« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »

2013年5月

2013年5月26日 (日)

名勝負

全勝の横綱白鵬と全勝の大関稀勢の里との一騎打ち、千秋楽を前に大一番が訪れた。

こんなに盛り上がると分かっていたわけではないが、幸運にも土曜25日の国技館、正面の桝席の入場券が手に入った。

そもそもは息子が母方の祖母、「ばあちゃんが元気なうちに一度相撲に連れて行ってあげたい」と言い出したのがきっかけだ。

会津の相撲ファン、通称おにぎり山にお願いして券をあたってもらった。そして手に入ったのが25日、楽日前の正面10列の桝席二つ。

一度申し込んだらキャンセルなしだ。ひと桝四人だが、たとえ一人でも四人分は払わなくてはならない。かくして相撲観戦と相成った。

私と家人、そして息子、ばあちゃん、娘夫婦と義妹夫婦、ちょうどぴったり8人になった。人数が揃えば思っているほど高くはない。幕の内弁当、焼き鶏、お土産、飲み物までついて一人当たり1万3千円程だ。

私と息子、娘を除いては、皆お相撲見物初体験。3時には国技館に入り、中入り前には正面に陣取った。もちろんビールにお茶、お酒も付きだ。

国技館の焼き鳥が美味い。なんでも地下で1日に何万本も焼かれているらしい。通によると、焼き鳥機では通常3回タレをくぐらすのだそうだが、この焼き鳥は6回、芯まで味がしみ込んでいる。冷めても変な脂っぽさがなく、実にうまい。

ビールも酒も進んで、あっという間に中入りとなる。土俵入りも真正面だけに大迫力、白鵬の土俵入りのきれいなこと。

国技館の夏場所にはそら豆!と、これも通に聞いてきた。前の桝席にはそら豆の箱が見えるが、こちらには付いてない。こりゃいかん、とあわててお茶屋さんへ走る。どこにでもあるそら豆だった。普通にうまい。

土俵は徐々に熱が入り、観客席も人で溢れてくる。関取の声援はいくら大声を出してもOK、声援を送っていると意外と酔わない。一番一番に大歓声が上がる。やっぱり、生は違います。

かくして結び前の大一番、全勝同士の激突だ。

力が入ったなぁ・・・本当にいい相撲だった。白鵬の貫禄勝ちだったが、稀勢の里もよくやった!バタンと大の字に返されたが、白鵬も砂だらけになった。

相撲大好きのH先生によると、ここ数年の中でも最高に良い取り組みだったという。あれを生で見られただけでもラッキーだった。

「力士」と呼ぶにふさわしい大男たちのぶつかり合い。吊り屋根の下、ひときわ明るい土俵はまさに錦絵のようだ。これぞ国技!の醍醐味だ。

ばあちゃんは間もなく87歳になる。

ゆっくり移動し、出来るだけ歩かず、相撲だけを見て翌朝もゆっくり休み、雷門近くのスタバで遅めの朝食を食べた。何事も休み休みで移動はすべてタクシー、どこにも寄らずにさっさと帰って来た。

目的は無事達成、それも最高の一番付きで、大満足の様子だった。目出度し。

私は行きも帰りも電車でスポーツ新聞を端から端まで丹念に読んで研究を続けた。御蔭さまで日本ダービー大当たり!というおまけまでついた。

武豊と共に駆け抜けたキズナ、こちらも名勝負だったね。ありがとう。

親孝行のまねごともできて、おまけに財布にも嬉しい、という非常に効率的でエキサイティングな週末となった。

2013年5月23日 (木)

