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2013年4月

2013年4月30日 (火)

スカイフォール

先日の時ならぬ春の大雪、すべての予定がくるってしまい、結局どこにも出かけられなくてDVDを観た。

映画館で見逃していた007の最新作「スカイフォール」、いやーこれが大当たり、感動してしまった。

007シリーズは50周年を迎える。

確か中学一年生の頃に「007は殺しの番号」を観てスパイ映画に魅せられた。ショーンコネリーの作品はもちろん全作観ている。

その後、いろいろな人が007を演じたが、ロジャー・ムーアやピアス・ブロスナンあたりの作品は7割ぐらいは見たかなぁ。娯楽大作、お洒落で粋で、ちょっとHなジェームズ・ボンド、作品によって監督によって雰囲気がいろいろ変わるボンドが登場した。

そしてここ3作品は、ボンド役にダニエル・クレイグを迎えて巨匠と呼べる監督が次々とメガホンをとっている。

主演のダニエル・クレイグは好き嫌いもあるだろうが、小生にはどうもジェームズ・ボンドのイメージとは違うように思えたし、あまり男前には思えなかったのだが、「カジノ・ロワイヤル」「慰めの報酬」「スカイフォール」の3作で、かなりかっこよく見えてきた。

もっとも、あのショーン・コネリーを見た原作者のイワン・フレミング氏は「私の考えるジェームズ・ボンドとは似ても似つかない」と評したそうだから、各人それぞれのボンドがいていいのだろう。

監督にサム・メンデス。ボンド顔負け、様々な女優と浮名を流してきたイギリスのモテモテ監督だ。99年に「アメリカンビューティ」でアカデミー賞をとっている。

敵役がまたいい。スペインの怪優ハビエル・バルデム、「ノーカントリー」の恐怖の殺し屋はすごかった。スカイフォールでもメチャクチャに悪そうだ。

50周年の記念作品とあって、様々な場面に過去の作品へのオマージュはちりばめられている。そこがまた憎い。何割分かったかは不明だが、3,4か所は気がついた。

前半はお決まりのように華やかな世界の一流リゾート地を飛び回り、息をのませぬアクションシーンが続く。もちろんボンドガールもちりばめられている。

そして後半は一転してスコットランドの荒々しい風景、ボンドの生誕地スカイフォールの荒野へと向かう。

ガレージに眠る初代アストンマーチンが走りだす。コネリー・ボンドがヘリと銃撃戦を見せたあの荒野と同じ風景が広がるのだ。

思わず「007カッコいいー!!」と大向こうから掛け声がかかりそうな心憎い演出、なんだかジーンときた。

いがぐり頭の中学生から、白ひげとなった今日まで、人生のところどころで心躍らせてくれたシリーズの第23作目だ。

今回は少し中年っぽいセリフも出てきて、ファン層の高齢化に合わせているのが感じ取れる。

でも、良かったなぁ、007フォーエバー!って感じだった。

「スカイフォール」・・・空が落ちてくるようにぼさぼさと降り落ちる春の牡丹雪、会津野は一瞬にして真っ白になったが、心は躍った一日でありました。

2013年4月29日 (月)

顔と頭皮

先日、娘が帰って来た。結婚式前の最後の里帰り、慣れた美容室で髪を染めてもらうのだそうだ。

それに先立ち、家人は浴室・洗面所周りをきれいに片づけていた。

「ねぇ、あのチューブに入ったメンズケアのシャンプー、もう入ってないから捨てるよ!」

「シャンプーじゃない、顔洗うやつだ。酔っぱらって風呂に入れないときに顔洗うんだ。結構しっとりしていいんだぞ、アレ」

「なに言ってんの?シャンプー&ボディウォッシュって書いてあるじゃない!」「ウソだ!」

アロマのT先生から贈っていただいたオーガニックコスメ、高価なメンズケアのあの青いチューブ。

歯磨きのようなチューブに入っていてシャンプーというイメージがまったく浮かばなかったので、初めっから洗顔ソープだと思ってなんの迷いもなく使っていた。

残った少し細めのもう一本を見ると、なるほど、こっちにはフェイスウォッシュと書いてある。

家人に捨てられたチューブを改めて老眼鏡をかけてみると、なるほど、シャンプー&ボディソープと書いてある。

ま、大したことではないが、度々酔眼で、シャンプーで顔洗って、突っ張らなくていい、とか言って喜んでいたというわけだ。

どおりで、顔を洗ったさっぱり感というのには少々かけた製品だなぁ、と思ったりしたものだった・・・。

いずれ顔の皮膚と、頭皮とはどれほどの違いがあるか分からないが、つながっているんだからさほどの違いはなかろう・・・。

それにしても一回も洗ってはみなかったが、髪を洗うとまた違う感じがしたのかなぁ?(たとえ髪が少量でも)

