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2012年8月

2012年8月31日 (金)

いろいろな顔

お父さんの顔、夫の顔、仕事の顔、社会奉仕の顔、人は様々な顔を持って生きている。

どれもこれもその人には違いないのだが、お付き合いによっては、まったく知らない顔(一面)に驚くことがある。

昨日、Sさんの告別式が行われた。

Sさんは、父の代の古い店子で、高校の頃から半ば親戚の様に付き合って来た。岩手の出身だが会津を第二の故郷と定めた。

酒が好きで、陽気な酒だが飲むと良くつぶれた。ろれつが回らなくなり、話が堂々巡り、何度も何度も手を握る気の良いオッサンという印象ばかりが強かった。

しかし、葬儀で捧げられた弔辞は、私の全く知らない一面ばかりだった。

仕事の鬼で、社業を大きく発展させたこと。後進の育成には極めて熱心で育成功労賞をとるほどの人物だったこと。社会奉仕に熱心で様々な功績を残してきたこと。

「立派な人だったんだ・・・知らなくてごめんね」と、なんとなく詫びた。

特に仕事の厳しさや激しさ、激烈なほどの闘争心などは、仕事を介さない関係からは分らないものだ。

考えてみれば会う時はほとんどが酒の席だった。そんな感じだからなおの事だ。

ま、人生において人は様々な顔を持って生きて行く。そのどの顔もそれなりに形となって初めて、バランスの良い人生と言えるのだろう。

仕事はすごいが父親の顔、夫の顔は落第点、ああ!酒さえ飲まなきゃ良い人なのに・・・という様な話はあまたある。

ま、それも人生。すべてが100点という人は居やしないだろうが、Sさんはどうやら赤点の部分はなかったようだ。

自分はどうなんだろう・・・・・・・・・・・・・?

及第点をとれる分野が幾つあるか?情けないが、自信はあまりない。

人はいろいろな顔を持って生きている。そしてこの世を去る時に、その人の真価を垣間見ることが出来る。

Sさん、ご苦労様でした。ありがとうございました。合掌。

2012年8月30日 (木)

ふり出しに戻る?

活断層の上に原発があっても一概に危険とは言えない、と原子力保安院が言い出したと新聞に書いてあった。

なんだか活断層にも正・副みたいのがあって一概に危険とは言えないと言っている。

まぁ、ここまでくればなんでもありみたいな話だ。

第一、地震がいつ来るかも人類は予測できない。数秒か数十秒前に特殊な波をとらえて緊急地震速報を出すことが出来ても、地震そのものがいつ来るかは、その規模、場所も含めて全く予測できない。

この事は東日本大震災が証明している。

当然ながらどこの活断層がいつどのように動くかもわからないという事だ。だからこそ、活断層の上には原子力発電所や危険なものは作らないようにしましょうね、という事だ。

地球の胎動に対してはなんにも分かっていない癖に、原発の近くにある活断層はそんなに危険ではないかもしれないと言い出す。

活断層はそれほど危険じゃないし、大きな地震に対してはストレステストを繰り返して安全性が確認されているし、非常電源やベントなどの設備も早急に改修を進めているし・・・・。

このままでは、原子力発電所はそんなに言うほど危険ではないんですよ!という話になってしまいそうだ。

結局、原発は安全なクリーンエネルギーと、話はふり出しに戻って行ってしまうような・・・。

現実に、あの水素爆発で吹き飛んでしまった原子炉を前にして、こんな議論を名門大学を出た日本トップの頭脳集団が繰り返しているのだ。

庶民としては「ゴチャゴチャ言ってないでまずは福島の原発を止めて、全部元に戻してから言ってくなんしょ!」という他ない。

それは我々の仕事(担当)ではない、とおそらく平然と言うのだろうけれど・・・。

なんとなく分る事は、時が降り積もれば積もるほど真実は隠れ、驚愕の事故の記憶も稀釈され、じっと頭を下げていた人々も次第に頭をもたげて来るということ。

そしてまたいつの間にか新たな神話みたいなのが生まれて来てしまうという事だ。

3・11から1年6ヶ月、誰もがもう元には戻れやしないのに、原発だけがふり出しに戻る、そりゃあ、ないべ!