ちょっとおいてきぼり感

食べ物にあまり好き嫌いはない方だが、トマトがダメだ。生のトマト、トマトジュースは絶対に食べられない。

ケチャップはOK、加熱したトマトはよくわからない感じだと食べられるが、ピザの上にボコっと乗ってたりすると、よけて家人の皿に移す。

母親が嫌いだったたのでこどもの頃から全くダメ。我が家では娘と私がダメで、家人は大好き、息子は最近普通に食べるようになった。

香草類も苦手で、パクチーが大嫌い。すごく癖が強くちょっと入れただけでもみんなパクチーになってしまうようで、どうしてあれがおいしいというのか全く理解できない。

一方、トマトの場合は、人が美味しいというのは理解できる。けど私だけが嫌いなのだ、と納得はいっている。

パクチーが嫌いでも全く支障はないが、トマトは広く愛されている野菜だけに結構困る、困るというか言い訳しなければならない場面が多いのだ。

おまけに近年、トマトの地位は増すばかりで、様々なグルメ料理には欠くべからざる地位を確立している。

加えてトマトの成分が体にいいという。痩せたり、健康になったり、トマトを使った町おこし、などというものまで報じられ、テレビのグルメ番組ではタレントさん達がおいしそうにトマトにむしゃぶりつく。

こうなってくるとトマトが食べられない、ということが何となく肩身の狭いことのように感じられてくる。

どこか世の中の流れにおいてきぼりにされている淋しさのようなものを心なしか感じてしまうのだ。

グルメレポーターはトマトが食べられないんじゃ出来ないなぁ・・・などと、誰も私にレポーターを頼むはずもないのに、一人で心配したりする。

「近年のトマトは昔のものと違ってすごくフルーティで甘くておいしい、まるで果物だ(トマトはもともと果物らしいけれど)から、食べたらいいのに!」と言われるが、今さら試そうという気は全くない。

ないのだが、嫌いというのがドンドン少数派に追いやられると、なんとなくつまらなかったりするわけだ。

「冷やし中華ください、トマト抜きで」今日のお昼はそんな感じかな。

会津は良い天気が続いています。今日は湿度もなくとても爽やか。きっと、トマトを丸かじりしたら、とても美味しいような陽気なんでしょう・・・。

2013年5月22日 (水)

風雅堂の幽霊?

会津演劇鑑賞会の扉座公演「アトムへの伝言」が行われた。

異色俳優の六角精児氏率いる劇団の作品、お笑い芸人を目指すヒューマノイド(ロボット)のカッパが巻き起こすドタバタ喜劇だ。

冒頭から、マイクのせいか早口のセリフが非常に聞き取りにくく、「なんだこりゃ?」という感じだったが、ガマンして観ている内に大体、内容が飲み込めてきた。

自分の作ったヒューマノイドが始めて戦争に利用され人殺しをしてしまったという大博士が、その後悔から私財を投げ打って芸術を理解し、とくに人を笑わせるロボットを作ろうとして出来たのがカッパだ。

しかし、大博士が目指せ!と命じたのが実はカッパではなく、伝説の漫才師・海老乃家ラッパだった。そこで科学者たちはカッパをラッパに弟子入りさせるのだが・・・。

およそ2時間の芝居で最後は結構楽しめたのだが、終始気になったのはとても不思議な現象であった。

舞台では芝居をやっているのだが、どこからか人の話し声がうっすらと聞こえているのだ。

おそらくは女性二人、普通に話していて時々笑ったりする。

初めは空耳かなんかかなと思った。外でラジオでも鳴っているのかとも思ったが、家人に聞いても確かに人の話し声が聞こえるという。

何を話しているかは分からないが、確かにうっすらと声が、し続けている。

まさか客席で話し続けている不届きものがいるとは思えない。あんなに長く話していたらさすがに周りの人だって注意をするだろう。

が、最後まで話し声は止まないのだ。気になって気になって舞台に集中できない。役者さんだって非常に変な感じがしたのではないだろうか。

なんだか上の方、観客が入っていない2階席の方から聞こえるような気もする。ん~、気になる。不快である。

おそらく、観劇していた人の多くが同じように感じたのではないだろうか?

うるさいなぁ~、まったく!一体運営側は何をやっているんだと腹立たしささえ覚えた。

芝居が始まってほとんどずっと、どこからかボソボソボソと人の話し声が響き続けたのである。こんな不思議な経験をしたのは初めてのことだ。信じられないし、あり得ないことだ。

ひょっとしたら風雅堂の幽霊たちが二階席で観劇していたのだろうか?楽しそうにおしゃべりしながら・・・。

誰かあの話し声の正体を教えてほしい!

