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2013年10月

2013年10月30日 (水)

最後のご奉公

間もなく取り壊される古い病棟で消防隊の訓練が行われている。

高層階の建物での実戦を想定した訓練はなかなかできないものらしい。会津では初めての本格的訓練だという。ここはひとつ、貴重な機会として消防署に思う存分使ってもらうことにした。

高層の建物での火災発生、侵入、消火、救助・・・4,5台の消防車、50名を超す隊員のみなさんが本気の訓練、なかなか壮観だ。

今の消防署長は中学校の後輩にあたる。(狭いね全く会津の街は・・・)

訓練の模様をちらっとのぞいたら大げさな敬礼を受け、隊員の方々も次々と私に敬礼する!思わずこっちも敬礼したくなるが、私が敬礼するのも変なので、どうも、どうもと頭を下げた。

消防、警察、レスキュー隊などびしっと制服で決めた人に敬礼されたりすると、なぜか、スミマセン・・・みたいに妙に低姿勢になってしまうから不思議だ。別に悪いことしているわけでもないのに。

パトカーや白バイとすれ違うと少しドキッとする感じと似てる。

建物内の水回りはすでに切り離してあるので、消火栓からの放水は出来ない。そこで大型のポンプ車が地上にドンと構えている。タンクには10,000ℓと書かれている。相当な量、どのくらいか想像が付かない。バスタブ、100個分ぐらいかな?

訓練はまさに本番さながら、大きな掛け声、返事、気合いが響き渡る。

よくある模擬訓練ではなく、火災の状況はその場で初めて知らされるぶっつけ本番の対応訓練なのだそうだ。それだけにみなさんピリピリ感充分。

ほぼ40年にわたって多くの人々の病を癒し、命を救ってきた中央病棟だ。

取り壊しを前に最後のご奉公。こんなことに役立つのなら、願ったり叶ったりである。

2013年10月27日 (日)

台風の中

先週末は台風に伴う荒天に見舞われた。

25日(土)のコンペはハーフで終了、ハーフコンペとなった。が、そこで上がったのは2、3割で残りはメンバーを組み替えて再び雨の中を出て行った。(好きだなぁ~、もちろん私もまわりました)

ラウンドが終わる14時過ぎごろには天気予報通り雨も上がった。

近頃の天気予報は実によく当たる。そして、プレーする側もスマフォで天気図を確認しながら先の見通しを立てている。

つわもの達はさらにハーフを回った。荒天の中ワンハーフのゴルフを楽しんだことになる。好きなものはやめられない・・・。

さかのぼるが金曜には台風をぬって、いとこが二人会津を訪ねてきた。

二人とも私より年上のいとこだ。人間、歳をとると故郷が妙に気にかかるようになるらしい。地元で一番連絡のつけやすい小生のところには何かと、いとこ達から連絡が入る。

いとこの一人のTちゃんは、先日アメリカ出張の折に「おけい」の墓に行って来た。私のアメリカの友人Kさんを紹介、大いにお世話になったらしい。その報告も兼ねての帰郷。

もう一人のTちゃんは、しばらく連絡がなかったが、先週突然、友人に頼まれたといって湯川村の宿泊事情などを訪ねてきた。

たまたま同時期だったので、先のTちゃんと会津で飲むから、良かったら来ない?と声掛けをしたら、すぐに来るということで話がまとまったという次第だ。

雨模様の夕方、上酒林という地元居酒屋に集合、実はここもいとこの店だ。

末廣・山廃の燗を飲みながら旧交を温めた。二人とも故郷のことが妙に気にかかるようだ。

桜刺し、芋煮、手羽先、もちっこミート、とつまみも酒も大いに進む。

身内の話はとりとめがない。今の世の中から、遠いこども時代、オヤジやおふくろのことなど、話は尽きることがない。

雨の中、河岸を変えて、宮古そばのいただけける「吉兵衛」に移動。ちょうど店の前にとまったタクシーに飛び乗った。(ワンメーターもかからない近さ)

吉兵衛では栄川の砡、まだ飲むか?

