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2013年11月

2013年11月29日 (金)

林檎

今年の会津のリンゴは、日本全国いろんなところで異常気象と言われた割にはなかなかいい出来ではなかったろうか?

リンゴの木のオーナーになってもう25年ぐらい経つ。Hさんと言う先輩の農園(会津村の前の一帯)のリンゴの木を1本丸ごと買って、11月の収穫期に家族や友達ともぎに行くのだ。

こどもが小さい頃はキャッキャ言って楽しんだものだが、最近は夫婦二人のひと仕事になった。

リンゴの木も当初はかなり大きい木だったが、何度かえてもらって今は大分小ぶりになった。

今年は玉も大きく色付きも良い、そして蜜が入って美味いし、果肉の歯触りが特に良い感じがする。

脚立に登って一本の木を全部もぐのはなかなかの大仕事、もっとも今年は出張で行けなかったので息子に代役を頼んだ。

段ボールにいくつものリンゴが採れる。そのリンゴを全部食べれるはずもなくいろいろなところに配りまくるのだ。親戚や友達、職場や先生、配って喜ばれるのを楽しんでいるという、趣味みたいなものだ。

私一人では、日にちをかけてもせいぜい5、6個食べればいい方だろう。この時期は身不知柿もうまい。

「やっぱり会津のリンゴはうまいなぁ、もぎたては違う、あんなに蜜の入ったリンゴ初めて食べた」なんて褒められると、なんだか自分のことのように嬉しく、鼻高々な気分になる。

リンゴをあげて親しくなった人も少なくない。改まって品物をやり取りするのではなく、「これうまいがら、食べてみっせ!」的な付き合いが良いのだ。

その点、農家でもないし家庭菜園などはやる気もなく、何も作ったりできないこの身としては秋のリンゴもぎがちょうどいいのだ。

ただ自分でもいできただけだが、勝手に自分の中で手作り感があって、褒められると「どうだ!」みたいな、気分を味わえる。

で、この時期リンゴ配りおじさんになるというわけだ。

リンゴは象徴的な果実だ。禁断の果実、白雪姫が食べたのもリンゴだし、ビートルズのレーベルもリンゴ、世界を変えたマックもリンゴのマークだ。

ガブりっ、と一口かじってしまうところから始まる新しい世界・・・。

甘く美しいその肌に唇寄せて、黙ってみている青い空。

現実と理想、過去と希望、夢と現を分ける真っ赤で不思議な果実、リンゴは林檎・・・嗚呼、漢字検定の時に書けなかったなぁこの字。

2013年11月28日 (木)

歯の治療

♪人生楽ありゃ、苦もあるさ~♪

楽しかった出雲の旅から帰った翌日、先延ばしにしていた右奥歯の治療をしてもらった。かぶせた金属の下で、もう神経が炎症を起こしてひどいことになっていたらしい。

熱いラーメンを食べれば沁みる。その噛み合わせの上の歯は冷たいものが沁みる。こうなると散々。左側で堅いものをかむ習慣がないので極めて不便だ。

「1時間ぐらいは時間を取ってくださいね」と驚かされドキドキ。

麻酔の注射をされて神経を削られた(本当は何をされているのか良く分かっていない)

この神経とやらをきれいにして、詰め物をして、最終的にはきれいなしっかりしたセラミックの歯をかぶせるということらしい。4,5回はかかると言われた。

いくら麻酔をかけても神経に触るとズッツキーン!と脳天に抜けるように痛い。

I先生はめちゃ丁寧にガリガリゴリゴリやっている。時に触るとズッツキーン!思わず先生の手を「このやろぅ!」と、噛みたくなってしまう。

なじみの助手さんが「もう少しだからー、頑張っせよ」と会津弁で励ましてくれる。おでこに冷や汗、一向に終わらない。

時々、ズン!と突き抜ける痛みが来る。いつ来るか予測できないから、なおのこと怖い。

のけぞりそうになると優しい助手さんがギュッと手を握ってくれた。「大丈夫だがら~、もう少し、もう少し」

不思議なことに手に触れてもらうだけで少しだけ痛みが和らぐような気がする。気がする・・・ではなくて本当に少し和らいでいる。まさにこれが「手当て」というものだ。

「普通の人は神経が3本なんだけど、4本ありますね」と先生。そんなこと言われても「そうなんですか・・・」と答えるしかない。「すみません」と謝るのも変だろう。

いずれ少し厄介な歯らしい。2回目の今日も「大きいなぁとか、深いなぁ・・・」とか先生がぶつぶつとつぶやいていた。また時々痛かった。ズッツキーン!