2013年5月21日 (火)

「随想」

福島民友新聞に「随想」の二回目が掲載された。(前回は4月13日)

予定していた書き手が急に異動になられれたとかで、同じ会津地区の代打として、お引き受けさせていただいた。

8、9年前に福島民報新聞の民報サロンという随筆のコーナーでも書かせていただいたことがある。(6回ほど)

今になってふと、思ったのだが、ライバル紙の同じようなコーナーに書くということは、構わないことだったのかな・・・?ひと言断った方が良かったのか?

ま、今さら言われても仕方のないことなので、今度、S支社長と会ったときに、しらばっくれて聞いてみよう。

ちょうど千文字程度という短文は、なかなか難しい。ちょっとした頭の体操、還暦間近のトレーニングには打ってつけかもしれない。

頭といえば、この所、つとに脳細胞の劣化を痛感している。劣化というか、細胞は生きているのだろうがピッピッピッと回線の電気がつながらない感じがものすごくするのだ。

ここ一年、砂糖断ちをしてきたが、そのせいもあるのか?という気がしてきた。頭の回線をつなげるには糖が必要だときく。

この間やっていたテレビ番組によると、イタリア人はほとんどが朝からものすごく甘いものを食べるらしい。その時のインタビューで「朝起きて甘いものを食べないと頭が働かないよ」「朝起きて甘いものを食べると頭が目覚めるんだ」みたいなのがあった。

影響されやすいので、そうか、やっぱり糖分も少しは取った方が頭の回路にはいいんだ、と単純に思い、このところ少しは甘いものも食べることにした。(バカ食いはしないが)

そういえば、去年までゴルフでいいスコアを出した日の朝は、セブンイレブンのホイップあんパンやアップルパイのような甘いものを食べた時だったような気がしてきた。

今年になってからメチャクチャ調子が悪いのは、ひょっとして糖分不足のせいなのかもしれない・・・そんなことまで思いはじめてきたのである。

と、ここまで書いて赤面。

何とまあいい加減なことか。自分の練習不足や衰え、調子の悪さをすぐに何かのせいにする。

「すぐ人のせいにして!」とよく家人に怒られているのに、まったく反省がない。

あのひどいスコアをあんたを食わなかったからだ!みたいに言われたら、ホイップあんパンもさぞや迷惑なことだろう・・・。

ま、いずれ少しは糖分をとることにしましたということ。ケーキも饅頭も少しはいただきます、ことにしたということでした。

いずれこんなお恥ずかしい話しは、新聞の「随想」には書けない。

2013年5月16日 (木)

なんだかなぁ

「朝から清掃活動ご苦労様です」同じようなことを、その日の昼までに、二人の人から言われた。

確かにその日の早朝にロータリークラブの奉仕活動で院内御廟の清掃活動を行った。だがその二人は、メンバーでもないし、私がそれに参加したことを知っているはずもない人だ。

加えて、その二人もおそらく全く知らない人同士だ。

「なんで知ってるの?」と尋ねるとフェイスブックで知ったのだという。

なるほど。清掃活動に参加した誰かがフェイスブックをやっていて、自分のページにアップしたわけだ。それをお友達が見て知った、とこういうわけだ。

「どれちょっと見せてみてよ」とお願いする。掃除前の朝礼風景の写真が一枚はりつけられていた。しかし、私の顔も豆粒みたいに小さいし、自分でも見逃しそうなほどだ。

「え~、こんなんで分かったの?」というと人差し指と親指をパカパカさせて写真を拡大、「こうすればすぐに分かるでしょう。こっちに居るのはNさんだし、これはAくんでしょう。で、この女の人は誰の奥さんかなぁ・・・・」「それは事務局の人だよ」「あっ、そうか!」と、こんなやり取り。