ゆり根、ゆで卵などをつまみによく冷えた冷酒を流し込み、やがて新そばをいただいた。

普通のたれは、山都そばの特徴と言えるだろうが少し甘め、もうひとつ蕗の薹をおろした変わりだれをサービスしてくれた。

これが酔い醒めのそばにはなかなかいける!ほろ苦く美味しい。

で、次は?

さすがにいとこ達も歳をとりました。三次会と言うことにはならずにホテルへご帰還。台風の雨はさほど強くなく窓ガラスを叩いていた。

大きな被害などもなく、その代わり思わず楽しい時間となった。先週末の出来事であった。

2013年10月24日 (木)

言ったら減る

テレビの朝ドラ「あまちゃん」が大人気だ。(終わってしまいましたが)

東日本大震災を受けた地域の大きな励ましと力になったことだろう。

朝ドラはずっとご無沙汰だったが、あまりの評判に後半、土曜日にまとめ録画をして家人と楽しんだ。

その影響か、引き続いての「ごちそうさん」も家人は熱心に観ている。

あまちゃんには、往年のアイドル薬師丸ひろ子さんが女優&歌手で、それもなんと音痴で歌えない歌手役で出演していた。

薬師丸ひろ子さんのテレビでの歌手デビューは今も鮮烈に覚えている。

確か「夜のヒットスタジオ」。初めてテレビで歌った歌は「セーラー服と機関銃」、まったく無名の、それもなんだか変わった名前の少女が、アイドル歌手のようなひらひらも、派手な振り付けもなく歌ったあの一曲。

これまでに聞いたこともないような透明感あふれる歌声に、思わずテレビにくぎ付けになった。

あのデビューは強烈で「あの少女は一体何者?」と、テレビ局の電話が鳴りやまなかったという。

その少女が今や立派なおばさんになり、「潮騒のメモリー」と言ういかにも当時ありそうだった曲を歌っている。透明ボイスも多少の円熟味は加わったものの健在だ。

「♪来てよ、その火を跳び越えて~」三島由紀夫氏の潮騒を下敷きに、クドカンワールド全開だ。

このブームにのってか、薬師丸ひろ子さん主演の映画もBSで次々と上映している。

先日、松田優作さんと共演して話題となった「探偵物語」を観た。

薬師丸さんも優作さんも良かったけれど、ムーミンの声で有名な岸田今日子さんが実に懐かしかった。

あの不思議な雰囲気、現実離れした設定の役を、彼女が演じると妙にリアリティがあるから不思議だ。

謎のお手伝いさん、家政婦のミタよりもご主人様に忠実でミステリアスだ。

中に忘れられないセリフがある。

ドラマ後半に薬師丸ひろ子さんが「あなたは本当に父を愛していたんですか?」と尋ねる。

すると今日子さんは「お嬢様、愛しているだなんて・・・」と微笑みながら「言ったら減ります!」ときっぱりと言うのだ。

何という名台詞!

(愛のことなど)言ったら減ります!なんてちょっとやそっとで出てくる言葉ではないし、そんなセリフを口にして観客をうならせる女優もそういるものではない。

口にしたら減ってしまう想い、そういうものは確かにある。見つめ合い、言葉にできないからこそ、ふくらし粉のように募る想い。いつも心の中にある強い強い想い。

それはなにも惚れた晴れただけではなく、憎しみや悩みの感情も言ったら減る。

だからこそ人に話すこと、吐き出すことが大事なのだ、とはいうけれど、「そんなこと言ったら減ります!」と一刀両断の岸田今日子さんはたまらなく魅力的だ。

日本人にしか理解できない深~い、味のある台詞かもしれない。

台風27号、28号、会津の週末のお天気予報は極めて不安定。なんとか潜り抜けて多くのイベントが無事行われることを祈りたい。ここはひとつ言葉にはせず、静かに心から祈ろう・・・。

2013年10月16日 (水)

