証があっていいんじゃないのかな。

何はともあれNHKさん本当にありがとうございました。

会津が戊辰戦争で戦いに巻き込まれていった姿、会津の果たした役割、そういうものを広く全国の人々に知ってもらえたことは、やっぱりもの凄く大きい事だ。

あのドラマに恥じないような生き方をしなくてはなりませんな・・・忘年会・死のロード驀進中、あと残り4つとなりました。

2013年12月15日 (日)

雪の色

会津に雪が降った。それもいきなりドカンと、根雪になりそうなほど降った。

街は一気に真っ白く、建物の屋根は雪を積む。白くて美しい風景だけれども、冬の厳しさを知っている者にとっては雪の深さの分だけ気が重くなる。

この純白の雪が白い色で本当に良かった、とバカげたことを思う。

これが赤や紫だったり、黄色い雪だったりしたら人間はとても冬の寒さを乗り切ることはできないだろう。

白で当たり前、とはいうものの、水蒸気が雪になって山々に降り積もる時に「白」と言う色になったのはなぜなんだ?一体誰が白にきめたの?と変なことを考えるのだ。

この地球上にある様々な自然の色、もちろんその色にはちゃんと意味があるのだろうけれども、別にその色でなくても良いものだってあるだろう。

それがすべて計算され尽くしたように見事な総天然色で出来ている。人間はその自然が持つ色を越える色を持つことなんかできない。

自然には、こうあるべき色がすべて備わっている。

その色が変わってしまった時、それが人間が滅びの道を歩むサインなのではないだろうか?

青々とした海や川が薄黒く汚れ、青垣の山々が赤黒くただれたり、この美しい真っ白な雪が茶褐色になって覆いかぶさったりしたら、人間は生きてはいけないに違いない。

中国の大気汚染、PM2.5が問題になっている。ああいうものがとめどなく増えたら雪の色も純白ではなくなるだろう。

そうなったら中国の人々も生きて行くことは難しいだろうし、それは一国だけの問題ではない。

顔色、手の色、舌の色、色は身体の様々なサインを発している。その色の微妙な動きに目を凝らし、病気のもとを断つ。

早期発見、早期診断、早期治療が大事!それは地球にとっても言えることだ。

2013年12月13日 (金)

社会人野球のこと

当院の野球クラブは会津で一番、いや福島県下でも最も伝統あるクラブの一つだ。

66年の歴史を誇り、ただの一度の休部も廃部もない。そしてなかなか強い。

創立者が野球をこよなく愛したことに始まるが、野球というスポーツの持つ健康的な明るさ、チームワークの精神を病院と言う特殊な組織のカンフル剤にしたいという思いもあったに違いない。

昭和の匂いぷんぷんの頃には、それこそ野球の実力で採用が決まったようなこともあったらしいが、今はさすがにそんなことはない。野球をしたい人間は一生懸命勉強を重ね、採用試験に臨む。

クラブとして、ノドから手が出るような実力者であっても、それだけで採用するということはできない。そういう時代だ。

それだけにチームの実力の維持はなかなか難しい。特に世代交代がなかなか思うに任せない昨今だ。

今シーズンをもってピッチャーで監督のWくんが引退する。シニアに入る歳だから仕方がないが、多くの試合は彼の巧投が支えて来た。抜ける穴はかなり大きい。

常勝を望まれる名門チームにとっては大きな試練だ。

だが、先に書いたように勝つことだけがチームの目的ではない。

「野球」、ベースボールを野球と訳したのは正岡子規であるといわれるが、本当は違うらしい。だが、野球と言う意訳に子規が魅せられ、その言葉の普及に大きな役割を果たしたことは間違いがない。

俳号も本名の「のぼる」を洒落て「野球」、のボール、としていたことからも子規がどれほど野球というスポーツを愛し、野球という言葉も愛していたかが伺える。

野球が塁を埋め、点数を重ね勝ち負けを競うだけのスポーツであるなら直訳で「塁球」でもいい。

しかし、「野球」という言葉に込められたように、野に遊び、白球追うその競技の妙、戦略性、精神性、そうしたものが昇華して「野球」になっている。

社会人野球はそのことを決して忘れてはならない。

職場、家庭、友人など多くの人々の理解と協力を得て、自らが愛する野球をやっている、やり続けられているのだ。

そのお返しは、企業の宣伝(それも少しはあるが)だけではない。

その過程、野球に取り組む姿を通して、職場に明るさや朗らかさ、またチームワークの精神を届けることこそが第一の使命であるといっていい。

もちろん勝つに越したことはない。しかし、大事なのは野球に懸ける君のその姿なのだ。

来シーズンは試練のシーズンになるだろう。

ガンバレ!竹田病院野球クラブ!!

