« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »

2013年2月

2013年2月28日 (木)

人が力になる

病気の治療は困難を伴う。悪性新生物、いわゆるがんの治療は日進月歩、急速に進歩しているが、患者さんが、肉体的苦しみや精神的な苦痛と戦わなければならないことには変わりはない。

そんな闘病の一番の支えはやっぱり人だ。

「脱力感に襲われて一人では何もノドを通らないけど、みんなと食べるとなんだか少しは食べられるんです」「家で寝ているより仕事場に来ている方が気分が落ち込まずに済むなぁ」

私が聞いた生の声だ。家族の支えはもちろん一番大事だが、案外、家族だと甘えてしまうこともあるだろう。

職場で食べる昼食、仕事の段取りやお客さんとのふれあい、適度な緊張感。自分以外との社会とのかかわり、そういった「社会性」というものが相当な力になるということが分かる。

そこには、病気は持っていても「病人」にさせてしまわない力がある。

人と人とが支えあって「人」という字ができている、というように人間はやはり社会性を必要とする生き物なのだ。

人を助けられるのも人、人を支えられるのも人、御蔭さま、お互いさまでぐるっと回って感謝の心・・・・・お線香のCMコピーみたいだが、実際そうだ。

今朝のテレビで高倉健さんが言っていた。「思い、のない人はだめだね」

どんなに高価な機械だって、立派な建物だって、一番力になるのは人、最後の勝負は人だってことだ。人の「思い」だってことだ。

・・・少しゆるんだ会津、一歩脇道に入ると道路がザケてザケて大変。クルマの立ち往生があっちこっちで見られます。ザーッ、ザーッ、走り抜けていくクルマのタイヤの音にも春が感じられるようになってきました。

2013年2月24日 (日)

げすぬけ

「この、げすぬけ!(尻抜け)」とこどもの頃よく怒られた。部屋の戸やドアをぴっちり閉めずに開けっ放しにしてしまうのを「げすぬけ」という。閉めたつもりでもピタッと閉められずに、少し開いている、だめなんだなぁ・・・。

使った電気を消さずにおいたり、蛇口をきっちり閉めなかったり、出したものを出しっぱなしにする、これらもみんな広義の「げすぬけ」だ。

この癖は、今でも矯正されずに年中家人に怒られている。「また、電気つけっぱなし!」「ちゃんとトイレの蓋を閉める!」「シャワー、きちっと止まってなかったよ!」・・・「まったく!」、これは我が家ではかなり使用頻度の高いあきれ言葉である。

冬型の凍てつく週末、文化センターで吉永小百合さんをじかに見た。60代後半とはとても思えない美しさだった。

映画「北のカナリアたち」の上映会にわざわざ会津まで足を運び、舞台挨拶に二度も立ったという。

昨年6月に、会津にたった一軒残った映画館が火事に遭って燃えてしまった。映画館の灯の消えた会津、また多くの大熊町町民が避難生活をおくる会津、そんな人々を励ましたいと吉永さんが思い立ち、実現した上映会だ。

二回の上映、多くの人々が訪れて会場は大いに盛り上がった。

東映60周年を記念して作られた大作「北のカナリアたち」、湊かなえさんの原作をベースにしたミステリー仕立ての感動作だった。

なかなか見せる映画だったが、とても気になるシーンがあった。

病院で吉永小百合さんと警官役の松田龍平さんが話すシーン。冬の北海道だ。周りを憚り、雪の積もったテラスに出て二人は話す。その後ろの戸が開けっぱなしのままなのだ。

北海道ならずとも冬の雪国で、廊下の戸を開けっ放しにするなどということはあり得ない。それも病院の。

うしろの芝居とのつながりもあって必要な演出なのだろうが、見ているだけで「ほら、早ぐ戸閉めろ!」と声をかけたくなる。

今や名監督の一人、坂本順治監督の力作だ。素晴らしいシーンの連続だったが、生来のげすぬけとしては、あそこはとても気になった。おそらく坂本監督は雪国の人ではないのだろうと思う。

映画の内容に関係のない事、言ってすみません!