芸術の秋・会津

連休中、いくつかの素晴らしい芸術に出会い感動した。

ひとつは、12日に行われた「竹田ふれあいコンサート」竹田養護学校のふれあいフェスティバルの一環として行われたピアノコンサート。

このコンサートは、フコク生命さんの東日本大震災被災地応援活動の一環として行われたものだ。

「中井恒仁&武田美和子ピアノデュオ・コンサート」と銘打ち、竹田綜合病院のロビーで行われた。

はるばる東京から運ばれた二台のスタンウェイのピアノ、相当な費用がかかるのだろうが、そこは企業の社会貢献、入場は無料だ。

中井さん、そして武田さん、お二人はご夫婦で息もぴったり。クラシックには造詣薄く、存じ上げませんでしたが、素晴らしい演奏で驚いた。

「美しき青きドナウ」の連弾から始まり、互いのソロ、そして二台のピアノによる演奏。後半は養護学校のこどもたちのためにトトロのテーマなどおなじみの曲も組み入れて会場を沸かせた。

アンコールの後は、竹田養護学校の校歌をこどもたちが歌い、フェスティバルでも発表された「空も飛べるはず」を会場みんなで歌った。

ショパン、リスト、モーツアルトなど難曲の芸術的な演奏!いやー、思いがけず本当に素晴らしいものを聞かせてもらったし、こどもたちの一生懸命な姿にも感動しました。

ふたつ目はフラメンコ。13日夕に喜多方大和川酒造の昭和蔵で「~花は咲く~フラメンコ アクア・ピュア」と題した公演が行われた。

家人が行きつけの美容室のかかりつけの美容師さんに勧められ、娘も帰郷していることだし一緒に行って見るかということになった。

一部は地元のカルチャーセンターでフラメンコを学んでいるスタジオ・サンブラのステージ。唄、ギター、パーカッション、フルートなどは、引き続き行われるプロの公演のメンバーがそのままつとめた。

本格的なフラメンコギターに情熱的な唄、華やかな踊りに時の経つのも忘れた。

驚いたのは踊り手の一人にウチの職員がいたこと。フラメンコが趣味だなどと全く知らなかった。どうりで会場にも職員の姿が何人か見られたわけだ。

そして第二部、入交恒子さん、ラファエル・マルトスさんのフラメンコ、プロの踊りに圧倒された。情熱的で官能的で、哀愁を帯びた唄、ギター、フルート、激情のステップ!

ダーン!ど床を踏むその音の激しさが心にまで響く。

見たこともない圧倒的なフラメンコ、スペインで見た観光ショウよりもずっとずっと素晴らしかった。会場は割れんばかりの拍手に包まれ、家人もスタンディングオベーションで盛んに手を打ち鳴らしていた。

いやー、良いもの見たな、儲け!って感じ。

公演終了後に入交さんから話しかけられてこれまた感激。「スペインで見たよりずっと良かったです!」と述べ、客の見送りに立っていたウチの職員には大きな拍手を贈った。

みっつ目は、公演でも何でもないが、湯野上温泉洗心亭の露天風呂から早朝に見た流れる雲だ。

前夜は雨、その黒い雨雲がちぎれ、頭の上を大きく、低く、激しく姿を変えながらゆっくりと流れて行く・・・雲。流れ行くねずみ色の雲の後ろには朝陽に染まった茜色の空が姿を見せている。

ゆっくりとゆっくりと曇り空が剥がれ、爽やかな秋晴れの空に姿を変えていく様、その美しさにしばし見とれ・・・のぼせた。

目には見えないけれど『風は思いのままに吹きわたっている』

ひとところに留まるものなど何一つない行雲流水、諸行無常、悟りを開いた雲水の心境(ほんの一瞬だけ)だ。

時まさに芸術の秋、会津の空は美しく、野には芸術が溢れている。

2013年10月14日 (月)