自分の全くあずかり知らないところで、こんな風に写真を撮られて、知らない誰かに見られていると思うと、あまり気持ちの良いものではない。

が、それを便利だとし、楽しんでいる人も大勢いる世の中だ。これからは選挙活動でも大いに活用しようというのだから、どうしようもない。

聞くところによれば、私が娘とヴァージンロードを歩いた写真も結構アップされて、出回っているらしい。

一方でこんな事もあった。

絶対に写真撮影はNG、スナップや記念撮影もダメ!という講師先生がいた。なぜそこまで厳しく?と聞くと、過去にストーカー被害に遭い、それ以来、自分の姿がどこかに載るのを極端に嫌っているのだという。

と、言うことは実はお名前も本名ではなかったのかもしれない。

一枚の写真から、執拗なストーカーにある日どこかで居場所が知れてしまう・・・まるでサスペンス映画のようだ。

情報は世界中を駆け巡っている。

便利だから、楽しいからといって、発信する側も、受け取る側も、少しは考えて、慎重さを持って事にあたらないと、ある日とんでもないところで、とんでもない目に遭うかもしれない。

それはそれで仕方のないことなのだろう。もう後戻りはできない世界なのだが、「なんだかなぁ・・・」ではある。

会津は相も変わらず天候不順。昨日は五月晴れだったが午後にはカミナリが鳴り響いた。ザーッと来てすぐに止んで、また晴れたと思ったら夜半にまた「ゴロゴロ、ドッカーン!」

お天気の方も「なんだかなぁ・・・」である。

2013年5月13日 (月)

金賞の調べ

12日の日曜、14時から會津風雅堂において「第14回 荒城の月市民音楽祭」が開催された。

今年も副実行委員長の一人として、また舞台監督としてお手伝いに参加した。

今年は「金賞の調べ」と題し、昨年12年度に全国の様々な音楽祭で金賞を受賞した小・中・高等学校そして一般の、吹奏楽部と合唱団9組が参加した。

昨年は、会津の音楽のレベルの高さを証明した一年であった。

学生、生徒は当然ながら1年たてば進級や卒業をするので、金賞受賞時と同じメンバーでの出演というわけにはいかない。中には、高校の制服で参加しているOB、OGの姿もあった。

第一部は吹奏楽、中間に今年一年、福島の観光を全国にPRするべく組織された「ふくしま八重隊」のパフォーマンスを挟み、第二部が合唱というプログラムで進行した。

吹奏楽の舞台転換は人数も多いのでなかなか大変、思ったよりも時間がかかった。間をつないだ司会の塩野かおりさんは本当に大変だった。さすがボランティアガイドをつとめているだけに話題も豊富、場つなぎを何とか乗り切った、御苦労さま。

改めて、今の学校の音楽教育のレベルの高さを思い知った。小学校といえば鼓笛隊、中学校で応援団のブラスバンド程度の認識しか無かった己が無知を恥じ入った。

一箕小学校の吹奏楽部、大編成にもかかわらずとても小学生とは思えない音の厚みだ。

もっと驚いたのは若松一中、一箕中学校のアンサンブル、サックス四重奏や打楽器七重奏等の、我々の中学校のときには見たこともないような変則的な編成での演奏。

マリンバを操り、打楽器を駆使し、舞台狭しと動き回る。まるでプロの演奏家のようなパフォーマンスに、これが中学生か?とびっくりしてしまった。

音楽は進んでいる。指導者の進歩、楽器や練習環境などの向上、それを支える経済的豊かさ、そして各個人の家庭での環境、国家全体での音楽の環境も昔とは段違いだ。

才能を持ったこどもは、環境が許せばどこまでも伸ばすことができる。

なにも昔のこどもが音痴だったわけではなかろうが、やっていることのレベルが全く違うように感じられた。

合唱曲も難しそうな曲が多い。さすが金賞受賞校のレベルは違う、と改めて感心させられた次第である。

トリを務めたのは大人の合唱団・会津混声合唱団だ。アカペラエンカと題し、合唱曲にアレンジした昭和歌謡で会場を大いに盛り上げてくれた。

そして最後は恒例の「荒城の月」の大合唱。出演者、観客も一緒になって名曲を歌って楽しんだ。

鶴ヶ城址をモチーフにしてたという日本を代表する叙情歌「荒城の月」。この名曲を歌い継ぎ、会津若松市を文化の薫り高い都市にしていこうと始められた「荒城の月市民音楽祭」、来年は第15回を迎える。