映画はとても良かった。特に役者陣がいい、森山未来くんなんか最高だったし、松田龍平君なんか、こどものころはデブでした!という雰囲気をちゃんと醸し出してるから驚く。

物語は、ひとつひとつ固い氷が溶けるように、20年前の謎が少しずつ解けながら感動のエンディングへ、開場はすすり泣く声で溢れた。確かにハンカチ必要でした。

映画のエンドクレジットが出て、会場に明かりがつくと一斉に拍手が巻き起こった。映画が終わっての拍手、なんか久しぶりの感じで懐かしく嬉しかった。ほんのりしたなぁ。

ま、ま、余計なことではありますが、寒いから戸はピシッと閉めましょうね!

2013年2月22日 (金)

勝手な思い込み

陽気なオージーのニコール先生にロータリークラブでのスピーチをお願いした。タイトルは「会津の生活」、旦那さん共々、ブリスベン出身の彼女は雪とは全く無縁、それだけに初体験の、この寒い会津の冬がとても楽しいらしい。

JETプログラムで会津に来た言語指導助士、学鳳高校の先生だ。

日本語の発音がとてもきれい、スピーチも見事にこなした。とっても緊張したらしくクエスチョンタイムではぽーっと赤くなった笑顔がキュートだった。

不思議なことに外国人が上がる、というイメージはあまりない。(私だけかもしれないが)

だいぶ昔の話だが、会津EU協会というのがあり、総会が御薬園で開かれ20名ほどの欧州人が大挙して会津を訪れたことがある。

詳細は忘れたが、その席上、スピーチに立った女性がものすごく緊張して本当に、かわいそうなほどに、しどろもどろになった。

日本人を前にした英語のスピーチでだ、日本語で頑張って話したわけではない。

英語でペラペラと話す外国人はあまり緊張しない、ような勝手なイメージがあったので少し驚いた。あそこまで緊張して上がってしまった外国人を見たのは初めてだった。

当然、イギリス人だろうがフランス人だろうが、シャイな人もいれば全然平気な人もいる、それはナニ人でもきっと同じだ。でも、何となく勝手な思い込みがある。

私は音痴だが、黒人で音痴の人っているのだろうか?もし黒人で音痴だったら私よりもずっと辛いのではなかろうかと想像する。

リズム感の悪いキューバ人やブラジル人だってきっとキツイはずだ。かなり辛いものがあるだろう・・・サンバがうまく踊れない。

人は相手のことを見た目やその雰囲気で勝手に思い込んでしまう。

私が陽気なオージー、と書いてしまうように、本当はオージーだからと言って陽気とは限らないのにだ。

人種的な優位性というものはあるのだろうが全員が全員同じではない、これは当たり前のことなのだ。

別に外国人の話でなくっても、こんなような思い込みや勝手な決め付けって、日常生活の中にあふれているかもしれない。

もとい、ニコールさんは陽気でシャイなオージーでありました。

2013年2月21日 (木)

ウィルスアタック

ウィルスアタックを受けた。おそらくノロウィルスではないかと思う。日曜の夜中に、息子が急におう吐、翌朝、医者に連れて行った家人がその午後から急激に具合が悪くなった。

そんなに急に発症はしないだろうから、おそらくその前に二人とも感染していたと思われる。共通して行ったり、食べたりしたものをいろいろ考えたが思い当らない。

唯一の共通項が、白菜の浅漬け、農家の手作り品を二人とも週末に買って食べている。手作り品だけに怪しいかもしれない・・・。

胃腸の風邪といわれるがこれが感染性の胃腸炎というやつか!

結局のところ特効薬はなく、吐くだけ吐いて、脱水にならないようにし、あとは体力の回復を待つほかない。

塩素系の消毒薬でそこらじゅうを拭いて対応、水分を取りながら休んでいる内に二人ともおおむね快癒した。

それと入れ替わりに今度は小生の調子が悪くなってしまった。しかし、感染が軽微だったのか吐くまではいかなかったが、胃がきわめて不快、熱も出て、ぼうっとした。

しばし絶食で対応。OS1を飲みながら大人しくしているしかない。同じウィルスでもインフルエンザとはだいぶ感じが違った。

連日の寒さと雪に加えてのウィルスアタック、なんだか身も心も少し、めげた。

もうしばらくはゼリーやバナナで凌いで胃から腸までを休めるしかないだろう。酒もさすがに飲む気がしない・・・。

立春も過ぎたのに何で会津はこんなに冷え込むんだ?と、ぼやきも口をつく。

2013年2月19日 (火)