いずれにせよ歯がしっかりしていないことには何事も乗り切れない。この年末年始の忙しさ、暴飲暴食、不眠不休、不倒不屈、謹賀新年・・・大きなことも小さなことも歯は大事だ。

出来るだけ早めにガツガツ食べれる様に治していただきたい。

毎月一度点検してもらい、歯垢を取り磨いてもらう。I先生との付き合いが始まってもう10年になるだろうか。今回が最大に痛い治療だ。

そんなに丁寧に時間をかけてガリガリガリガリやらなくてもいいのに・・・なんてことを思ったりするわけだが、考えてみればI先生は忙しい中、手抜きもせずに実に丁寧にやってくれているわけだ。

そんな恩知らずなことを思ったら罰が当たる。

最後まで決して先生の手を噛んだりすることなく、大人しく、この痛みに耐えて行こうと今は心に誓っています。

2013年11月25日 (月)

縁は奇なもの

出雲大社の帰り道、日本三景の一つ天橋立に立ち寄った。山陰地方としてはこの時期、好天に恵まれた旅となった。

さすが名勝地、行楽の人出は多い。日本全国から観光客が集まっているのだろう。

そうだ、2年前に伊勢神宮参拝の後に那智の滝で有名な那智神社を参拝した時に、まったくの偶然で会津生まれのいとこのTちゃんとばったり会ったっけ。

アメリカ勤務が長く、少し前に日本に帰って来た(首都圏に)とは聞いていた。その彼が目の前に現れた時はびっくりした。何でも大阪出張の帰りに奥さんと待ち合わせをし、那智の滝を観に来たのだという。

その時も凄い人でほんの30秒ずれても気付かなかったかもしれない。偶然の出会いってあるんだと 「!」した。

で、出雲大社の帰り道のことである。

天橋立でガイドさんの説明を聞いていると後ろから、か細い女性の声で名前を呼ばれた。「えっ?」と振り返るとそこには見たことのある顔、あまりにびっくりで、一瞬、ここはどこだっけ?となった。

なんと8月に四国徳島でお世話になったAママじゃありませんか!「やっぱり、まさひろさんだ!」初めは自信なさげだった声が大きくなった。

Aママは、もちろん普通の格好なのだが、明らかに周囲の人よりは少しだけ目立っていた。

このAママとは並みのお付き合いではない。

四国徳島の阿波踊りには、縁あって毎年ウチの研修医たちが卒業旅行に訪れている。今年、私も一緒に行ったことはこの8月のブログにも書いたので、そちらを参照まで。

その際に大変にお世話になったというか、ずっとお世話になり続けているのが、もともと院長の知り合いだったAママなのである。

とれない宿を手配してもらったり、人気の食事処を抑えてもらったり、無理ばかりを聞いてもらっている。何よりも滞在中に迷子になった時にはお店の「キャラバン」に行けば何とかなる事になっている。

お付き合いはもうかれこれ10年以上になるだろう。

「なんでこんなところにいるの?」「そっちこそ、なんでぇ~?」鼻にかかった声が懐かしい。

片や出雲大社の帰り道、片や徳島からの家族旅行ということのようだ。

やっぱり日本を代表する神社ともなると何か違うことが起こるのか、はたまた私が何か持っているのか?それは分からないが有名神社参拝の後には、とんでもない出会いがあるものだ。