帽子

昔の男性は必ずと言っていいほど帽子をかぶっていた。古い映画など見ると場面場面、それぞれの職業や仕事に合わせて様々な帽子をかぶっている。

元来、男が野外で帽子をかぶらないことの方が反則に近かったらしい。

背広にハット、ちょっとラフな感じでハンチング。映画「スティング」のロバート・レッドフォードとポール・ニューマンの感じ、また「あ・うん」の坂東英二と高倉健の感じ、帽子が役柄の人柄、性格までも表していた。

最近は紳士と言われる中高年よりも若者が好んで帽子をかぶる。キャップや頭のすっぽり入るワッチというタイプ、ハンチングやハットなどおしゃれアイテムとして様々な帽子をかぶっているのを見かける。

そして帽子のスタイルでその人の趣向もある程度分かるような気がする。

一方、中高年の場合はあまりかぶらない。自分もそうだが、背広にハットはさすがにちょっと照れる。

似合うものはどんどんかぶればいいのだろうが、なんとなく仰々しく目立つのは少し勇気がいる。

ま、髪の関係もあり、普通の人よりはよく帽子をかぶる方だろうし、数も結構持っている。

朝のウォーキングは、洗濯機で何度も洗い、元の黒い色が陽や汗で焼けて赤黒グレーのようになっている黒キャップ二つを使いまわしでかぶっている。でもきっと、毎朝会う人達は、いつも同じ帽子をかぶっていると思っていることだろう。

ゴルフの時は、夏場は白いのとベージュ色のハンチング、または白いキャップをかぶる。11月以降になるともう少し保温性のあるハンチングで、黒かチェックなどをかぶる。

すっぽりかぶるワッチというタイプの帽子はかぶらない。

ちょっと用足しの時は紺のキャップが多いし、冬の雪かたしの時には、フリース地の暖かいキャップをかぶる。

でも正装と言うか、背広姿の時には・・・やっぱり帽子はかぶらないなあ。

これからの寒い時期はいつもコートにグレーチェックのハンチングを折りたたんで入れて置く。天気が悪くなったり、寒い時にはそれを出してかぶる。

そんな私の帽子群にこの度、新しい仲間が加わった。

先日、還暦のお祝いだと娘夫婦から立派な帽子をもらったのだ。濃紺のハット、それもあの有名なボルサリーノだ。内側に還暦に合わしてかどうか、一本真っ赤な糸のステッチが入っている。

これがまた、自分で言うのもなんだが、なかなか似合う。

せっかく貰ったのだから、今年の冬場は、一つこれをかぶってみなくてはなるまいと思っている。

のだが、昔の日活映画に出てくるギャングようで「なに恰好付けてんだ、あのおっさん?」とか言われそうな気がして、ちょっと恥ずかしい。でも、かぶろう・・・。

三連休の会津はまずまずの良い天気に恵まれている。まだまだ夏帽子で良いような陽気である。

2013年10月10日 (木)

ニイハオ!

震災以降、途絶えていた中国医師の研修が二年半ぶりに再開した。

会津若松市と友好姉妹都市である荊州市から二人のドクターが台風をぬって来日、新潟から会津若松市へと入った。

神経内科と眼科のドクター、40歳、42歳といずれも脂ののったベテラン医師だ。この秋から1年間、当院での研修を行う。

中国からの研修医の受け入れはすでに37名を数える。

前回の二名は研修半ばで東日本大震災に遭い、福島第一原子力発電所が爆発したのを機に、中国政府が緊急避難を決め新潟空港に特別機を手配。どういうルートで連絡を取り合ったのか分からないが大使館が差し向けたバスで、逃げるようにして帰国した。

あわてて研修証明を発行し、別れのあいさつもそこそこに帰って行った。

彼らなりに相当な危機感を持っていたのだろう。去った後の部屋の荒れようはすさまじかった。おそらく、原発事故以来、着の身着のままで、靴もはいたまま寝ていたような形跡があった。