八重の桜

「八重の桜」こういうモロなタイトルにすると、おそらく急にアクセス数が跳ね上がる。

以前、「八重」というキーワードを入れただけでもアクセスが増えた。

それだけ「八重の桜」や「会津」に関心が高まってきているということの証左だろう。ネットで検索するときのキーワードで引っかかってくるというわけだ。

引っかかって、この駄文ブログに行き着いた人は幸か不幸か、それは分からない。

この雪の中でも、八重さん関連の見どころを巡る観光ツアーが動きだしているようだ。

先日、吹雪の中で石部桜近くの市の駐車場に止めた大型バスから、大勢の人が降りてくる光景に出くわした。

石部桜は、「八重の桜」のタイトルバックに出てくる樹齢六百年を優に超える銘木だ。滝沢の緩やかな傾斜の田んぼの中にたった一本、孤高の姿を見せている。

開花は、まだまだ遠い。それにこの深い雪でそばに近づくことさえ困難である。

おそらくは、滝沢の住宅展示場の広場辺りから遠く百メートルほど先の石部桜を眺めるのだろう。

この雪の中でも孤高の大木なので、遠目に見ても立派は立派だ。それを観光客の皆さんは「あれが咲いたら見事だろうなぁ・・・」と震えながら、眺めているというわけだ。

思わず「ご苦労様です」とつぶやいてしまった。

昨日の日経新聞一面の「春秋」でも「八重の桜」が取り上げられていた。

抜粋『会津出身者の多くは辛酸をなめた。ただ、近代日本の歴史を振り返ると、会津の人たちが深い刻印を残してきたことにも気づく。柔道や合気道のように、力ではなくとも技と心を磨いて強くなる。そんな生き様が光る。』

こんなに持ち上げられちゃって、大丈夫か会津?

観光客が押し寄せるであろう今年の春は、足遅ながらも着実に近づいている。

2013年2月18日 (月)

西高東低

典型的な冬型の気圧配置、こうなると会津は雪、太平洋側は快晴ということになる。

本当に久しぶりに浜通りまでゴルフに出かけた。

かなり冷え込み、早朝の会津若松市内の道路はツルツルのスケートリンク状態。赤信号で止まるたびにツルーッとクルマがお尻を振る。この路面では誰が運転しても滑る。

慎重に高速へ。高速道路は路面状態も良好、猪苗代まで両側は雪の壁だ。

「しかし、今年は雪が多いし寒いなぁ」「まったくだ、これじゃ磐梯カントリーも4月の中旬まではオープンできないんじゃないか?」「年間7ヶ月か8カ月の営業で黒字にするってのは大変だよなぁ・・・」

ってなことを話しているうちに郡山を越えて、雪の量はぐんと減る。しかし、今年はよっぽど寒いのだろう、走り抜ける阿武隈山系には結構な雪がしっかりと残っていた。

いわき、そして勿来インターへ。ここまで来るともう雪は全くない。眼に痛いほどの日差し、冬の青空は切れそうなほどに鮮やかだ。

まったく雪のない大地を踏みしめて歩く。それだけで気持ちがいい。

バーディーあり、大叩きありの凸凹ゴルフ、それでも十分に楽しめた。

帰りの車中は運転手さんには申し訳なかったが、宴会状態。まぐれでとった馬券で私のおごり、大いに盛り上がった。

雪のない世界から、氷の世界へ。わずか2時間弱のドライブ、酒で盛り上がって、景色に沈む。

「しかし、この数年冬が本当につらいなぁ」「ウチのかみさんは、仕事辞めたら静岡に移住すると言ってる」「冬の間だけでもハワイ辺りに行きたいよな」「でも、仕事してないと暇で暇で仕方ないよ・・・」

そんな話を重ねながら会津へと舞い戻って来た。

雪は嫌だ!と愚痴はある。かといって、まったく新しい土地にぱっと住み移れるような非・土着性は、ない。

寒くて厳しい冬がある分、春の喜びはまたひとしおだ。

この厄介な雪が降らないからと言って、そこにはそこの別な厄介があるのではなかろうか・・・?