これも、あと30秒ずれていたら気付かずに通り過ぎたことだろう。

思わず握手をして、「あっ、そうだ!」とご同伴の家人を紹介した。「ほら徳島の、いつもお世話になってる、酢橘を送っていただいた、ほら、あのママさんだ」

いやー、びっくり。院長に報告しなくてはいけないのでカメラと携帯で証拠写真を撮った。

一応ツアーなので、そうは長話しも出来ない。振り返れば皆が心なしか変な目で見ていた。

「じゃあ、今度シイタケ送るからね」と言って、Aママはすらっと長い脚を翻し、天橋立の人混みへと消えて行った。

「いやー、びっくりしたなぁ、こんなことってあるんだ!さすが縁結びの神様・出雲大社、あのAママとはほかならぬ縁があるのかなぁ・・・」と言うと、「そんなの、あるわけないでしょ!」と我が家のママに一喝された。

2013年11月24日 (日)

あん時の猪瀬さん

猪瀬東京都知事もここに来てとんでもない躓きを起こしてしまったものだ。

それにしても作家で、道路公団のムダに切り込んできたあの才人がなぜ?と思ってしまう。

議員会館で現金の受け渡し、なんて古典的すぎて今時、小説でも書かないようなあまりにも無防備なお金のやり取りだ。

どうしてあれほどのインテリがこうも無防備になったのか?お金の使い道はともかくとして、そっちの方に興味が沸く。

政治家が非常に誤解を招きかねない金銭授受を堂々とやったのはなぜか?答えはただ一つだろう。この人(この企業)なら絶対に大丈夫だと思った相手だったからだ。

危ない、とか多少の不安を抱えていたならもっと遠周りで、バレない方法をとるに違いない。

お代官様にさし出す饅頭の底に小判が敷き詰めてあるような、手口で大金を受け取ったのは、この人なら(この企業なら)絶対に大丈夫だという確信があったからだろう。

去年の1月ごろまではT会と言うのはそれほど強大な力を持っているように思われていたということだ。

T会に司直や税務署など、権力が介入することなど無い、と誰もが思っていたからだろう。

何十という病院を経営し膨大な収益を誇る。それも医療と言う重要な社会インフラの担い手であり地域を支える要、T会なら絶対に大丈夫だと思ったから、あんの時の猪瀬さんもにこやかに現金を受け取り奥さんの貸金庫に納めたのだろう。

相手が土建屋さんだったり、公共事業に関連する企業だったりしたらあんな風にはしなかったに違いない。

考えてみれば医療や介護は許認可の塊りのような事業だ。診療・介護報酬だって自分たちでは決められない。それが許認可をしたり、報酬を決める側とべったりと言うのは望ましい姿ではないはずなのだ。

「先生ひとつよろしく!」と互いに先生、先生と呼んで手を握り合う。そこまでは良いけれども、そこに大金が介在したのでは、ダメでしょう、という話だ。

猪瀬さんのスキャンダルは、あの時期、T会と言う大病院集団が、この人(企業)だけは協力を仰いでお金を受け取っても大丈夫!というところに居た、と言うことの証しでもある。

そこまで登りつめていた(登りつめることを許していた?)と言うことだ。きっと別格だったんでしょう・・・。

都知事選であれなのだから、いざ地方に目を向ければ、ゼロを一つ減らしたぐらいの世界で似たようなことが沢山起こっているのかもしれない。

・・・選挙は様々な意味で怖いものである。

穏やかな天気に恵まれた連休。この連休で会津の紅葉も、観光のトップシーズンも終わりを告げる。

ここを境に、冬が足早に山から下りてくる。今週の週間天気予報はまさにその通りになっている。

2013年11月22日 (金)

そりゃねえべ、大黒様

出雲大社へ行って来た。

夕刻会津発、前泊し、午前中の便で出雲縁結び空港へ。田んぼの真中にある可愛らしい空港だ。

出雲大社は今年遷宮の年にあたる。伊勢神宮が遷宮で大いに賑わっているが、出雲大社も負けてはいない。

伊勢神宮の遷宮は20年ごとに行われ本宮を新しく建て替えて移すわけだが、出雲大社の遷宮は建て替えるのではなく、大社(おおやしろ)の檜皮葺き(ひわだぶき)と呼ばれる大屋根を葺き替える。厚さはゆうに1メートルほどもある立派なものだ。

屋根を葺き変え社の修理を行う出雲大社遷宮は60年に一度行われる。前回の60年前と言えば昭和28年、1953年だ。どうしてスラスラ出てくるかと言えば、私の生まれた年だからだ。