さて、GW最初の三連休の会津、三日目になってようやく暖かさと日差しが戻ったようだが、天気にどうも安定感がない。明日からはまた崩れるらしい。

この不安定な天候の中、飯盛山、お城、その他観光地は多くの人であふれている。

後半は好天候との予報だ。少しでも良い条件で多くの人に春の会津を満喫してほしいものだ。

・・・・どうでもいいが、シャンプーのチューブを見ながら家人はまだ腹を抱えて笑っている。

2013年4月28日 (日)

64

寒い連休の初め、盛岡へ日帰り出張に行って来た。

なんだかいつまでも上空の寒気が抜けない。会津の空にはオホーツクの寒風が吹きわたっている感じだ。

今年は新年、早春、春、初夏とどことなく「寒い」が付きまとう。桜満開時の雪、GW初日のこの寒気に悪天候、会津は八重の桜の大きな応援を受けているにもかかわらず、どこかアクセルをブン!と踏み込めない感じの天候だ。

その会津を出て、昼前には盛岡についた。三人での出張。会議までは1時間半ほどある。ちょうど昼時、観光とまではいかないが盛岡といえば「わんこそば」だ。わんこそばに挑戦しようということになった。

聞くところによると口コミ評判店は「直利庵」、なかなか名もいい。駅から予約を入れる。「連休でいっぱいだが、今すぐおいでになるならOKだ」という。すぐにタクシーに飛び乗った。

盛岡市庁舎にほど近い、古い店構え。名前と言い、その雰囲気と言い、なかなかの老舗のようだ。

タクシーの運転手さんに聞いた話だが「わんこそば」の食べられる店は、今では盛岡でも数軒しかないらしい。蕎麦屋は多いが、わんこそばはお給仕が必要だし、人出が要る。結局は人件費が一番高いので、わんこそばがいくら有名でもどこでもできるというものではないらしい。

普通の蕎麦の入り口と、わんこそばの入り口が左右に分かれていた。「御予約の三名様~」と、民謡歌手のような良い声で、二階大広間に通された。ズラリと並ぶ予約席、我々が一番乗りだった。

紙のエプロンなんかじゃなく、よく使い込んだ木綿の腹掛けを金太郎のようにする。そこここに付いた汁の染みが年期を感じさせる。仲居さんは全員着物に赤いたすきがけだ。

薬味を増やした上セットでお一人様3500円(たしか)、いよいよわんこそばの始まりである。そばを運ぶ仲居さんの中に一人、入りたての新入社員がいて、いろいろと指導を受けていた。

「はい、もう一丁!、はい、どんどん、はー、まだまだ!」ときれいな女性の声が響き渡る。新人さんは、まだ恥ずかしそうで、大きな声が出ないが、そこがまたいい。「はい~、どんどん」と言いながらそばが、すいすいお椀に入ってこない。

わんこそばの大会ともなると400杯を超すらしいが、ここでは男性の平均が60杯、女性が30杯程度だという。

汁は腹にたまらないように時々大きな器に捨てる。一杯食べるごとにマッチ棒を右から左へ移動させて数えるという寸法だ。

薬味は12種類もあった。本気で食べるならそば以外は食べないのだろうが、焼きウニや刺身などの肴も付くし、これがなかなか美味い。ねぎ、もみじおろし、なめこおろし、くるみ、胡麻、のり、イクラなど様々な薬味がある。それらを順次載せながら、どんどん食べた。

30杯か40杯かなぁ、と思っていたが結構いけた。64杯、後のことを考えなければ80杯程度は行けた感じだ。

8杯でざるそば一枚、と書いてあったがそれよりは少ないような、12杯で1枚ぐらいの感じがした。ちなみに同行の私より若いO課長は60杯、女性のS課長は34杯だった。

そして、分かってはいたことだが午後からの会議はとても眠たくて困った。

2013年4月23日 (火)