西高東低の気圧配置の雪の降っている方、そこに会津はあり、私はそこに住んでいる。

2013年2月16日 (土)

分かっているようで分らないもんでっせ

関西の人は、どこへ行っても関西弁で通すことが多い。もちろん悪いことでもなんでもないが、関西弁そのものが共通弁同様に通じるものと思っている節がある。

が、関西弁もやはり方言なので、かなりかけ離れた地方の人には聞き取りにくいし、分りにくいものなのだ。

小生は学生時代を京都で過ごした。高校時代は深夜放送のファンで、オールナイトニッポンよりも桂三枝がブレイクしたヤングタウンなど、遠い関西の電波を必死で拾って聞いていた(古いー!)

そんなことで関西弁には比較的慣れ親しんでいるつもりでいたが、いざ京都に引越し、学食辺りで関西人の輪の中にポンと入ると、言っていることが早口で半分くらいしか分らないのだ。

え?と聞くのだが、それもせいぜい二回までで、三回、え?とはなかなか聞けない。お愛想笑いでごまかし「なんや、変なやっちゃな」と思われたりした。

京都の人間は大阪弁とは全く違うというし、奈良や兵庫の言葉も全く違うと言うが、そんな違いはこちらの人間には、よう分らん!

言いようのない疎外感から軽い五月病のようになり、久し振りに同郷の友と御所に集まった時には、うっすらと涙がにじんだ。

我々の時代でさえこんな調子だったのだから、「八重の桜」でこれから話が進んでいく京都守護職の時代はさぞ大変であったろう。

会津からおよそ二百里の京に赴任した会津藩士の苦労やいかばかりであったろうかと、文化風俗の面からもお察し申し上げる。

昨晩、ある講習会があったのだが、その講師先生、初めのうちは丁寧に共通語で話されていたが、熱がこもるほどに関西弁がきつくなり、調子が出るほどにますます早口になる。

小生は関西に住んでいただけに聞き取れない、分らないという事はなかったが、この東北の片田舎、みんながみんな同じように分っていたかどうかは、はなはだ「?」だ。

明石さんまさんも大阪の芸人さんもみな関西弁で話す。だから関西弁は全国共通どこでも同じように通じるものだ、と思っているとしたらそれは少し違う。

第一、医者が患者を、患者が医者を「まずは笑かしたろ」などという風土は全くないので、たとえ話も現実味がまったくなかったりするものなのだ。

関西弁を責める気は毛頭ない。関西弁でのお付き合いは全くそれで構わないのだが、時と場合もある、という事だ。

勉強会などでは、お互い理解できる言葉づかいを心掛ける努力は必要ではなかろうか?二百里も離れた土地で関西弁も、それもコテコテまで行ってしまっては、聞く方も引いてしまう・・・。

芸人さんの公演ではなくて、講演会、勉強会なのだから、その辺は一考の価値ありではなかろうかと思った次第である。

2013年2月15日 (金)

世界ハ狭イネー

会議の始まる前に電話が鳴った。「はい」「マサヒロサン、久シ振リデース!」アメリカの日系人の友人Kさんからだ。

時間から考えれば向こうは深夜0時頃だ。良くない知らせかなにか?と思ったが声は明るい。

たった今、旅から帰って来たところだという。葬儀で台北に行っていたのだという。なんでも中国系銀行の偉大な経営者が亡くなり、数年前に知己を得た縁で出席したというのだ。