そう、今年で60年、次の遷宮はとても見ることが出来ないだろうからと、還暦祝いも兼ねての旅行と相成ったという次第である。

今年は伊勢、出雲のダブル遷宮の年として大変な人気となっている。週末ともなると身動きが出来ないほどの人出で、人気のツアーはなかなかとれないという。

出雲縁結び空港から昼食をとり、早速目的地の出雲大社へ。

出雲と言えばなんといっても有名なのが縁結びだ。全国的には神無月の十月、ここ出雲では神在月と呼ぶ。なんでも全国の神様が集まって、それぞれの氏子の縁組を取り決めるのだとか・・・。

ま、今さら新たな縁を結ばれても困るわけだが、息子君の縁はとても気になるところだ。神頼みでもしなければなかなか良縁に恵まれそうもない消極派、低調気配が長く続いているので内心気が気ではない。

還暦の祝いもあるが、そこのところも大きな願いの一つなのである。

いよいよ拝殿、そして本殿へ。当然ながら中までは入れないが本殿前の賽銭箱、ここは一発、お賽銭をはずむ。ご縁の「ご」の付く紙のお金!

高額紙幣を賽銭箱に入れる時には、そのままではなく折り畳んで入れた方が良い。長いままだと、するっと落ちる時に思わず手で押さえたくなる。

気合いを入れて拝み、社務所でお守りを求める。自らは開運・厄除け、そして縁遠そうな彼には当然ながら縁結びのお守り、出来れば大盛り、特盛りでお願いしたいところだ。

ところが何と、縁結びのお守り、あまりの人出の多さにただいま品切れ中と言うではないか!

思わず「ふざけんなよ、大国主命!」と、毒づきたくもなるが神様にそんなことを言ってはいけない。

申し訳なさそうな顔の禰宜さんが立って用紙を配っている。

「この用紙に住所氏名をお書きいただければ出来あがり次第必ずお送りいたします。お守りがないわけではなく、お守り袋があまりの多さで切れてしまっております。誠に申し訳ございません」平謝り。

遠路はるばる会津から来て、お守り袋にも縁がないなんて・・・かなり心配。さっきの五千円ひとまず返して!と言いたい気分。(セコい)

ま、一つ、ここは少し責任を感じていただいて迷惑をかけた分だけ「ご縁」の方にも充分に色をつけてもらわないことには困りますなあ・・・・大黒様、そののところひとつよろしく!

2013年11月18日 (月)

良く死に、良く生きる。

先日、「生と死を考える会・会津」の研修旅行で横浜、鎌倉方面に行って来た。日ごろの心掛けが良いので素晴らしい晴天に恵まれた。

研修先は、いち早く認知症専門の特別養護老人ホームやデイサービス、グループホームなどに取り組んで来られた。S会さんの施設。

創業のS先生は有名な方で、「生と死」の問題に30年前から積極的に取り組んでおられる。

どの施設も職員の皆さんがいきいきと働いておられ、お年寄りは穏やかに過ごされていた。こうした施設にいる方々は幸せだろう。

だが、つくづく考えさせられたのはそうした施設の急増とお年寄りの増加だ。S会さんの施設は横浜市内に80か所を越えているという。

これが高齢化社会(この言葉はあまりいただけないので長寿社会と呼びましょうという提案もある)の現実だ。

都会の人混みの中に紛れてはいるが、都会でも高齢化はどんどん進んでいるのだ。

もはやだれもが行き当たりばったりの老後を迎えるわけにはいかない所へ来ていると言っていい。

自分はどうやって死ぬか?どんな最期を迎えるか?もちろん思い通りになるわけではないけれども、一度は向き合っておくべき問題なのだ。

欧州ではオランダで成立した安楽死法案に似たようなものを自国にも取り入れて行こうという国が増えて来ていると聞く。

「治療の見込みがない耐えがたい苦痛」から逃れる権利は本人に与えられるべきだ、と言うのが法の根幹だ。

当然ながら難しいケースが山ほどあって、法の悪用や法の拡大解釈など問題は多く簡単な話ではないし、日本ではまだまだ反対の意見の方が多い。

法律ではないけれども「リビングウィル」と言って生前に自分の意思をはっきりと表明できる手段もあるので、そういうことを真剣に考えて置くのはやっぱり必要なんだ、と改めて感じた。