友、遠方より

久しぶりにMくんが故郷に帰って来た。

2月に来る予定だったがすごい大雪プラス、私のインフルエンザで延期になった法要と少しのビジネスと酒飲みのための帰郷だ。

普段から雨男の面目躍如の彼、またも時ならぬ春の雪で飛行機、高速バスもアウトかと思われたが、今回は何とか辿り着けたようだ。

日中、知り合いの社長さん三人に引き合わせた。

会津を元気付けるようなパッケージのアイデアをプレゼンした。どうなるかは分からないが、なかなか上質のプランだと、私は思った。

打ち合わせをして会社を出ると雨が降ってくる。建物に入ると止んで、出るとまた降ってくる。一体どうなってるんだ?という雨男ぶりだ。

こんなに天候を左右できるのなら君は本当はもっとすごいことが出来るんじゃないか?と思うが、本人の意思には関係なく、ただ雨に降られているだけだ。

天気予報は晴れると言っていたのに・・・・。

夜は、懐かしい仲間四人で花見の小宴となった。きれいどころにもお一人加勢願い、名取の舞いを三曲ばかり披露してくれて、宴は大いに盛り上がった。

楽しい一夜をすごしたMくんは、相変わらず黒ずくめでお洒落だ。ひも付きの高そうな革靴、黒い細身のコートもよく似合って髪も黒々、後ろ姿はまるで40代だ。

ただ、ちょっと驚いたのは、飛行機とバスで狭いからと、リュックを一つぶら下げてきたことだ。

もちろん、おじいさん、おばあさんが外出時によく背負っているリュックサックです!という感じのではない洒落た色のリュックだが、へぇー、こんなの持つんだ?とちょっと驚いた。

樟脳の匂いのする帽子にリュックサック、歩きやすそうな白いズック靴・・・というお年寄りの、あの旅の定番スタイル。

あれがどうも頭にあって「リュックを背負って歩くのはずっとずっと先のことにしよう!」と私はどこか心に決めているところがある。

いやいや、Mくんはあんな風に両肩で背負ったりはせずに、片肩に小粋にかけてスマートで充分ファッショナブルなのだが、「リュックかよ??」と憎まれ口が口をついた。

ま、これも気兼ねのない友ゆえのこととお許しあれ。

二次会を終えて出たMくんの肩にまたもぽつぽつと夜の雨が落ちた。

『友、遠方より来る、また楽しからずや・・・・』

どうぞ、気をつけてお帰りあれ!あわてずリュックり。

2013年4月22日 (月)

びっくり仰天

朝、踊り場の窓から外を見ると雪のようなものがちらついていた。

今日は寒い、と言ってたから雪でもちらつくのかなぁ・・・と思っていたらみるみる雪の粒が大きくなり、ぼさぼさと降りだした。

「あらーっ!」と家人も驚いてはいたが、すぐに止むだろうと高をくくっていた。

のだが、一向に降りは弱まらず、向かいの屋根の上、木々の枝にも雪が積もりだした。みるみる道路も真っ白になっていく。

テレビをつけると東京では48年ぶりの低温・・・と、列島全体の寒さを伝えている。

それにしたってもう4月も下旬に入ろうとしている。

桜がちょうど満開で、会津の春の観光シーズン、初めての大ピークがこの週末だ!と伝えられている。

人出の多さを懸念し、本丸でのさくら祭りを中止までしたというのに、この雪は無いだろう・・・、とみんなにお見舞いを言いたい気分だ。

雪道に不慣れなマイカーは、早々に会津を逃げ出しそうな雪。ノーマルタイヤじゃちょっと怖いほどに雪が積もっている。

のんびり散歩して、打ちっ放しでも行って、ひと汗かいたら朝温泉でも行ってくるか・・・と思っていたが、予定がだだ狂いだ。

さすがに昼前には雪も降りやんだが、可哀そうに桜の花の上には重そうな雪が乗っかっている。

午後に会津美里町で会津高校同窓会の高田支部総会があった。会長の代わりに出席する。

さすがに春の淡雪、6センチの積雪も夕方にはすっかり消えていた。

7時過ぎ、一杯やってくつろいでいると今度はいきなりガタガタガタと揺れが来た。短いが大きい、これまたびっくり仰天だ。

木作りのお座りライオンの人形が棚から落ちて「カキーン」と乾いた音を立てた。会津は震度4。

震源地は福島県中通りとテレビでは言っているが、猪苗代湖の南側に震源地を示す赤いバツがつけられている。

湖南地方は確かに中通りではあるが、猪苗代湖が震源地なのかい?と、何となく不安になる。

富士山の噴火が話題になっているが、オイオイ、まさか磐梯山も噴火するんじゃないだろうな!なんて思いが脳裏をよぎったのは私だけ???