残暑お見舞い、会津も寝苦しい夜が続いたままだ。

2012年8月29日 (水)

眠れない夜

団塊の世代よりも少し遅れて生まれた我々の世代は、民主主義至上主義を植えつけられて育った。

何でもかんでも民主的にやるのが一番、開かれた議論、多数決による意思決定・・・それは一人の人間がなんでも決める独裁主義や、武力をもって統制する軍国主義などよりははるかに優れて、先進的で、ヒューマンで、明るく公平な制度だと叩きこまれて来た。

お隣りの国に独裁者の見本みたいな人が居たので、あんな風になったらかなわんなぁ、腹へってマスゲームはやらせられたくないなぁ、と思って来たわけで、民主的国家が一番だと疑わずにきた。

「政治は数である!」とは乱暴な事を言うもんだなぁ・・・と思うが、民主主義の中で物事を決めて行こうとすれば、いたって正論なのだ。数がなければ正しい事も正しくなくなってしまう、それも民主主義の一面なのである。

勢い、数を得るためには何を言っても、何をしてもいい、という事になってしまう。

世の中には正しい事、誤ってはいけないことがあり、司法・立法・行政と三権分立で互いにけん制し合っているのだからそんな無茶は出来ない仕組みだ、と教わって来たがどうやらそうではない。

数を得るためには嘘も認められるし、その嘘に対する罰もない。そういう事を身を持って教えてくれたのが民主党政権だろう。

政権を奪取するために約束した事は何一つ守られず(守らず)、平気だ。

だからと言って自民が良いとか言うのではありませんが。

ただ、数を得るため(票を得るため)には、政治家という人たちは何でもする、なんでも言うという事。それは、ほとんどの場合、思想や信念よりも優先するものだという事が、ここ数年の政治を見ていてはっきりと分かった、この歳になって情けないがやっと分かった、という事です。

原発の利権をむさぼった人たちが原発ゼロを訴える。消費税10%を唱えた人たちが増税反対を訴える。

人に変節はつきもの、政治は時機を見るもの、それも分る。

しかし政治家は何よりも「票」を見るものだという事が一番よく分かった今日この頃である。

連日の真夏日、腹立たしい政治情勢がこの暑さをますます不快にしているようだ。

「ならぬことはならぬ!」そんなクリアカットに物事が決められないものだろうか・・・・会津の山ザルは眠れぬ夏の夜に、そんな夢想・妄想にさいなまれている・・・。

2012年8月28日 (火)

朝の茶道塚

飯盛山をさざえ堂の方から登って行くと、中腹に茶道に関する塚が建っている。水塚、花塚、茶筅塚、と三つ石碑が並んでいる。

会津石州流茶道の発展に貢献した山口儀平という人が建立したとある。茶道で使う、水、花、茶筅それぞれに手を合わせる塚である。

日本人は様々な塚を作る。人形塚、筆塚、包丁塚などのモノの塚から、鯨塚、魚塚というような生き物の塚など枚挙にいとまがない。

針供養や櫛供養などというのも精神は同じだ。

森羅万象すべてのものに魂が宿る、と教えられなくてもすべてのものに手を合わせる気持ちが、心の素地としてあるのが日本人だ。

万物の霊を弔う・・・というよりは「感謝」の祈りだろう。自分が生かされ、仕事や趣味、道楽に打ち込めることへの感謝だ。

その感謝の気持ちを忘れてはならない、それを教えるために塚が建てられている。

それにしても茶筅に向けてまであんな立派な石塚を建てたりするのはおそらく日本人だけではないだろうか・・・?と、いつも朝の散歩時に感心してしまう。

でも待てよ、茶筅にまで建てるなら棗とか袱紗とか茶釜とか、他の道具たちは焼きもちやいたりしないのかな?などと、ちょいと余計なことまで気に掛る茶道塚なのである。

会津は一向に真夏日が終わらない。先週末から36度を超える暑さ、日本で十番目だったとか報じられている。暑い!