「来年もまたお会いしましょう!」と大きな声で司会者は約束したけれど、来年もまたお手伝いをすることになるのだろうか・・・。

なかなか楽しい一日ではあるが、立ちっ放しなのでかなり足腰が痛い。

2013年5月11日 (土)

雨の披露宴

土曜の午後に職員同士の結婚式があり、披露宴に招かれ、乾杯の発声をした。

あいにく会津は午後から雨模様となった。

三姉妹の長女、男三兄弟の長男というカップル、新婦のお父上は警察官、新郎のお父上は消防士という何となくかっちりとした組み合わせである。

新郎新婦ともに当院の職員なので、見なれた顔が多くくつろいだ雰囲気だった。

来賓祝辞を頼まれた上司が一人、カンペを見ながら緊張していた。

プログラムには本来ならばガーデンで二人のウェディングケーキ入刀があり、いきなり私が乾杯と書かれてあった。

が、雨でガーデンでのセレモニーはなくなり室内となったため、当然、主賓のあいさつの後の乾杯となった。

もちろん乾杯はあらかじめ依頼されていたわけだが、娘の結婚式からわずか5日だ。

自分が一体、どんな塩梅になるのか不安もあったので、出がけに濃いめのハイボールを一杯ひっかけてきた。

案の定、新郎新婦登場の晴れ姿を見ると不覚にも涙腺が緩みそうになる。

私事で恐縮ですがと断り、娘を贈ったばかりで涙腺が緩んでいるので出来るだけ新郎新婦を見ないようにしてやります、と言っただけでウケた。

自分に重ねて親御さんの気持ちを素直に代弁したつもりだ。

声高らかに、特に当院職員は大きな声で、と断り乾杯した。「カンパーイ!」

後はホッとしてひたすら飲むだけだ。

一息つくと司会の女性がいの一番にあいさつに来た。何と十年以上会っていなかったS嬢、昔、私がMCの指導をした娘だった。

娘、なんて言えないな。とっくに結婚して三児の母として十年以上のキャリアを積んできたベテランだ。マイクによく乗る良い声で、上手だった。

こんな風に思わぬところで思わぬ人に会うから、やっぱり会津は狭い。

三人兄弟同士のカップルということもあってか、宴は非常に和やかに楽しく進んだ。

外の雨とは相反してそれほどしんみりもせずに、元気で華やかな門出となった。拍手!

ひとつだけ。

披露宴で上着を脱いでワイシャツ姿ではしゃぐ若者が多くみられたが、いかがなものかと思った。ご両家、ご両親もしっかりと正装されている晴れの席だ。

当院の若い職員も二人ばかり上着を脱いでいたのでU課長に「厳粛な結婚式で忘年会じゃないんだから。上着はちゃんと着ているように」と伝えた。

うるさいなぁ、と思われたかもしれないが、やっぱり礼儀は礼儀だろう。

『口うるさいジジイだ・・・・』なんかそんな声が天井から聞こえたような気もしたが、気にしない、気にしない。

おめでとう。お幸せに!

2013年5月 7日 (火)

家族

「おまえな、大体が山口組三代目じゃねえんだから、ヴァージン・ロードに紋付き袴なんか似合うわけねえべ。やっぱ、タキシードとかバシッと決めないと・・・。ドアが空いたら紋付き袴でおっかね顔して出てくんだもの、みんな固まってたぞ!」と、友人のTくんには散々の言われようだった。

でも、ホテルのスタッフとか、娘の友人とかにはなかなか好評だった。「おじちゃん、カッコいい!」一緒に写真を撮りたいという声も多かった。

ま、冷静に分析すれば、あれには、お城の前で甲冑を着ているお侍さんと記念撮影したい!というようなノリがかなり含まれていたような気もする。要するに、仮装行列のノリが少し入っていた感じだ。