とにかく、会津はおかしな天気だ。寒いし、揺れるし、雪が降る。ちなみに4月21日は友引でした。

2013年4月20日 (土)

満開

会津の桜は、ほぼ満開だ。

それなのに昨日の夕方は、雪がちらついたりして・・・。

今朝も手袋なしでは歩けないほど冷たい朝だ。この寒さで桜も長持ちするのかもしれません。

今年の石部桜は、朝6時ごろにはもう結構な人だ。入れない駐車場の周りに、富山ナンバーとか鳥取とか、えらく遠くの街のナンバーが見かけられた。

樹の西側の田んぼ、すなわち「八重の桜」のタイトルバックに使用する絵を撮影した場所にあたる田んぼには、一面コンパネが敷き詰められている。

田んぼ一枚をつぶして臨時の観賞場が作られているのだ。

桜の周辺には三脚が何本も立てられてカメラマンたちがシャッターチャンスを待っている。

東側の滝沢の山から朝日が顔を見せるのは、山が近いので6時を回ってからだ。その朝日が石部桜越しにパァーっときらめく、あの瞬間を逃すまいと、足踏みし、体をゆすらせながら皆待っている。

石部太夫の屋敷跡にあったとされる名木だが、江戸時代の絵にはもう田んぼの中の一本桜として描かれているのだから、石部桜が孤独な一人ぽっちになってから、もう大分長い月日が流れている。

「孤高」という言葉がすっかり板に付いた、趣だ。

真上から見た枝ぶりの直径は20メートル近くはあるだろう。根はその10倍に伸びていると言われるから、このあたりの田んぼ一面の地下深くは、石部桜の根が這い伸びていることになる。

木の大きさとは反対に花は小さいエドヒガンザクラ。開いてしまうとさくら色は一層淡く、白い小さな花だ。一体何万個の花があるのだろうか・・・。

六百数十年、気が遠くなるような生命の営み、大いなる生命の繰り返しだ。

『花冷えて 満開の会津 身を正す』

2013年4月14日 (日)

前を走るのは

新潟からの帰り道、携帯が鳴った。

本当は運転中に出たりしてはいけないのだが、私の携帯はほとんど鳴らない。が、鳴った時は、何かが起こった時、というのが多いので大体出る。

Yくんからだ。

「君の車の前を走っているのは僕だからね。分かる?」「えー!」そんなことってあるんだと驚いた。なるほど、見たことのある高級車が白い車体を揺らして軽快に走っている。

まだ花の咲かない会津より一足先に桜でも見ようかと、買い物方々新潟までドライブを楽しんだ。

万代橋近くの川沿いの桜はほぼ満開。家人は若々しい帽子を買って、日差しの川べりをぶらぶらと歩いた。

家族連れがシートを広げ、お弁当を広げている。こどもたちの歓声が響いている。まぶしい春の空気を吸い込むだけで笑顔がこぼれるようだ。

新潟で買い物をして、昼ご飯を食べて、デパ地下で晩飯の買い出しをして、春の日が少し斜めに傾いた頃に会津に向かった。

その私らの前を、おそらくは新潟に買い物か、遊びに来た友人夫婦の車が走っていたというわけだ。

また電話!

「時間があったら安田で降りてすぐに右に行って左に行くと4キロの桜並木がある。あそこは見事、見ていくといいよ」と観光ナビまでしてくれる親切ぶりだ。

安田の桜並木、八分咲きぐらいだった。「笑点」が見たいので結局は下りずに高速から眺め見ました。

県境の西会津辺りの山にはまだ残雪が残っている。会津坂下へと、トンネルを抜けると、もう会津平のどこにも雪は見えない。正面の磐梯山も残雪の表情だ。

一面が黄砂ではなく、PM2.5でもなく、春霞にうっすらとかすんでいる。

このまま暮れていくと大好きな歌「おぼろ月夜」の世界だ。♪菜の花畑に入日薄れ 見渡す山の端かすみ深し~♪なんときれいな日本語、美しいメロディ・・・。

誠に春らしい日曜日、偶然の出会いというおまけもあった。新潟行でありました。

2013年4月12日 (金)

苦難所

あんまり見たくない記事を見つけてしまった。

NHK大河ドラマ「八重の桜」の視聴率が、つるべ落としだというのだ。

初回20%越えで、上々のスタートを切った「八重の桜」、先の14話では11.7%と裏番組にも少し負けているらしい。なんだか他人事とは思えない。

もちろん、毎週見ているけれど結構面白いと思うんだけどなぁ・・・。

会津若松市長の室井照平さんは、会津で視聴率100%を目指したい!と気炎を上げた。100%は無理でも50%ぐらい、昔の紅白歌合戦ぐらいはいくんじゃなかろうかと思ったが、会津でも20%台らしい。