2012年8月25日 (土)

あなたへ

6月に起きた会津東宝映画館ビルの火災で、悲しいことに会津に映画館は一軒もなくなってしまった。

映画を観るには、郡山か米沢、または新潟まで足を運ばなくてはならない。

その昔は喜多方市にも坂下町にも、古風な映画館があったがとうの昔に消えた。映画はそのほとんどが、家庭で、DVDで観られる時代になってしまった。

新作映画も早いものだと数ヶ月でレンタルビデオ店に並ぶ。新作370円でも家族で観れば安いものだ。

が、それでもやっぱり映画館で観る映画が好きだ。

25日、本日封切りの「あなたへ」を朝一番の上映で観てきた。あの高倉健主演の新作映画だ。

健さんなんと81歳。それなりに老けたがやっぱり健さんは健さんだ。映画館は今まで観た中で一番混んでいた気がする。朝一番からほとんどの席が埋まっていた。

81歳にもなっても映画の中では老人役で出るわけではない。定年後の刑務官だからせいぜい64、5の設定だ。53歳の妻を失い、妻の生まれたふるさとの海を訪ねる物語だ。

老漁師を演じる大竹秀治さんとの方が歳が近いのに、老漁師から見たらまだ若造の役を演じなくてはならない。多少無理があるものの、ま、健さんだからいいのだ。

お馴染みの降旗康男監督とのコンビ。森沢明氏の原作はまるで健さんのために書かれた物語のようだ。

降旗監督は、いかにもお涙ちょうだいの映画とは違って、あんまり軽くは泣かせない。だけどじわっと涙が滲んだ。

出ている役者たちからも健さんに対する強いリスペクトを感じる。作品全体が不思議な暖かさに包まれている、そんな佳作だ。何よりの健さんの新作だという事が嬉しいじゃないですか。

81歳という年齢を考えれば、健さんに出来る事はもう限られている。

一ファンとして最期に、ビートたけし監督で1本撮って欲しいような気もする。もちろん、やくざ映画だ。だが「アウトレイジ」のような暴力前面の映画ではなく、年老いた最後のやくざがスカッとひと暴れを見せてくれるような映画が観てみたい。

劇中、健さんの妻を演じた田中裕子さんが歌った「星めぐりの歌」が素晴らしく良かった。

次も待ってます!ヨッ、健さん!!

2012年8月19日 (日)

乗り越える力

 

下記は院内だより「コラム・乗り越える力」の転載です。

『死にそうな人をこの世に引き戻せるのは、この世が楽しくて素晴らしいと思う人間だ。魅力的に、精力的にこの世を楽しんでいない人間が人を救う事は出来ない!』これは、着任直後にM先生が救急講演会で語った言葉。カッコいい!としびれました。

 『アンハッピーな人間が人を癒したり、治したりすることは出来ない』これもよく言われる言葉、悩める人を救うためには医療者自身の心の安定が大切だ。だからこそ創始者のT先生は家族的な温かい組織を目指されたのだろう。

 ハッピーな「笑い」が免疫力を高め、自然治癒力をも高める事は今や誰もが知っている。人は機嫌良く生きる事でストレス耐性が高まり、アンチエイジングにも効果があるとも言われる。

 機嫌良く生きる事の効力を説いた「上機嫌の作法」(齊藤孝著・角川書店)は自らの気分をコントロールすることの重要性を教えている。

いつもヘラヘラしている奴は能天気(馬鹿みたい)と言う人もいるが、常に上機嫌でいられる人間こそが知的であり、周囲との関係性を良好に保てるのだ。世の中、そりが合わない、ウマが合わない相手は誰にだっているものだ。しかし、それをそのまま顔に表すのでは幼稚に過ぎる。人前での臭い顔は自分にも、周りにも何一つ良い波動を起こしはしない。

様々なクレーム&トラブルを分析してみると、不機嫌さ(態度や言葉遣いの悪さ)ゆえに起こる最初のボタンの掛け違いがいかに多い事か!