海外にまで行くほど近い人なの?と素朴な疑問が湧いたが、説明を聞いても良く分からない。ま、とにかく、台湾まで行って来たという事だ。

で、そのお葬式の際の小さなパーティで(良く分からないが)出会った人が居る。元総理の麻生さんの弟さんで福岡で麻生グループを率いる名士だ。

Kさんはたまたま、その麻生さんと隣り合わせになり、話している内に病院の話しになったそうな。それでは会津を知ってますか?T病院を知っていますか?と言う事になった。

「ソシタラ、マサヒロサンノコトモ シッテタヨー!」と、興奮気味に言うのであった。

確かに麻生さんには、一時期当院の理事をお願いしていたこともあり、何度かお話もさせていただいている。

しかし、回りまわって台北で、私のアメリカの友人に会うというのは、やっぱり珍しい事だろう。

「イヤー、地球ハ狭イト思イマシタネ、驚イタヨー」とKさん。

実は別件でこっちも驚いたのだ。

たまたまKさんに尋ねたいことがあり、メールを送ったその直後に電話が鳴ったのだ。

初めはてっきり、久しぶりのメールを見て驚いて電話をくれたのかと思った訳だ。

そんなこんなを話している内に時間はあっという間に過ぎる・・・。

「ごめんKさん、これから会議なんだ。またゆっくり話しましょう」と言って、思いっきり尻切れトンボ状態で電話を切った。

ま、これから何度かKさんとはメールなり、電話なりでやり取りをすることに、きっとなるだろう。

ひょっとしたらKさんも巻き込むかもしれない、国際的な楽しいプランを考え始めているところなのである。

それは鬼も笑う来年の事なのだが、ちょっと面白いことになるかもしれない・・・。

そんな前触れのゴングの様な、いきなりの驚きの国際電話であった。Kさん、また!

2013年2月13日 (水)

別れの朝

降りしきる雪の中、わずかな引っ越し荷物を運ぶトラックが行く。そして、娘が東京に旅立っていく。

結婚までのわずかな期間、ふるさと会津で過ごしたいという娘を周りの人は「親孝行だぁ~、良い娘さんだぁ~」と言った。

親孝行だ、と言われてもあまりピンとこないが、およそ10ヶ月間、笑ったり、酔っぱらったり、ケンカしたりして過ごした。

流行りなのか分からないが、来たる2月20日の誕生日に入籍し、新婚生活を始めるという。そして5月に結婚式をするというのだから、今や順番はどうでもいいようだ。

この次、この家に来る時は苗字も変わっているわけだから、実質的には今日、嫁に送り出すようなものだ。

こどもが無事に成長し、新しい家族を得て巣立っていく。これほどお目出度い事はない。

孤立社会を生きるようなことにならない道を進むだけでも、充分にありがたい話だ。

そうは思うが胸が詰まり涙は出る。哀しくはないが、こころが空気の抜けたボールみたいにボヨーンボヨーンと重たい。やっぱり淋しい。

別れの朝、何もそんなに雪なんて降らなくてもいいのになぁ、何もこんなに寒くなくてもいいのになぁ・・・。

ここから先はすべて旦那さんと二人で解決していかなくてはならない。我々親は生涯の応援団だ。

会津の雪の中の春、やがて萌えいずる新芽のごとく、恵み多き人生を歩んでくれるように願い付けた娘の名だ。

その名前の通りの佳き人生を歩んでくれる事を、心から願っているよ。

2013年2月11日 (月)

某氏のあいさつ

「今年は巳年です。まぁ、この中に蛇が好きだって人はいないと思います。誰だって蛇は大嫌いですが、存外、巳年というのは金運に恵まれたり・・・」節分も過ぎた遅い新年会での某氏のあいさつ。

まぁ、意図はしていなのだろうが、私のように巳年の人間からすれば、もろに蛇は誰だって大嫌いでしょうから、と言われてあまりいい気はしないものだ。

隣りテーブルの同級生と顔を見合わせ苦笑いをした。

蛇なんかとご対面した日にゃ「ギャオー!」と逃げてしまうが、干支の話しだとしても、蛇が好きだって人はいないと思いますが・・・とまでスパッと言われると「暗に俺の事?」と勘繰りたくもなる。

一概、ひがみ根性という訳でもないだろう。

「戌年ですが、犬と言えば最低の人間の事を言いますが・・・・」とか「子年で鼠ほど疫病をもたらす動物はいない・・・」とかやらかしたら、それぞれ、カチンとまでは行かなくても多少の引っ掛かりはあるだろう。