もっとも、近頃はテレビはすべて録画でしか見ない、という人もいたりするから、今の視聴率というのはそのまま鵜呑みにはできない。

けれど、下がっているというのは面白くない話だ。

冷静に考えるとどうだろう・・・。確かに歴史に詳しい人でないと(会津にかかわりのある人でないと)会津が京都守護職を引き受けるいきさつやその後の流れなどは難解なのかもしれない・・・。

とはいえ、それを描かなければ会津の無念など分からないし、悲劇から立ち上がる八重さんの素晴らしさも描けないのだから仕方がない話だ。

外野はなんとでもいえるが、私個人的には脚本の山本むつみさんはすごく勉強されて、もの凄く頑張っていると思う。心からエールを贈りたい。

とにかく頑張って欲しいし、全国のみなさんにはぜひ見て楽しんでいただきたいと願うばかりだ。

各地の県人会や、各地の学校同窓会、そんな会津にゆかりのある人々にもPRに努めていただきたい、とお願いしたいような気持ちだ。

あの可愛らしい八重さんの笑顔を見ると「視聴率が下がってますよ」などと可哀そうでとても言えやしない。

視聴率など気にせずに、どうか全力で頑張ってくなんしょなし!

関係ないが、くなんしょ、と打って変換すると「苦難所」と出る。これなんかちょっと良くない感じ・・・。

ま、今が苦難所だ。どうぞ大きく乗り越えて、くなんしょなし!!

2013年4月 9日 (火)

のどかだけれど

遂に庭の名残の雪の塊も、北側の塀との間の山積みだった雪もきれいさっぱり消えました。

重い雪に押しつぶされていた庭の草、落葉もべったりと地面に張り付いて茶色いままだ。これを草草が押しあげ、青々とした顔を出すまでにはいましばらく。

山々の雪も「残雪」と呼ぶにふさわしいような、でれーっとした形になり。雪のない山肌が黒々と見えている。

中通り、浜通りにはもう開花宣言が。会津はもう1週間ほどだろうか?

朝、石部桜にご挨拶に行ったら南側の田んぼの中にやぐらが組まれNHKの観測カメラが設置されていた。「八重の桜」のタイトルバックに映し出される名木の春を全国に発信するのだろうか?

先日のサザエさんでは、磯野家ご一行が飯盛山のさざえ堂見物に来ていた。

サザエさんの名前と同じ不思議な建造物。のぼりも下りも同じような道だけれども同じ道は決して通らない構造は、世界的にもとても珍しいらしい。

サザエさんたちは、鶴ヶ城や飯盛山というメジャーな観光施設を避けて、福島の花見山から、さざえ堂、そして桧枝岐歌舞伎の桧枝岐村へと向かった。

桧枝岐歌舞伎を堪能して東京へと帰って行った。周年番組でこうして福島、会津を取り上げるのも、福島への応援の意味が込められているからだろう。

一方、前後のニュースでは原発からの水漏れ事故が報じられている。

なんだか終息したようにさえ感じられる原発事故だが、相変わらず汚染水はドンドン生まれ続けて、その処理に頭を悩ませている。

完全にきれいな水にまで浄化するのは大変な事なのだそうだ。

40年はかかるという廃炉への道のり、その間に出続ける汚染水を全く外に漏らさずに貯めて置く(あるいは浄化する)、ということが本当に可能なのだろうか?

一体どれだけのスペースとタンクがあればいいのか?浜通りがタンクで埋め尽くされる夢を見た。

春はのどかだ。実にのどか。

しかし、その一方で「沈黙の春」がどんなふうに進行しているのか?本当のところは我々には全く知らされてはいないような気がする・・・。

2013年4月 6日 (土)

講演会

本郷町に住むエッセイスト・大石邦子さん、県内はもとより全国各地で講演活動をされている大石さんだが、当院での講演はなんと初めてのことだ。

大石さんは22歳の時にバスの事故で突然半身不随になるという不幸に襲われる。十数年に及ぶ闘病生活を経て、会津本郷町の自宅で車椅子の生活をされるようになった。

壮絶な闘病の中、1968年に死と隣り合わせの5年間を綴った「この生命ある限り」(講談社)を発表、一大ベストセラーとなる。

続いて発表された「この愛なくば」もベストセラーとなり、大竹しのぶさん主演でTVドラマ化され、数多くの賞を獲得した。

その後、大石さんは車椅子の作家としてエッセイ、短歌、評伝など巾広い分野で精力的に活躍されて、現在に至っている。

事故の時に、大石さんが運び込まれたのが当院である。

当院での闘病生活は実に7年6カ月に及んだ。20代のほとんどをすごした病院、それだけに大石さんには特別な思いがあり、これまでに何度かあった講演依頼もお断りしてきたという。