チーム医療の重要性はいまさら言うまでもない。そのチームの底力を醸成し、高めるのもやはり笑顔であり上機嫌だ。

 そして『ユーモアとは最も辛い時にこそ発揮されなければならない』とはデーケン先生のお言葉…これらはすべて同じ根っ子のことを言っている。

 我々はこれから大きな山を越えて行かなくてはならない。新病院への移行、新たな運営…病床数も減り安定を見るまでの道のりは決して容易ではない。

前記の著者は上機嫌な対人関係を保つための4つの原則をあげている。①目を見る②微笑む③うなずく④相槌を打つ、ごくごく当たり前の対人メソッドだが、これらを心掛けるだけできっと課内、部内の空気も動くに違いない。

機嫌の良いチーム、機嫌の良い組織、当院にはその素地が伝統としてしっかりと根付いている。そして、それこそがこれから先の大きな山を乗り越える確かな力(助け)になるのだと思う。

天守閣の上に広がる青空のように、いつも上機嫌な病院でありたい!そして、地域の人々からも常にそんな病院あって欲しい、と我々は強く願われているのである。

2012年8月17日 (金)

去りゆく人

緩和ケア医療の必要性が叫ばれている。

人は死亡率100%、誰もが必ず死ぬ、その終末期をどのように迎えるかは誰にとっても大きな課題だ。

末期がんの患者さんや病気が進み、もう治る見込みはないという人の終末期をどのようにケアし、痛みや精神的苦痛、苦しみ、をいかに緩和するか?

病気を治すことだけが医療ではない。死に向かう医療もある。もし医療の力を借りることが出来なければ、穏やかに旅立てる人は少なくなるだろう。

親戚付き合いをしてきたSさんは、長く東京の病院でがん治療を続けてきたが、この春、もう積極的な治療は出来なくなりました、と告げられて会津に戻ることにした。70歳である。

春先にはまだまだ元気だった。化学療法で髪が抜け、毛糸の帽子をかぶっていたが足取りも確かで当初は通院、病院に来た時には奥さんともどもお茶を飲んだりした。

5月には旧友が居る九州を訪ね。さらに一度は乗ってみたかったという大型客船で台湾までの船旅も楽しんだ。

夏前には実家のある青森を訪ね、心残りだった兄妹の墓にも手を合わせた。

その間、2度ほど入院し、救急に1度運ばれている。

二度目の入院を終えて、7月には一旦家に戻り奥さんと穏やかに日々を過ごした。

急に動けなくなったと連絡が入ったのが7月の半ば、それから入院が続き、日に日に体力は落ちていった。しかし、途中で一度外泊をし、それまで仲人をした夫婦達に囲まれて夕食会をしたという。

そして今、ベッドに横たわっている。

目を開けてはいるものの反応は鈍い。しかし、苦しそうではない。うつろな感じではあるが、穏やかに旅立ちの時を受け入れようとしているみたいだ。

全身の様子を見ながら輸液の量や麻酔を調整していく、緩和ケア医療に精通した医師にすべてを託す。

大変お世話になった方だが、図らずも最後にまた、末期がんの患者さんがどのように生き、どのように最期を迎えて行くかを勉強させてもらったような気がする。

ここに来てまたまたひとつ教わった感がつよい。

あらためて、去りゆくSさんに「ありがとうございます」と言って柔らかく、細くなった手を握りしめて来た。

2012年8月16日 (木)

新盆

「にいぼん」地域によっては「あらぼん」とも言うようだ。その人が亡くなって初めてのお盆、大切な人を失って初めて迎える切ない夏だ。

今年は、お盆の2週間ほど前に大切な仕事仲間を2人も、それも突然の凶刃に奪われてしまった。

ご家族にとってどのような新盆かと思うと心が痛む。

事件の興奮に包まれている内は神経も昂ぶり、何が何だか分からない状態にある。それが時間が経過し、一斉に波が引くような静けさに包まれると、ぽっかりと空いた大きな大きな穴が見えてくる。