私も無神経!と時々怒られることがある。きっとこんな風に相手に思いを致すことなくへらへらと喋ってしまう事があるのだろう。気を付けなければいけない。

たとえば、懸命に働きながら子育てをしているお母さんに、「せめて3歳までは仕事よりも育児一本で行く方が子どものためには良い」と言ってみても意味はない。

それぞれに事情も、も経済環境も違う。だけれど、こどもの立場になれば・・・などと良かれと諭す人もいる。

たとえ子育て一本で行ったとしても、疲れ切って孤立する人もいたりするわけだから、正解なんか無い。

こうした方が良いかもしれないのと、こうすればうまく行くは違うのだ。

離れていた時間の分、思いっきり抱きしめれば、それで上手く行くことの方がきっと多いだろう。

片や「親はなくても子は育つ」なんて、乱暴なことわざもあるが、こういう事も無神経に言ってはいけないものだ。

・・・無神経と腹芸は見極め難いところがある、案外、しらばっくれて、やっぱり私の事を言ったのかしら?

三連休、会津は凍えている。こんなに凍えた中も、「八重の桜」や「絵ろうそく祭り」の効果だろう。雪の中ですれ違うまちなか巡回バスは、人でいっぱいだ。あんなに満員だと重くて滑らなくていいかもしれない。

2013年2月 8日 (金)

3K

その昔、嫌われる仕事の3Kというのがあった。確か「きつい、汚い、危険」だったかな。現代の若者たちはさらーっとした淡泊な仕事を望んでいるという風潮を言ったものだろう。

一方で「ガテン系」というのもあり、逆に工事現場など、ハードな肉体労働でいかにも男くさい、汗臭い職場がカッコいいという流れもあった。

そんな3Kをもじって、私が自説でよく語っていた3Kというのは、この不況の時代でも人々がお金を惜しまないという分野が三つある、それが3Kだという話。

それは「健康、教育、環境」英語の頭文字ではなくてローマ字の頭の3Kだ。

まず健康、これは朝のテレビショッピングでの健康食品の多さからも良く分かる。血圧、血糖、関節痛や物忘れ、視力などなど、あらゆるところに効く健康食品が売られている。

飲料メーカーや食品メーカーなどが次々とサプリメント業界に参入しているのを見ても分かるように、健康は大きな市場だ。まずは健康でありたい!これはまったく持って当たり前の欲求、そのためには多少の犠牲は惜しまない。「健康になるためだったら死んでもいい」というような笑い話まで出来るほどだ。

そして教育。家庭教師や学習塾のコマーシャルの多い事、多い事。少子化も手伝って、子どもの教育費だけはいくらでもつぎ込みますという勢いだ。

先だって孫の教育費のためなら1500万円まで非課税というような話もあり、これはますます過熱するだろう。

そして環境、これは捉え方が少し広いが、自分たちの暮らす環境を守るためにはお金を惜しまない人が多い。キーワードはなんといっても「エコ」だ。自分のエコのためなら、多少エコじゃなくてもOK、みたいな矛盾を孕んだ流れもあるが、環境にも人はお金を惜しまない。

ともかくこの3K「健康、教育、環境」は、地域の活性化や地域おこし、会津のまちづくりを考える時には外しちゃならない重要なキーワードだ、とこれまで書いても来た。

この3K、どこを回りまわったか、最近はなんだか会津の各方面で結構認知されているらしい。まちづくりの3Kだ!という力強いお話も聞いた。嬉しい話だ。

今、私が会津に描く3Kは、まずは医療・福祉の充実したまち。それも高齢者ばかりに偏るのではなく、生まれる方、子どもが元気に育ち、親が安心して働き、じいちゃんばあちゃんが元気に健康寿命でコロリ、という地域だ。『オギャー、バリバリ、ピンピンコロリ』の会津だ。

そして教育環境は、いじめや暴力のない文武両道で少年少女が輝いているまち。地域から最高の大学に当たり前に入れる教育レベル。子どもの教育のために単身赴任などしなくていい会津だ。いや、むしろこどものために移住したくなる、そんな会津だ。

環境は、この会津の大自然を守り、クリーンエネルギーによる循環型社会が出来ればいいなぁ。農業が盛んになり安全で美味いものに溢れ、いつでも誰でも、深呼吸がしたくなる、そんな会津であって欲しい。

そんな夢の3K、お題目ばかりではなく、少しでも、少しづつでも前に進める努力を本当にみんなでして行かなくてはならないと思う。

3K、いつやるか?今でしょう!