それにしても。と、思わず立ち止まって考えてしまうのが認知症、アルツハイマーというような脳の病気だ。

医学の進歩によって脳梗塞などの突発的な脳血管の病気は減っているというが、認知症の様に時間をかけて進行する血管性の病気は全く減ってはいないという。

明日は我が身だ。

その人がそれまでのその人でなくなる、というのはどういうことなのだろうか・・・?

そこから別の人生を生きるということなのだろうか・・・?

病気でなくても人間は老化によって変化していくのだから、どんな状態であってもその人の人生であることは間違いない。

認知症の進んだお年寄りは、逆にあらゆるストレスから解放されて長生きするのだともいう。

でも、その長寿って果たしてその人にとって良いことなのだろうか・・・・・。

難しい。

難しいけれども、私には関係ない、と逃げないで向き合わなければならない問題なのだ。

良く死ぬことは、良く生きることでもあるのだから。

2013年11月15日 (金)

なぜに福島?

昨日、食品製造関係の社長さんと話す機会があった。

「八重の桜」効果で今年は忙しいでしょう?とお気楽に尋ねると「一部ですね。来年からは本当に心配ですね・・・」というのだ。

彼が言うには「福島、フクシマ、ふくしま」という地名の刷り込みと言うのは大変なもので、やがて福島県産の食料品は姿を消すかもしれません、とまで言うのだ。

「えー、三年近くたって風評被害は収まりつつあるのかなぁ、と思っていたのに・・・」「逆です。刷り込みが進んでいる感じです」

「えー、じゃあどうすればいいの?」「できるかどうかわからないけれど、福島原子力発電所の名前を今から変えることでしょうね」と言うのだ。

そんなことできる訳ないじゃないと思うが、彼は本気の顔だった。

考えてみれば福島原子力発電所という名はどうやって付いたのだろうか?女川、柏崎刈羽、浜岡、美方、伊方、川内ともっと小さい地名が付いている原発ばかりだ。

県名が付いているのは福島と島根もんじゅだけだ。

これが大熊原発だったら、どうだったのだろうと、大熊の方々には悪いが考えてしまった。

「こんな例は非常にいけないかもしれませんが、たとえば、水俣の海産物詰め合わせとかチェルノブイリのフルーツジャム、なんてのがあったとしたら食べますか・・・・?」

思わずみんな黙ってしまった。

なぜに福島?福島県は広く、風評被害はその広~い県内いたるところに及んでしまった。

「会津米だ!」と聞いて一度は喜んだ人も、「福島県産の会津米ですかぁ。」と肩を落とすという。

「先日、金沢出張でマッサージを受けてたんですよ、そしたらね、お客さんどこからですか?と聞くんで福島です、と言ったとたんピタッとマッサージ師さんの手が止まりましたからね・・・・」「え~、ほんとー???」

美味しい会津清酒もなんだか急に進まなくなり、誰もが無口になってしまった。

2013年11月14日 (木)

陽だまりのような

11月3日に行われた「竹田地域医療フォーラム」の特別講演講師として女優の紺野美沙子さんが来てくれた。

NHKの朝ドラ「虹を織る」で一躍人気女優となった紺野さんは、慶応大文学部出身の才媛だ。

有名女優さんにもかかわらず気取ったところがまったくない。何でもにこやかにに答えてくれる。出しゃばったところも、お高くとまったところもない。

2010年の秋から「紺野美沙子の朗読座」を主宰、昨年、東日本大震災の復興応援の意味をかねて会津稽古堂で「さがり花」という朗読&ピアノのハートウォームな公演を行ってくれた。

その時にちょうどひな祭りだったので、吉田屋さんのお雛祭りの生菓子をさし入れて楽屋でご挨拶をした。

そんな縁があって今回の講演が実現した。

役者や女優、と言うと浮世離れした人、というイメージがあるが、紺野さんは極めて普通の人と言う感じだ。結婚し子育てをし、主婦としてお母さんとしての落ち着きが感じられる。