このお盆を迎えた今頃は、きっと、とてつもない喪失感に襲われていることだろう。

なんとも慰めの言葉も見つからない・・・。

我が家は13日の夕刻に菩提寺の墓参りに出かける。墓参りを終えて、本堂から火をいただいて提灯で持ち帰る。そして仏壇に火を移し、仏さまをお迎えする。

手を合わせる度に失った仲間の顔も浮かんだ。そして、残された青年の顔も・・・。ご家族には本当に頑張って欲しいと願うばかり、ともかくも今は祈るしか術がない。

15日、終戦記念日の正午、会津磐梯カントリークラブでもサイレンが鳴った。誰もがコース上で帽子を取ってしばし、黙とうを捧げた。

目をつむり、戦没者の霊に祈るのだが、まだ思い出鮮やかな仲間の顔が晴れ渡った磐梯の空をよぎる。

我々にとっては一瞬の悲しみでしかない。

が、ご遺族にとってはこれからが深い悲しみと付き合っていかなければならない日々なのだ・・・。

それを思うとちりちりと心が痛むお盆である。

2012年8月14日 (火)

祭りのあと

とうとうロンドンオリンピックも終わってしまった。日本は過去最多のメダルを獲得、柔道など残念な競技もあったが、まずは素晴らしい成績といえるだろう。

順当な競技もあれば、少しガッカリの競技、また予想外(私が知らなかっただけかもしれないが)の頑張りを見せた競技もあり、本当にオリンピックは面白い。感動的だ。

活躍して帰国した選手たちはマスコミに引っ張りだことなる。それまで見向きもされなかった競技の選手が一躍有名人となる。

戸惑いと驚き、嬉しさもあるだろうけれど、どうかアスリートである自分を見失わないで欲しい。

様々なテレビ番組でお笑いタレントとからませられる。どうも見ていてあまり楽しいものではない。

会話の天才などともてはやされる出っ歯タレントのS、一体どこが天才なのか分からないが人をいじくりまわして笑いをとるだけの芸だ。

先日も女子選手を男性お笑いタレントにたとえたり、個性的な受け答えをおバカ扱いしたり、よくクラスにいた口の達者ないじめっ子のていだ。

メダリストたちもやはり初めての経験が嬉しくも、晴れがましくもあるのだろう、一緒になって笑ってはいるが「あんな番組、出ない方がいいよ」と言いたくなる。

お笑いを否定するつもりは毛頭ない(お笑い好きです)が、アスリートたちをいじくりまわし、それであたかも本人の素顔を引き出したかの様にして、笑いをとるのを芸とは言わない。

澤さんや北島康介選手など、ベテラン陣はさすがに出てないのが救いだ。

あんなところでチャラチャラしていくら受けたってそんな笑いは瞬時に消え去る。あなた方の残した功績は長く語り継がれる価値あるものなのだと言いたい。

低級なお笑いタレントののギャラ獲得に協力なんてする必要は全くない。

お笑いは笑いを提供できるけれど、あんな感動を与えることは出来ない。あなた方の素晴らしいプレイを笑い飛ばされる必要などない!

付き合ってあんまりペラペラ喋らなくて良いよ・・・・これぞ老婆(爺)心?

お盆の帰省ラッシュが始まる。会津の天気はあまり良くない。朝方にかなりの雨が降り、我が家の大窪山の墓参りは延期となった。

2012年8月12日 (日)

団体戦

ロンドンオリンピックでは日本勢の団体戦の活躍が目立つ。みんなで力を合わせ、実力を上回る力を出す。一人一人が全力、一人がコケれば皆コケる、だ。

お盆に入り、飯盛山周辺も何時にない人出でにぎわっている。帰省はもちろん、観光客も多い。

会津を支える観光という業種も思えば団体戦だ。一組の観光客を迎え、もてなし、感動させ、楽しかった、と無事に帰るまでには様々な業種がつなぐ、いわば団体戦だ。

それぞれのパートが実力を出し切れば、観光客は満足を得て、また次の展開へもつながろう。

しかし、どこか一つでも滅茶苦茶なことをすれば全てがオジャンだ。

先日、先輩たちが東山温泉の大手ホテルで還暦の祝いをやった時の話を聞いた。かなりリーズナブルな値段は良いが、そのサービス、料理のお粗末なことと言ったらなかったらしい。

会津の郷土料理「こづゆ」、祝い事なので当然ふるまわれたわけだが、一体だれが作ったの?というほどの味で、本来の貝柱からとるあっさりとした上品な出汁のかけらもなかったという。

