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2013年7月24日 (水)

阿吽

友人のYくんは、奥さんを「さん」付けで呼ぶ。家人と漢字は違うが同じ音のお名前だ。

彼は酒を飲まないので、お二人はいつもよく話す。仲良く出かけた話もしばしば、時々お土産まで買ってきてくれたりする。

実に仲睦まじいご夫婦だ。(本当に)

そのYくんから「やっぱり、男と女は根本的に違うんだから・・・」と諭された。

この歳になっても時々家人と意見がぶつかり、少々険しいムードになり頭に来たりすることがある。そんなこんなをポツリと愚痴ると、なんとYも「ウチだってそんなのしょっちゅうだ。何でそういう風に考えるわけ?って思うよなぁ」というではないか。

全くケンカなんかしないように見えるご夫婦だが思わぬ反応。

『なんだ、夫婦なんてどこも同じなんだ、お宅もあるか!』とちょっとホッとしたような気分になった。

さらにYくんは言う。「女の人は、俺たち男みたいに大雑把には考えない。この違いはしょうがねえもんなぁ」

すでに二人の息子が所帯を持ち、孫も大勢いるその道の先輩だけに説得力がある。

息子の嫁さんとの関係や親戚付き合い、とその距離感、考え方には女性特有なものがあるという。

「そんなの構わねべした。気にすっことねぇ、なんて言うのは男の論理、女性には女性特有の考え方があるから尊重しないとダメだ」とご高説。

間もなく還暦を迎えようというのにそんなことも分からないのか!と笑われそうだが、日々一緒に暮らしていると何でもかんでも阿吽の呼吸で分かるような(分かっていてくれるような)錯覚に陥る。

しかし、夫婦はもともと赤の他人なのだ。

夫婦間の阿吽の呼吸というのは「何でもかんでも俺の考えを分かれ!」というのではなく、「あなたと私はこういうところが違うけれども、お互いを尊重し、にわかり合って、譲り合ってこうしましょうね」と言うのを、いちいち細かく討論などせずとも互いに飲みこめるような間合い、呼吸のことを言うのだ、と改めてお勉強になりました。

いわゆる、察するというのが大事なんだなぁ。

嫁と舅のお付き合いをもう数年にわたり、眺めてきた経験者ならではの達観と言えよう。

「俺は、多少ムッとすることがあっても、聞き流すことにしてるんだ。はい、そうですかって奥さんを認めないとどうにもならないでしょう。だって、いろいろやってくれるのは結局、奥さんで自分は何もしないんだから・・・」と、Yくん。

「いや~、僕はなにもしないわけではないんだよ…」と少し反論したかったが、結果的には奥さん頼りであることは目に見えているので納得して口を噤んだ。

「ま、いずれお互い偉そうに言っても、奥さんがいないとどうにもならないんだから、折れるのは俺たちでしょう。 そして今でしょう!」だな。

会津は梅雨空が続いているが、少し心の靄が晴れたような・・・。「ごめんね」とひと言を心の中でつぶやいた。

「口に出して言わなきゃ言ったことにならない!」日頃、他人には説教しているくせにねぇ・・・これまた困ったもんだ。

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