2013年2月 7日 (木)

反省向きなお天気

「我以外皆師なり」という気持ちが大切だと言うが、こういう謙虚な気持ちというものが、若いうちにはなかなか理解できなくて、結構歳をとってから本当にそういうものだなぁ、などと納得できるから困ったものだ。

「少年老い易く、学成り難し」と諭されても、遊ぶことの方にばっかり心がはやってしまうあの頃・・・。

あの若い日の、スポンジのように何事もよく吸収できる頭が今あれば、こんな苦労はせぬものを、と思った頃には少年はすでに老いているという寸法だ。

この辺のスウィッチが上手く入っている人といない人とでは、生涯に為すことの質も量も相当に違ってくるだろう。

確実であり、万人に公平なことは『人生やり直しはなし、後悔先に立たず』という事だ。

そして、凡夫は大切なことを、初めじゃなくて最後の方になって気付くから困るのだ。

世に英傑と呼ばれるような人々はどうやら、「我はなにを為すべきか」という事にいち早く気付いているか、もしくは気付かないまでも何ものかに突き動かされ、それを止められないもののようだ。

そして、自分の周りのあまたのものを師と仰ぎ、素直に自己改革・革新を続けて行く。

そう、この「素直」というのが大事なんだなぁ。

素直な好奇心、素直な驚き、素直な想像力、素直な創造力・・・・どっかがひん曲がっていると、受け止めてもこぼれおちるものが、いかに多いことか。

会津は今日も小雪模様。こう毎日毎日、雪ばっかり降っているとなんだか暗い反省の日々になってしまうようだ。反省。

2013年2月 3日 (日)

福は内!外も福!

久しぶりに大声で豆まきをした。このところの体調不良、寒さ続きでふさぎがちな思いを吹き飛ばす様に豆をまいた。

何度も愚痴るが、一旦風邪をひくとなかなか抜け切らない、歳のせいで。

やっぱり、運動で追い出すしかないかと久しぶりに朝歩いてみたが、雪が積もっていて思うように歩けない。スタスタ歩くとツルっと行きそうで危険、勢いブリキの兵隊さん見たな歩き方になってしまう。

何度も足を滑らせ、かえって捻挫の危険性の方が高いのではないかと思ったが、小一時間も歩くとやっぱり汗ばむ。

が、どうにも全体的にはすっきりしない。一日静かに静養に努める。

遅い午後、スコップが折れてしまったので、新しい剣スコを買い求める。

夕飯の買い出しに行ったら、スパーの「恵方巻き」売り場の賑やかさには驚いた。魚貝とか、肉とか、いろんな恵方巻きが何種類もあり、1本2000円以上のものまである。

この恵方巻き、セブンイレブンが始めたらしく歴史もそう古くはないという。歴史もない、いわく因縁も疑わしい縁起物に、これほどまでにみんなが盛り上がるのだから日本は平和だ。

暮れにいただいた抜群に美味い新海苔が残っていたので、我が家は恵方巻きならぬ手巻き寿司にすることにした。

陽も傾くと冷たいビールが飲みたくなる程度に回復。ゆっくりと風呂に浸かり、身を清めてから豆をまいた。

『福は内!鬼は外、鬼の目玉ぶっつぶせ!!』新豆だという上等の落花生をあんまり散らかさないように力の限り、少なめにまく。

投げつけた豆を、間もなく家を出て行く娘が後ろを付いて歩って拾い集める。

この落花生、新豆と謳っているぐらいだけになかなか美味しい。

ちゃんとした大豆の煎り豆も用意したが、こっちはまくと収拾がつかなくなるので、美味しく頂くだけにした。

豆をまき、オリジナル恵方手巻きずしとビールとハイボール、なかなかいい節分であった。

ここから季節を分けて、内にも外にも佳き春が来てくれる事を祈りたい。

我が娘にとっては、会津での最後の節分という事になるわけだ・・・悲しくはないが、ちょっぴり淋しい。

« 2013年1月 | トップページ | 2013年3月 »