食材も安いもの第一主義で、噛みきれない様なものばかり続いたそうだ。

これを観光客に会津の郷土料理です、美味しいお米、お酒です、と言って出しているのかと思うと、背筋が寒くなったとさえ言っていた。

先日、ある集まりがあり、市内では名の知られた店の仕出しで、オードブル&弁当が出された。それなりの値段なのでプラの容器はやたら大きく立派だが中味を見て驚いた。

盛り付け、色合い、見た目の美味しさなど全く無視、一応はご馳走と名のつくようなもの、揚げ物や焼き魚、寿司、煮物をただただ詰め込んでいるだけ、味見をして作った料理とはとても思えなかった。

食べ物商売というものは、基本、人様に美味しいものを供してお金をもらう商売だ。

これだけの数の店があるわけだから職人の腕により、多少の美味い、不味いはあろう。しかし、美味しいものを食べてもらいたい!(食べさせたい!)という基本が外れていなければ、それはそれなりに納得できる。

人様に美味しく食べてもらいたい、という基本を忘れて、ただ食材だけを詰め込んだだけの、全く心のこもらないものは「料理」とは呼ばない。

時に観光客も昼食に立ち寄るような店・・・きっとガッカリするだろう。

会津の美味を堪能し、温泉も満喫し、すごく楽しい気分だったのに強引な客引きに遭い全ての印象が悪くなってしまう、というような話も聞く。

観光客を迎え、外貨を稼ぐ観光業は裾野の広い産業だ。様々な人が関わり、多くの人が恩恵を受ける。それだけに関わる人々には団体戦の心構えが強く求められるのだと思う。

自分だけが良ければいい、自分一人ぐらい手を抜いてもいい・・・では、絶対にメダルは取れない。

会津観光の再生の日も遠いという事だ。

2012年8月10日 (金)

カリカリ梅

今年は春先の天候不順で会津美里町の高田梅がまったくの不作だったそうだ。

なぜ今頃、そんな事を言うのかと言うと、お土産に喜ばれる大蔵屋の「カリカリ梅」の瓶詰めを買いに行ったら、今年はありません、と言われたからだ。

カリカリに硬い梅漬けと言うのは、全国的に見てもありそうで、あまりないらしい。

一度、徳島へお土産に持って行ったら、教授の奥様が珍しがってエラク気に入ってくれた。以来この時期に徳島へ届けている。

夏の暑気払いにも梅はいい。毎年この時期に、卒業旅行として阿波踊りに出かける研修医に託してきた。その梅が今年は採れなかったというのだ。

残念でしたN先生、代わりに会津天宝の黒ニンニクを持たしてやりました。これも結構人気で、夏バテには良さそう。阿波踊りで疲れた身体にはいいんじゃないかな、と。

決まってお礼に酢橘を沢山送ってくださる。

これも名物で美味いのだが、そうそう食べられるものでもない。サンマにかけたりすれば最高だが、毎日サンマという訳にも行かない。焼酎に入れてもいけるが、せいぜい1個か2個だ。

うっかりすると12月ごろまで冷蔵庫で眠っていたりする。でも、楽しみです。

今年の卒業旅行は淋しいことに研修医が立った一人だ。ついさっき、引率の院長と出掛けて行った。(どっちが引率か分らない様な所もあるが)

明日に応援団が数名、追いかけて向う。大いにはしゃいで騒いで、無事に楽しんできて欲しい。

毎年お世話になる美人のMママにもよろしくね。今年もウチの若い衆がお世話になります!

2012年8月 9日 (木)

回復?

先日、ある経済誌の記事が話題になった。『会津の観光は予想外の回復を見せている』というものだ。旅館や観光地に客足が戻り、震災前の水準に戻りつつあるというものだった。

ところが、あの記事はとんでもない、という声が各方面から巻き起こっている。

確かに春先など復興支援の団体旅行が数多くみられたが、夏休みに入って家族旅行の時期になると客足はさっぱり伸びないみたいだ。

こども達と遊び楽しむのに何もわざわざ福島県を選ばなくてもいいだろう、という事になるのだろうか・・・確かに夏休みに入っているのに観光地は閑散としているようだ。

風評被害から全く抜け出せていない!というのが観光現場の大勢を占める声のようだ。

私は飯盛山のすぐ近くに住んでいるが、夏休みに入ったぞ!というような賑わいは確かに感じられない。

では、どうしてあんな風な記事が出るのだろうか?取材を受けた一部の人の間では数字が順調なのだろうか?