強烈に個性的な役や、主役を張るような激しさは感じられないが、こういう雰囲気の人って、それはそれで大切なんだろうな、と思う。

全員が強烈なギラギラ感を持っているような作品もあるにはあるだろうが、ごく普通の市井の人が出てこない作品と言うのも少ないはずだ。

そんな時、ホッとするような陽だまり感を出してくれる紺野さんのような役者は重宝されるだろう。

国連の開発計画親善大使としても幅広い活躍をしている紺野さん、私はこんなにすごいことしているんですよ、というような構えた所も全くなく、庶民の視線で世界情勢を語ってくれた。

また、一主婦の視線で日々の喜び、幸せについて語る。そんな人柄の温かさに魅せられてか、当日は多くの人が会場を訪れた。

・・・・来年の夏、竹田ホールでの、今度は朗読会が実現するかもしれない。

2013年11月11日 (月)

驚異のカラオケ

「カラオケ行きたい!」とご自分からおっしゃるのだからよっぽどお好きなのだろうと思った。

ある学会のためにはるばる会津まで来られたT教授、招宴がはねた後のこと。

知りませんと言うわけにはいかないので、H先生と客人をもう一人乗せて4人で街まで下りた。

よくよく考えるとカラオケのあるスナックと言うのは最近ほとんど行かない。行くところといえば私もH先生も、ひなびたあの店ばかり。バリバリのカラオケスナックと言うのはとんと御無沙汰だ。

もちろん何軒か知ってはいるのだが、どこもいつも賑やかな繁盛店だ。

なんとなく、なんとなく、もうすこし暇な店の方がいいんじゃなかろうか・・・という勘が働いた。で、一度、とあるバーのママに聞いた店を思い出した。(店の名前はTとしておく)

「こんばんわー」と入ると案の定どなたもお客さんが居ない。

熟女のママさんと、もっと熟女の女性が一人。初めてのお店なので贅沢は言わない。

店は結構広く、カラオケマイクも今日新品に替えたばかりというラッキーな状態だった。

ボトルを入れて、一杯づつ作ってもらい、さあ、どうぞとカラオケ選曲の機械を教授に渡す。

チャチャチャと入れたかと思うと、T教授はおもむろに立ち上がった。

「ハイ、マイクです」と、手渡そうとすると手を振って要らないという。「まずは、ノドならし」と、背広のポケットに手を突っ込んで店の中央を歩きながら歌い出したではないか。

カラオケにこんな曲あるの?と思う、あのオペラ歌手・ハヴァロッティの「オー・ソレ・ミオ」

それもイタリア語、マイクなし、画面も見ずにだ。朗々と、朗々と歌い上げる。生声で、先生!青筋まで立ってます。

第一に思ったのは「ああ、この店にして良かった・・・」じゃなかったら、いきなりの「オー・ソレ・ミオ」みんなびっくりするでしょう?

続いて(ここからはマイクを使い)「もののけ姫」の主題歌、あのファルセットヴォイス。続いてサッチモのあのだみ声で「ユア・マイ・サンシャイン」(だったかな)と、立て続けに歌いだされた。

皆、あっけにとられて、お口パカーン状態。自称4オクターブ七色の声のカラオケタイムだ。

こうなるとなかなか割って入ることもできない。

「明日に架ける橋」「ハナミズキ」(徳永バージョン)「いとしのエリー」(ヴォサノババージョン)・・・・ほとんど歌詞画面は見ないから全部暗記されているのだろう。

いやー、驚きました。初めてです、地声から始めて、こんなにくせ球だらけのカラオケは。それにしてもカラオケには恐ろしいほどいろんな曲が入っているんですね。

そうこうする内にお客さんも入り店の中は賑やかになった。それでも堂々のカラオケは続いた。

およそ1時間半、拍手に疲れて、酒もまわって、そろそろお開きにと言うことになり、タクシーを待つ間に最後の一曲と相成った。

それがなんとマイケル・ジャクソンの「スリラー」です!