遠い昔の事のように思えるがまだわずか2年半ほど前、現実に起こった出来事である。

そして、今回2名の先生を迎えた。状況もいろいろと変化している。

地震、原発事故はまだ尾を引いているが、それ以上にここ数十年間で最悪の状態に冷え込んだ日中関係が気にかかるところだ。

到着早々、簡単なレクチャーをさせていただいた。

ごく普通のこと。当院のチームの一員として恥ずかしくない行動をとること。みんなと仲良くすること。怪我や事故に気をつけることなど、当たり前のお願いを。

特に今回は宴席などで政治や宗教に関する話はしないように心掛けてくださいと付け加えた。

私たちが話し合って解決することでもではもちろんないし、どちらが正しいかを議論する問題でも、立場でもない。

国際交流の基本は、お互いの立場や文化の違いを認め合う事だ。お互いが違うということを認め合って、互いを尊重することから始まるもの。

当然ながら、すべてを理解し合えるものではない。違うところは違って当たり前、その上でいかに人間同士の信頼関係を築くかだ。

二人の先生は「医療」と言う共通言語をもって医師、看護師など多くの医療職者と1年間、同じ釜の飯を食うことになる。

間もなく錦秋の秋、そして真っ白な冬、桜舞う春、そして荊州と同じくらいに暑い夏、美しい会津の四季を越えて来年の今頃、また笑顔で握手を交わせるように!

素晴らしく実り多い研修になることを心から祈りたい。

2013年10月 7日 (月)

喪失しない感

人の亡くなる話ばかりで恐縮。

お葬式も終われば肉体はこの世を去り、その人は居なくなる。死は大きな喪失感を伴うものだと思っていたが、今回の友人の死はそうも思えなかった。

友人とその奥さん、夫婦にお子さんは居なかった。二人は趣味も共通で極めて仲が良かった。そのことは友人のお母さんもお兄さんも本当に感心するぐらいだった。

四年間の闘病生活、奥さんは仕事を続けながらも、それ以外のすべてを彼の看病に捧げた。

葬儀の際、喪主となった奥さんの言葉は病気の経過を伝え、闘病の様子を語る。途中、何度も涙で言葉が詰まったが、最後に彼女は、はっきりとこう言った。

「彼は若くして逝きましたが、その人生はきっと幸福なものだったと思います」彼女の瞳は何の迷いもないように真っ直ぐだった。

想像でしかないが、彼女は今、大きな喪失感を抱いては居ないだろう。確かに肉体は目の前から消えた。しかしその分、彼は彼女の中だけでしっかりと生きている。彼女だけのものになったといっていいのかもしれない。

そういう意味では友人は死んではいない。

インディアンの教えだったろうか・・・人は死んだときに死が訪れるのではない。この世の誰一人もが彼のことを思い出すことがなくなった時に本当の死が訪れるのだ。

その意味からすれば死は瞬時に無に帰するわけでは決してない。

友人はこれからも奥さんの心の中で語り続け、生き続けることだろう。

それはそれで嫌だ、という考え方もあるかもしれないけれど、「愛」とはきっとそういうものだ。

それも一人だけとは限らない、何人もの心の中に生き続けることもできる。

彼岸に行ってしまった愛する人のことを時々思い出して手を合わせる。何も答えてはくれないが、心のどこかが風のように ふっ と動くものが確かにある。

それは逆に、消そうとしても消せないもの、喪失しようとしても喪失出来ないものだ。

そう簡単に、人は死んでしまわない、死ねないということでもある・・・。

10月を迎えた会津は暑いです。なんと30度間近、エアコンが必要なような気温です。

2013年10月 6日 (日)

落ちのない話

看護学校の特別授業、私は午前中の前座のようなもので午後が本番なのである。

落語家の三遊亭兼好さんが落語に全く興味のない学生たちに落語の魅力を語る。そして大原総合病院の看護部長さんが看護の心得を説く。

落語?と違和感を持つ人もいるだろうが、この兼好さんの話はもう何年か続けており、学生たちにも評判がいい。日本に話芸と言う文化があることを学ぶ。

三遊亭兼好さん、実は会津若松市出身の落語家さんなのだ。真打ちなって7,8年は過ぎただろうか?なかなかの実力者で、声がいい。よく通る甲高い声で与太郎ものなんかやると実にうまい。

一応、午前中に事前調査をしておいた。「落語聞いたことがある人?」4,5人手が上がったが全員先生だ。学生はなんとゼロだ。

彼らを前に1時間はなかなか大変だろうと思うが、さにあらず、あっという間に話芸の世界に引き込んでいく。さすが!