災害の保証金や様々な支援を受けて、意外と潤っている人も少なくはない、という話は聞いたことがある。

でも、こじんまりとパーソナルな旅行者を相手にしている多くの業者は、やっぱりまだまだ大変なのではないかと思う。

またこんな話を聞いた事もある。8割近くまでは数字が戻るのだけれども、それ以上がどうしても戻らない。会津の観光は今回の震災、原発事故で2割を完全に失って、8割を越えるの数字は今後も回復することはないのではないか・・・。

ま、そんなことはないだろうが、確かに8割より先は、相当な自助、公助、共助の努力が居るという事なのだろう。

先週、先々週とお中元を配りに街なかを少し歩いたが感じたのはやはり、『会津の観光は予想外に回復しているとは、言い難い』という空気だったように思う。

2012年8月 7日 (火)

御見それしました。

なでしこジャパンは、本当に凄い!

W杯以後調子を落とし、澤さんも体調を崩したりして、正直なところオリンピックは予選リーグの突破も難しいかもしれない、ぐらいに思っていた。

ところがところが決勝進出、W杯の決勝と同じ、アメリカとの金メダル争いだ。御見それいたしました。ここまで来たなら当たり前だが、ぜひ金を取って欲しい。

卓球も世界一の中国が相手だが、サッカーで出来たことが出来ないという事はない。頑張ってほしい。

女子バレーだって奇跡が起こらないという保証はない。竹下頑張れ!

アーチェリーも凄かった。水泳のリレーも、バドミントンも凄い。

男子サッカーも下馬評では決勝には出られないという話だったが、いきなりスペインを撃破!ものすごく上手いパス回しに見える。(もっとも半分ぐらいは眠くて気絶状態の時が多いが)

日本は団体戦が得意なのか、今度のオリンピックでは団体の頑張りが目立つ。チーム戦は、個々の限界を引き上げるようだ。

フェンシングなんて本当にそう、ラスト2秒で追いつくなんて信じられない。

期待外れもあれば、予想外の頑張りもある、それがスポーツの面白いところ、いいところ。オリンピックの本当に面白いところだ。

4年に一度、次の次は東京になればいいなと、私は思っている派だ。

震災の傷、原発の疵を、完全には乗り越えられないにしても、ひと区切りつけるには大きなきっかけとなるように思う。

今日の会津は少し涼しい。31度くらいだろうか・・・。

2012年8月 6日 (月)

プロ並みの彼

「言うまいと思えど今日の暑さかな」という日々が続いています。

土曜、会津若松市から少し離れて、天栄村羽鳥の山の上のゴルフ場に行って来た。さすが高原!吹く風は爽やか、下界より7,8度は気温が低い。

このところストレスの溜まるような出来事が続いた。こんな時は気の置けない仲間通しの、好き勝手、言いたい放題ゴルフが一番だ。同級生を誘って大いに楽しんだ。

友人のOくんは、いつも上手いか下手か分らないゴルフを見せる。

ドライバーの飛距離はプロ並み、550ヤードを超えるロングホールでも時々ビックリするような2オンを見せる。(もちろん常時ではないけど)

そのくせ50ヤード以内になると、特にバンカーに入ったりすると,、まるでだらしがない。

長くて難しいショットはプロ並みなのに、転がしてもいけるようなグリーン周りは初級者並みという、変わったゴルファーだ。

従って良い時は軽く80台、崩れ出すとなんと120まで叩く。これほど振り幅のあるゴルファーも珍しいだろう。

彼には彼なりのゴルフに対する美学があるようだ。残り220ヤード、自分のショットで届く距離であれば、多少ボールの置かれた位置が悪くても、毅然として届くクラブで打つ!