2013年12月12日 (木)

最終回

今度の日曜日にNHK大河ドラマ「八重の桜」がついに最終回を迎える。

会津にとっては八重さん祭りが終わるようなものだ。最終回をパブリックビューイングで観賞するイベントなども開かれるようだ。

県内の今年の十大ニュースの1位にも「八重の桜」の放映、大ブームが選ばれた。

観光客は予想を越える勢いで回復した。鶴ヶ城の登閣者は震災前の1.7倍を記録しているそうだ。

観光業を中心にさぞや潤ったことだろうと思われるが、意外な声も聞こえてくる。

「良いのはお城周辺、鶴館さんだけだ」「街の中はそれほどの賑わいもない」「売り上げもたいして変わんねなし」・・・など、なんとなくしょぼい声。

我々一般市民の感覚からすると、確かに観光シーズン、土日の混雑はすごかったし、ホテルや旅館も満室続き、街の中にも大勢の人がいたように感じるが、なんだかなぁ・・・だ。

会津人は逆風には強いけれども、フォローの風をうまく利用するのは下手くそなのかなぁ・・・などと憎まれ口の一つも言ってみたくなる。

ま、いずれ「八重の桜」ブームは、ひとまず幕となる。

大切なのはここから先だ。応援の受け、声援を浴びながら、結局はブームに乗っただけの打ち上げ花火一回ポッキリ、ではあまりに淋しいし、申し訳もない。

このフォローの風をどう活かすか?会津の実力が試されるのは実はこれからなのだ。

私もブームに乗ったというわけではないが、何度か「八重さん、捨松さん」のことなど講演を頼まれた。数えてみると6回ぐらいやったかなぁ、どさくさにまぎれて。

話の肝は、以前にも書いたが「八重さん、捨松さん」の人生に共通する三つのキーワード。「不屈の精神、ベストパートナー、博愛の精神」だ。

不屈の精神を支えるのは天性の明るさ。今日はダメでも明日は何とかなると思える楽天主義だ。実はこの明るさが、今の会津に欠けているところなのかもしれない。

全力で前に進む前に人を妬む、出る杭は打ちたくなるし、調子に乗ってる人の足は引っ張りたくなる、そんな貧乏根性が会津気質の短所に確かにある。

ベストパートナーは、伴侶だけにとどまらず人との出会い縁(えにし)の大切さ。

博愛の心は「俺が、俺が」と、自分だけが良ければいいという、ケツの穴の小ささを恥じる心でもある。

話すたびに自省し、自分に言い聞かせているような気がしないでもないが、少しは学ばねば八重さんにも申し訳なかろうというものだ。

何はともあれ最終回。

祭りの後の淋しさは・・・・一体何で紛らわす?一体何が埋めてくれるのだろうか?

2013年12月 6日 (金)

映画館がないから

会津に映画館がなくなってどれくらいたつだろうか?

社会人になった頃にはまだ坂下町にも、喜多方市にも映画館があった。市内にも5スクリーンぐらいは残っていた。

一昨年になるだろうか、最後の映画館、東宝が火事になり、映画館がまったくなくなった。

映画を観るには、郡山か新潟、米沢に行く人も多いが、私は米沢のシネコンには行ったことがない。

勢い映画を観る回数もめっきり減った。

会津に映楽プラザと東宝の3スクリーンがあった時には家人と年間30本を目標にしたが、30回映画館に行くのはちょっと難しく、26回ぐらいで終わったのを覚えている。ほんの5,6年前の話だ。

今は年間、5,6回行けばいい方だろう。一番最近観たのはダスティン・ホフマンが監督した「カルテット」、その前は「風立ちぬ」だ。

毎年12月に文化センターで行われているシネマウィーク、今年で十数回にはなるだろうが正確には分からない。

いや、会津EU協会のヨーロッパ映画祭と共催していたこともあるんだから20回は越しているかな?