加えて窓の外には皇居が見え、お堀や石垣、隅櫓などが見えていたからなおのことだったかもしれない。

婿さんは婿さんで、どうしてもやりたいと大枚払って衣裳を揃え、なんとダースベーダー卿の扮装で、お色直しの娘を迎えにきた。

手にしたライトセーバーは、私の友人のYくんが自慢のコレクションの中から譲ってくれたもの。スウィッチを入れるとギューンと赤い剣が伸びるなかなかの迫力。彼らも撮影攻めだった。

再入場の際には、義弟のKが素晴らしい歌声&生ギターで「家族になろうよ」を唄ってくれた。

冒頭の口の悪いTくんはパーティが始まるとすぐに泣き出し、酒も大いに進み、「家族になろうよ」では鼻水まで垂らして、周囲を和ませてくれた。

『とっても和やかでお洒落で、心のこもった良い式でした』とお褒めの言葉を頂いた。

すべて娘たち夫婦の手作りだ。席順のカードにも一人ひとり手書きでメッセージを添えた、そんな思いが伝わったのだろう。

はなはだ親バカだが良い式であり、素敵なパーティだったと思う。

数時間が過ぎ、ホテルの地下のレストランで私たち夫婦と娘夫婦と4人だけになる時間があった。すっかり酔っぱらっている・・・。

別れ際に考えてもいなかった言葉が口をついた。

「今日からはもう違う家族なんだ。お前たちはお前たちの家族を作り、自分たちの問題は自分たちで解決していかなくちゃならないんだからな。新しい、良い家族を作るんだぞ、頑張れ。。。。我々親は死ぬまでこどもの応援団だから、ヘロヘロ・・・」と、本人はそういう意味の言葉を語ったつもりだが、相当にへべれけ。

そりゃあんた、あんなに可愛いがってきた娘だもの、泣くなって言ったってそんなこと無理でしょう。

嬉しいけれど、目出度いけれど、手放しで、おもしゃぐはねえわい・・・。

結婚式というものはこどもたちが親離れをする儀式、またその一方で親も子離れをしなくてはならない儀式だということが、やってみて初めてわかりました。

5月6日、東京は快晴、心は天気雨だったかな・・・。

2013年5月 5日 (日)

益々

会津高校端艇部の大先輩で雑学博士でも知られるW氏がこんな質問をしてきた。

「今、八重さん、八重さんで大ブームだべ。もうひとつのやえ、『弥栄』と書いてなんて読むか知ってっか?このお目出度い言葉を流行らしてくれっかと思って・・・」

「『いやさか』でしょう」「お!さすが、これを読める人は年寄りだ。なかなかいねな。当たったのはおめが初めてだ」

「いやー、実は私、漢字検定の二級持ってるんですよ。」と、プチ自慢。

今から十何年か前になるが、一度だけ漢字検定試験なるものを受けたことがある。

こども達がそれぞれに四級とか三級とか苦労していた頃、酔っ払って「そんなのチョロい!」とこども達の心を傷つけた。

成り行きでいきなり準二級、二級を受けることになった。親父の面目もあるのでちょっと真面目に勉強した。

毎朝4時頃に起きて3,4ヶ月は続けただろうか。

秋口の試験を子供たちと一緒に受験、見事一発で準二級、二級とも合格し「パパ、すごい!」「エヘン!!」と面目をほどこしたというわけである。

その後、どうせなら一級を目指そうと思い、一応、一級の問題集を買ってはみたが、あまりの難解ぶりに「二級ぐらいが上品でいいい、一級持ってますよ、なんていうと嫌味でしょ?」などと訳の分からない屁理屈をつけて、一度もチャレンジさえしていない。