小ネタ、小話から落語の基本、右を向いて話す時は大体が偉い人、強い人、男、左を向けば、女性、こども、丁稚さんなど、右左で簡単な人物の使い分け、人間関係の設定があることなどを、笑いを交えて教えてくれる。

数少ない道具である手拭いや扇子の使い方。仕草による使い分け。羊羹と饅頭の食べ方の違いや、抜いた刀の長さの違いまで演じてみせると、学生たちは目を丸くさせて笑う。

最後に落語、短い演目を演って、万雷の拍手となった。

そして質問コーナー。ある女子学生が「私の話はいつも落ちがないといわれるのですが、どうすればいいんでしょう?」質問に笑いが起きた。

兼好さん曰く。大体の場合、女性の話は落ちなんかないことが多い。一方男は何とかして落ちをつけようというか、話をまとめようとする傾向にある。女性はただ思いつくままに話す、で、話が止まない、そこがすごいところなのだという。

確かに女性は懐が深いというか、話がどこに行こうと一向に気にしないようなところがある。男は何とか体裁を保とうといつも必死なのだ。

あの有名な観音様の手のひらの上の孫悟空の話、あれは男女の違いを物語っているようにも思える。

無論、良いとか悪いの話ではない。根本的にかみ合わない生き物であり、そういう思考回路なのだ。

それだけに相手に惹かれ合い、相手を思い、何度も何度も錯覚し、愛し合う。そういうように出来ている。女性の大きさには男は勝てやしない、最近とみにそう思う。

「はい。ですからね落ちがないなんってことは、全く気にすることがないと思いますよ。あなたのまんまで良いんじゃないでしょうかね、はい」と兼好さん。

学生の八割は女性。納得の笑い声が講堂に大きく響いた。

で、どうしたの?と言われてもこの話、落ちはありません。

2013年10月 5日 (土)

新高梨

秋のボナリ高原ゴルフクラブは、もううっすらと紅葉が始まっている。このコースは秋の紅葉時がトップシーズン、緑鮮やかな芝のじゅうたん、真っ赤に燃える紅葉が実によく映えて、予約を取るのも難しい。

先日、東京の会津高校同窓会メンバーがボナリを訪れた。故・川島廣守さんの名前を冠にして「川島杯」と称し、東京同窓会のゴルフ好きがコンペを開催しているという。

東京近郊では5,6組が集うらしいが、川島さんがお亡くなりになったこともあり少々消沈気味。加えて今年はボナリと遠いこともあって、あまり人数が集まらなかった。

7組の予約を入れてあったが、当日は会津からの応援参加も入れて4組に留まった。

あいにくの小雨模様だが、暑くもなく、寒くもなく、まずは上々のコンディションだ。

平日であったが、O幹事長さんから人数が集まらないので出て欲しいと要請があり、地元の役員としては参加せねばなるまいと、役員3名が応援参加した。

ボナリ名物の3番ホールは日本一美しいPAR5とも言われている。ティーグラウンドに立つと大きくドックレックしており、右側はずっと断崖絶壁なのだ。荒々しい岩肌、コースの鮮やかな緑のじゅうたん、点在する真っ白なバンカー、そして周りの山山にはうっすらと色づいた木々。

この絶景を心に余裕を持って眺められるようならばスコアもまとまるが、長くはないもののいたるところに罠があり、カーッと頭に血が上り、美しい景色も目に入らなくなるのが常だ。

はるばる東京から来た同窓のみなさんはあの美しい景色を堪能されただろうか・・・?