じゃぁ、あんたやってみ?と言われてももちろんこれっぽっちも出来ないけれど、踊り付きの、それも教授の「スリラー」は初めて聞きました。

6時間講義の後に3時間歌い続けても平気という驚異のノドだそうで、明日のシンポジウムなどへでもないとばかりに多いに弾け、会津の夜を充分に満喫されたようです。

世の中は広い、いろいろな方がいるものです!

なんといっても一番びっくりしていたのはあの店のママさん、コッコちゃんだったかもしれないなぁ。今度、行って感想を聞いてみよう。

2013年11月10日 (日)

ちゃんと謝れば

また食品偽装の問題が世間を騒がせている。こうした問題は、忘れた頃に繰り返し発覚しているような気がする。

産地偽装や賞味期限の改ざんなど、その度に大騒ぎが起こる。それによって品質のハードルが上がるのだろうから、我々消費者にとってはまんざら悪いことでもない。

もっとも多少、賞味期限が切れたってあんまり気にしない方だ。なんでもすぐに買い物かごに入れてしまうから「日付を見なさいよ」と家人によく注意される。

期限切れであっても「これは、いくらなんでも・・・」と相当なものでなければほとんど食べちゃう。

今回、スポットが当たったのはエビだ。バナナエビとかバナエイエビとか言うのがいることすらも知らないで、バクバク食べていたわけだ。

これを機にちゃんとしてくれれば良いのかなぁ、と思うが、あの大手百貨店やホテルなどのお偉いさんの言い分には、庶民なら誰もがちょっと引っかかるだろう。

誤表示だとか認識の違い、チェックミスだ、などと言い繕うのは、たとえそれが事実だとしても往生際の悪い言い逃れにしか聞こえない。

ロブスターと間違えて伊勢海老を出してました、なんて高い方のものに間違えた例は一件もないのだから、すべてコスト削減のために意図的に安いものを使っていたことは明白だ。

たとえ上層部が知らなくても現場のコスト意識を厳しく指導してきたのだから、知らない、は通らない。

「偽装」と言うとすごく悪く聞こえるがそう言われても仕方がない。言葉の通り、偽り、装ったのだからやっぱり「偽装」だ。

ここは素直に謝るしかない。

素直に謝らないから、どこまで行っても納得されないし、終わらない。発覚した以上、謝るしかない事であって、言い訳することではない。

こっちだってよく知らなかったことも一杯ある。

フレッシュジュースと言うのは、100%果汁のジュースならそう言って良いのかな、ぐらいに思っていた。

手ごねハンバーグと言ったって、手ごね風ってことで、ちゃんと手でこねろよな!とまでは思ってはいなかった。

ま、そういういい加減なところもこの際はっきりすればいいわけだから、しっかり謝って、もうしません、と言ってもっと良くしてくれればいいのではなかろうか。

確かに肉に牛脂を注射して高くしたり、サイコロステーキをサイコロじゃなくいっちょ前のステーキと偽ったり、悪質だなぁ・・・と思うのもある。そういうのは法にのっとり専門部署できついお灸をすえてもらえばいい。

事が起こった時にしっかり謝り責任をとれない人は、偉い人の役目を果たせないのだから偉い人でなくなればいいだけの話だ。(ちゃんと謝れることは大切なこと、改めて胸に刻もう)

これを機にみんなが襟を正して、表示通りの美味しいものを食べさせてくれればいい。

どこ行って何を食べても疑心暗鬼になるような空気は、あまり楽しくない。

週明け、会津には冬将軍が降りてくるそうだ。シベリア生まれか北極生まれか、どちらが表示として正しいのかは分からないが、どうやら初雪を連れてくるらしい。

2013年11月 4日 (月)

磐梯山が見えました。

友人の納骨が行われた。

葬儀は無宗教という形で行われたが、やっぱりW家のお墓に入るということでお寺で、お経をあげて納骨式(と言うのかな?)が行われた。

本堂でお経をあげて、ご焼香をしたのちに本堂脇のお墓に向かう。

秋晴れ快晴の午後、傾いた日差しは柔らかい。

石屋さんが待っていて、お墓の前をあけて準備をしている。骨壷が静かに収められる。そしてまた線香をあげて手を合わせる。この歳になるとこうした納骨の風景も何度か経験してきた。