大石さんと小生の交流も長い。30数年になる。

初めはタウン誌のロングインタビューで自宅にお邪魔した。4時間にも及ぶインタビュー、大石さんのお人柄に魅せられた。

その後も何度かお邪魔し、その内に父、母も大石さんと親しくお付き合いするようになった。

特に病弱だった母は、入院するたびに大石さんの本「この生命ある限り」をお守りのようにして病室に持ち込み、何度も何度も繰り返し読んでいた。

それだけに思いがけず生まれた大石さんとの交流がことのほか嬉しかったらしく、私の知らない所でも何度か会津本郷の自宅を一人で訪ねたことがあったらしい・・・。

そんな大石さんに「新入の若い連中に話を聞かせてもらえないだろうか?」と、院長のリクエストが出た。

それでは一肌脱ぐほかあるまい、と今年の新入職員研修での特別講演をお願いし、実現した、というこういう運びなのである。

これまでにも何度か大石さんの講演を聞いたことはあるが、昨日の講演は大分違っていたように感じた。

大石さん自身おっしゃっていたように何時になく緊張されていたようだ。また、それを受けて会場全体にも緊張感が張り詰めていたように見えた。

居眠りもなく、何度も涙をぬぐう若者の姿があちらこちらに見られた。

患者が医療者に一番求めていること、ほんの一言、小さな行為で救われる人生があるということ・・・・そして、生きることの大切さ、素晴らしさ。

大石さんの言葉が、スポンジに沁み渡るように会場全体に届いたように思う。

こうして大石邦子さん初めての、特別な講演会は静かに、優しい空気の中で無事に終わったのでした。

2013年4月 2日 (火)

えんぴつくん

新入職員が増え、様々な部門で異動があり、春は賑やかである。

異動辞令の交付の際にネットで見つけたえんぴつくんの話をした。

えんぴつ工場で旅立ちの時を迎えたえんぴつくんに、お父さんが言ったそうだ。次の五つの教えを守れば君はきっといいえんぴつになれる。

一つ、自分を誰かにゆだねてこそ素晴らしい仕事ができる。

二つ、削られる痛みも良いえんぴつになるためには必要なことだ。

三つ、どんなあやまちも正すことができる。

四つ、一番大切なものは常に自分自身の中にある。

五つ、どのような状況下でも足跡を残すこと、書き続けることだ。

なかなか示唆に富んだお言葉。良いえんぴつを目指すわけではないが、人間の世界にもぴたりと当てはまる。

えんぴつにとって一番大事な芯、えんぴつの芯は自分のど真ん中にある。自分を愛し大切にできないものが相手を思いやれるはずもない。

書き続けること・・・諦めない、逃げない、続けることだ。

削られる痛み・・・成長には痛みが付き物だ。

どんなあやまちも消しゴムで消せばいい、人はどこからでもやり直せばいい。

一番の身をゆだねるは、解釈が分かれるところか?所詮人間、一人では何事も成し得ないということだろう。

えんぴつくんならずとも新しい世界に飛び込むのは、喜びと興奮、感動に満ち溢れている。その半面、辛く苦しいものでもある。

しかし、たった一本の鉛筆ではあるけれど、えんぴつはあらゆる世界を描き出すことができる。頑張れ、頑張れ、若いえんぴつたち!と心からのエールを贈りたい。

今朝のあいづはうす曇り、今年度初、石部桜まで歩いた。今年は相当な人出が予想されるだろうと思うが、例年と特に変わったところはない。

さくらの周りの足場が多少頑丈になったような気もするが、どうか?

住宅地の道路のアスファルトは新しくなった。でも、この狭い道路の周辺の人は花の咲く二週間ほどは本当に賑やかな事だろう。

いつまでも咲き続ける桜はないのだから、今年に限っては辛抱してもらうほか無いんだろうなぁ・・・。

蕾はまだまだ硬く、最低でもあと二週間は先に見えた。

今年はひとつ、えんぴつでも出してスケッチでもしてみようかな・・・。

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