10月は秋のゴルフシーズン最良の時だ。そしてこのベストな時期は短い。ボナリは11月で完全に冬となる。こんないい季節なのに、まさに冬隣り。

もう2カ月しかないんだ。残り少ないシーズン、いいゴルフが出来ればいいが、今年もここまで相変わらずの行ったり来たりだ。ちっともうまくならない。

ただし、この日は99点と言うお恥ずかしいスコアなのにハンデホールがはまって優勝してしまった。地元なのに申し訳ありません・・・。

賞品は見事な大きさの新高梨。梨は大好きな果物、しばらくは美味しい梨を楽しめそうだ。

ちょっと無理して参加させていただいた甲斐がありました。ごっつぁんです!

2013年10月 3日 (木)

特別授業

今年は何度か講演を頼まれる。恥ずかしながら本業とはあまり関係ない歴史の話だ。

NHK大河ドラマ「八重の桜」の影響があるのだろう。お鉢が回ってくる。

山本八重さんだけでなく、同時代を生きた山川捨松さんの話を絡めて、二人の会津女性の生き方を振り返る、そこから学ぶ・・・と言うような話をさせてもらう。

当然、聞き手に合わせて出来るだけわかりやすく、を心掛けてはいるつもり。

先日は看護学生の学年を前に特別授業を行った。講堂で60分、三学年、百人ほどの将来が楽しみな看護学生たちだ。

学生に歴史の話はまずウケない。はじめに「NHK大河ドラマ・八重の桜を見たことある人は?」と尋ねると1割どころか5,6人しか手が上がらない。

近頃の若者は新聞を読む習慣がない。本も読まない人が多い。テレビは見るだろうと思っても、テレビを見る習慣のない若者も多いのだ。

一体何をしているの?と思うのだが、多くは携帯やパソコンで自分に合った情報を得ている。

それだけに、これはさすがに知っているでしょう、と思うことも知らない。

これだけ地元会津が大騒ぎしているように感じても、「八重の桜」って聞いたことがある、と言う若者が3割もいない。

我々が育った時代のように、全員が右ならえのようなブームは、もう決して起こることがないのだ。世間をにぎわしているニュースも、関心のないものについては全く知らない。そして、ほとんどの出来事に関心がない。

一時期流行ったテレビのおバカタレント、あれは特別ではなく普通の若者の姿なのだ。

知らなくていいことは知らない、興味のないことは知らない、それで不自由は何もない。

「それぐらいは常識だろう!」と言われることや、諭されることなどなしに育つから、博識であることはなんら凄いことでもない。ものを知らないことは恥ずかしいことではないのだ。

しかし、やっぱりいろいろなことを知り、そこから考え、学び、何かを感じることで人格と言うものは形成されていくのだと思うから、なにも知らない学生たちを前におじさんは一生懸命にお話をするのです。

地図を描く。「そうこの細い道のここら辺、そしてあのセブンイレブンのところ。そこに住んでいた人のお話です。まさにみんなが歩いている道と同じところを通ったわけだ」そんなことを言っても身近には感じないかな?

「歴史は面倒くさい年号を覚えるものではなく、想像すること。イマジネーションを膨らませてその人の生き方から何ものかを感じること・・・」ま、そんなこと言っても難しいか?

あんまり反応がないと、こっちが返って緊張してしまう。

しうかし、居眠りも見えたけど、何人かは真剣なまなざしでうなずいてくれていた。まぁ、それで十分かな。

八重さん、捨松さん、実は二人ともあなたたちと同じ看護師でした。「へぇ~!」

二人の人生の共通キーワード①不屈の精神(それを支えた楽天主義)②ベストパートナー(人との出会い)③博愛の精神、これが大事だと私は思います!

戦争で故郷が焼け野原になっても見事に明治という時代を生き抜いた二人の会津人女性、そこから少しでもパワーをもらって君たち全員が素敵な人生を歩んでくれると良いな、と切に願っている次第であります、ハイ。

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