時にものすごいショットを放ち、周囲を驚かせるのだが、それはせいぜい4回に1回ぐらいだ。それでも彼は懲りずに届くだけのクラブで打つ。

自己責任でやっているのだから良いも悪いもないのだが、もう少し謙虚に刻んだりすればスコアもまとまるのに!と思うが、ラフの中からも3ウッドで挑み、思いっきりチョロる。

自らの放つベストショットによほど惚れ込んでいるのだろう。常にうまく行くことだけを考えているし、イメージは出来ているようだ。

時にバカじゃないの?とも思うが、あそこまで徹底して自分のショットを追い求めているのも、ある面すごい事だと思う。

土曜の高原のゴルフ場でも、前後の組が腰を抜かすほどのドライバーを放ちながらも案の定、全体的には見事に粉砕していた。

Oくん、君と回るたびに、つくづく愛すべき性格だと思うよ。

でもね、僕らももうすぐ還暦だぜ、もう少し兄んつぁまになってもいいかな?とも思ったりもするわけさ。

2012年8月 3日 (金)

早め早め

36度越え、会津は猛暑と言っていい暑さが続いている。まさに冬寒く、夏はすご~く暑い、盆地の夏だ。

昔はこんなに暑くはなかったのだろうか?エアコンもクーラーもない中、結構平気で過ごしていたような気がする。ひたすら暑さをがまんしている内に付く耐性、慣れというやつなのだろうか?

そういえば熱中症という言葉もなかった。日射病、熱射病と言って、炎天下に出ている時に具合が悪くなるものだった。が、熱中症は、室内でもどこでも起きる。

おそらくは昔もあったのだろうが、「暑くてバテたんだべ?」ぐらいのものだったのだろう。

部活など、水を飲むとバテるからと言って水分補給を禁じていたのだから、今となっては信じられない話である。今なら完全に虐待だ。

熱中症はこまめな水分補給が大事とされる。ノドが渇いたと思ってからでは遅いという。気付いた時にはもう具合が悪くなっていたりする。

暑いところに行く時は(この暑いのにゴルフなどする時は)充分に注意し、塩をなめ、水をこまめに飲む・・・ま、こんなに暑い時はやらないに越した事はない。

早めの補給という点では、心の病気も似ている。

ストレスや睡眠、食欲の不調は早め早めに手を打たないと、知らない内に心の傷が大きくなっていて、自分では気付かなかったりするものだ。

自分で思っている以上にショックを受けていることや、自分で思っているほど簡単に立ち直れてはいない事も、世の中、結構あるものなのだ。

がぶ飲みではなくて、つかえているモノや引っかかったままのものを上手に吐き出して、ストレスを和らげる事に気を使う事だ。

辛い時にはしゃべるだけしゃべり、泣くだけ泣いてしまった方がいい!と専門家も言っている。

この猛暑と強度なストレス、これがダブルパンチではとても身体が持たない。

何事も早め早めに手を打った方が良い夏である。

2012年8月 1日 (水)

どっちが大事?

「私と仕事と一体どっちが大事なのよ!」安い芝居の台詞にありがちな言葉。恋人と仕事、家族と仕事、遊びと仕事、本来比較できない、答えのない問いだ。

しかし、人生には実際、小さなことでもどっちか選ばなくてはならない場面が実に沢山ある。そして、その都度、どちらを選ぶかが、その人の評価をも分ける。

友情を取るか、恋人を取るか?義理を取るか、人情を取るか?正義を取るか、保身を取るか?

そう、そうした葛藤こそが人生のドラマそのものだと言ってもいい。

重責を引き受けるか受けないか?会津藩はその選択で幕府の責めを一身に背負わされることになった。ただ、それが単に間違った、という事になるわけでないことは歴史が証明している。

そんなものすごく大きな判断でなくても、日々の暮らしの中で人はどっちか?と迷う。

引き受ければ貧乏くじ、でも黙って居られない。意地と名誉、誇りと実利、いろんなどっち?が待ち受けている。

スケジュールの優先順位、宴席の席次、そんなことでもその人が何に重きを置いているか、何を大切にしているかがうかがい知れる。

不祝儀と祝い事、そんなバッティングも優先順位の付け方は人それぞれ、ああ、そうなんだと改めて思い知らされることがある。

大なり小なりどっちが大事?そう尋ねられながら人は生きているのである、とつくづく思う今日この頃。

会津は猛暑日が続いている。

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