会津若松市はお寺の多い町だ。

街なかのいたる所にお寺がある。それも一定の地域に集中してある。それだけに墓地と墓地がくっついていて、道路を走っているだけでは気付かないが、かなり広い土地が街の中に墓地として広がっている。

広いので意外と見晴らしがいいのだ。街中にもかかわらず遠くにはちゃんと磐梯山が見えていた。これなら友人も淋しくはないだろう。

「風は思いのままに吹く」という言葉は聖書の一節らしい。この歳になるとなんとなく心に沁みる言葉だ。

確かなことは私たちには風を吹かせることはできない。吹いてくる風を受け止めて、風に吹かれるそれが人生だ。たとえそれがどんな風でも逃れることはできない。

その風を吹かせているのは誰だろう?

天の神様?仏様?ご先祖さまでしょうか・・・?

晴れ渡った秋空にさっと掃いたような秋雲が広がり一陣の風が吹きわたる。

きっと友は風に吹かれる側から風を吹かせる側に、居場所を移したのだろう。

秋暮の街をぶらぶらと歩いて会食場へと向かった。神明通りをぶらぶら、寒くも暑くもなく、とても爽やかだ。

我々はもうしばらく、こうしてまた膳を囲み、大いに食べて酒を汲み交わし、泣いて笑って生きて行くよ・・・。

つるべ落としの秋の空、精進落としの宴が終われば外はもう真っ暗だ。

なんだか人恋しい気分、もう一杯だけひっかけて行こうかな・・・。

稽古堂脇の公園のブランコが誰も乗っていないのに風でギイーと揺れていた。

合掌。

2013年11月 1日 (金)

人体いろいろ

*さんが退院するというので、顔を見に行って来た。

食道がんの手術をし、胃も半分取ったそうだが、とてもそんな大手術をしたようには見えない。よっぽど予後が良かったのだろう、ほんの少しスマートになった程度で元気そうだ。

酒が大好きで、うまいビールを飲みたいがために毎日2時間ほど歩いていたのが功を奏したようだ。

食欲もそう落ちずに、普段着に着替えればとても病み上がりには見えない。

つくづく人体とは神秘的で、不思議なものだと思う。

そしてまさに千差万別、この地球上の人間の数だけあって同じものは何一つないんだなぁ、と感じさせられる。

かなり進んだスがんでも手術もせずに割とピンピンしている人もいれば、その一方で初期でも別人のように弱り切ってしまう人もいる。

病気との向き合い方、闘い方、回復の速度など、同じものは何一つ無い。

同じ部位のがんで、ほぼ同じステージ、同じような手術をしても全く違う経過を辿ってしまう場合もある。

懸命のリハビリを真面目にこなしても思わぬ合併症に苦しめられたりする人もいれば、ろくな節制も努めないのにピンピンな人もいるのだ。

薬の効き方だって目安はあるものの、人それぞれだ。

生存率や合併症の可能性は何%、何%と一応表されるが、結局のところはこれまた人体いろいろと言うほかない。

どんなに科学が進んでも、人体いろいろなのだからやはり医学とはどこまで行っても不確定なものだ。

治癒を迎える人、低空飛行のまま苦しみ続ける人、あっという間に風になってしまった人・・・まさにいろいろと感じさせられる秋である。

はて我が身はいかに・・・?こればっかりは、なってみないことには分からない。

これから先、病気にならない確率はほとんどないだろう。必ずあるといっていい。そして、もっと確かなことは誰しもが死亡率百%であるということだ。(いやだなあー)

私の身体は、いったいどんな風に反応するのだろうか?

いずれにしても動機はどうあれ、日々ちゃんと運動してるに越したことはないようだ。

酒の過ぎた、食の過ぎたより、運動の過ぎただ。同じ過ぎたなら歩かにゃ損損!ってところだろう。

ローカルニュースですが、街なかでは会津若松商工会議所の会頭改選が、選挙になってしまい大変なことになっているらしい。(選挙になったのは初めてだとか)

様々な不協和音が街中に鳴り響いているようだ。

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