で、その「弥栄」だ。

~ますます栄える~というお目出度い言葉。よく乾杯の時に「ご両家の弥栄を祈って・・・」とか言うあのいやさかだ。

確かに音読みでは「やえ」とも読める。八重さんの弥栄、多少こじつけっぽいが目出度い言葉で悪くはない。

W先輩は、様々な宴席でこのうんちくを披露することだろう。流行るか話題になるかは分からないが、御健闘をお祈りします。

さて、こどもの日、ようやく天気も安定してきたようだ。今日は各地で様々な催し物が行われる。そしてこども達の明るい未来を誰もが祈る。

全ての人々が・・・ますます栄えることを!大いなるハッピーを!そんな「弥栄」を祈りたい5月5日の爽やかな朝である。

2013年5月 2日 (木)

後半戦

上空に寒気が居座っている。陽が射して地表が少し温まると、暖かい空気と冷たい空気がぶつかり合ってバラバラと来たりする。

寒と暖、陰と陽、相反するものはうまく混じり合わない。が、混じり合ったところに妙もある。

5月は爽やかなはずなのに会津は寒い。ストーブもコタツも今年は当たり前のように活躍中である。「そろそろしまおうか?」の家人の声も全くかからない。

酒も熱燗、肴も鍋がいい。そうめんや冷やし中華は、想像しただけで腹が冷える。

さて、いよいよGWも後半に入る。

明日3日の晩には会津松平家十四代・松平保久さまを囲んでの宴がある。松平家を囲む会津松平家奉賛会という会があるが、その集まりだ。

「八重の桜」で会津が取り上げられる、という延長上でこのGWの殿様の動きをNHKのカメラが追っているらしい。新日本風土記という番組で会津と松平家の今、のようなことを取材しているのだそうだ。

4日の午前には、院内御廟で松平家のご法事にあたる「お花まつり」が毎年行われる。我々奉賛会は、そのお手伝いをする。

朝の6時に集まって段取り。掃除をし、社殿前に水を引き込み、山の花々で社殿を飾り付ける。一度着替えて、10時から神官を迎えて「お花まつり」が始まる。

50人ほどの小さな法要だが、由緒も歴史もある5月の行事なのだ。

私の父も当時の保松会の一員としてお手伝いを続け、私も気がつけば同じように新緑のの御廟にいる。

この「お花まつり」があるので3日の宴会は調子に乗って飲みすぎてはいけない、と皆、心に諫めているが、二日酔いで朝の準備に向かうということもしばしばだ。

今年のこの3日、4日の一連の行事にはNHKの柳澤秀夫解説委員長が出席してくれるという。懐かしいし、楽しみだ。

彼とは第二幼稚園、会津高校と一緒だった。突然の病気を乗り越え、今ではNHKの顔といってもいい、ビッグネームとなった。誇らしい友人の一人だ。

そして5日にはこれも恒例の会津高校同窓会のゴルフ、囲碁、将棋の大会がある。残念ながらこれは今年も欠席、役員でありながら二年連続のごめんなさいだ。

5日には東京へ行く。

昼・夜とそれぞれの親戚縁者と会食をし、翌日に娘の結婚式が行われるという段取りだ。

バージンロードというのを歩かされるらしい。

燕尾服というものを初めて試着してみた。この上背だからさぞや似合うだろうと、我ながら想像していたが、大分違っていた。

どう見てもあのゴッドファーザーのマーロン・ブランドには程遠く、壊れかけのチャップリンみたいに見える。

一度は予約をしたのだが、あの鏡に映った己が姿を思い浮かべるとタラリタラリと筑波山麓のガマガエルのような妙な汗が出る。

そこで、どうせ会津の田舎人なのだから紋付き袴でいいや!と純和装ですべてのセレモニーに臨むこととした。こっちはこっちで、相撲協会の役員に見えないこともないが、まぁ、いいだろう。

人間というものは、実際にその場に立ってみないと自分がどのような感情におそわれるかは分からないものだ。

どうなる事やら不安で落ち着かなく、嬉しいような悲しいような・・・ともかく、飲みすぎて醜態をさらすことだけは避けなければ、と強く心に誓っているGW後半戦の入り口である。

« 2013年4月 | トップページ | 2013年6月 »