そのシネマウィークの実行委員長などと言う役を仰せつかり3年目になる。

大げさな名前だが、実際の仕事は風雅堂の文化振興財団のスタッフがほとんどをやってくれるのでそんなに大したことはない。

一番の仕事は3日間の上映作品を委員の皆さんとともに決めることだ。

12月上旬の金・土・日。金曜には文化庁の協力を得て日本の古典的映画、土曜はこどもや学生向けだったり、アジア映画などをみつくろう。そして日曜日には話題の映画を。一日2本で計6本を上映する。

私が実行委員長になったことと直接関係はないだろうが、会津に映画館がなくなってしまったことも手伝い、入場者は増えている。

今年は、6日~8日。6日に「細雪」「おとうと」と古い映画。7日は「最強のふたり」そして「東京オリンピック」だ。このチョイスは、日本のオリンピック開催が決定する前だから、ちょっと自慢だ。

そして8日には「アルゴ」「マリー・アントワネットに別れを告げて」。どの日も500円と格安。大学生以下は300円、三日通っても千円でおつりがくる。

残念なのは映画館があった当時、興業を一手に握る映画館の力が大変に強かったので、文化センターにも、風雅堂にも映写室に35ミリの映写機がないということだ。

公共施設への映写機の導入が反対に遭い見送られたのだ。風雅堂など予算組をしていたのに映写室はあっても映写機がない。

従って現状ではフィルムの作品は昔の小学校の映画教室のように、客席の後ろに映写機を据え付けて行う。

ガラガラと映写機の回る音がする。なんでこんなところで映すの?と思う人もいるかもしれないがそんなわけがある。

近頃はDVD化されている作品も増えて、プロジェクターで上映できるものもあるが、こっちは少し迫力に欠ける。

ちゃんとした映画館がないと、ちゃんとして映画を楽しむことは難しいと言うことだ。

ま、こうした少し残念な状況ではあるが、今年もシネマウィークは結構にぎわうことだろう。

「東京オリンピック」は観に行こうかな、やっぱり。

2013年12月 3日 (火)

身の丈

「特定秘密保護法案」なんか、いかつい名前で怖い。

日々の新聞などを見ると多くの人が反対し、ジャーナリストや文化人と呼ばれる人のほとんどが反対しているように感じられる。にもかかわらず、どうやらこの法案は成立してしまうようだ。

担当大臣さんの答弁を聞いてみても二転三転、やっつけ仕事のような感じで拙速の感は免れない。

それなのにどうしてこんなに急ぐのか安倍さん?

必要だからだろうし、その必要度合いが緊急性を増しているからだろう。

決して遠くを見つめて気分でやっているわけではないはずだ。

確かにスパイ天国、と言われるような状況では国益が失われるという心配もあるだろう。

たとえ何であっても「地獄」じゃなくて「天国」なんだから良いんじゃない?なんて脳天気なことは言っていられない。

諸外国との付き合いの中で秘密が守られることが担保されることの必要性、それは分かる。

しかし、それを理由に何でもかんでも秘密扱いされて、お上の思うように好き勝手にやられてしまうのはもっと困る。だから多くの人が反対を唱えているのだ。

正直、細部まで検討して問題点を指摘できるほど良く分かってはいない。

だが、どうせアメリカを手本にするのなら、ブレーキ部分を外すようなことをしないで欲しいとは思うわけだ。

秘密保持の期間は30 年、それが過ぎると秘密文書も公開される。それが日本が作ろうとしているのは60年だという。(必要とあれば無期限もありらしい)

それは人間の身の丈に合ってはいないのではないだろうか?

30年なら、40代、50代の秘密も70歳か80歳になれば暴かれてしまうというリアリティを感じることが出来る。

それが60年となればもう完全に他人事、死んでしまったらオラ知らねえ!って感じだ。

孫子の代に禍根を残す、と言うこともあんまり考えなくなってしまうのではなかろうか?

生きている内にバレるかバレないかは大きなブレーキだ。大幅なブレーキ解除で、好き勝手に暴走しそうな気がしないでもない。

人間は人間の身の丈の法律を作らなくてはならない。そんな風に思うからこの一点だけでも、やっぱり反対だなぁ・・・。

どんなに反対しても成立してしまう勢いだ。が、せめてこの60年は30年に改めて欲しいものだ。

そうじゃないとみんなが、死んだ後のことはオラ知らねえ、でとんでもない無茶苦茶をするんじゃなかろうか?

福島県の天気。浜通り地方、中通地方にはお日様や雲のマークが並ぶ。会津地方には傘が開いたり閉じたり、時に雪だるまが顔を出したり・・・すなわち、冬が来たということだ。

« 2013年11月 | トップページ | 2014年1月 »